ヴェスタリオミア物語 第3章 森(10)

 

 




長くさまよい続けた果てに

互いの存在の意味を確かめ合ったウィトンとティアは

何かに導かれるようにこの場所に出会い

そして今、それを見つけた



それは、静かにそこにあった

サラサラ、サラサラと透明な微粒子が

表面のいくつかの穴から湧き出し

そして流れ落ち広がっていた

その広がりの先端は小川のせせらぎにも似て

遙か森の奥の方まで続いているようだった

この不可思議な源流を湧き出させている

それは

岩のようでもあり

大樹の切り株のようでもあり

気づかなければ気づかれないままに時を過ごしていきそうで

けれども深々と大地に根ざしたような存在感を醸していた



ウィトンはそれを

ただじっと、無表情に見つめていた

ティアには、それが何なのかわからなかったが

今はこの場所の持つ神聖な雰囲気に穏やかに包まれていた



時間にしてどのくらいたったろう

愛しい人の息づかいが少し乱れたのに気づいて

ティアはウィトンの顔をのぞき込んでみた

彼の唇は弱々しく旅の終わりを告げる



「父さん・・・。」



ティアはウィトンの唇と

父と呼ばれた岩のような存在を交互に見つめて

やはりその意味をはかりかね、ウィトンの瞳に問いかける

ティアの視線のその先で、ウィトンの瞳は見る間に満ち溢れていった



「父さん・・・、何やってるんだよ、こんなところで・・・!」



ウィトンは泣いていた

子供のように泣いていた

ティアにとっては初めて見る

愛しい人の子供の心だった



それからしばらく

ふたりは並んで腰を下ろしたまま

流れ落ちる透明な粒子とその源泉を眺めていた

惑星ヴェスタリオミアの長い長い1日が暮れようとしていた



ティアは草を摘んだり石を転がしたりしていたが

さすがに眠気を覚えて彼の肩に頭をもたせかけた

恋人から伝わる重みと温もりを支えながら

ウィトンは思い切るように息を吸う



「ティア。」

「・・・うん・・・、なんか言うた?」

寝息混じりに答える彼女の髪を梳きながら、ウィトンは“言葉”を口にした

「結婚しよう、ティア。私のキウォユーヌに、なって下さい。」



ティアは何を言われたのか

音は耳の奥で何度も響いていたけれど

言葉が心に浸透するのにしばらく時間がかかった

え・・・?結婚・・・、って・・・?



そんな彼女にはお構いなしに

ウィトンはその場で立ち上がると

服を脱いで“中性化”を始めてしまう

彼の体は翼だけを残して、流動化し始めた



体の表面がさざ波のように揺れ

筋肉や関節が滑らかな曲線へと変わり

表情も軟らかく穏やかな微笑みとなり

それはまるで、ウィティの開花を見るように



「ま、待ってよ、うち、初めてやのにっ・・・!」

ティアはしばらく、ためらって動けずにいた

ほんの数日前、ようやく内緒で翼に包み込んだばかりだった

できるなら、もっともっと、考える時間が欲しかったのだ



たとえ、答えは決まっているのだとしても。



けれども愛しい人は今

中性化した不安定な表面を空気にさらしながら

自分に向かって、信頼だけから出来上がった笑顔と両手を伸ばしている

このまま放っておけば、彼は中性化したまま崩れ落ちてしまうに違いないのだ



迷っている暇はなかった

ティアは意を決して服を脱ぎ捨てると

心を惑星の中心に向かって浸透させ、中性化を始めた

彼女の体もまた、翼を残してさざ波と化していった



それからティアは、おずおずとウィトンに向き合う

「ごめんな、ウィトン。うち、こんな汚らしい翼やから・・・。」

「そんなことないよ。ティアの翼は、森の温もりに似てる。」

ふたりは、自らの翼をいっぱいに広げながら、歩み寄った



「こんな感じで、いいんよね・・・?」

ティアはウィトンの首に両手を回して、しがみつく

ウィトンは答えずに微笑んで、ティアの腰のあたりを両手で抱きしめる

ふたりの表面のさざ波が重なって混じり合い、キラキラと輝きだした



翼と翼がひとつに重なって

溶け合うふたつの生命の境界線を支えている

遺伝子ばかりでなく、精神内遺伝波動までも与え合うふたりが

お互いの奥深くに陥ってしまわないように、支えている



ふたりの境界線からこぼれ落ちた無数の波しぶきは

岩から流れ出す透明な粒子に溶け込んでは、森へと流れていく

やがてふたりは、不安定な中性体から、安定な男性体と女性体へと戻った

そしてどちらからともなく、昔オスナムであった岩の方へと目を向ける



岩は

少しも変わらない様子で

淡々と粒子を湧き出していた

何事もなかったかのように



ウィトンは、たまらない寂しさを感じた

ティアは、そんな彼の寂しさがそのまま染み込んできて

初めて彼の心の傷の奥深さを知ったような気がした

うちは、この人と生きていく・・・



そのとき、背後に何かの波動のようなものを感じて

ウィトンは何気なく森の方を振り返ってみた

するとそこでは、信じがたい光景が始まろうとしていたのだった

ウィトンは震える声で、“自分”を分かち合った人に呼びかける



「ティア、・・・見てっ!」

ウィトンが指さした方に振り返ったティアの目の前で

大地がぐんぐんとひび割れて盛り上がったかと思うと

次の瞬間

その天辺がシュポンッという快音とともに弾け飛び

花や草や樹や、虫や動物や鳥や、喜びや悲しみや

暖色や寒色の色鮮やかなきらめきたちが次々と

大空に向かって吹き上がっては

円を描くように周辺の茶色い地肌に降り注いだ

噴萌(ふんぽう)と呼ばれるこの爆発的な生命誕生のドラマ

知らず知らず互いの手を握り合って震える恋人たちの心は

瞬きするのも忘れ、涙さえも流すことなく、たたずんで



それから数時間ののち

ウィトンとティアは、生まれたての花畑の中にいた

目の前では、何もかもが生まれ続けていた

そういえばふたりも、ついさっき生まれたばかりだった



ウィトンは、父であった岩に軽く手を触れて

「また、来るよ。」

そう言うと、ティアの方に向き直って微笑んだ

「さあ、帰ろう。」



ふたりは岩に背を向けて

深い深い森の奥へと、家路についた

これからのふたりがどうなるのか

今はまだ、誰にも、わからない



そして岩は

少しも変わらない様子で

淡々と粒子を湧き出している

何事もなかったかのように






第3章 森 終わり




作・ 小走り

 


 

<コメント>

終わり方って、難しいですね(笑)。それでもなんとか、ここ までたどり着けてホッとしています。あらためて「森」を読み 直してみると、至らないところだらけで・・・。それにしても この森は、みなさんに育ててもらったのだなって、思います。 できることなら、これからもお一人お一人の心の中で、この森 の物語に想いを注ぎ続けていただけたら、嬉しいです・・・。 それでは、この次どこの章から始まるか、私にもわかりません が(オイオイ)、これからも末永くおつきあい下さいね。  

 

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http://www.nsknet.or.jp/~kobashi/

 



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