ヴェスタリオミア物語 第3章 森(5)

 

 


この樹は2番目に生まれた



種の中ではち切れんばかりに膨れ上がった想いは

解き放たれる瞬間のためにウィティの花を萌えた

そして時は満ち

花から一粒の花粉が放り捨てられ

気まぐれだが力強いつむじ風に巻き上げられ

叩き堕とされて地面に食い込んだその刹那に

花と花粉を結んだ地上の一直線は

想いを意志に昇華した



森は走り出した

意志を指し示すためだけに放り捨てられた

ちっぽけな花粉を踏みつぶしながら

まっしぐらに追い求めながら



踏みつぶされた花粉は

冷たい地面の中で魂を食いしばる

彼は涙を流しながらほとばしり

そして森で最初の樹になった



鬱々とした

とぐろを巻くような想い

ウィティの花が森となるために

花粉という形で放り捨てたもの



  みんな走っていく

  俺なんかの何倍も深いところで悩み

  俺なんかの何倍も大きな喜びを知り

  俺を置き去りにして広がっていく


  
  俺はこんなところでのたうち回っている

  的外れな悩みと浅はかな喜びを抱いて

  スタートラインにとり残されたまま

  おぞましい原初の欲望にまみれて



彼の慟哭はいつも風にかき消されて

解き放たれた森の後ろ姿には届かなかった

にじみ出た涙はつむじ風によって空に吹き上がり

彼の上に降り注いでは穴をうがっていった



だから、この樹の天辺には小さな洞がある



小鳥のつがいが子供を生み育てるには

ちょうどいい高さ、ちょうどいい温もり

小鳥たちはこの洞の中で愛を交わしあい

瑞々しく汚物まみれの卵を生んだ



彼の身体に刻まれた洞に憩う

この愛おしい生命の胎動

彼の心に訪れた静寂

全身を貫く躍動



彼は小鳥のつがいがいるときは

家族を優しい眼差しで見守っていた

小鳥のつがいが出かけるときには

残された卵を包み込んで温めた



太陽や風が穏やかなときには

幹を捻って洞をそちらに向けたりした

それは激痛を伴う行為だったけれども

殻の中から伝わる脈動が嬉しかった



嵐や霜におおわれる夜には

根っこから大地の温もりを吸い上げた

それは意識が遠のくほど過酷だったが

家族の安らかな寝息が心地よかった



やがて殻を破って雛が這い出した日

小鳥のつがいは喜ぶ間もなくエサを求めて飛び立ち

洞の内側には無数の柔らかな触手が生えていた

雛は絨毛の波間に漂いながら夢を見ていた



いつか大きくなって

自分の翼を力強く羽ばたいて

大空に飛び立つ日のことを

雛は夢に見ながら眠った



そんな雛の鼓動を感じながら

彼は自分に生えた触手のその意味を

少しずつ知り始めていた

せめて、ステキな夢を見ながら

そう祈って柔らかな絨毛は震えていた

震えながらも彼は

雛の身体を優しく撫でて

間もなく目的のものを見つけた



眼球と生殖器

雛の身体で最も柔らかい場所

彼は一気に触手を突き入れた

雛は一瞬、痙攣して果てた



小鳥のつがいが戻ってくると

雛は跡形もなく消えていて

あの触手も洞の壁にしまい込まれていた

樹の表皮はいつにもましてイキイキと輝いていた



それからも幾度となく

小鳥のつがいがやってきては

愛を交わし卵を生んでいった

そして雛は彼に吸収された



彼は自分が何ものであるのか知り

ここにいることの意味を知った

彼はそういう樹なのであって

美しく枝を伸ばすことなく



そして今この樹の周りには

雛から絞った樹液をもらって

森の中で最も美しい花々が

咲き乱れているのである






作・ 小走り

 


 

<コメント>

洞のある樹の話・・・。これはこの「森」を書き始めるとき、一番最初に浮かんだ 物語です。ただ、自分の中で未消化というか、この樹の心がわからなくて、今まで 書けなかったんです。なるべく淡々と、できれば何の感情も与えないような、空気 のようなお話にしたかったんですけど、そういうわけにもいきませんでした。読後 感が不愉快というか・・・。ただ、実生活を通して、少しだけこの樹の心に近づけ た気がしたので、書いてみました。私はいつも生活者でありたい、そう思います。

 

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