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「 最 期 に 」





天上の遺跡群から僕は

名もなき神様の落書きを発掘した。



『私はただ

 誤解を恐れるのである

 これ以上誤解されるくらいなら

 何も伝わらない方がいい、と



 安易に単純化された理解が

 どれほどの悲劇を生んできたか

 例えば原子力利用

 例えば感染症対策



 正確さに欠けたとしても

 少しでも何かを伝えられたら

 そんな私の感傷的な無責任さが

 混乱の上に混乱を重ねたのだ



 例えば自由

 例えば平和

 これらは夢想家のおもちゃではない

 子供のわがままは純粋さの証明ではない



 イメージの枠の中に停止してしまう心

 そこから一歩踏み出すことをしない怠慢な思考

 自分を取り巻く世界のひとつひとつの意味を

 問い直し定義し直そうとしないその傲慢さ



 人は何故“考えることができる”のか

 その重大な意味に気づくこともないまま

 わかりやすい不正確さに身をゆだねて

 正しき心たちは世界をゆがめていく



 流し見ることに慣れてしまった瞳には

 わかりやすさのために切り落とされた破片など

 小さな犠牲だと映るかもしれない

 しかし悪霊はそれを見逃しはしないのだ



 たとえ誤解されても

 伝えねばならないことがある

 けれども誤解されるくらいなら

 伝えてはならないこともある



 今の私はただ

 誤解を恐れているのである

 妥協的な理解を許さない言葉は

 孤独な良心の哀しき砦



 呪文のうちに封印した真実がある

 この秘密は容易に解けてはならない

 考えることを放棄した怠惰な精神には

 決して伝わってはならないのだ



 私がこの世を去ろうとする理由を

 最期に書き残しておこう

 これ以上誤解されるくらいなら

 何も伝わらない方がいい、と』



落書きをそおっとポケットにしまってから

僕はラピュータの発掘を永遠に中止する決心をした。


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