2004年 / 天神様
 天神様は、菅原道真公のことで昔から学問の神様として知られている。菅原道真公は小さい時から学問に励まれ、詩や歌がとても上手で、文章博士という位につかれた偉い学者であった。また、右大臣として政治に学問上の精神をとり入れた立派な政治家でもあった。清らかな誠心をもって大きな功績を立てられた道真公を神様として全国各地に祀られている。
 越中富山では、長男が生れると嫁の里が孫の立派な成長を願って天神様の掛け軸や彫刻を送るという慣わしがある。わが家にも11月のおわりに木彫りの天神様が届いた。7ヵ月になる孫にとって、初めての大きな贈り物である。
 天神様にもいろいろな姿・形があり、皆それぞれに独特の雰囲気を醸していることもあって、天神様に似た人になるといわれるといわれており、送る側もそれなりに大変な思いをすることとなる。
 幼いころから道真公に負けないくらいにしっかりと勉強して、立派な人となって人のためにつくして欲しいと連れ合いとともに願っている。息子夫婦もそう思って育てていくに違いない。

菅原道真公の生涯

 道真公は承和12年(845)6月25日に誕生。26才にして230年間に65人しか合格しなかった「方略試」に合格。33才で「文章博士」の任に就き、42才で「国司」として四国に赴いた。昌泰2年(899)に右大臣となったが、延喜元年(901)正月25日に突然太宰権師に左遷され、延喜3年(903)2月25日に梅かおる太宰府で一生を閉じた。道真公の死後、京都では天変地変がしきりに起き、人々は道真公の祟りを恐れた。そこで朝廷は道真公の霊を慰めるため元の右大臣に戻し、京都に神殿(現在の北野天満宮)を建立し、神号を「天満大自在天神」(天の神の徳を自在に示す神)と定め、手厚く祀った。



【天神様について】(道真公の生い立ちなど)

【天満宮の成立 御霊・崇り神から天神様へ】

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