(3) 合併の必要性と効果

地方制度調査会答申「市町村の合併に関する答申」（1998）は、市町村合併の必要性や効果をつぎのように示している。

　(4) 市町村合併の障害

　しかし、合併には様々な障害がある。地方制度調査会答申では、

１　多核型都市構造と地域振興

(1) 多くの合併は多核型都市構造を生み出す

従来の市町村の都市構造は、中心にオフィス街や中心商店街などの中心市街地があり、それを取り巻く形で住宅地や農村地域が広がっているのが普通である。しかし、合併市町村の地域構造は、これとは異なったものになる。

もちろん、これは、その市町村が置かれている環境によって異なる。政令市以上の大都市が周辺の隣接する市町村を合併する場合、大都市と周辺市町村の関係は、都心部・中心市街地と衛星都市やベッドタウンなどの形で機能分担が行われ、既に一体的な機能地域をなしていることが多い。この場合、実質的な都市の地域構造は、合併前後で大きくは変化しない。県庁所在地等の中核市クラスとその隣接市町村の合併もそれに準ずると考えられる。

これに対して、現在進められている多くの合併構想は、主に行財政基盤の強化を目的に行われているため、地域間に明確な機能分担関係がない場合が多い。

　平成13年10月に決議された福島県東白川郡矢祭町議会の「市町村合併をしない矢祭町宣言」では、「矢祭町は地理的にも辺境にあり、合併のもたらすマイナス点である地域間格差をもろに受け、過疎化が更に進むことは間違いなく」と述べている。また、『広報やまつり』（平成13年11月号）に掲載された根本良一矢祭町長の「市町村合併に対する基本的考え方」では、合併しない理由として、�@合併より独自の町づくりを進めたい、�A地域格差が生じる合併はしない、�B昭和の大合併騒動の轍を踏まないの３点を掲げているが、このうち�Bは�Aに対する住民間の見解の相違が原因となって生じたと考えられるため、�Aが根元的な原因として理解されていると考える。

　すなわち合併により、政治行政機能が他の「町」に移転することで、周辺地域となる地元「町」の疲弊が意識されているのである。

イ　抵抗感の背景は周辺地域の振興問題

　以上のような認識が、合併の障害となり、あるいは合意に当たっての代償措置として、周辺地区への過大なハコモノづくりが求められる原因になりがちである。合併特例債の多くが、合併による施設の集約化よりも、地域ごとのハコモノ等の建設に充てられる可能性もある。

こうしたことを踏まえ、合併時には「市町村建設計画」が策定できることになっている。しかし、10年の計画期間がすぎた後の保証への不安は解消されない。また、旧市町村ごとの区域に置くことができることになった「地域審議会」についても、実効性への不安は残る。これは制度の問題というよりも、運用に不安があるということだと考えられる。
 

　合併の円滑な推進には、こうした点に配慮していくことが不可欠と考えられる。
 

(3) 行政のユニバーサル機能とローカル機能

　矢祭町は、昭和の大合併で３つの村の合併により誕生したが、「主として役場の位置や合併後の村名をめぐって紛糾を重ね、3村長が激突し、談判が決裂し」最終的には2村は分村により合併に参加した（根本良一（2001））。

　このように多くの合併では、役場・市役所の位置が最も重要な問題になっているのである。【しかし、役場・市役所の立地に対する一般的な認識は、「地域のシンボルがなくなる」という程度、心理的な影響しかないという程度の認識が多い。これは事実だろうか。】
 

ア　ユニバーサル機能とローカル機能

　市役所・町村役場（（以下「役所」という）の立地の意味を考えるために、行政の機能を、地域に与えるインパクトの視点から2つに区分して考えることにする（図表5）。一つは、役所の位置に関係なく、地域や住民に等しく公平に提供できるサービス等の機能である。これを役所あるいは行政の「ユニバーサル機能」と呼んでいいだろう。これは、行政サービスにあまねく公式的に期待されている機能でもある。この機能は、合併が行われれば、効率化し、サービス水準が上昇すると考えられる。

　これに対して、役所や施設との距離によって住民が受ける便益に差が生じるような機能を、役所の「ローカル機能」（局地機能）と呼ぶことにしよう。このローカル機能は、合併のあり様によって大きな影響を受ける。

　ローカル機能は、さらに2つに区分することができる。第一は「立地依存機能」である。これは、市町村が設置する文化施設・体育施設等や役所庁舎が特定の地区に立地することによって、周辺地区に反射的に生ずる便益機能である。第二は、「政策依存機能」である。これは、行政が政策的に特定の地域を選定して実施する事務に関わる。例えば、特定の重点地区だけに関する振興施策、あるいは全域の中で一つの地区を住宅地とし、別の地区を中心商店街とするようなゾーニング計画等である。

　もちろん、これらの機能の違いは相対的なものであり、一つの事業やサービスが強弱を別にして両面を併せ持つと考えられる。

　以下では、ユニバーサル機能は、「行政サービス」の当然の機能として比較的よく認知されているため、ローカル機能について考える。
 

イ　ローカル機能のうち「立地依存機能」

　ローカル機能の一つである「立地依存機能」は、役所等の施設に近い住民や地域ほど、得られる便益の水準が高いような機能をいう。その多くは、それらの地区の住民の権利ではなく事実上の利益であるという意味で「反射的利益」として理解できる。例えば、道路が建設されると、それに接する土地は価値が高くなる。逆に道路が廃止になると、土地の価値は低下する。この際に、道路に接していることを土地に付随する権利あるいは所有者の権利として認めると、行政は、補償請求の多発など調整困難な利害関係の中で事務ができなくなる。このため、それを「反射的利益」とみなし、権利として認めないというのがおおむねの反射的利益論の考え方である。
 

　こうした反射的利益は、権利の主張として訴訟で争われる微妙なレベルだけでなく、事実上の利益としては、ハコモノやソフト事業にも幅広く普遍的に存在するのである。この意味で東京が政府機関や国の施設の立地によって巨大な反射的利益を得ていると言えると同時に、市町村の内部においても、同じような状況がある。
 

　行政は、あたかもそうした利益が存在しないかのように事務を執行している（「せざるを得ない」）。したがって、合併に関する公式的、一般的な検討では、それは枠組みの外にあり顕在的な議論にはならなかったのである。

　しかし、これに関連する問題が、現実には「周辺地区」住民に重要な問題だと認識されているなら、ここに光をあてない限り円滑な合併は進まない。これは必ずしも個々の地域エゴに配慮すべきことを意味しない。この問題を視野に入れることで、こうした枠組みを包含した合併のあり方を検討することができると考える。

・　「立地依存機能」の主な例

　この立地依存機能にかかわる局所的な利益の主なものとしては、

　これらの与える便益は、�@のように距離に応じて緩やかに減少するものもあれば、�Bのように距離に応じて急速に減少するものもある。また、�@については、モータリゼーションの発達に伴って、かつてよりも立地依存性を低下させてきた。今後も電子自治体、電子政府の推進により、よりユニバーサル性を高めていくと考えられる。しかし、�Aや�Bは今後も依然として立地依存機能としての性格を保っていくだろう。いずれにせよ、これに対して、施設から離れた地域は、そうした利益を受けられない。
 

・　役所の消費等の経済機能　

　役所は、事務の執行に応じて、印刷、文房具などの様々なオフィス活動に伴う消耗品や物品、設備の発注、外部委託を通じての対事業所サービス事業者への発注、建設事業者への発注などを通じて地域経済の中で主要なプレーヤーとなっている。また、職員の給与等を通じて市内での消費にも貢献している。合併によって、役所の主要部門が移転すれば、もちろん、現在の財政支出がすべて地域内を環流しているものでもなく、合併によってすべてが失われるわけでもないが、地域はこうした消費需要、中間サービス需要等の多くを失うことになる。

典型的な地方の小都市として人口約3.5万人の富山県小矢部市を見ると、直接の比較ができる数字ではないが、市の製造品出荷額等は約984億円（平成11年工業統計調査）であり、小売業年間販売額は約307億円（平成11年商業統計調査）である。これに対して市の平成13年度当初予算額は一般会計及び特別会計を合わせると約238億円（11年度は約230億円）に達する。すなわち、市の活動が地域経済に与える影響は無視できない水準にあると推定できる。
 

ウ　ローカル機能のうち「政策依存機能」
 

　ローカル機能の二つ目の「政策依存機能」は間接的であるがやはり立地に影響を受ける。これは、さらに２つに区分できる。

�@　地域の企画機能

　第一は、「地域の企画機能」である。

　地域の（振興に関する）企画機能は、その地域と密接に結びつき、継続的に関わり合いを持ちながら（この意味で「地域専門で」）行うのでなければ、その地域のニーズに応じた十分な企画はできない。地域の中にあることで日常的に当該地域と密接な相互作用があることが重要な意味を持つと考えられる

　また、職員が身近な地域で様々な形で地域活性化に関連する活動に関与していくことは、地域にオフィスがあってこそ容易になる。
 

・　地域の企画機能が失われたＡ市の例　

　北陸のＡ市では、市長が、かつて事実上吸収合併したＢ地区について、地区振興のために何かしてやりたいと思うのだが、Ｂ地区からは現実的でかつよい提案が出てこないのだと嘆いておられるという話を伺ったことがある。

　合併によって、この地区から町役場が失われ、その地域の振興について継続的、長期的、現実的な視野で考え、企画していく主体が消失したのである。

　もちろん、地域活性化に関する意見やアイディアは行政のみが持つものではない。必要に応じて組織されるワーキング・グループや委員会、審議会や市民からの意見やアイディアは重要である。しかし、それを現実的な企画、すなわち説得力があると同時に実現可能であり、かつ当該地域を超えた市民全体の支持が得られるレベルの政策としてとりまとめるには、利用可能な制度や資金などの行政上の知識と地域振興に関する長期的、総合的な視野を持った人材と組織、つまり事務局の役割を果たす組織が必要なのである。従来、こうした役割を果たしてきたのは市役所であり町村役場だったのである。地域の企画機能を地域に置く意義は大きい。
 

�A　広域(重点)調整機能

　政策依存機能の第二は、「広域(重点)調整機能」である。

　都市の発展、まちづくりにおける市町村行政の影響力は決して小さくない。役所やサービス施設の立地などの行政の投資計画や、土地区画整理事業は各地区の発展に直接的な影響を及ぼす傾向がある。特に多核型の都市構造を持つことになる合併では、こうした広域的な施設の立地や重点整備地域の決定権がどこにあるかが重要な問題になる傾向がある。

　これに関連する地方公共団体の重要な（事実上の）機能の一つとして、地域の総合的な団体としての地域間の「利害調整機能」がある。
 

・　合併による利害調整の枠組みの変動　

　この利害調整機能が、合併によって大きく変動する。合併以前には市町村を超える利害調整機能がなかったところに、合併によって強力な（広域的）利害調整組織が誕生する。これによって、ハコモノなどのワンセット主義が排され、効率的行政が期待されるのである。これが広域（重点)調整機能の重要な意義である。

　しかし、その一方で、従来は旧市町村ごとに行われていた（市町村を構成する）小さな地域の政策ニーズの調整機能が合併により消失し、一挙に合併後の大市町村レベルの広域調整にまで引き上げられることになる。前記の地方制度調査会答申が、合併の障害としてあげた「�B住民の意見の施策への反映やきめ細かなサービスの提供ができにくくなる」とは、おおむねこうした点に関係する不安を意味すると考えられる。
 

・　政治ベースから行政ベースへ　

　もちろん、当然、大きな市町村でも、こうした調整は可能である。しかし、それは主に「行政による調整」が中心になる。小さな市町村では選挙で選ばれた首長や議員などの政治レベルであった調整課題の多くは、合併で誕生する大規模市町村では「行政ベースの課題」となる。すなわち大規模市町村化によって、地域的課題調整主体の政治ベースから行政ベースへの転換が生じると考えられるのである。このことが持つ意味はプラスの面もありマイナスの面もある。

　いずれにせよ、例えば政府機関が東京という地域の影響を受けていないとは言えないように、地方公共団体の行政組織も、日常的に密接な相互作用のある周辺地域の影響を受ける傾向がある。「現地にいること」の意味は大きい。この意味で、行政機能が身近な地域にある意義はますます重要性を増すことになる。
 

(4) 重要性を増す役所のローカル機能

　市町村の役割のなかで、目に見える直接的な「住民サービス」に対して、年々「地域振興」や地域の振興に関する企画機能への期待が大きくなりつつある。その背景の主なものとしては、モータリゼーションと過疎化が考えられる。

　かつて、農業、商工業において自営業が大半を占めていた時代、日常生活も徒歩の行動圏に依存していた時代には、市町村の範囲と住民の生活圏には大きな隔たりがなかった。しかし、交通機関の発達、モータリゼーションによって、職と住の場の分離が生ずるとともに、消費の場も広域化してきた。

　この結果、市町村は、住民の生活のすべてをカバーする存在ではなくなり、市町村はかつての独立した圏域から、広域的な機能地域の中に組み込まれるようになったのである。一方、このモータリゼーションによる消費者の行動圏の拡大は、商店街間の広域的な競合をもたらし、同時に郊外型店舗の普及によって中心商店街の地盤沈下をもたらしている。この結果、それは「町」らしい環境を作り出してきた町の商業・サービス業に大きな影響を与え、中心市街地や中心商店街の活性化に対する市町村行政への期待を上昇させることになった。

　また、一方で、地方では人口の社会移動を背景に過疎化が進行してきた。地域に人がいなくなり、地域の祭りすら危機に瀕し、地方の小都市や村が支えてきたわが国の多様な文化が失われつつある。
 

　これらを背景として、特に地方の市町村においては、商工業振興問題、人口問題、地域の活性化問題すなわち地域振興に関する様々な問題が、単なる行政サービスの維持、向上の問題を超えて、重要な課題となりつつある。

　また、多くの中小市町村では、役所は、最大級のオフィス活動を行う事業所でもある。

　以上の諸点は、役所のローカル機能の意義を強める方向に働いている。ユニバーサル機能と異なり、ローカル機能の及ぶ範囲は役所の立地地点に大きく規定される。したがって、多核型都市を形成する合併においては、どこに新たな役所庁舎を作るかが大きな問題になるのである。

２　分都型合併

以上の問題への対応策として、以下では『分都型合併』、分都型行政システムを検討する。

(1) 分都型合併とは

「　分都型合併」とは、行政機能・権限を本庁舎に集中せず、主に旧市町村の役所庁舎である分庁舎に分散配置し、その分庁舎の部課等に本庁舎にある組織と同等の権限を残す形をいうものとする。同時に、情報ネットワーク等により、分庁舎を超えた各組織間の連携を密接にすることで、業務執行機能の効率化を図る合併をいうものとする。分庁舎の行政組織は、その地域の「地域審議会」と密接な連携をとっていくことも考えられる。
 

ア　「分都型合併」検討の意義

　分都型合併を検討する意義としては、�@多核型都市構造に適した市町村制度のあり方の検討への寄与、その採用により�A合併に際しての「中心地-周辺地区の格差問題」に対する不安の解消を図ること、�B格差拡大への不安解消の代償条件となりがちな過度の周辺地区への行政投資を軽減すること等にある。
 

イ　市町村制度と「分都型合併」の関係

国の政治行政制度に、集権的形態から連邦制などの分権性の強い形態までがあるように、市町村の内部においても制度的な多様性がありうるし、国際的には事例も多い。こうした中で「分都型合併」は、制度的には従来の合併と違いはない。この意味で、あくまでも現在の制度の枠内で、一つのあり方を考えるものである。
 

ウ　「分都型合併」選択の位置づけ

　分都型合併は、合併後も多核型都市構造を維持するという選択を前提とする。当然ながら、さらなる効率化の推進や、地域間競争に向けて多核型都市構造を一極型都市構造へと積極的に転換していく選択肢もある。例えば、既存の中心市街地のうちの１つを選択し、その都市機能を集中的に強化したり、既存市街地の中間に新しい都市中心地を形成していく選択も考えられる。こうした選択を行う場合には、分都型合併は検討の対象になるべきではない。

　分都型合併は、あくまでも、「地域の意見の反映」を重視する場合の選択肢なのである。逆にこうした地域的な視点が強すぎれば「地域を超えた横断的な政策ニーズ」は、かえって政策に反映されにくくなるという問題がある。バランスを考えながら、何よりも地域の特性にあった選択が行われるべきである。
 

　こうした選択は、新しい合併市町村のあり方のビジョン、基本方針、基本構想に関係する重要な政策課題であり、十分な検討と慎重な選択が行われなければならない。
 

エ　地域間調整問題と効率化問題

分都型合併では、地域エゴの調整が最も重要な問題になる。過度の地域エゴが生じないようなシステム、地域間の調整を効果的に行えるようなシステムの検討と具体化が必要である。例えば、特定の分庁舎に当該地域出身職員が著しく偏らないような人事のルールづくりなども考えられる。また、組織的には全体を調整するための企画調整機能が必要であるかもしれない。

　一方では、過去の合併事例における支所機能縮小の歴史が示すように、効率化のために当初の構想が変化を受ける可能性もある。こうした変化に対応できる仕組みの検討も課題である。状況の変化に柔軟に対応できる必要もある。

以上は、バランスの問題になると考えられる。合併するケースごとに適切なバランスがあると考えられる。
 
 
 

(2)分都型政治行政機構の事例

　こうした分都的形態は、従来の政治行政制度や過去の合併ではなかったかといえば、そうではない。以下にいくつかの事例を掲げる。

ア　ドイツ････国家レベル

　ドイツは、法的にはベルリンに首都を移転したが、ベルリンに連邦議会、首相府、外務省、大蔵省など12省庁が移転、ボンには教育科学省、環境省、国防省など8省が残留し、逆にカルテル庁、会計検査院など16機関がボンに移転した。しかし、ベルリンに移転する省庁についても職員の3分の2はボンに残留することとなっている。また例えば、会計検査院は、法的にはともかく実質的には、従来からの所在地であるフランクフルトに中心が置かれている。

イ　北上市･････市町村レベル

　北上市は、旧北上市役所を本庁舎とし、旧江釣子村役場を江釣子(えづりこ)庁舎、旧和賀町役場を和賀庁舎として、江釣子庁舎には建設部全体が、また、和賀庁舎には農林部全体と教育委員会事務局というように、本課-出先という関係ではなく、部局が一括して分庁舎に置かれている（図表6）。合併時の合意では、地理的な中心となる江釣子地区に市役所を建設することが合意され、用地も取得済みであるが、財政状況が許さないため、現在も、分庁舎方式で事務を執っているとのことである。こうした点を見ると過渡的な状態ということになるが、旧庁舎を分庁舎として利用することについては「地域から行政がなくなるのではという不安の解消を図った」としている（門嶋「合併市町村を訪ねて」『北陸経済研究』平成14年6月号）。
 

　平成14年10月に行ったヒアリングによれば、北上庁舎と和賀庁舎間は自動車で20分程度、中間に位置する江釣子庁舎と北上庁舎間は5分程度であるが、分庁舎の部局等を超えた会議は、通常の課では月1、2回程度であり、格別大きな問題は感じていないとのことである。会議の開催場所については、主催部局のある庁舎での開催が多いが、必要な会議室の規模や空き状況をみて臨機応変に選択されている。また、江釣子、和賀庁舎所在の部局の議会対応は、特別な組織や室はなく、準備や待機は北上庁舎の会議室を利用しているとのことである。

　庁舎間の連絡手段については、（電話、ファクシミリのほか）文書送達便が午前と午後各１回庁舎間を往復している。情報化に関しては、住民票の発行などがオンライン化されている。また、インターネットのメール利用も可能であるが、庁内ＬＡＮについては、15年度の導入に向けて検討が進められているとのことである。

　このように特別な連絡手段を採用していないことで、特に緊密な連携を要する部局内各課の分散を避ける必要があり、そのために部局単位の分庁舎配置がとられているとも考えられる。

　なお、最近の例では、東京都の西東京市や沖縄県の久米島町も同格の分庁舎方式である。
 

ウ　過渡的な形態としての分散型の事例

　市町村合併で、過渡的に庁舎を分散して置く例はきわめて多い。

　過渡的ではあるが、旧来の市町村役所に本庁舎と同等の権限を付与する形態もある（北上市は広い意味ではこれにあたる）。また、つくば市で採用された「タッチゾーン方式」（リレーのバトンをタッチするゾーンをイメージ）は、３年間のみではあるが、旧町村役場の機能と権限をほとんど残した例である。

支所の設置という範囲まで対象を広げると、いわき市の例（門嶋「合併市町村を訪ねて」）にみるようにむしろ普遍的である。支所であっても、比較的多くの権限を支所に残す合意がなされるケースも多い。しかし、その合意は、その後の行財政環境の変化の中で効率性を理由に変更を迫られる場合が多い。

なお、本稿の目的は、こうした過渡的な形態を超えることを目指すものである。
 

(3) 分都型市町村のイメージ

ここでは、ある程度十分な情報通信環境が成立した状況での、分都型市町村の行政機構のイメージを整理する。こうした将来イメージがあれば、それがただちに実現することはなくとも、そのイメージを踏まえて、現在の分都型合併を考えることができる。通信環境の整備が進めば、これ以上になりうるし、十分ではない段階では、このイメージと現状との間に現実の可能性があることになる。

まず、首長と議会を置く分庁舎がある（首長と議会が別の庁舎ということもありうる）。それ以外に、おおむね旧市町村の役所が分庁舎となる。しかし、各庁舎に置かれる行政機能は、基本的に上下関係はなく同格であると考える。以下、各庁舎に置かれる機能ごとに整理する。
 

ア　地域企画機能

　第１は、例えばＣ地域の分庁舎にＣ地域企画課があるというように、当該地域に関する企画機能を持つ分課である。

　【市町村合併によって、一般には企画調整機能を集合・統一化し、執行機能は現場との関連があるため、（特に必要があれば）分散でよいという認識が漠然とあるが、実際には、合併で規模の利益が得られるのは執行機能であり、企画機能ではない。

外部からの情報ですら、現地に企画機能があれば、その町のまちづくりにあった情報が自然に集まる。例えば、風の盆の八尾町のまちづくりに参考となる情報は、八尾町に役所があってこそ集まってくるのである。また、集めようともするだろう。集合化されたオフィスで、１時から４時までは近代的に発展しているＡ町のことを考え、４時から５時までは伝統のあるＢ町のことを考えるというのでは、地域の歴史や文化にあった地域振興や施策の企画は難しい。

地域の個性、文化、伝統を守る意味で企画機能の果たす役割はきわめて大きい。これが地域から失われれば、中長期的に、その地域の文化が失われ、ひいてはわが国の多様な歴史と文化も失われていくだろう。品種改良に多様な遺伝子（品種）の存在が不可欠であるように、一国の文化の活力は、多様な文化が混交する中から生まれる。文化の単一化は、中長期的にその国の文化の活力を失わせていくだろう（仮に多様化を維持するために若干のコストがかかるとすれば、それは一国の活力を維持するために不可欠のコストなのである）。】

なお、別に市町村全体の企画機能を担う組織も必要である。これは、分庁舎の一つに置かれていても、また後述する適切な情報通信環境があれば、各庁舎に分散していてもかまわない。
 

イ　業務執行機能

第2が業務執行担当の各課である。これらは、例えばＣ分庁舎にＣ地域建設課、Ｃ地域商工課がある形が考えられる。これらの執行セクションは、合併による効率化により規模は圧縮されることになる。

　なお、例えば各建設課間の全体とりまとめを行う機能がどこかに必要である。こうした各分野の全体調整・企画機能をすべて特定の庁舎に集中すれば、本庁-支所方式に近くなる。一方、分野ごとに異なった庁舎に置くことも考えられる。情報通信ネットワークが十分な段階に達していないなら、北上市のように部局全体を特定の分庁舎に置くことも考えられる。逆に、ネットワークが十分発達すれば、各分庁舎のオフィスに分散している職員が、全体として一つの課として機能するような形態も考えられる。

ウ　住民サービス機能

第 は、直接的な住民サービスを実施する窓口組織である。過去の本庁-支所方式の合併での「支所」機能は、この窓口的機能が大半である。このサービスは、情報通信ネットワークを活用して、今後、さらに郵便局などの窓口などでも提供していくことが考えられる。

３　通信環境の変化と分散庁舎

　情報通信環境が現状のままでも、北上市のようなあり方は可能であると考えられるが、ここでは、通信環境の変化が分散庁舎のあり方に与える影響を検討する。

(1) オフィス活動に関する専門的研究の動向

　いわゆるオフィス活動におけるフェイス・ツー・フェイス（対面接触）の重要性については、すでに1926年に都市経済学者R.ヘイグが都市中心部へのオフィス集中要因としてとらえているが、こうした視点からみると、分散庁舎方式は、まさに、オフィス活動の効率性を阻害するものと考えられることになる。

　これに対して、情報通信技術の発展がオフィスの分散立地を可能にするとの視点が、例えばA.トフラー（1980）の「エレクトロニクス・コテージ」論などにみられる。専門の研究者では、トールングレン（1970など）が、ストックホルム市内のオフィスの業務上の接触調査から、オフィス活動における大半の接触は、短時間の「予定された」あるいはルーチン的な「プログラム的接触」であり、意志決定等に大きくかかわる「オリエンテーション接触」はごくわずかにすぎないことを明らかにした。これは、直接の対面接触が過大評価されていることを示唆している。オリエンテーション接触は対面を不可欠とするが、「プログラム接触」は電話やファクシミリなどで代替できる。

　このほか、オフィスの立地に関する研究の中で、ゴダード＆パイ（1977）、アレキサンダー（1979）やカタイ（1986）、日本の水鳥川（1987）など（注4）は、情報通信手段のオフィス分散への影響をある程度認めるものといえる。こうした視点でみれば、情報ネットワークを活用する場合には、分都型庁舎が効率を「大きく」阻害するとは必ずしも言えないことになる。

　ところが、今日では、情報ネットワークの発達にもかかわらず一般にはオフィスの分散が必ずしも進んでいないように見えることを反映して、山崎健氏（1988）の予測や今川拓郎氏（2001）にみられるように、情報ネットワークのオフィス分散に与える影響は必ずしも大きなものとは捉えられていないといってよい。

　こうした理解については、まず第１に、これまでの分析には、現在進行しつつある通信コストの急速な低下が反映されていないこと、第２に「新しい」情報通信手段が多様であることがある。例えば、「対面接触」を代替する程度は通信手段（電話、ファクシミリ、テレビ会議など）によって大きく異なる。したがって、その効果は一律に論じることができない。例えば、上記の今川氏の研究については、電話のみの分析結果を理由なく情報通信ネットワーク全般に拡張している点で問題があるといえる。

（なお、もとより、こうした研究は、経済外の効果をも踏まえる必要のある庁舎の配置政策にそのまま適用できるものではない。仮に効率性で若干の問題があるとしても、分散庁舎を選択する意味がある場合もある。）
 
 

(2) 通信コスト低下の可能性

　そこで、通信コストの状況を俯瞰する。

　毎日新聞によれば、東京-大阪間には、ＮＴＴだけで光ファイバーが400芯線以上敷設されている。これにWDM（波長分割多重化）技術等を導入すれば1芯線の容量は少なくとも80Gbps（注5）程度となり、現在敷設されている東京-大阪間の光ファイバーのみで32,000Gbpsの通信容量が実現できることなる。これに対して現在の東京-大阪間のピーク時の通信量は20Gbpsに過ぎないと言われている。これは、最大でも東京-大阪間の光ファイバーの潜在的能力の1,600分の1しか利用されていないことを意味する。ＫＤＤＩや日本テレコムも主要都市間を数十芯線で結んでいるとのことである（毎日新聞 平成13年1月14日付け社説）。

　しかも、この多重化技術は、日進月歩である。すでに80Gbpsの数倍の技術が実用化されており、実験室レベルでは数千Gbpsのレベルに達している。ギルダー（2001）は、「光ファイバーの帯域（回線容量）は半年で2倍になる」というギルダーの法則を提唱しているが、それに近いスピードで光ファイバーの回線容量が増大しつつある。これには、光ファイバーをひきなおす必要はなく、おおざっぱには、両端の多重化装置を交換するだけで回線容量を増加させるのである。

　半年で２倍になるスピードは、例えば5年で容量が１千倍になることを意味する（10年では100万倍である）。仮に、通信料金を１千分の１にしても利用が１千倍に増えれば、通信事業者はおおまかには採算が取れることになる。経験的には、電話は利用の価格弾力性が低く、料金の低下に見合うほど利用が増えないことがわかっているが、動画像通信が一般化すれば、利用は大きく拡大し、それに伴って通信料金は現在のスピードよりさらに急速に低下する可能性がある。つまり、容量を使う十分なコンテンツがあれば、料金は下がると考えてよい。

　例えば、年間1,000万円の通信料金が1,000分の1の１万円になるとすれば、通信そのものの使い方が大きく変わると考えられる。
 

(3) 動画像通信の意義

　これほどのスピードで拡大するブロードバンド化によって、将来飛躍的に増加する可能性があるのは、コンピュータ関連のデータではないだろう。既存のコンピュータ通信のコンテンツには、それほど巨大な容量は必要ないのである。コンピューターを使った動画像も、ソフトウエアの開発、コンテンツの編集などに大きなコストがかかるため、当面は回線容量の急拡大を埋めるほどには伸びないだろう。

　ブロードバンドでは、一見「付加価値の高い」コンテンツの伝送が行われると考えられがちであり、事実メーカー、ソフトハウスや通信事業者等は、そうした方向に走りだしている。しかし、重要な点は、逆に、通信コストの低下が「価値の低い」用途に使えることを意味することである。付加価値の低い用途に大量に使われるようになることがブロードバンド化（革命）の意味であると考える。したがって、ブロードバンドでは、むしろ単純に「編集されない生の動画像のやりとり」が中心になると考えられる。

　これは、近未来の情報通信ネットワークの利用の太宗が、コンピュータによるデジタル・データ中心ではなく（もちろん、これも重要であるが）、アナログ的、人間的な生の画像のやりとりに使われることになることを意味する。もちろん、それは、技術的には、まさにコンピュータ技術、デジタル技術に全面的に支えられたものなのであるが。こうした利用については、すでに携帯電話による画像のやりとりにその萌芽がみられる。ここでやりとりされている画像は、本人たちにとってはともかく客観的には、ほとんど価値のない情報である。また、「編集」された付加価値の高い情報でもない。ブロードバンドでは、こうしたささいな情報のやりとりが中心になると考えられる。

　そして、これは、他の情報通信手段に比べて、より生の対面接触に近い環境を提供することになるのであり、オフィス活動（や教育（注６））のあり方にも大きな影響を与えることになると考えられる。
 

(4) 現在、利用が行われていないのは

　動画像通信の未来像は、テレビ会議を考えるとわかりやすい。しかし、テレビ会議は、ファクシミリのようにネットワーク効果を生むだけの普及率に達していないことや、何よりも利用コストが高いことが問題であると考えられる（ファクシミリは技術的には古くからあったが、急速に普及が進んだのは、規格が標準化され、一般の電話回線の利用が可能になったことで利用コストが安くなってからである）。

　設備や機器が高価であるだけでなく、大きな回線容量を必要とするために、通信料金が嵩むのである。コストがかかれば、それに見合った内容の濃い、あるいはレベルの高い会議でなければ使う価値がないことになる。例えば、根回しに使うという利用申し込みはしにくいが、根回しが終わった後の正式な（形式的な）会議は申し込みやすいといった具合である。

　詳細は別稿に譲るが、こうした利用形態では、対面接触の代替にはなりにくいのである。要するに「ささいな」用途に使えるレベルにならないと対面接触の代替にはならないと考える。すなわち、従来、テレビ会議の利用が限定的であったのは、コストがかかりすぎたためである。

　通信料金の大幅な低下は、こうした条件を変える可能性が高い。密接な関係のあるオフィス間は、常時接続するということになるだろう。
 

(5) オフィス間の動画通信の将来イメージ

　以上を踏まえて、改めて分都型市町村のオフィスの将来像をイメージ的に考えてみよう。

先に述べたように、建設、農林、商工、住民などの各担当課が複数の分庁舎に分散しているとしよう。例えば、Ｄ庁舎にＤ建設課がありＥ庁舎にＥ建設課があるというイメージである。あるいは、建設課は一つしかなく、そのうち7人がＤ庁舎の建設オフィスに、6人がＥ庁舎の建設オフィスにいるというイメージである。
 

ア　常時接続「対面ウィンドウ」

　この各庁舎の関係各課オフィス間を常時接続のテレビ会議型の画面が結んでいるとする。これは、常に接続していることが重要である。壁に窓のように、各庁舎オフィスの風景が写っている状態である。各庁舎からは、他の庁舎の仕事の動きが常に見えている状態になる。

簡単な連絡や打ち合わせの必要があれば、その画面に向かって相手に呼びかければよい。わざわざ事前の準備や手続き無しに使えることが重要である。こうなれば、ささいな様々なコミュニケーションがいつでもできるようになる。これを「対面コミュニケーション・ウィンドウシステム」と呼んでもよいだろう。
 

イ　テレビ会議

　しかし、正式な会議や秘密を要する会議には、会議室に設置してある従来型のイメージのテレビ会議システムが必要である。
 

ウ　テレビ電話

また、電子決裁などで、決裁者が起案者や関係課長などの特定の個人と話をしたいときには、机上のパソコンを使った１対１あるいは１対多等のパーソナルなテレビ電話システムが必要である。口頭での説明が必要な起案は、他の庁舎にいる部長等に電子文書で回議されると同時に、起案者などがテレビ電話を使って、起案などの資料を双方で見ながら話ができる必要もある。

そうなれば、上司はどの庁舎にいてもよいことになる。人事異動で部長が替わるたびに、部長がいる庁舎が異動してもかまわない。課長などが、市長や上司と話をしたいときも、直接市長等につながるシステムがあれば、市長のいる庁舎の課長よりも、別の庁舎の課長の方が、忙しい市長と頻繁に話ができるかもしれない。
 

(6) 実現に向けて必要なこと

　もちろん、こうした状態が実現するには、ある程度の時間がかかると考えられる。単純なテレビ会議的な機能だけでなく、もっと多元的な利用、例えば多地点会議や電子決裁との連携（双方が同じ文書を見ながら応答できるような機能など）が、低コストで誰にでも違和感なく簡単にできるようなシステムの開発も必要になる。

　こうしたイメージの環境が、ただちに実現することは難しい。しかし、通信コスト面のみをを考えれば、分庁舎間に、光ファイバーの専用線を敷設し、常時接続でもコストを気にしないで使える環境を作り出すことは可能である。

(7) 「あわじ市」構想

　では、こうしたイメージは夢物語だろうか。現実に、こうしたイメージにかなり近い構想を打ち出した合併協議会がある。兵庫県淡路島の洲本市・津名町・五色町・一宮町合併協議会（法定協議会）である。

　平成14年に同協議会のホームページに掲載された概念図によれば、ＣＡＴＶ回線を活用した、公民館などの施設を住民サービスの窓口とする「コンビニ役所」やテレビ電話を活用した相談窓口など、情報通信ネットワークを活用して「周辺」をなくすという「ネットワーク型行政（合併）」構想が述べられている。その中で「従来型」の「庁舎集中型行政」に対して「庁舎分散型行政」を採用し、「すべてが中心部と同じ機能を果たす。周辺という概念がない」イメージを描いている。

　当協議会の構想は、主に直接的な住民サービスにおいて中央と周辺の格差をなくすという点に重点が置かれているようであり、行政の「ローカル機能」など間接的な地域振興効果を明確に意識したものではない。しかし、「庁舎分散型行政」という概念を意識していることからも、本稿で述べてきた考え方にかなり近い構想であると考えられる。

おわりに

　従来、地方公共団体の合併においては、役所の庁舎は集合化が当然であり、庁舎の分散は、事務の効率性を犠牲にすると考えられてきた。

　しかし、情報通信コストが大きく低下した環境下では、大容量回線の常時接続が可能になり、それを利用して、離れたオフィス（庁舎）間で、対面接触に準ずる濃密なコミュニケーションが可能になると考える。これは、直接的な対面接触を、かなりの程度代替することで、行政機構の分散配置の非効率を低減すると考える。

　このような情報通信環境の変化を視野に置けば、多核型都市構造を持つことになる市町村合併において、「分都型合併」は、合併による行政の効率化と同時に、周辺地域の活性化を可能にすることで、合併を円滑に促進し、あるいは中心核同士が離れすぎているなど従来様々な条件で困難と考えられてきた市町村間にも合併選択の余地を拡大する方策として、意義を持つことになると考える。

　このため、上記のようなシステム開発や条件整備が、国の電子政府への取り組み等に関連して強力に推進されるべきではないかと考える（注7）。

向井文雄

（財）北陸経済研究所　情報開発部長兼地域開発調査部調査担当部長

注1）人口比で4倍を区切りとする例については｛片柳(2002)p.45｝参照）

【参考文献】