「ブラック・ホール」

 

 


わたしは今、幸せのただ中にいる

おそらくは、間違えようもなく

そんなときにさえも

自分を引きちぎりたいと思うことが

わたしには稀ならずあるのだけれども

 

 

あなたが望む幸せの中に

ホントのわたしはいるのかな

わたしが信じてるあなたのふくれっ面は

あなたにとって大切なものなのだろうか

胸が押し潰されるような想いの溜まり

 

 

そして、迷い

手足の動きひとつひとつ

心臓の鼓動の一拍一拍

呼吸をすることにも

戸惑っていくよう

 

 

助けて

助けてって叫んでる

わたしがわたしがって

わたしが襲って来るから

合わせ鏡のように

 


無限に落ち込んでいく

わたしの奥のわたしが

助けてって叫ばせる

大切な人を呼び寄せるために

無数の破片で切り刻むために

 

 

わたしの愛は蜘蛛の糸

あなたを誘う蜘蛛の糸

キラキラと朝露を弾いて

優しげな温もりのように

あなたにからみついていく

 


ああ、わたしの魂のほつれ糸が

あなたの心のすそ先にからみついて

少しずつ、少しずつ

ぐるぐる、ぐるぐる

縛りつけ、締めあげていく

 


わたしの心は糸球(いとたま)の

人の温みを恋しがる

冷たく暗い糸の球

生きれば生きるそれほどに

ギュッと縮んで重くなる

 

 

恋しい、恋しい

くるくる、くるくる

糸を巻き取り

あなたを引き寄せて

いつしか押し潰してしまう

 

 

そんな薄汚い膿の黙りが

わたしのあなたへの愛の本質

そういう錆びてすえた匂いのする

この動脈の切り口と切り口の結び合いが

何か生々しい回転軸となって唸りをあげている

 

 

ねぇ、感じる?

わたしの温もりも優しさも笑顔も

真実や善なるものや美しさでさえ

あなたの心を満たすものはみんな

あなたを裏切っている

 

 

明かされた秘密のように

甘やかな芳香を放つけれど

それはわたしの薄暗い魂の渦

しぶきたつ波濤の冷気

仕掛けられた罠

 

 

わたしがいつも

幸せの中に拡散して広がって薄まって

消え去ってしまってもいいとさえ思える人に出会うと

わたしの魂の奥底から聞こえてくる糸球の罠の唸り

わたしをわたしの“形”に留めようともがきだす

 


わたしの情愛

あなたへの想い

わたしという存在

この生命現象は

幸せという拡散と

糸球の求心力の

力学的な平衡

そういう危うい表面なので

だから、わたしの本質は

ブラック・ホール

 


およそこの世にある

愛すべき価値を持つものたちを

魅惑の糸でからめ取っては

引き込み押し潰してく

そんな哀しみがこの生命現象の本質

 


誰がどうしてこんなふうにしたのか

天上のことはわたしにはわからない

けれど

どうして生命の本質を

わたしは哀しんだりするのか?

 


温もりも優しさも笑顔も

真実や善なるものや美しさでさえ

およそこの世にある

愛すべき価値を持つものたちが

わたしを哀しませるのだとすれば


 

それらに何の意味がある?

わたしにとって、愛すべき価値なのだろうか?

あんな平面的な二律背反の産物に過ぎないものが

わたしの生命の根源を哀しむ理由になるの?

両手と涙で、大空を叩き続けても

 

 

誰も答えてはくれなかった

 


今のわたしには

この暗黒の糸球の唸りが

冷え冷えとした感触が心地よくて

それでも、こんな充足のただ中にあっても

自分を引きちぎりたいと思っているのは

 


何故なのだろう?

 


わたしはもう

ブラック・ホールであることを哀しんだりしない

わたしという現象が、宇宙で生じたということ

温もりも優しさも笑顔も、重力の腕であるということ

それはとても、素晴らしいことだと感じているのに

 

 

幸せへと向かう衝動

これはいったい何なのだろう

わたしがただのブラックホールという糸球ではなく

わたしという表面がその遙か外周に浮かんでいるのは

そんなふうにもがき苦しんでいるのは、何故?

 


そう、ただのブラック・ホールに

どうしてこんな、“心”があるのだろうか

温もりも優しさも笑顔も

真実や善なるものや美しさでさえ

そんなものは獲物を捉えるための糸の表現

心なんて介在する必要はないはずなのに

わたしは心の中をまさぐって

ほのかな灯りをつかみだした

この心の内側に

力学では語り得ないものがひとつある

 


このわたしの心に

どうして

祈りという機能が備わったのか

 

 

もしもわたしがただの

ブラック・ホールという現象に過ぎないならば

祈りなど、何の意味も持たない機能だ

それが確かに

わたしの中に備わっている

 


それならもしかしたら

わたしはただのブラック・ホールではなく

温もりも優しさも笑顔も

真実や善なるものや美しさでさえ

ただの蜘蛛の糸では、ないのかもしれない

 


もしかしたらわたしは

いいえ、わたしたち人間は

祈りを持っているが故に

重力から解き放たれて

幸せへと拡散していく

 


そういう現象で、いいのかもしれない

 

 

poemed by Kobashiri



 

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「ブラック・ホール」

 

素直に幸せに浸っていられない、どうしようもない不安。

そんなとき、宇宙に漂うブラック・ホールのような危うい

自分の重力波というものを感覚する事があります。そんな

自分さえも肯定的に受け止めてあげられる、平面的でない

深まりのある価値観の軸を、自分の中に育てたい。秋の終

わりに、そんなことを想うのでした。なんだかなぁ(汗)。
 

 

EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://www.nsknet.or.jp/~kobashi/

 


 

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