ヴェスタリオミア物語 第3章 森(3)

 

 

森だ

この星にたったひとつ

ここにだけ森がある

 

父がこよなく愛した“最後の森”も今はなく

そのかわりに母が育んだ“始まりの森”が次第に広がっていき

しかしこの新しい森は

まだ若々しく未熟であったので

これ以上には広がるすべを知らなかった

 

この森を“始まり”と呼んだ父と母は

確かに愛し合っていたらしい

そして私が生まれた

 

けれども私の少年時代は

苦痛に満ちていた

森の再生に生涯を捧げる父と

徐々に精神を病んでいく母

憎悪と喧噪の日々が続き

 

父は風のようで顔がなく

母は私が10歳の春

他人に生まれ変わってしまった

 

だから私にとって幼い頃の記憶は

ふるさとの記憶は

歪んだ檻の中にある

鉄格子に生えた青銅色の棘は幾重にも

懐かしい人々の視線となって突き刺さる

 

私を埋め尽くした秘密の決まり事は

他人には決して理解できないだろう

だから私はふるさとを捨てた

 

あれから10年

私にも愛しい人ができた

彼女はまっすぐに私を解き放つけれど

果たして偽りにまみれた私のストレートラインを

その胸の深みの奥で受け止めてくれるだろうか

 

ともかく

私はここに帰ってきた

森のあるこの村に

 

父は今も森の中に潜っている

母は独自の世界観で生活を工夫している

私を育んだゆりかごはそのままにある

この温もりには激痛が伴っているけれど

今の私には痛みを分かち合う人がいる

 

父のようにはなるまいと思って生きてきた

母の姿から一生懸命に目を背けようとしてきた

けれど私は父と同じ道を歩んでいるのかもしれない

 

愛しい人よ

私は父オスナムと母ティミアを愛しています

私たち一家を蔑んでいるこの村さえも

何故だか愛してやまないのです

この星でたったひとつ、森のある村エスタミス・・・

 

私はここに、帰ってきた。





作・ 小走り

 


 

<コメント>

 

精神を病んでいる人は多いのです。それは逃れようのない現実

の姿。だけど、魂を病んでいる人は少ない。これは私の憧れと

希望の光です。まことに私事で申し訳ないのですけれども、今

回の物語を私の両親と、私のふるさとに捧げたいと思います。

 

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