目次に戻る 前のページに戻る 次のページに進む


「暖炉」


そして天使は、向こう側へ飛び立っていきました。
彼女の心には一点の曇りもなく、笑顔は爽やかに煌めいて。
過去を鮮やかに脱ぎ捨て、純白の羽を数枚、置き去りにして・・・。
いいえ、見えたわけではありません。
せめてそうであって欲しいと、
哀しみなど一つもなければいいと、ただ祈っているのです。
彼女には冷たく暗い顔なんて似合いませんから。

幾日か過ぎて。

ひとり、影を追いかけて、
あなたの残した温もりを開いてみます。
たったこれだけしかないんですね、
たったこれだけ。
それでもあなたの豊かな感性の輝きは、
確かに天空を貫いていました。
僕の心の扉を開け放ち、
いくつもの出会いの種をまいて、
あなたの残した温もりが冷えていきます。
それはとても残酷です。
耐え難い苦痛です。
それが僕の犯した罪、
言葉のせいであるのだとしても。
あなたの影が霞んでいくのを見つめることが、
罪を償い、あなたの心を癒やすことになるのだとしても。

もしもあなたが、自らが作り上げようとした虚構に疲れ果て、
そしてその虚構を僕が信じて疑わないことの重みに耐えかねて、
軽やかで艶やかな笑顔さえも忘れ去ろうとしているのなら、
そんな哀しみはやめて欲しいから、僕は告白します。
僕があなたに見つけたものは、あなたの虚構の向こう側にありました。
あなたの言葉の奥に密やかに滲んでいる、健やかな感性の光、
それだけが僕にとってのあなたであり、喜びであり、
あなたの虚構はステンドグラスの微かな七色ではあったけれど、
僕が見ていたもの、見続けたいものは、太陽が太陽として輝く姿です。
あなたが太陽にさえ疲れたとしても、太陽は光ることを止められはしません。

きっとこのまま、時が流れていくのだとしても。
僕の心に刻まれたあなたの形が消え去ることはありません。
僕が抱いていた魂の安らぎとしてのあなたへの愛は、
あなたを喪失した瞬間、
永遠に灯り続ける淡い暖炉になりました。
心の隙間を隙間として照らしながら、
光焔は温もり続けています。
僕の影だけが、揺らめいています。
もう、あなたに何も求めたりはしません。
あなたはあなたらしく、何ものにでもなることができるし、
また、何ものにもならずにいることもできるのです。
再び巡り会ったとき、僕はあなたに気づかないかも知れない、
それほどにあなたが新しく生まれ変わるのだとしても、
あなたが存在する限り太陽は輝くことでしょう。
その太陽を見上げ、陽射しを受けながら、
どうかあなたよ、いつの時も、健やかでありますように。

目次に戻る 前のページに戻る 次のページに進む