Notscape: The CyberGumshoe


サイバーガムシュー


#70 -- 神が銃弾だとしたら引き金を絞るのは誰?



 英国推理作家協会の新人賞とも言うべきジョン・クリーシー賞を2000年に受賞したのは、ボストン・テランである。クリーシー賞受賞者は10月に発表されるから、アメリカで1999年にクノッフ社より上梓された『神は銃弾』(文春文庫)のイギリス版は2000年に刊行されたのだろう。

 Boston Teran に行くと、『神は銃弾』と2001年刊の Never Count Out the Dead のジャケット写真が現われる。『神は銃弾』のジャケットをクリックすると、God Is a Bullet の宣伝ページに飛ぶ。トップページによると、『神は銃弾』はエドガー新人賞の候補に挙がり、スティーヴン・クレイン賞(たぶん《ブック・オヴ・ザ・マンス・クラブ》主催)を受賞した。このウェブサイトが1999年からあることは知っていた。”ハードボイルド”・メーリングリストの Rara-Avis で、ひどい悪文だというので論争になっていたからだ。

 Never Count Out the Dead は2001年にセント・マーティンズ社から刊行された。情報ページに、この新刊のプロットが紹介されている。LAのある犯罪者グループが身代わりの男を必要とするので、郡保安官ジョン・ヴィクター・サリーを殺すようにと、もっとも悪辣な女性メンバーであるディー・ストーリーとその13歳の娘シェイに命じる。

 ストーリー母娘はサリーを殺し、埋めたと思っていたが、サリーは九死に一生を得て、土の穴から這いずり出す。しかし、無実の罪を着せられ、隠遁生活を送る。その10年後、サリーはストーリーに仕返しをしに出かける。サリーと一緒にストーリーを追い詰めるのは、25歳になったシェイである(おいおい、どっかで聞いたようなプロットだぜ)。

 抜粋ページを読んでみると、2作目でも現在形を使っている。英語の現在形はほとんど気にならないのだが、そこに過去形が意味もなく挿入されると、読者は困惑してしまう。そのあたりの処理は、現在形を多用するデイモン・ラニアンのほうがうまい。

         *

 普段はインターネットのミステリ雑誌には、インタヴュー記事が載ったとき以外に興味がないのだが、前出の Rara-Avis でフレデリック・ザッケルがエッセイ Lone Wolves and Lady Dicks を Plots with Guns に寄稿したということを知ったので、訪問してみた。

 このEジン(電子雑誌)はアンソニー・ニール・スミスが編集発行していて、 crime & mystery, hardboiled & noir というサブタイトルがついている。1999年秋が創刊で、2000年から隔月刊になり、ザッケルのエッセイは2001年11月号に掲載されている。

 ザッケルは1978年にマイク・ブレナンというサン・フランシスコの探偵が登場する Cocaine and Blue Eyes という私立探偵小説を発表し、ロス・マクドナルドに推薦文を書いてもらった。1980年には2作目 Cinderella After Midnight を書き、1983年にはあのO・J・シンプソンの制作・主演で1作目がTV映画化された。しかし、そのあと長篇は発表していない。今はどこかの大学で英文学教授をしたり、January Magazine に書評を書いたりしている。

 前置きが長くなったが、このエッセイ Lone Wolves and Lady Dicks では、一匹狼だった男性探偵はどこへ行ってしまったんだろうと嘆いている。最近では、孤独な一匹狼と言うと、郵便局や学校で拳銃をぶっ放す人格異常者と見なされているというのだ。そして、最近の女性探偵にはファミリーがあるという。ザッケルはスー・グラフトンの最新作『危険のP』(早川書房)をけなし、キンジーは間抜け薬を服用したと非難している。グラフトンの最近の作品が昔ほどよくはないのは、グラフトンが裕福な成功者になったせいだと理論づけている。

 ザッケルはロバート・クレイスやデニス・レヘインを最近の優秀な私立探偵作家と見なしているが、この二人が創造した探偵(エルヴィス・コールとパトリック・ケンジー)も一匹狼ではないぞ。最近の特徴ある私立探偵小説として、ジョナサン・レセムの『マザーレス・ブルックリン』(ミステリアス・プレス文庫)とエリック・ガルシアの『さらば、愛しき鉤爪』(ソニー・マガジン文庫)を挙げている。

         *

 スー・グラフトンの話題が出たところで、興味深いインタヴュー記事を見つけた。《ワシントン・ポスト》2001年11月1日号に、Mystery Writer in the Mirror -- A Is for Alter Ego: Like Her Heroine, Sue Grafton Values Her Freedom が載っている。

 グラフトンの「醜い」過去を暴いているのだ。グラフトンが20歳で離婚したときには、レズリーという娘がいて、ジェイという息子を妊娠していた。一人目の夫はレズリーを育て、グラフトンはジェイを育て、ブラインド・デイトで会ったアル・シュミットと結婚する(これがのちにグラフトンが殺したいと思う二人目の夫の名前なのだ)。シュミットは保険屋で、グラフトンはLAの病院で会計係として働き、毎日、サンタ・バーバラの自宅からLAまで通勤し、料理をして、後片付けをした。グラフトンは惨めだったので、夜に小説を書いた。

 2作目の小説 The Lolly-Madonna War の映画化権が売れ、グラフトンは離婚した。二人の子供を連れて、ハリウッドへ行ったが、二人目の夫が子供の養育権を要求した。一回目はグラフトンが勝訴したのだが、グラフトンは11歳年下のスティーヴ・ハンフリーと出会い、オハイオ州立大学の博士課程に進む彼を追って、オハイオに移った。すると、 二人目の夫がまた養育権を要求し、今度は勝訴し、グラフトンは子供を失ってしまった。

 今では、子供も成人になって、グラフトンも裕福なベストセラー作家になり、平穏で規則正しい生活を送っている。

 おれはこれまでグラフトンのインタヴュー記事をいろいろと読んでいるが、これほどグラフトンの「恥ずかしい」過去を書いた記事を見るのは初めてだ。《ワシントン・ポスト》のシャロン・ワックスマン記者はグラフトンにかなりきびしく詰問したんじゃないかな? //


来月号に続く

日本語版ホームページに戻る

国際版ホームページに戻る