栄養と料理(2001.6.1) <シリーズ>女性の健康を考える

メール相談で見えてきた

「若い女性のアルコール依存症」

まとめ/本誌・鈴木 え/はらだゆうこ


若い女性にアルコール依存症が増えている------。
精神科医の吉本博昭さんが行なっているメール相談から、
そんな傾向が浮かび上がってきました。
自身のホームページ「Goodbye-byeアルコール依存症」を通じ、
無料でアルコール依存症の相談に乗っている
吉本さんにお話を伺います。

飲酒で問題かかえる20〜30歳代の女性

----これまでにどれくらいの相談がありましたか。

吉本 アルコール依存症のメール相談を始めた1997年から今年2月までの相談実態をまとめてみました。この約4年間に計 422人から相談があり、相談者の性別は男性が27%、女性が73%でした(表1)。無料で相談できるツールとして、女性のほうがインターネットを積極的に活用しているようです。
 相談者の平均年齢は31歳で、20歳代が48%、30歳代が37%にのぼり、20〜30歳代で全体の85%を占めました。男性は30歳代からの相談が多いのに対し、女性は20歳代からの相談が53%と過半数を超えています。
 相談者がだれの飲酒問題について相談してきたのか見ると、相談対象者は男性が7割、女性が3割でした(表2)。対象者の平均年齢は男性が46歳、女性は36歳で、これだけ見ると飲酒問題の中心はまだまだ「中年男性」であることがうかがえます。
 年代別に見ると男性の対象者は30歳代と50〜60歳代とに2つのピークがあります。これに対して女性の対象者は20〜30歳代にピークが来ています。50〜60歳代男性の「中高年のアルコール依存者」が問題である一方、女性の20〜30歳代に多いのは、「若い女性のアルコール依存症」が増えていることの反映ではないかと思われます(表3)。

表1 相談者の性別人数 表3 相談対象者の年齢別人数
男性114人27.0% 年代総人数男性女性
女性308人73.0% 10代5人1.4%1人0.4%4人3.5%
合計422人100.0% 20代78人21.1%37人14.4%41人36.3%
 30代90人24.3%61人23.7%29人25.7%
表2 相談対象者の性別人数 40代49人13.2%33人12.8%16人14.2%
男性285人70.0% 50代81人21.9%64人24.9%17人15.0%
女性122人30.0% 60代59人15.9%54人21.0%5人4.4%
合計407人100.0% 70代7人1.9%6人2.3%1人0.9%
 80代1人0.3%1人0.4%0人0.0%
 総計370人100.0%257人100.0%113人100.0%
*年齢がわからないものは集計されていないために、表2と表3の総数は一致しません。


メールでの相談者は専門機関に行かない

----メール相談と外来での相談でなにか違いがありましたか。

吉本 臨床の場でアルコール問題の対象になる人は圧倒的に男性が多いのが現状です。ところがメール相談では若い女性が自分自身のアルコール問題について相談してくるケースが目立ち、びつくりしました。相談者のうち男性は約半数の55人が、女性は27%の82人が、自分自身のアルコール問題について相談してきています。
 若い女性からの相談が多いのは、その世代にアルコール依存症ないしその予備軍が多いためと考えられますが、女性のほうが早くアルコール依存症を発症しやすいという可能性も否定できません。私は病院以外に保健所でも嘱託医としてアルコール依存症の相談に乗っています。しかし病院でも保健所でも若い女性のアルコール依存症はあまり問題になっていません。
 一般的には@アルコールへの耐性増加Aアルコールヘの精神依存Bアルコールヘの身体依存C家庭や社会での問題飲酒----の4点が認められた場合にアルコール依存症と診断されます。ただBがなくても、症状により依存症と診断されることがあります。アルコール依存症になると飲酒に習慣性が生まれ、臓器障害や精神障害をはじめ心身にさまざまな疾患が出現します。また事故や暴力、離婚といった問題を引き起こすこともあります。
 相談内容から判断して、若い女性はメールというツールがあるからこそアルコール問題を相談してきたのでしょう。

飲まずにはいられない女性のタイプとは

----女性からはどんな悩みや相談が寄せられましたか。
吉本 いちばん多いのは「眠れなくてお酒を飲んでしまう」という相談です。あとはコンパなどでお酒の味を覚えてたくさん飲むようになった、というもの。これらには病気とまではいえない、飲む意味に精神病理性がさほど高くないものも含まれます。
 若い女性がなぜお酒を飲まずにいられないのか、むろん男性と共通した面もありますが、いくつかタイプを紹介しましょう。
 まず親からの見捨てられ体験が飲酒につながっていると思われるタイプです。一般にアダルト・チルドレン(AC)と呼ばれる人たちに多く見られ、大人になってからいつも他人の目を意識し、それが息苦しくてお酒に走ってしまう。そういう人が男女を問わず多く見られます。
 次に、社会の中で男性に伍していかねばならないストレスをお酒で回避しょうとするタイプ。男女雇用機会均等法ができ、女性も男性と同じように働くことが求められるようになりました。一方で女性はよき妻、よき恋人でもあらねばならない。周囲の期待と本当の自分とのギャップが埋められなくなったとき、お酒に走ってしまうのです。
 3つ目に、数は少ないものの小さいときに受けた性的いたずらのトラウマ(心理的な強いショック)を飲酒で回避しょうとするタイプがあります。突然よみがえつてくる記憶を消すためにお酒を飲まずにはいられない、という事例がありました。
 カウンセリングでアルコール依存症の相談を受けた場合、性的な問題はかなり相談が進まないと出てこないものです。けれどもメール相談では自分がどこのだれか名乗らなくてもいいので、こちらがエッと驚くようなシリアスな話が最初から出てくることがあります。これは通常の外来と大きく異なります。

ああしろこうしろといわないのが原則

----メール相談はどのように行なうのですか。
吉本 あくまでもメール相談は参考意見として使ってもらうのが基本的なスタンスです。
 ふつうのカウンセリングだと相手の顔色を見ながら聞く内容を考えていきます。メールの場合はこちらの力量よりも、むしろ相談者の主体性がある意味で重んじられます。たとえば「飲まないと眠れない」という相談に、「いろいろな悩みとか生育歴が関係しているのかもしれませんね」と返事を書きます。それに対して答える、答えないは相手の自由で、くわしく内容を伝えてくる人もいれば、そんなことに触れられるのはいやだと思えば返事はきません。
 「飲まないと眠れない」という相談には、お酒は睡眠薬としてはすすめられないことを伝え、「お酒をやめて2〜3日は眠れない時期がかならずきますが、それをがまんすれば眠れるようになりますょ」とか、「医師の診断・処方を受けたうえでお酒の代わりに睡眠薬で眠れるようにしてはいかがですか」などと答えます。こういう相談ですと数回のやりとりで終わります。
 飲んだときのことを覚えていないブラックアウト(一時的な記憶喪失)を起こす人はふだんからたくさん飲んでいる人が多いので、「依存症の可能性もあるからお酒の飲み方を少し考えたほうがいいですね」とやわらかくお返しします。
 臨床でもそうですが、カウンセリングで「ああしろこうしろ」と命令調ではふつういいません。ACの悩みごとも相談者が自分から書いてくるのであって、こちらからその問題を持ち出すことは少ないです。「さびしくてお酒を飲んでしまう」という人には、「ACの問題が関係していることもあるので、少し自分のことを考えてみたらどうですか」「AC関連の本を読んでみたらいかがですか」などとお答えします。「あなたはこうだ」と断定したいい方はしません。

気軽なメール相談は専門機関への橋渡し

----メール相談はどのように利用したらいいのでしょうか。
吉本 メールですとこちらが相手を特定することはできませんから、相談者が本音をいいやすいという一面はあると思います。しかしメールでは相手の表情が見えず、得られる情報はかなり限定的なものになります。仮に物語を作って相談してきてもこちらにはそれがわかりません。
 これまでメールで内観療法を試みたり、いろいろなことをやりました。その中でメールでの限界も学びました。メール相談はアルコール問題をどこにも相談したことのない人が専門機関に行くまでの橋渡し役であればいいと考えるようになりました。
 ただ限界はあるものの、メール相談という形でなければ若い女性がアルコールの問題でこんなには相談してこなかったでしょう。病院や保健所の窓口で待つているだけでは表に出ない若い女性の飲酒問題の多さに気がつかなかったと思います。

生き方を見つめる内観を治療に利用

----アルコール依存症はどのように治療するのですか。
吉本 医師だけでなく看護婦、栄養士などいろいろな職種の人たちが参加した、構造化された治療プログラムが行なわれ始めています。これはクリニカル・パスと呼ばれ、インフォームド・コンセントや治療効率が重んじられています。富山市民病院でもクリニカル・パスが導入され、1か月を閉鎖病棟、2か月を開放病棟で過ごすのが典型的なプログラムになっています。
 富山市民病院で特徴的なのは内観が治療プログラムに入っていることです。内観というのは「自分の母親や父親にしてもらつたこと、お返ししたこと、迷惑をかけたこと」の3 点を内省し、それによって自分を知り、ものの見方を広げる方法です。もともとは仏教から生まれました。
 富山市民病院ではこの内観を14〜15年前からアルコール依存症の治療に活用し、劇的な効果が見られた事例もあります。効果がないと見られたかたでも、内観的思考パターンをとり入れて役立てている人が多いようです。内観療法の体験記が私のホームページにあるので、興味のあるかたは読んでみてください。

お酒を睡眠薬代わりに使ってはいけない

----依存症にならないための注意事項を教えてください。
吉本 まずお酒を薬物として使わないことです。たとえば睡眠薬代わりにしたり、気分を換えるために飲むという使い方をしない。アルコールはたくさん飲まないと催眠作用がなく、眠るには大量に飲む必要があります。
 ほかの病気同様、アルコール依存症も早期発見・早期治療がたいせつです。ブラックアウトを起こしたり、隠れて飲んだりするのはかなり危ないといっていいでしょう。思い当たるふしがあったら、アルコール依存症の専門治療機関に相談したほうがいいでしょう。また保健所にも相談窓口があります。
 ところでアルコール依存症になる人は、しらふでは本音を語れない人が圧倒的に多いのです。ACの人はいつも人の顔色をうかがい、人に合わせた生き方をしています。だからお酒を飲んで本音を語るわけですね。
 アルコール依存症は家族の病気でもあります。というのはお酒を飲みやすくするシステムが家族の中にあるからです。お酒が家族のコミュニケーションの媒介になっている家族では、システムそのものを変えないといけません。お酒がなくてもコミュニケーションがとれるよう家族が変わらねばなりません。
 現代は「嗜癖する社会」といわれ、社会そのものが嗜癖=依存症を生みやすい、ストレスの多い構造になっています。お酒はストレスを解消する安直な方法として使われているのかもしれません。アルコール依存症の治療には、自分の考え方や生き方を見つめなおすことが求められます。そのためにも内観は意味のあるものだと考えています。