ヴェスタリオミア物語 第3章 森(6)

 

 

走り続ける森 薄暗い湿り気のあちらこちらで 日溜まりよりも熱い想いが 生まれては弾け 弾けてはまた生まれ 歩き疲れて眠る 若き恋人たちの鼓動には 大地を貫いて伸びる 森の根から 生命たちの息吹が伝わる 夢の世界に 思い出として流れ込む 洞のある樹の夢に ティアは奥歯をかみしめて震えた ウィトンは静かに見据えていた 若き恋人たちは樹の生き様を鏡として 自分自身を映していた こんなにも 感じ方さえ違ってる ふたりぼっちの 森の中でも ティアはウィトンを見つめて ウィトンは森の天井を見つめて ふたりとも涙を流しながら 握り合う手を離すことはなかった そんなふたりを見下ろす大樹の枝先から 歌守(うたもり)という小鳥の 微かだけれど 深く澄み渡った歌声が降り注いでくる ある歌守の少年が生まれた 彼の肺と喉は ガラスのように繊細で脆かった 歌守にとって 歌うことだけが生きること 哀れで愛おしい両親の 風船に針を突き立てるような愛情 しかしそれでも少年は歌が大好きになった 歌うことを何よりも愛した 歌うたびに焼け付くような肺と喉 一声ごとに全身が痛みで痙攣し それでも少年は身体ごと声にしてしまいたかった ときどき、自分でも涙が出てくるほど素晴らしい声がでる しかし決まってそのあと、肺と喉は血を溢れさせた 歌うことは生きること 歌うことが生きること 歌うたびにやせ細り 歌うたびに崩れ落ち そして最期に 少年はありったけの声で叫ぶ 父さん、母さん、歌うことを教えてくれてありがとう・・・ 少年の生涯は短く、そして喜びに満ちていた 歌声を聞きながら ティアは少年の夢を見続けていた 少し苦しげな彼女の寝顔を ウィトンは静かに見守っていた





作・ 小走り

 


 

<コメント>

心、想いというのは、それが暗いものであれ熱いものであれ、生きる という意志によって初めて光を放つのだと、私は思います。森という のは、生きるという志(こころざし)の集合体なのかもしれません。

 

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