『翻訳者の横顔/第47回』怪盗ニックをどうしよう?


木村二郎/木村仁良

1949年大阪府生まれ。ペイス大学社会学部卒業。英米文学翻訳家、作家、ミステリ研究家。訳書に『怪盗ニックを盗め』ホック(早川書房刊)、『幻影』プロンジーニ(講談社文庫)他多数。

「ジロリンタン、電話に出えへんさかいに、直接来たで」

「おお、速河出版に勤める関西弁の下手な女性編集者か。今はけちなコラム書きで本当に忙しいんだ。用がなかったら、帰ってくれよ」

「用があるさかいに、わざわざこんな汚い仕事部屋に来たんやんか。うちの雑誌で《翻訳屋の横顔》っちゅうコラムを連載してるんやけど、今度はジロリンタンに登場してもらおかなと思たんや」

「もう第四十七回か。ほかに出てくれる翻訳家がいないから、おれのとこへ来たんだな。おれの横顔はこのページの左上にある写真を見ればわかるし、その下に略歴が書いてある」

「そや、ジロリンタンが最近翻訳したエドワード・D・ホックの『怪盗ニックを盗め』のことを書いてえな」

「露骨に宣伝するわけだな。ミステリ文庫の〈クラシック・セレクション〉のうちの二作として、『怪盗ニック登場』と『怪盗ニックを盗め』を文庫化することになったんだ。二十年以上も前の翻訳なので、徹底的に改訳した」

「どの程度改訳したんや?」

「おれにとって、ポケミスからの文庫化はなんと初めてだったのだ。つまり、版が違うから、行数や字数を気にせずに、思う存分改訳できる。二十七年前の『怪盗ニック登場』と二十四年前の『怪盗ニックを盗め』の訳文を読むと、おれの現在の文体とはずいぶん違うことに気づいた。とにかく、〈クラシック・セレクション〉の目的は、未読の人たちにクラシック----つまり古典を----読んでもらおうということなので、訳文を新しく現代風に読みやすく改めようと考えたわけだ」

「どういうふうに?」

「『怪盗ニック登場』の場合、ポケミス版からゲラに起こしてもらい、赤ペンで訳し直すというやり方をとった。訂正部分が多すぎて、どこをどう直したのか、編集者にはわかりづらかっただろうな。それで、『怪盗ニックを盗め』の文庫化のときは、やり方を変えたんだ」

「どう変えたんや?」

「まず、ポケミス版をそのまま拡大コピーして、訳し直しを始めたわけだ。今度は赤ペンを使わずに、濃い鉛筆で真っ黒になるくらいに直した。自分の文章を直すんだから、遠慮なくどんどん直していけたね。その訳し直しをもとにゲラを起こしてもらい、もう一度校正した。担当編集者が容赦なく提案を出してきたので、何度も書き直した箇所も多いよ」

「ジロリン、つまり、それで何が言いたいんや? 文庫化するために苦労したっちゅうことを強調したいんかいな?」

「いや、ポケミス版と文庫版はかなり訳文が違っているから、約二十五年前に読んだ方も新鮮な気持ちで再読していただけると言ってるだけだ。意地の悪い暇人なら、たぶん左右に並べて比べるだろうけどね」

「一言多いっちゅうねん!」 //



[ジロリンタンから一言] ---- この「対話」は『ミステリマガジン』2003年11月号掲載の『翻訳者の横顔』のために書いた原稿の第1稿です。結局、このヴァージョンではなく、別のヴァージョンを編集部に送り、そちらのほうが活字になりました。

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