ローマ人への手紙1章1ー7節
「約束された福音」
ローマ人への手紙は、パウロがローマの教会の信徒に宛てて書いた手紙です。 ただ、ローマの教会は、パウロが建てた教会ではありません。 パウロのその他の手紙は、パウロが実際にそこに伝道して、教会を建てたそこの 信者に宛てた手紙ですが、このローマ人への手紙だけはそうではありません。 パウロがこの手紙を書いた時、まだローマへは一度も行っていませんでした。 それゆえパウロは、ローマの教会の信徒たちの大部分の人とは面識がなかったの です。 しかしパウロは、このローマの教会を非常に重要に考えていました。 パウロは、生涯に大きな伝道旅行を3回行っています。 地中海の沿岸の地方に、最初は小アジア、それからエーゲ海を越えて、マケドニ ア、ギリシアに伝道をし、それぞれ多くの教会を建てました。 そして、彼は、当時のローマ帝国の中心地ローマへは是非とも行きたい、と念願 していました。 そしてそのことは、最後にエルサレムに行った時、囚人として捕らえられ、彼は ローマの市民権を持っていましたので、ローマで裁判を受けるという形で、実現 しました。 そして、このローマ人への手紙は、いずれはローマ行きの念願はかなえられる という確信から、あらかじめローマの信者たちに自分を紹介するという目的で書 かれたのでした。 さて、このローマ人への手紙は、聖書の中でもキリスト教信仰の中心が論じら れているということで、古来から教会では最も重んじられた書です。 宗教改革者のM・ルターは、次のように言っています。 「聖パウロのローマ人に与えたこの手紙は、新約聖書のうちでもまことの主要部 をなし、最も純真な福音であって、キリスト者がこれを一言一句暗記するどころ ではなく、魂の日毎の糧として日常これに親しむに足りるだけの品位と価値とを 備えている。だからこれを余りに多く、余りによく読み過ぎるとか、考え過ぎる とかいうことはほとんだありえない。これに親しめば親しむほど、ますます貴 く、よりよく味わえるような書である。」と。 そして、その中心は、キリストの十字架と復活を信じる信仰によって義とされる という信仰義認の教えです。 さて、今日の箇所は、パウロがローマの教会の信者にまず挨拶をしている所で す。 1節。 キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となっ たパウロから これはこの手紙の差出人であるパウロの自己紹介です。 そしてこれは7節に続くものです。 ダッシュで囲まれている2ー6節は、福音というものを説明する長い挿入文で す。 ぱうは、まず最初に、自分はキリストの僕だ、と言っています。 この僕は、ギリシア語ではδουλοsという語ですが、これは「奴隷」という 意味でもあります。 「奴隷」は、主人の意志に忠実に従うのが仕事です。 パウロは、キリストの奴隷として、キリストの意志に忠実に従うことを生涯の課 題としました。 尤も彼は、復活のキリストに出会う前は、逆にキリスト教徒を迫害していまし た。 しかし、ダマスコ途上において、復活のキリストに出会い、回心し、その後は、 キリストに忠実に仕える生活へと変えられたのです。 彼はガラテヤ人への手紙2章20節で「生きているのは、もはや、わたしではな い。キリストがわたしのうちに生きておられるのである。」と言っています。 パウロの回心後の生は、全く主キリストのためのものでした。 さらに彼は、自分のことを「召されて使徒」となった、と言っています。 使徒というのは、「遣わされた者」という意味ですが、伝統的には、初代教会を 指導したイエスの12弟子とされていたようです。 彼らはイエスの直弟子であったということで、初期の教会においては特別権威が あったようです。 ところがパウロは、イエスの弟子ではなかったので、多くの人には使徒とはみな されていなかったようです。 特にエルサレムの教会では、彼が最初キリスト教徒を迫害したということもあっ て、彼を使徒とは認めなかったようです。 しかしパウロには、復活のキリストに出会って使徒としての召命を受けた、とい う確信がありました。 そこで、彼は、手紙においては、その冒頭で必ず、自分は使徒だ、ということを 主張しています。 特にガラテヤ人への手紙での主張は印象的です。 ガラテヤ人への手紙1章1節。(293ページ) 人々からでもなく、人によってでもなく、イエス・キリストと彼を死人の中 からよみがえらせた父なる神とによって立てられた使徒パウロ、 この「人々からでもなく」というのは、エルサレムの権威者を指しています。 パウロが使徒となったのは、人々から立てられたのでも、権威者のお墨付きをも らったのでもない、そうではなく、キリストと神によって召されたのだ、と言う のです。 ローマ人への手紙の方では「召された使徒となった」とありますが、これは召命 ということです。 この召命ということは、聖書においては非常に重要なことがらです。 旧約聖書では特に預言者は皆この召命ということを体験しています。 彼らは誰一人、自ら申し出て預言者になったのではありません。 ある日突然神によって召されて預言者となったのです。 ある人は、その時、とても自分はその資格がない、と言って神に反論したりもし ました。 しかし一度神に捉られると、逃れることは出来ません。 旧約聖書のヨナの物語りは、そのことをよく示しています。 新約聖書では、特にイエスの12弟子は皆この召命を受けて弟子になりました。 ペテロにしろ、ヨハネにしろ、彼らは誰一人、自ら申し出てイエスの弟子になっ たのではありません。 皆、自分の仕事をしている時にイエスに突然呼ばれて、弟子に召されたのでし た。 そして、この召命ということは、私達キリスト者にもすべて起こっているので す。 特に教職になる時にこの召命ということが問題にされますが、洗礼を受けてキリ スト者になるというのも、その背後に神の召命があるのです。 私達も、誰一人、自らの意志でキリスト者になったのではありません。 パウロは7節では、ローマの信者たちのことを「神に愛され、召された聖徒」と 言っています。 同じように私達も、「神に愛され、召された聖徒」と言えるでしょう。 聖徒というのは、信者と言っても良いのですが、私達も信者となったのは、神に 召されたからなのです。 確かに、表面的には、私達は自らの意志で教会に来たでしょうし、自らの意志で 聖書を綬いたでしょうし、自らの決断で洗礼を受けたでしょう。 しかし、私達にはさやかには分からないだけで、実はその背後に神の呼び掛けがあっ たのです。 もし、この神の呼び掛けがなかったなら、私達は誰一人教会には来ていなかった でしょう。 皆さんが、何かのきっかけで教会に来たということは、実はそこに、あらかじめ神の 側からの呼び掛けがあったのです。 私達はむしろ、その呼び掛けに応えて、やって来たのです。 この「あらかじめ」ということが聖書では重要です。 2節。 この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束された ものであって、御子に関するものである。 ここでパウロは、福音のことを、旧約聖書においてあらかじめ約束されていた、 と言っています。 「福音」というのは、喜ばしい音信のことです。 この喜ばしい音信は、イエス・キリストにおいて成就したのです。 否、この喜ばしい音信は、イエス・キリストそのものなのです。 「預言者たちにより」とありますが、ここでパウロは預言者の誰を思っているの か、またその預言者のどんな預言を思っているのか、ということは分かりませ ん。 恐らく、特定の預言者のどの言葉というより、旧約聖書の預言者の全体を言って いると思われます。 旧約聖書全体は、イエス・キリストのことを預言しているのだ、というのがパウ ロの理解なのです。 そしてその預言は、イエス・キリストにおいて成就したのだ、というのがパウロ の理解です。 この約束は、「神の約束」である故に、必ず成就するのです。 人間同志の約束は、しばしば当てにならないものです。 政治家は、選挙の時は、いろいろ人の気を引くような公約を沢山掲げます。 しかし、いざ選挙が終わり、自分の地位が安泰すると、公約を忘れ、自分勝手な ことをする、という人も多くあります。 政治家だけでなく、私達もしばしば自分の約束を忘れます。 しかし、神はご自分の約束を決して忘れはしません。 例えば、ノアの洪水の後で、神は「もう二度と人類を滅ぼさない」と約束されま したが、それは今に至るまで守られています。 そして、神は、アブラハムに、「すべての人を祝福する」と約束されました。 そして、この約束は、神自らが御子をこの世に遣わすことによって、果たされた のです。 聖書は、全体が神の約束の言葉だ、と言うことが出来ます。 人間の言葉は、しばしば、軽々しく、偽りを伴いますが、神の言葉は真実で永遠 に変わることはありません。 第二イザヤという預言者は、「草は枯れ、花はしぼむ。しかし、われわれの神の 言葉はとこしえに変わることはない」と言っていますが、これは真実です。 そして、この神の約束の言葉は、厳しい裁きの言葉ではなく、「福音」なので す。 喜ばしい音信なのです。 私達を滅びの縄目から解放し、救いに預からせる、喜びの音信なのです。 キリストと同じ復活に預からせるという希望の約束なのです。 そして、この約束の言葉を信じる者には、神の恵みと平安とが与えられる、とい うのです。 7節。 わたしたちの父なる神および主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あ なたがたにあるように。 この祝福の言葉は、また私達に向けて言われているものです。 私達は、この「約束された福音」を心から信じる者でありたいと思います。 (1991年4月28日)