|
『新約聖書 〜イエスと二人のマリア〜』2012年 204分 (原題:MARIA) (原題:MARIA)を見る 【スタッフ・>キャスト】 監督:ジャコモ・カンピオッティ 製作:ルカ・ベルナベイ 脚本:フランチェスコ・アルランチ 撮影:エンリコ・ルチディ 音楽:ガイ・ファーレイ 出演:アンドレーアス・ピーチュマン(ナザレのイエス) アリッサ・ユング(聖母マリア) パス・ヴェガ(マグダラのマリア) アントニア・リスコヴァ(ヘロデア) ルカ・マリネッリ() ニコライ・キンスキー() 【解説】 本作はタイトル通り、イエスの母となるマリアとマグダラのマリア(以後 マクダレン)の二人を中心に、新約聖書でおなじみのエピソードを題材にした二部構成の作品となっています。 もともとはテレビ映画ですが、なかなかの一大スペクタクルです。 イエスの誕生から復活までのストーリーを描きつつも、主役は母マリアと マクダレンの二人であり、フィクションではありますが、見ごたえある人間ドラマとなっています。 全編を通じてマリアには苦難と試練の連続で、「神は耐えられる人間にしか重荷を背負わせない」とはいうものの、「マリアちゃん、お気の毒です、大変でしたね」というしかありません。 もう一人の主役 マクダレンもまた、マリアとは違った苦難と悲運の連続で、フィクションではありますが、多くの罪を犯してきたからこそ、「ただ」許されたのではなく、「多く」許されたからこそ、感謝の気持ちが強くなり、後の尋常ではない献身ぶりがよく理解できる作りになっています。 また洗礼のヨハネが、ヘロデ・アンテパスの妻ヘロデアを何故批判したのか、またヘロデアがサロメを通じてヨハネの首を所望するほどを憎んだのか、聖書を読んだだけでは伝わらなかったヘロデアの悪女ぶりと、ヘロデ家の複雑な相関図が理解できる作りになっています。 ただイエスの伝道の旅はほぼ省略されており、クリスチャンとしては少し残念です。 いつの間にか信者が増えて、あっと言う間に裏切られて、あっという間に磔にされる展開となっており、あくまでもこの映画の主役は2人のマリア(とヘロデア)でした。 従って、2部にしか登場しないイエスについては、神の愛を説く爽やかな青年イエスという印象でしたが、イケメンだったという印象はありますが、その顔を思いだそうとしても思い出せません。 主演が二人のマリア(とヘロデア)ですから、製作者の意図としては成功と言えるかもしれません(そんな訳ないですね(^^;))。失礼しました。ジャンジャン。(By天国とんぼ) 【ストーリー】(ネタバレ注意) ■1部 ナザレに住む聖母マリア(以後マリア)とマグダラのマリア(以後、 マクダレン)は幼馴染で親友同士であったが、 マクダレンはヘロデ大王の孫娘ヘロディアに見込まれて、宮殿に移り住むことになる。 マリアは大工のヨセフとの結婚を決めるが、天使から、「聖霊によって身籠り、その子が主となる」と告げられるが、「男の方を知らないのに身籠るなんて」と容易に信じられない。 天使は、「親戚で不妊のエリザベートが身籠っています。神に出来ないことはありません」と告げ、マリアは天使の言葉を受け入れる。 そして、確認のためエルサレム の近くに住むエリザベートに会いに行くことにし、道中エルサレムの宮殿に行き、 マクダレンと再会する。 ヘロディアはマリアの マクダレン妊娠を見抜くがマリア姉さんはマリアに限ってと信じない。 マリアはエリサベツに出会い、エリサベツから「あなたは女の中の祝福された方、おなかの子も祝福されるでしょう。主の母上の声を聞いた途端、おなかの子も体内で喜び踊っています」と告げられ、天使の言葉が真実であることを確信する。 その頃、 マクダレンはヘロデ大王や世継ぎの王子の前で妖艶な踊りを披露し、王子と結ばれるが、そこにはヘロディアの陰謀があった。 ヘロディアは夫であるピリポ1世に王位を継がせるために、 マクダレンから王子に贈る箱に毒を入れ、大王の殺害を図った動かぬ証拠としてでっち上げ、兄の王子を世継ぎ候補から蹴落す陰謀に マクダレンを巻き込んだのだった。 やがてエリザベツに子が生まれ、口がきけなくなっていた夫ザカリアからマリアは告白される。 「自分は神殿の中で天使と出会い、息子を授かるのでヨハネと名付けなさい」と言われたが、祭司でありながら私は信じられず、赤ん坊が生まれるまで口がきけなくなった。 でもお前は若いのに天使を信じた。 お前から言葉が生まれる。言葉は決して滅びない(「初めに言葉ありき」の「言葉(ロゴス)」と同じ意味であり、イエス・キリストを指す) 。 マリアは マクダレンと出会い、おなかの子はヨセフの子ではなく、神の力によるものと打ち明けるが信じてもらえず、「生きていくにはお互い嘘が必要ね」と言われ、 マクダレンを心配して、共に宮殿を出ようと提案するが。 無理と断られる。 ナザレに帰ったマリアは、町の人々に妊娠を浮気と疑われ、ヨセフにも疑われるが、そんなヨセフの前に天使が現れ、「恐れるな、マリアを妻に迎えろ」と告げられる。 二人は、好奇の目にさらされながらも、恐れることなく結婚した。 やがて皇帝アウグストから全世界に住民登録するように勅令が出て、ヨセフの生まれ故郷であるユダヤのベツレヘムにマリアと共に登録しに出かけた。 やがて月が満ち、みどり子が生まれたが、宿屋がなく、馬小屋の飼い葉おけに寝かせると、野宿していた羊飼いたちがやってきた。 彼らは、「救い主が生まれました。その方こそ主キリストです。飼い葉おけに包まれているみどり子です」というみ使いの声を聴き、やって来たことを告げる。 東方の博士たちもメシアの誕生を知らせる星の導きに従いやって来て祝福した。 熱心にメシアの到来を待ち望んでたシメオンもやってきて祝福し、イエスとマリアの苦難の道を予告した。 ユダヤの王の誕生の噂はヘロデの元にも届き、ベツレヘムの近辺の2歳以下の男の子を一人残らず殺させた。 ヨセフは夢でみ使いから大王がイエスの命を狙っていると知らされベツレヘムを去り、エジプトに逃げていた。 3年後、大王が亡くなり、遺言が書き換えられ、ピリポ2世やアンテパスに領土が与えられることを知り、ヘロディアはピリポ1世を捨て、アンテパスの妻になり、 マクダレンも忠実な家臣の妻になる道を選ぶ。 イエスも順調に育つが、海で事故に遭った時、マリアは大人になったイエスが亡くなり、その遺体を抱きしめている不吉な幻を見る。 (1部終了) ■2部 ヘロデ・アンテパスがガリラヤの王になったころ、洗礼のヨハネに神の言葉が下った。 ヨハネがヨルダン川でバプテスマを授けているところに、アンテパスがやって来て、「奇跡を見せろ・見せたら信じてやる」と言われるが、ヨハネはヘロディアを指さし、「この女を遠ざけなさい、この女は前は陛下の兄弟の妻でありながら陛下に乗り換えた。この結婚は神をけがしている。神を汚す王は国をも汚すのだ」と警告する。 無礼だと咎める マクダレンには「いつの日か、お前の方が許しを請うだろう」と告げるヨハネ。 「お前は救世主なのか」と尋ねるヘロディアに「私より力のある方が後から来られます。 わたしはその方のくつひもをとく値打ちもありません」と告げる。 怒ったヘロディアはヨハネを許さないと誓い、その時は マクダレンの力を借りることになると告げる。 荒野で悪魔の誘惑を退けたイエスはマリアと再会する。 三日後、ガリラヤのカナで婚礼が行われ、マリアも出席していたが、ぶどう酒がなくなったと知ったマリアはイエスにそのことを言った。 イエスは「私の時はまだ来ていません」と断るが、さらに頼むと、「甕に水を入れ、世話役のところに持っていくように」と言い、すると甕の水はぶどう酒に変わっていた。 その噂はたちどころに広がり、マリアは無理を言ったことを後悔する。 イエスは、マリアに旅の終わりが近づいていることを告げる。 ガリラヤに言った マクダレンは、無法者たちにお金を支払って、洗礼のヨハネを王とローマへの反逆罪に問われるようにしてくれと依頼する。 村人がいないことに気づき、どこに行ったのか聞くと、預言者に会いに行っていると聞き、 マクダレンも山に向かうと、そこにはイエスがいた。 そこで、「心の貧しい人は幸いです。」に始まる至福の教え(八福の教え)を説くイエスと幸せそうに聞く村人たちがいた。 帰ろうとするイエスに、12年長血を患う女が触れた途端、病がいやされ、イエスは「あなたの信仰があなたを救ったのです」と祝福した。 その奇跡を行った人の名を聞き、イエスと言い、母親はマリアだと聞き、 マクダレンはマリアを訪ねていくが、会わずに去る。 帰った マクダレンに、「ヘロディアは準備は出来たか」、「ヨハネが言う真の預言者の噂を聞かなかったか」と聞かれるが、胡麻化す マクダレン。それを怪しむヘロディア。 ヨハネが倒れ、死を前にして、役立たずだったと卑下するヨハネに、「あの子を愛した。あなたがいなければ、今のイエスはいなかった」と感謝するマリア。 捕えられてくる洗礼のヨハネに対し、穏便にすまそうとするアンテパスをけしかけ煽るヘロディアと マクダレン。 別れを告げに来たイエスにヨハネの最期の時を伝えるマリア。 世の光、世の塩となれと弟子たちに伝えるイエス。 やがて自分はいなくなると伝えるイエスに、動揺する弟子たち。 自分は殺されるが三日目に蘇ると伝えるイエスの言葉を聞くマリア。 マクダレンの代りに、妖艶な踊りをするサロメになんでも与えると約束するアンテパスに、洗礼のヨハネの首を求めるサロメ。 「ヘロディアは殺さないと約束したのに」と訴える マクダレンに、夫は「ヘロディアがいつ約束を守るようになった。 約束を守らないからヘロディアではないか」と諭す。 絶望する マクダレンは泣くことしか出来なかった。 故郷では受け入れられないイエス。 自暴自棄になり、見知らぬ男に身を任す マクダレン。 怒ったガリラヤの男たちから崖から落とされたイエスが戻ってくるが、なおも反省を求められるイエスを見ておれず、代わりに罪を与えてと祈るマリア。 別れを告げるイエスは、マリアに、「これから起こることは全て愛ゆえに起きるのです」と告げる。 マクダレンが姦淫の罪で石打ちの刑のなされる寸前のところに現れるイエス。 イエスを陥れたい律法学者らは、どうすれば良いかと尋ねる。 許せと言えば律法に背き、許さないと言えば、日ごろの教えに背くことになる問いだった。 イエスは、「罪のない者から石を投げなさい」と言うと、誰もいなくなり、イエスは マクダレンに、「誰もあなたを罪を問わない。私も問わない。もう罪を犯さないように」と言って去る。 ガリラヤでは、親戚の者たちが、「イエスの周りは卑しい身分の者ばかり、世の中の屑ばかり、強盗、取税人に娼婦まで、エルサレムに向かう前に散れ戻そう」とマリアを責め立てる。 やってきたマリアと親戚たちにイエスは、「私の母とは誰ですか? 弟とは? 姉とは? 私の父の御心を行うものが母であり、弟であり、姉なのです」と告げる。 「ガリラヤに帰ろう」という親戚たちに、「自分は残る」と告げると、「母であることを否定されたのに?}と言う親戚らに、「私の子ではなく、主です」と宣言するマリア。 放蕩息子の話をし、父のもとに帰ろうとする子を喜び祝うのが父の愛と教えるイエスの元にやってくる マクダレンと抱き合うマリア。 イエスの足を油で洗う マクダレンを「罪は多かったが許された。 それは余計に愛したからだ。 しかし、少ししか許されないものは少ししか愛さない。 あなたの信仰があなたを救った」と祝福するイエス。 エルサレムにやってくるイエスを恐れるヘロディアは、アンテパスとピラトと大祭司に殺させそうと画策する。 その頃イエスは、マリアに「やがて姿を消すが、すぐに現れる」と告げ、「不安の中にいる マクダレンや混乱する弟子たちのそばにいて、貴方の信仰を見せて上げて」と頼むイエス。 ゲッセネマの園で、「わが父よ、出来ることならば、この杯を過ぎ去らせたまえ。 しかし、貴方のみ心をなさせたまえ」と祈るイエス。 「先生がつかまった、ユダが裏切った」とヨハネが伝えに来て、裁判の場に向かう。 ペテロは3度イエスを知らないと言ってしまう。 裁判の様子を、イエスの弟子で議員のアリマタヤのヨセフが伝える。 激しく悔いるペテロを慰め励ますマリア。 引きずり出され衣を脱がされるイエス。 鞭うたれるイエスと同じ痛みがマリアに走り、気を失う。 いばらの冠をかぶったイエスが出され、総督ピラトは彼に罪を認められない、過ぎ越しの祭りでは群集の望みで囚人が一人釈放されるが、キリストと言われるイエスか、盗賊バラバかと訪ねるが、祭司長や長老たちが群衆を扇動して、バラバを釈放し、イエスを十字架につけろと叫ばせる。 ピラトは鞭打ちにし、イエスを十字架につけるために引き渡す。 十字架につけられたイエスは、「彼らをお許しください、彼らは何をしているかわかっていなのです」ととりなしの祈りをする。 イエスはマリアとヨハネを見て、「その人が息子です」「あなたの母です」と告げると息を引き取ると同時に、大地が揺れた。 アリマタヤのヨセフらがイエスを下ろし、彼の所有する墓を提供すると申し出る。 マリアは3日目に蘇るので墓は必要ないと言う。 その頃城では蛇が大量に発生していた。 マクダレンが、先生の体を清めるために墓に行かうと、墓が開いていて、イエスの姿はなかった。 すると「なぜ泣いているのですか」「誰を探しているのですか」と声が聞こえ、イエスが現れる。 ユダが首を吊ったという知らせがあり、我々も死のうとか騒いでいると、マリアがイエスが12歳の時、行方不明になった時の話をする。 「どうして私が探したの? 私が父の家にいるとわからなかったのですか」というイエスの答えの意味が今ならわかるとマリアが話している、 マクダレンがイエス様が生きていると飛び込んでくる。 その言葉を聞き飛び出していく弟子たち。 マリアの前に姿を現わすイエス。(終) | |||||
| 基本的にはリンクフリーですが、事後でもご連絡いただければ幸いです。 このサイトの文章、写真、音声、動画などの著作権は、当サイトにあり、無断で複製・掲載することは許されません。 |