アルコール依存症という否認の病 




 アルコール依存症という病気は、否認の病気と言われています。ア症自身「自分は人より多く飲むが、アルコ−ル依存症ではない。」とか、「酒さえやめれば、自分には他の問題がない。」などと言い、病院での治療を拒むことが多いですし、治療をしても不十分の治療に終わってしまいます。この否認は家族にも見受けられ、「自分の夫は、1週間飲まないでいたりするから、絶対にアルコ−ル依存症でない。」など、回復への出発を遅らせたりします。

 一般に、依存症者の心理的防衛機制としての否認には2種類あると言われています。その否認を、ア症者や家族が乗り越えていく過程がアルコ−ル依存症からの回復過程でもあります。

 第一の否認は、アルコ−ル依存症であることを認めないことです。実際には、よくア症者から「1、2合しか飲んでいない。」、「休みに飲むが、ずっと飲むわけではない。」、「飲んでも酔っぱらうほど飲まない。」、「自分の稼いだ金で飲んで何が問題か。」、「沢山飲むが、仕事に行っている。アル中のように駅前でゴロゴロしたことがあるか。」など、現実を歪曲したり、過小評価して事実を認めない傾向があります。一方、妻や母親にも似たような心理機制を認め、「飲んでもおとなしく、アル中のように暴れるようなことはない。」、「依然はウィスキーを飲んでいたが、最近はビールを飲んでいるので大丈夫だ。」、「自分の家系にアル中はいない。人より少し余計飲むだけだ。」などと語られることもあります。

 第二の否認は、酒以外は問題がないという考えです。ア症者は「酒さえやめれば、自分や家族に問題はない。」、「飲まなければ、職場での人間関係はうまくいっていたんだ。」などと、コミュニケーションや対人関係の問題を認めなかったりします。家族も、「主人は酒さえ飲まなければ、いい人です。」などと否認することもあります。



 一   言 


 私は、ア症の患者さんを診る機会が多いのですが、この否認に遭遇し、困ることが多いのが実状です。しかし、否認という現象をすべて依存症者の心理的防衛機制として解釈するのは間違っているように思います。特に、大量飲酒を長期間続けて来院した場合には、すぐにバレルような飲酒の事実を否定したりしますが、この背景には認知障害や軽度の意識の低下が存在するものと思われます。ですから、心理的メカニズムですべてを説明したり、それに基ずく治療は実体にあわないと考えます。否認は存在しますが、ア症者はアルコ−ルによっていろんなレベルで障害されていることを肝に銘じておく必要があると私は思っています。
(吉本 記)