耳鼻いんこう科・アレルギー科野垣医院
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趣味(1)自動車など
免許の取得 昭和33年大学入学の年の夏休みに免許を取得しました。家でゴロゴロしていたら父に怒られ、自動車学校へ入りました。当時はダットサンの小型4輪トラック で教習を受けました。後ろの荷台に5人ほど乗り、助手席に教官が乗り生徒が運転します。教官に怒鳴られ叱られ、おまえだけが落第だなどといわれましたが、 とにかく取得できました。
昭和42年頃うっかりしていて免許の更新を忘れ、再度試験を受けとり直しました。 
同じころ同期生でコンテッサというツートーンの美しい車を持っているカーキチの友人がおり、一緒にドライブしようということになりました。R8号線から名 神高速道路に入りR1号線を通り鈴鹿サーキットで遊んだことがありました。懐かしい思い出です。この写真には私は写っていません。
初めての車 初めて買ったのは中古の1500ccのコロナでした。入局後6ケ月ほどしてから、福井県勝山市の病院へ短期の出張に出され、父に無理を言って買わせました。40万円ぐらいだったと思います。当時名神高速道路が開通したころで、日曜日によく一人で朝早く出かけR8を何時間もかけてトコトコ走り、わざわざ高速道路を見学がてら走りました。ポンコツでしたので80km/hぐらいで走るとブルブルと振動しドアーがガタガタと音を出し、恐いくらいでした。ギヤーチェンジは勿論クラッチを踏んでするやつでコラムシフトです。あるゲートでギヤーがぬけなくなり、押せども引けどもギヤーが動かず、ゲー トのおじさんに押してもらって外へでてボンネットを開け、ガチャガチャとあちこちを触り訳も分からず直ったことがありました。この写真は加賀温泉郷の日本自動車博物館で撮ったものです。パンクもしょっちゅうあり自分でよく交換しました。
2台目の車つぎはやはり1500ccの黒いコロナでした。当時はホワイトタイヤというものがあり、黒いタイヤの側面が真っ白なかっこいいもので した。ちょうど岐阜県犬山市にて気管食道学会があり、他の先生方は先に汽車で出かけ、私も急に思い立って前日の夜遅くマイカーで出発しました。夜遅く一人 で運転していますとすごく眠たくなり、深夜どこかの閉店後のガソリンスタンドに入り眠り、当日の明け方はやくつきました。3時間ほどどこかの空き地に車を 止め学会に出席し戻ってみますと、黒い車の側面に鋭利な刃物で傷をつけられて白い地肌が出ており、非常に悔しい思いをしました。帰りは関、郡上八幡、白鳥 を通過し、御母衣ダムを右に見ながらR156を北上しましたが、道路は非常に悪くほとんど舗装がなく、途中で1回パンクしタイヤ交換をし深夜やっと金沢へ つきました。いまから思えば無理なドライブでした。
3台目の車 次は1500ccの白いコロナでした。このころ結婚し子供も出来ました。何の目的か忘れましたが、R41から名古屋へ出て東海道を走り、箱根を越え小田原から横浜へ入り一泊し、次の日には東京から高崎、横川に入り碓氷峠を超え、長野、直江津を過ぎR8にはいり、金沢へ帰る長距離ドライブをしました。夜の碓氷峠越えは少し恐かった記憶がありますが、スリルがあり面白くもありました。黒と白のコロナの写真は日本自動車博物館で撮りました。
4台目の車 4台目は1600ccのブルーのコロナでした。これは今までの車と少し異なり、エンジンの音は非常に静かで何か華奢な感じがし、車体 が弱々しく思われぶつかればグシャグシャになりそうな感じでした。このころ大阪で万博があり、子供を連れ大学の先生方数人と見に行きました。帰りは京都か ら小浜(?)へぬけR27を走り敦賀へ出ました。道路の混雑ぶりは大変でした。
5台目の車 次は白い1600ccの4ドアーのブルーバードにしました。ある朝大学の同僚とゴルフに行きました。私は一人で自分の車で行きました が、ある交差点で小型のトラックの側面に衝突し、左前のボンネットが大破しました。黄色信号で無理をして交差点に入ったのすが、相手は赤信号で入ったわけ ですからこちらは悪くありません。後で悔しい思いをしました。人身事故はなく幸いでしたが、自分の車の運転席のバックミラーに頭髪が一杯ついておりぞっと しました。初めて何処かの交番へ呼び出され調書にハンコを押さされました。又この頃金沢市内で軽自動車の側面に接触、修理代を払わされたこともありまし た。
6、7台目の車 事故の後仕方なく今度は1600ccのブルーバード2ドアークーペに乗り換えました。よく走る車でしたが、ローギヤーが非常に固く入りにくく少し手直しし てもらいました。これが悪かったのか何年か乗っていますと、ローギヤー発進のときにガツンと大きな音がして自然に外れるように成りました。家内も運転しま すので、このころセカンドカーとしてスカイラインの4ドアーセダンを中古車を買いました。高速道路を80km/hぐらいで走ると左右にふわふわゆれる不安 定な車でした。2-3年乗ったでしょうか、だいぶんポンコツになりましたので、2台をまとめて5万円ぐらいで手放しました。
8台目の車 こんどは紺のロングノーズのスカイラインにしました。初めてのトルコン車です。ある冬の日に2番目の子供とドライブ中、地鉄立山線の本宮あたりの雪道の緩 い下り坂で、スノータイヤを履いていましたがスリップし左の雪の中の突っ込みました。バックしてもタイヤがスリップしあがりません。後続車が5台ぐらい詰 まりました。こんなときは4-5人で押し手もらえばすぐにあがります。午前中でしたので凍結していました。
9台目の車 ある日私の家内が、ショールームでいい車があったから買ったといいました。びっくりして見ますと、何と小型のニッサンのガゼールとい う2ドアーのスポーツタイプの車でした。シルビアの前身です。よく走るし小回りが利いて乗りやすい車でした。ほんの一瞬でしたが、魚津と黒部の間の高速で 180km(?)ほど出したことがあります。そのうちこの車はなくなりましたが、ある人がぜひほしいといわれしたので、45万円ぐらいで手放しました。
10台目の車 BMW318iという初めての外車を購入いたしました。このシリーズでは一番小さく1800CC4気筒です。たまたまショウウインドウで見ていたら、巧み にセールスの口車に乗せられ、買わされてしまいました。子供が東京の学校へ入りましたので、この車を持っていってしまいました。ある日後ろから追突され、 すべて修理してもらいましたが、iという文字が700円だったそうです。危険を感じましたので、田舎へ持ってきました。平成10年4月現在6万1千キロ程 走りましたが、ハンドルの遊びが少し大きく又走行中の音がやや煩くなりましたが良く走ります。
11台目の車 一時車がなく不便を感じましたので、ある知人の会社からオペルのオメガ3000CC6気筒という車を買いました。スタイルが斬新で乗 りこなすうちにだんだん好きになってきました。現在のオペルの前身で丁度フォルクスワーゲンのカブトムシを大きくしたような格好をしていました。音が大き く全体に車体が重くどっしりしていましたが、スピードはよく出ました。意外と故障が多く4年ほどで手放しました。
12台目の車 オペルがよい値で下取りしてくれましたので、1%の低金利につられて紺色のBMW525を購入いたしました。現在、東京から持ち帰ったBMW318iと2 台所有しています。一応満足して乗っています。525のほうは現在(H.9年12月)スノータイヤを履いてい ますが、カーブで少し振られるような気がいたします。これからは事故を起こさずゆっくり乗っていこうと考えています。長距離もよいですが、山岳コースが好 きで機会があればデジカメをもって出かけたいと考えています。
今思い出しましたが、いつだったか忘れましたが、イスズのジェミニに乗ったことがあります。なぜかこの車にはあまり良い印象がありません。相性が会わな かったのでしょうか。すぐに手放しました。
一度4輪駆動車に乗ってみたいと思っています。若者向きの車に初老のおじさんが乗り、ゆっくり走り後続車に道を譲り、ニヤニヤ笑っているのも乙なものだと 考えています。
最近の車 ついに念願の四輪駆動車いすゞビッグホーンを購入しました。思ったより幅が広く最初は戸惑いましたが直ぐになれてしまいました。マニュアルには、乗り方の注意がいっぱい書いてありますが、その内になれてくるだろうと思っています。ガソリンスタンドのおじさんいわく、雪には強いですよ、どんな深い雪でも平気ですよ、でも急ブレーキには注意してください、特にくだりざかには急ブレーキは怖いですよ、などといっぱいパイアドバイスをしてくれました。感謝。
平成15年以後の車BMW525は約10年乗りましたので最近思い切ってBMW325の乗換えました。
また、ビッグホーンも7年乗りましたのでスバルレガシーアウトバックにしました。
現在の車ついに私も満75歳になりました。免許更新の案内が来ましたが、高齢者の講習を特別に受けるように言われました。さっそく早めに予約し、とにかく受講しました。結果はOKであり更新も無事に終了、もうしばらく乗り回したいと思います。現在はいすゞビッグホーンもスバルレガシーアウトバック手放し、BMW325だけ使用しています。
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日記・自動車など
h.9/11/9/ 
晴れ
今日は朝から快晴だ。白のBMW318iで目的もなく出かける。
R41を大沢野をすぎ楡原へ入る。デジカメで神通第1ダムとその付近を5-6枚写した。トンネルを過ぎ右にドライブインを見ながら行くと、左に「林林」と いうドライブインがあった。ここで小休止し裏の公園やススキを又5-6枚写した。 
ここで引き返すことにした。 天気は良いしついついスピードが出る。後ろから軽自動車が追いついてきた。別に逃げるわけではないが、こちらもスピードが上がる。さっきのダムを過ぎた頃 左の緩いカーブで前方に急に人が出てきた。赤い棒を持って手を振っている。スピード違反のねずみ取りだ。免許を見せて下さい。19キロオーバーです。あ あ、ゴールドカードですね。3ヶ月無違反ならば今日の点数は消えますよ。 
後日近所の郵便局へ罰金を払いに行った。局員はちらっと用紙を見ただけで、あれ、先生スピード違反したのですか、とすぐばれてしまった。かばんのそこから 自分の拇印のついた違反切符が出てきたので、思い出して日記を追加した次第である。
h.9/12/14/ 
晴れ時々曇り
午後から少し暇が出来た。別に目的もなく、BMW525でドライブにでかける。デジカメを持ってホームページ作成用の写真を撮りたい。 
以前に紺のロングノーズのスカイラインで利賀村より栃折峠を越え八尾へ出たことがあった。なんとなく今度はその逆を行ってみたくなった。R41を大沢野か ら八尾へはいり井田川に沿って走る。2回ほど土地の人に道を聞いた。八尾の町から利賀へ向かう道がよく分からなかった。 
井田川に沿って走ると山の中でも2車線の舗装道路がきれいに出来ている。しばらく進むと急に道幅が細くなる。一応舗装はしてあるが、対向車がくると広いと ころで止まりやり過ごさなければならない。急カーブあり勾配も結構強い。雪はほとんどなく20センチ位か。時々山間から富山平野がきれいに見えたり、50 メートルぐらいのグリーンのきれいな橋があったりして楽しい道である。 
急カーブで出会い頭に対向車と会いバックさせられたこともあった。スキーをつんだ四駆の車が多く若い人ばかりであった。栃折峠を超えると道路工事あり、そ の後は利賀まで非常によい道であった。新樽尾トンネルを通り[飛翔の郷]へ出る。トンネルを通らず真っ直ぐ行けばスノーバレー利賀スキー場へ出るはずであ るが、今回は行かなかった。 
R471を下るが、すべて舗装道路であり、カーブはあるがドライブにはもってこいの道であった。R156から庄川へ出てR359音川線を通り富山へ帰っ た。デジカメは一度も写さなかった。残念。
h.10/2/11 
快晴
本日もまた特に予定がない。午前11時出発。オリンピックでもみに行くか、と軽い気持ちで出かけた。自動車は渋滞しているかもしれないから、兎に角行ける ところまで行って、あまりこんでいたら引き返すつもりであった。ところが、糸魚川まで高速道路はスキスキ、R148(松本街道、糸魚川街道)もぜんぜん渋 滞していない。姫川沿いに走るR148は以前はスリルのある道路であったが、今は全く安全な道になった。2時間強で白馬町に入る。白馬駅の前を右に曲が り、八方尾根スキー場についた。この道だけが渋滞していた。 
午前のジャンプ競技の終わったところで帰りの車が多い。午後からは女子の滑降競技があったが、入場券は持っていなかったので入れなかった。コースのほんの 一部のみが見える。時々ものすごいスピードで選手の通過するのが見えた。暗くなり道の凍結する前に帰ろうよ、というわけで午後4時頃出発した。ただ行って オリンピックの気分を感じて帰って来ただけであった。デジカメで数枚撮影した。
h.10/2/22
曇り時々晴れ
オリンピックも終わりに近ずいた。11日には白馬へ行きオリンピック気分を味わったが、21日今度は家内がJRで長野へ行き(子供は東京から)極寒の中で ボブスレーを観戦した。あらかじめ入場券は買ってなかったので、当日券を購入したらしい。 
私は土曜日は午後5時半まで仕事をしているので、6時ごろ車で出発した。富山i.cより北陸自動車道に入る。渋滞することもなくすいすい走るが滑川、魚津 あたりは強い海からの横風があった。朝日からはトンネルが多く相変わらず恐い。早く対面交通がなくなって欲しい。特に飛ばすこともなく100キロぐらいで 走るが、一部70キロ、80キロ制限のところがあった。上越で降り赤倉へ向かう。i.cを出る時に聞いたら、上越自動車道が新井まで来ており、これが完成 すれば赤倉まではほんの10分ぐらいだそうだ。右側に晧晧と明るいナイターのスキー場が二つ見えた。一つはaraiスキーリゾートで、もう一つは何処だろ うか。15分ほど走ったところで一斉の検問に引っ掛かった。オリンピックの関係で検問しているそうだ。約30分ほどで赤倉に到着したが、富山から丁度2時 間20分であった。高速道路が完成すれば、2時間をきるのではなかろうか。ホテルで長野からの家族と合流した。 
翌22日はスキーを楽しんで帰ることにし、ホテルから10分ぐらいの杉の原スキー場へ向かった。気温が緩んだせいか雪が重く足が取られ難しかった。やはり 富山と違いスケールが大きい。前々からの、右足の膝から下が痛く、いいかげん嫌になり午後2時ごろ中止、そのままホテルに帰り風呂に入り四時ごろ出発帰路 に就いた。今度は上越に入るまで渋滞し、富山まで約3時間ほどかかった。右足が痛いからこれでスキーは終わりかなあ。
h.10/3/8 
晴れ
2月分の保険の仕事も終わった。昨晩は非常に寒かったが今日は朝から快晴だ。久しぶりにゴルフの練習にでも行こうかと思ったが、二人ともあまり気が進まな い。又デジカメを持って独りでホームページ用の写真を撮りに行くことにした。 
富山湾越しに立山連邦を撮りたいと思い、氷見の方え行くことにした。R8を高岡からR160に入り氷見バイパスから中田へ行く。この辺は中学校の時伏木か ら船に乗って海水浴に来たところだ、と思い出しながら走った。1キロほどのところに「虻が島」がきれいに見えた。立山連邦は海越し薄く見えるがはっきりし ない。やはり夕日のほうが良いのかもしれない。 
デジカメで7,8枚うつし、この辺で帰ろうかと思ったが、もう少し進むことにした。百海から左に急に曲がり進むと七尾へ出るが、逆に右へ曲がり観音崎のほ うへ行くことにした。さすがにこの道は工事中のところが多く、狭い道があり、一度バックさせられた。何処で間違えたか行き止まりになり海岸ではあるが右は 海、左は田んぼ、正面は山の崖っぷちになり進めない。少し引き返し細い山道に入り低い峠を越すことにした。
こんな山道で細い道だが一応全部舗装道路である。両側は20-30メートルぐらいのまっすぐな杉林であり、京都の北山杉を思わせる。30分ぐらいで七尾湾 側へ出るが、あとはR159を下り帰ることにした。昔大学にいたころ車で良く通ったことを思い出しながら、津幡でR8に入る。倶利伽羅と小矢部間の道路が 一変しておりトンネルが二つもありびっくりした。後は真っ直ぐ富山へ向かった。
h.10/3/21
曇り
昨夜東京から娘が帰ってきた。今日は節分の日である。 
家にぶらぶらしていても仕方がないから、また利賀へスキーに行くことにした。もう何回も行ったから道は良く知っている。 
音川線から庄川へ入り、R156に入り、川魚料理の湯谷亭の前の急さかを上りクネクネ曲がった道路を通り利賀にはいる。前回は雪のためここで引き返した が、今日は私のBMWで楽楽行けた。長いトンネルを通り急に右へ曲がり10分ほど進むとスキー場に着いた。
雪は少なく一番高いコースは滑降禁止になっていた。雪質は悪くザラ目上で重く、足腰の弱い私は恐くよく転んだが、さすが子供はうまかった。2時間ほど滑っ たらもうくたくで、いい加減帰ろうやということでそのまま真っ直ぐ富山まで一気に帰った。 
やはり雪の多い時に4輪駆動車で行きたいとおもった。全体のコースは長く雪があれば面白そうだ。
h.10/4/5 
晴れ
今日は朝から晴れている。何処かへ行きたいが、今日耳鼻科の学会がありあきらめた。
以下は昔の思い出である。 
医局に入局間もないころ、毎年8月頃岐阜県の神岡の病院へ短期で出張させられた。当時の道路事情は非常に悪く、R41は猪谷から神岡の間は最悪であった。 午後5時ごろ仕事が終わってから帰ろうとすると、先生、今日は風が強いから泊まっていって下さいといわれた。風が強いと落石があり危ないそうだ。 
道路は狭く車が1台やっと通れる程で、舗装がしてなく凹凸の激しい泥道である。工事個所が多く、しょっちゅう待機やバックさせられる。今のJR神岡線はな く、小さいトロッコみたいな軌道線があった。「茂住」というところがあるが、ここの小さい部落に1件だけガソリンスタンドがありよく利用した。昔はここに 関所があったらしい。 
日曜日には富山へ帰らず、神岡を基点として平湯や父の出身地である高山へ出かけた。今の数河高原は通らず、少し手前から左へ入り「神原峠」を越え古川へ出 る道が今でもある。一部急カーブの恐いところがあるが、今は舗装されきれいになっており、古川の少し手前に出られる。今の数河高原のR41はずっと後から 出来た道である。父の実家はもうとっくに処分してしまったが、建物は今でもあり懐かしい思い出があり、今でも毎年墓参りに行っている。
h.25/6/15 
曇り後雨
富山中部高校時代の友人と草津温泉にて合うことになった。富山からは私と小学校からの友人であるY君である。高速道路にて2時間、信州中野で降り、国道292号線で志賀高原を走る。4時間弱で目的地の草津ホテルに到着した。旧友のN君はIBM勤務後横浜に住んでいるが、当地草津に別荘を購入し、年間何か月かはここに住んでいる。毎日ゴルフ三昧らしい。もう一人の友人、H君は中学のころからの友達である。かれは定年退社後現在越谷市にて、花壇苗、鉢花生産の会社経営である。お花を一杯お土産に頂いた。話は深夜まで尽きなかった。高校2年頃の写真があったので持参したら喜ばれた。次の日はY君とは別れ一人で帰ることになった。次年度は平湯温泉にて再開することになった。
h.25/6/16 
曇り後晴れ
今日は草津の街並みを少し見学することになった。以外と人が多く、最近は外国人が多いと聞く。湯畑は壮観であった。日本古来の歴史上の人物が、周囲の石垣に刻んである。この後Y君が高崎で私用のため、私が一人で帰ることことになった。志賀高原は天気が回復し快適であったが、頂上付近はやはりガスがかかり視界不良である。対向車はライトをつけている。付近の景色は時々しか見えない。このまままっすぐ帰っても良いが、何の当てもなく国道R18を走り、妙高、赤倉の山の中を走り、上越高田あたりで高速に乗った。この辺りは時々昔スキーに来たりしていたので、国道もよく覚えている。後はまっしぐらに富山へ帰った。
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