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『ブラザー・サン・シスター・ムーン(1972)』 (原題:Fratello sole, sorella luna) 135分 『ブラザー・サン・シスター・ムーン(1972)』 (原題:Fratello sole, sorella luna)135分 を見る 【スタッフ・キャスト】 監督:フランコ・ゼフィレッリ 脚本:フランコ・ゼフィレッリ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ、 ケネス・ロス、リナ・ウェルトミューラー 音楽:リズ・オルトラーニ、ドノヴァン 主題歌:ドノヴァン 撮影:エンニオ・グァルニエリ 製作国:イタリア 出演者:グレアム・フォークナー(フランチェスコ) ジュディ・バウカー(クレア) リー・ローソン(ベルナルド) アレック・ギネス(ローマ教皇) ヴァレンティナ・コルテーゼ(ピカ) アドルフォ・チェリ(領事) イラ・フルステンベルク() ピーター・ファース() L・モンタギュー(ピエトロ) 【解説】 キリスト教の聖人の中の人気No.1で、フランシスコ(英語)修道会の創始者、アッシジの聖フランチェスコ(イタリア語)の半生を描た作品です。 フランチェスコはカトリックの修道士ですが、本作は信仰に目覚める前後の様子が描かれています。 後に、中世イタリアの聖人の一人になり、男女別修道会制を創設しました。 ちなみに、アメリカの都市であるサンフランシスコは、聖フランシスコという意味になります。 あのマザー・テレサも彼に影響をうけて修道女になったとのことです。 ヒロイン役のクララは女子修道会の立役者であり、後にクララ会として名を残しました。 聖クララという意味のサンタ・クララ(ポルトガル語、スぺイン語)、セント・クレア(英語、その短縮形がシンクレアー)という名の都市が世界中にあります。 昔A猪木の新日本プロレスにトニー・セント・クレアーという英国の正統派プロレスラーがよく来ていましたが、誰も知らないでしょうね。格闘技やプロレスの掲示板では少しは知られた存在でしたが過去の栄光です(TT;) ただし、本作ではクララの出番は少なく、フランチェスコを中心に語られていきます。 私は恩師の昔のメッセージをたまに聞くのですが、その時々の年齢で感動する場所が違っていたように、この映画も、学生時代、20年前、今回と見て、感動した場所は違っていました。 それは、その年齢になって初めて理解できる内容があったり、発見があったり、普遍的な真実が多くちりばめられていたメッセージであり、映画だったということなのだと思います。 フランチェスコが裸になるシーンで「地上の富は無価値です。捨てろ、皆で捨てるのだ。心の自由を。物は心の重荷」と言い、若いころは感動しましたが、年を重ねると親の気持ちの方がわかってきますし、今の自分の中で結論は出せたとしても、人に勧められるようなコレといった結論が出せません。 ただ、彼は自分と同じようにしろとは要求してはおらず、自分のできることを少しずつすればいいと言っているのが救いです。 修道士や僧侶たちは、人々の代りに修行し、質素な生活をし、学問を研究し、真理を探求していますが、家族や財産・地位などのしがらみを持たない人間としてのフラットなものの見方や意見を、人々に提供する役目を果たしているのだと思います。 映画の中で、「皆が聖職者になってしまったら子孫が誕生しなくなる(人間がいなくなる)」と言って、仲間の結婚を裏切りとは思わずに、心から祝福し笑っていたように、それぞれの立場、役割が人にはあるということなのだと思います。 最後のローマ法王との謁見の場は見事でした。 教会の豪華絢爛な内装や美術品、居並ぶ面々のきらびやかな衣装や小道具が宗教の堕落を物語っていました。 いわゆるこけおどしというまやかしの要素で誤魔化し権威づけているわけです。 対照的にボロをまとっているフランチェスコたちの姿が、イエスの姿に重なります。 彼らを見て法王も若かりし頃の自分を思い出し、恥じ、彼の足元に跪いていましたが、それをただのパフォーマンス、演技としてしか見なかった教会上層部の人々の精神の腐敗っぷりが皮肉に描かれていましたが、決して壊れない壁であり、厳しい現実も見せていて、暗澹たる気持ちにもなりました。 親の心情もきちんと描かれていましたし、決して彼だけが正しいと祭り上げるような描き方もしておらず、フラットな描き方が宗教映画っぽくなく自然でしたし、クリスチャン以外の人でも若者の純粋さ、無鉄砲さ、青春のほろ苦さみたいなものに心洗われる思いがするのではないでしょうか。 最後に私が1996年に作ったHPの中の「素敵な祈り」というコーナーの中で人気のあった「フランチェスコの祈り」を紹介させていただきます。 「フランチェスコの祈り」 「神よ、わたしを、あなたの平和を実らせるために、用いてください。 わたしが、憎しみのあるところに、愛をもたらすことができるように、 また、 争いのあるところに、和解を、 分裂のあるところに、一致を、 疑いのあるところに、真実を、 絶望のあるところに、希望を、 悲しみのあるところに、喜びを、 暗闇のあるところに、光をもたらすことができるように、 助け、導いてください。 神よ、わたしに、 慰められることよりも、慰めることを、 理解されることよりも、理解することを、 愛されることよりも、愛することを望ませてください。 わたしたちは、 自分を与えることによって、与えられ、 すすんでゆるすことによって、ゆるされ、 人のために死ぬことによって、永遠に生きることができるからです。」 (By天国とんぼ) 【ストーリー】(ネタバレ注意) イタリアのアッシジに住む商人ピエトロ(L・モンタギュー)とピカ(V・コルテーゼ)の間の一人息子として生まれたフランチェスコ(G・フォークナー)は陽気でいたずらだった。 彼には4人の遊び仲間がいた。 見習い修道士で勉学と宗教に打ち込むシルベストロ(M・フィースト)、セックスへの興味一辺倒のジオコンド(N・ウイラット)、理想に燃える騎士ベルナルド(L・ロウソン)、法学生のパオロ(K・クランハム)だった。 18歳のとき、アッシジとペルシアの間に戦争が起こり、4人の仲間と、グィード司教(J・シォープ)の祝福をうけて戦場におもむいた。 だが、凄惨な戦いに敗れ、熱病に冒されて帰ってくると何週間もベッドに横たわり、生死の間をさまよった。 ある朝、窓辺の小鳥の声に眼を覚ました。 無心に手をさしのべながら近づき、屋根の上にでた彼は、小鳥の後について手をはばたかせた。 まるで大空へ飛びたつかのようだった。 その向こうには、野や山が開けていた。 フランチェスコに自分でも気づかないほどの大きな変化が起きていた。 ある日、果樹園で休んでいた彼に、美しい娘クレア(J・ボウカー)が近づいてきた。 「あなたは気が変という噂よ。小鳥のように歌い、蝶を追い花を見ているから。でも私には、狂っていたのは戦争にいく前だと思えるわ」 彼は自然の中で生きものの素晴らしさを悟った。 次第に彼の眼は自分の周りの人間を見つめだした。 働く者、老いた者、病いに苦しむ者……教会の中には富める人々が、外には貧しいながら懸命に祈る人々がいた。 あまりにも大きなへだたり、神はこれを許すのだろうか。 彼は「NO!」と叫ばずにはいられなかった。 家に帰ったフランチェスコは店にある高価な布を窓から投げだした。 激怒した父親は彼をひきずり、領事(A・チェリ)の裁きを乞うたが、何もならず、フランチェスコは着ている服を脱ぎ、両親に返した。 「もうあなたの息子ではない。人間に大切なのは富ではなく心です。これからはキリストのように乞食になります」 裸になり城門を出た彼は、太陽に向かって両腕を広げながら野に向かった。 雪が降り、真っ白におおわれた野に一人、フランチェスコはサン・ダミアノ教会建設をめざしていた。 十字軍の英雄として帰ってきたベルナルドは、その勇気ある姿に強く打たれ、彼に協力を申し出た。 また昔の親友たちも次々と加わっていった。 髪を切ったクレアも参加し、貧しいが素朴な人々が集まるようになった。 だが司教の陰謀によってサン・ダミアノ教会は焼かれ、仲間の一人が殺されるに及んで、フランチェスコは自ら問うのだった。 私のしたことが間違いだったのか? 彼は仲間たちとローマ法廷に請願に行くことにした。 やっとのことでローマ教皇(A・ギネス)に謁見が許され、キリスト教の腐敗を説いた。 教皇はいたく心を動かされ、彼に跪いた。 周囲の高僧たちは「見事な演技」と称賛するが、教皇の心のうちに気づく者はおらず、ローマ教会は腐っていた。 貧しい人々から聖人と呼ばれたフランチェスコは故郷に帰った。 彼にはやはりここが一番よかった。 鳥が歌い、小川がささやいていた。 彼は兄なる太陽や姉なる月のように安らかで鳥やけだもののように幸せだった。 | |||||
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