亡父の形見盆栽



亡父の育成したさつき「大盃」。挿し芽から育てたものと思われます。

(左:平成10年5月27日   右:平成18年6月8日撮影)



 私の親父は明治28年生まれのひつじ歳、典型的な明治男でした。趣味などと言うものが持ち得なかった時代に、彼の愛した唯一の楽しみが「さつきの挿し芽」だったのです。私は,ものごころつく頃から親父の脇で、彼の行う「挿し芽」や[剪定」を見ていたのでしょうか・・・。私の最も古い記憶の中を、[さつき and 親父 and 私」をキーワードにして検索してみると、いつも、次のようなイメージが蘇ってくるのです。


 それは・・・・・、

 私が3、4歳の頃、ある梅雨の日のことです。その日は天気が良く青空さえ見えていました。私は庭に出て数日前親父と一緒に挿し芽をした「さつき」の苗床の近くにいました。苗床は、朝、親父がやった水遣りでしっとり濡れていました。私は何を思ったのか、突然苗床へ近づき、親父と一緒に挿し芽をしたばっかりの「さつき苗」を1本1本引き抜いて行くではありませんか。

 なぜ苗を抜いたのか・・・?、

 その理由は今考えても全く解りません。子どもごころに「ひょっとしたら、もう根が出ているのかも知れない・・」などと言う探求心があったのかもしれませんが、今となれば、その出来事は理屈の世界とはかけ離れた別の世界のことのようにも思えてくるのです。 丁度、四隅をフォーカス・アウトした古い写真のように・・・。

 ふと、われに返った時、苗は大半が抜かれていました。しかし不思議に悪いことをしたという意識はなく、とりあえず抜いた苗は元へ戻さなければ・・・と考え、小さな手で苗床へ戻すことになりました。見様見真似の努力がある時間続いた後、私自身がそこで感じたことは、親父と一緒にやった挿し芽と、今、自分一人でやった部分との「美しさ」の違いだったような気がします

 その時私の心の中では、数日前、あんなに簡単にできたことがなぜ自分一人ではできないのだろう?、という「疑念」、なかなかできない「あせり」、ついには「いらだち」へと変化して行ったように思い出されます。


 泥まみれになっている私を見付け、状況を理解したおふくろは、私に向かい親父が帰ってきたらまず謝ることを強く言い聞かせました。そして私も手伝ってあげるから、親父が帰って来るまでに何とか元へ戻そうと、2人で懸命に挿し芽を続けたのです。  その日の夜、親父、おふくろ、私の3人が顔を合せたとき、親父は私に向かって、

 「ついたか?、ついたか?、はいかんぞ!」と、たった一言だけ言いました。

 もちろん今日のできごとは、おふくろから親父へすっかり話されていたことでしょうし、きっと、おふくろは私をあまりきつく叱らないよう親父に頼んでいてくれたことでしょう。

 親父もおふくろも既にこの世を去り、今ではこの「さつき」だけが私の手元に残っています。今年もまたお盆がやってきました。お墓参りとともに思い出されるのは、幼いころの苦い思い出です。


 合掌


 (画面をスクロールして、もう1度親父の盆栽を見ていただけると嬉しいのですが・・・・)







Back Groundに流れている曲は
SWEET MELODY の Web Site
からDown Load させていただきました。


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