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< 06:58 >





誰にでも見せられるものと

君にしか見せられないものと

君にも見せられないものと

そんな騒々しさで

僕の静けさはできあがっている



ビロード越しの感触

セルロイドにゆがめられた風景

こんなにも幸せな僕の人生は

いつも仮想空間から出て来ることはなく

冷めた目で見透かす僕を映している



人が混じり合う時には

野性的な臭気が漂うハズなのに

ショーケースにはマネキンばかりが並ぶ

だけど君との愛おしさの前では

美しさも醜さも陳腐だ



幸せとはこのことである

僕は確かに幸せの中にいる

なのに

こんなにもよどんだ視線で

世界中をまさぐることでしか



愛とか夢とかいう液体の中で

溺れかけていることでしか

生きることができない

僕の人生を書くことができない

この静けさは僕を張りつめる



空が晴れ渡っていて

陽射しはほんのりと掌の温もり

大地は緑の芽吹きを支える支度に忙しい

申し分なく素晴らしい終冬の一日だ

この優しさを言葉にしたいだけ



それなのに



僕が幸せであることの一つ一つ

僕を暖める一人一人を数えながら

何よりも君を聴きながら

そう

君の振幅を感じながら



僕の瞳はズルズルと風景を引きずっている

僕の肌はザラザラと感情を擦り付ける

愛が形に閉じこめられ

熱が氷に貼り付けられて

僕は人生を書くことができない



剥がれ続けた過去を

振り返る暇もないほどに

目の前を抑えつけるそばから

また次々と剥がれていく

こんな時間回廊



君という春の息吹だけが

僕をカイトウできる

凍り付いた答えを再生できる

たとえ背中に疲労が蓄積していても

それだけは色褪せることない実体



けれど君にも見つからない

いや、僕自身ですら解り合えない

失色の仮面願望が

僕という人生を書き残すハズの

ただ一つきりの泣き声なんだ



いっそ

僕一人だけが神の創造物でなかったなら

この憂鬱なおしだまりの質量さえも

僕の存在許可証となるだろうに

神はなく、僕はただの生き物であって



だから

書かなければ

せめて消えてしまう前に

僕を

書かなければ


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