Notscape: The CyberGumshoe


サイバーガムシュー


#29--ようこそ大いなる懐かしきマーロウよ --



   
The Deadly Directory というミステリ住所録でおれの電子アドレスを知ったケリー・コールドウェルという女性から電子メールが届き、Suspense Books at the Mining Company の開設を知らせてくれた。メールをよく読むと、そのミステリ住所録に記載されている多くの電子アドレスに送ったようだ。  
とにかく、このサイトはサスペンス小説ファンのために開設されたもので、毎火曜日の夜にはチャットも行なわれ、毎週、コールドウェルがコラムと書評をアップロードする。  
じつは、The Mining Company がどんな会社なのか見当がつかないのだが、サスペンス小説サイト以外にも、500以上のいろいろなサイト(娯楽、文学、園芸など)がある。関係サイトにミステリ・サイトがあったので、Mystery Books at the Mining Company を訪れてみた。サスペンス小説とミステリ小説とは厳密に違うことはわかるが(バーンズ&ノーブル書店のサイトでも区別している)、まあいいか。ミステリ小説サイトのほうはマリー・ソートーが「ガイド」している。じつは、こちらのほうが少し充実しているのだ。ソートー自身が毎週書評記事を書くほかに、ほとんど毎日、ミステリ関係のニュースを伝え、ほかの刊行物に載った書評記事のページにリンクしている。  
ジョン・ル・カレとサルマン・ラシディの仲違いのせいか、ル・カレがアメリカでの30年来の出版社(クノッフ)と契約を継続しないという記事とか、日本では親が子供のかばんに盗聴器を仕掛けているという記事のほかに、ロバート・バーナードやスー・グラフトンのインタヴュー記事にもリンクしているのだ。トーマ・ナルスジャックが死亡したことは日本の新聞に載っていたが、そのことを知らないアメリカ人が多い。このサイトのおかげで、《マイアミ・ヘラルド紙》のサイトで死亡記事を見つけることができた。それに、ハモンド・イネスの死亡記事を《ジャム!》サイトで見つけた。新聞社サイトにリンクしているので、ときどき古い記事がディリート(削除)されていることがあるので、覚悟してくれ。  
この Mining Company のサイトの欠点の一つは、凝ったフレームを使っているのために、読み込むのに時間がかかること。もう一つは、ページ表示領域の上部にいつも細いバナー(横断幕)がはいり、ほかのサイトに飛んでも、そのバナーが残っていることだ。そのため、領域が少し狭くなる。フレームを使う場合には、ほかのサイトのページを自分のサイトのフレームに入れてはいけないのだ。
 
やっとレイモンド・チャンドラーの本格的なウェブサイトが開設された。The Raymond Chandler WebSite はロバート・F・モスが管理している。チャンドラー略歴のほか、作品チェックリストや徹底的な参考資料表を見ただけでも、感銘を受ける。  
フランク・マクシェインの『レイモンド・チャンドラーの生涯』(76年刊、早川書房)に続いて、トム・ハイニーというイギリスの若い作家が97年に Raymond Chandler: A Biography という伝記を著わした。《パブリッシャーズ・ウィークリー》や《サン・ディエゴ・ユニオン=トリビューン》はほめているが、モスはけなしているのである。モスによると、文章はいいが、調査方法や分析がひどいというのだ。1937年以前(つまり、作家になる前)にチャンドラーが書いた書簡は発見されていない。「かもしれない」とか「はずだ」というハイニーの推測には何の根拠もなく、あとでそれを事実と見なしていると非難している。  
それに、ハイニーが要約するマーロウ小説のプロットには、間違いが多いという。ハイニーは小説の中の場面から、チャンドラーの性格を推測しているが、その分析方法は逆である。シシーがモデル時代のヌード写真をチャンドラーに見せたとか、アヘン中毒者だったという証拠はない。おれはいちおうハイニーの伝記を購入したのだが、不勉強なので、未読である。モスの「書評」を読んで、ハイニーの伝記を読みたくなくなったね。それにしても、ハイニーが発見した新しい事実というのは何なんだろう?  
そのほか、第二次大戦後のペーパーバック革命がチャンドラーの財政状態とキャリアに与えた影響についてのモスの小文も興味深いが、『かわいい女』(創元推理文庫)に登場する芸能エイジェントのシェリダン・バルウのモデルは、チャンドラーが『深夜の告白』の脚本を共同執筆したビリー・ワイルダーだろうという仮説には説得力がある。  
もっとも素晴しいのは、「カシディ事件」についてモスが説明しているエッセイだ。『高い窓』(ハヤカワ・ミステリ文庫)の第15章で、マーロウがブリーズとスパングラー両刑事にカシディ事件の真相を長々と話す。あとで、マーロウはカシディ事件はなかった。「でっち上げさ」とスパングラーに話す。しかし、最終章でブリーズがマーロウに言う。「君はスパングラーにカシディ事件なんてものはないといった。実際にあった事件だった----別の名前でね。私が捜査した」  
モスによると、現実には、ドヘニー事件だった。1929年2月17日に、石油会社社長の息子エドワード・ドヘニー・ジュニアとその個人秘書ヒュー・プランケットが死んだ事件だった。ジュニアとその父親とプランケットがハーディング政権の内務長官に賄賂を渡したという容疑で、刑事裁判で証言する直前だった。この事件はドヘニー家が金持ちだったために、「殺人と自殺」という形で片付けられたのだが、真相はマーロウが説明したとおりだったらしい。  
そのうえ、モスはチャンドラーがどうして真相を知りえたかという仮説も出しているのだ。今ここで説明するには複雑すぎるし、長すぎるので、チャンドラー研究家を自称する人はぜひ読むべし。  
このサイトはチャンドラー関係で一番充実しているが、唯一の欠点はウェブ・サーヴァーが geocities であることだ。無料サーヴァーなのだが、自動的に現われる「スポンサーからの一言」がうっとうしい。
 
おれがインターネットに接続して、真っ先に訪問したサイトは、《プレイボーイ》ではなく、The Mysterious Home Page だったが、最近つながらないと思っていたら、ウェブ・アドレスを変更したんだって。 //


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