平成9年度前期アルコール・セミナーたより(No.4) 

(平成9年7月18日)



 日中は30度を越す日が続いたり、夜は熱帯夜が続いたりと、いかにも夏らしい日が続きますがいかがおすごしでしょうか?
 さて、7月18日に平成9年度第4回アルコール・セミナ−が行われました。
 自助グループ、断酒会会長の塩原さんに、断酒会の活動について、また、会員の方の体験発表をしていただきました。ではその内容についてご紹介します。
(1)断酒会の設立について
 戦後アメリカからAA(匿名のアルコールの自助グループ)の影響を受け、日本人にあったものとして断酒会ができた。
 高知県で断酒会が発足し、まず2人でお互いの飲酒の体験談を発表しあっていたのが最初。それが全国に広まってゆき、昭和33年に全日本断酒連盟(全断連)が結成された。
 全断連の初代会長松村春繁氏が断酒運動の発展に力を尽くし、断酒会活動を全国に広めていき、現在の隆盛を築いた。
(2)断酒会員の活動
 例会(週例会と、月例会がある)の開催、参加
 断酒学校の参加
 他の地域の研修会への参加
 その他
(3)例会の心構え
 例会では断酒歴に関係なく平等であり、生活も環境も違うため、自分の体験を押しつけない。体験発表は言い放しであり、批判をしない。
(4)例会の形式
■司会者による開会宣言
■断酒の誓い
一、私たちは酒に対して無力であり、自分ひとりの力だけでは、どうにもならなかったことを認めます。
一、私たちは断酒例会に出席し、自分を率直に語ります。
一、私たちは、酒害体験を掘り起こし、過去の過ちを素直に認めます。
一、私たちは、自分を改革する努力をし、新しい人生を創ります。
一、私たちは、家族はもとより、迷惑をかけた人達に償いをします。
一、私たちは、断酒の歓びを、酒害に悩む人達に伝えます。
■心の誓い
私たちは酒害から回復するため、断酒会に入会しました。
これからは例会に出席して酒を断ち、新しい自分をつくる努力をいたします。
多くの仲間が立ち直っているのに、私が立ち直れないはずはありません。
私は完全に酒を止めることができます。
私は、心の奥底から、酒のない人生を生きることを誓います。
■家族の誓い
私は夫(息子、妻)の酒害に巻き込まれて悩み、苦しみました。
アルコール依存症は家族ぐるみの病気です。病気だからこそ治さねばなりません。また治すことができます。
これからは酒害を正しく理解し、互いに協力して心の健康を回復します。
私は断酒会の皆様とともに、幸せになることを誓います。
■会員の紹介、体験発表
■連鎖握手
   もっと強く  もっと賢く  もっと真剣に  やろう  やろう  やろう
(5)体験発表の中から(抜粋)
*普通、病院を退院した場合、家族で退院祝いをするが、このアルコール依存症という病気になった場合、退院祝いはない。ましてや、家に帰ることさえ嫌がられる。
*病院に入院して、飲める体にしてもらって、また、多くの酒を飲むということの繰り返し、職場、友人そして家族から孤立していく。
*最初、断酒会の例会に参加しても他の人の体験談は、聞こうとする気持ちがなく、自分には関係ないと思った。それが、断酒会をずっと継続していくうちに、人の話が 聞けるようになり、自分のことのように感じ、そして、自分の体験を話せるようになった。まずは、例会の出席を続けること。
*酒を止めても、寝ているだけではだめ。今までやってきたことを悪かったと認めることが必要。
*酒を止めることで、夫婦、親子との会話が増える。明るい家庭になり話が出来る。
*酒を飲んで、病院に運ばれたとき、家族からも見放されていた。その時、医師から「よかったじゃないですか。守ることが何もなくて」と言われた。その言葉に怒りを感じた。しかし、事実そうであり、一からやり直し新しい家族ができた。
*家族が自分を治そうとするのも、「家でこき使うためだろう。」と思っていた。
 *誰のためでもなく、自分のために酒をやめようと思っている。
*酒を止め始めて3日たった人と、3年間断酒を続けている人と、どちらが偉いか。どちらも同じである。1日断酒を続けていくことしかない。


 次回は、『酒のない生活にむかって −家族ができること−』がテーマです。
 家族がどのように関わっていけばいいのか、また、家族がどのような気持ちでいるのかについて、皆さんで考えていきましょう。
(文責:杉本留美)