ヴェスタリオミア物語 第3章 森(7)
目覚めると
そこは何もない世界だった
色も、音も、匂いもなく
ただ広大な空間が広がっていく感覚
その上、全てが満ちているような
遙か遠くの方に
山脈が見える
私がいるのは水域だった
だんだん、視界がハッキリと
この場所の有様を映し出す
私は水面に突きだした岩礁
それはそれはちっぽけな一粒で
どうしようもなく泣けてくる
この私の生い立ちや行く末
水域の間に浮かんでいる
山脈の頂上には
巨大な顔があってこちらを見つめている
見えるわけもないのにハッキリ感じる
まるで岩礁が波に砕けていく様を
確かめようとするような視線
次の瞬間
顔は巨大な口を開け
声ではない叫びを解き放った
岩礁である私の腹の底に響きわたったそれは
無限に広がっていって、しかし消え去ることはなく
するとその咆吼に応えるように
私の周囲の水域全体が静まり返ったまま
その奥底に無数の光を生じたかと思うと
一斉にその粒子たちが水面に向かってわき上がり
天空に向かって突き抜けていった
私の感覚しうる全ての存在が光となって
次から次へと途切れることなく上昇し続けていた
私はそれらのひとつひとつを追って天空を見上げていた
水に生まれ、天に帰っていくものたち
ちっぽけな岩礁の私は震えた
私は何故生まれた?
私は何のために生きている?
私は存在してもいいのだろうか・・・?
そんな子供の頃の自問を繰り返して
ちっぽけな岩礁の私は震えた
山脈の巨大な顔は相変わらず
私が波に洗われてすり減っていく様を
静かに見つめていたが
その両目を大きく見開いたかと思うと
もう、私の眼前に屹立(きつりつ)していた
そそり立つ山肌の顔を照らし出しながら
光たちはわき上がり続け、天に放たれていった
世界の全てが光の粒子となって立ち上がり、渦を巻き
しかしそれはそのように感じられるだけなのであって
現実なのか夢なのか、それさえもわからなかった
ウィトン、ようこそ
ここはこの惑星の中心
生命会議の場なのだよ
わしはこの星そのもの
ヴェスタリオミアだ
おまえの迷い
おまえの悲しみ
おまえの怒り
おまえの喜び
おまえの愛
どうしておまえの心は
こんなにも変わり続けるのか
ただひとつの心であるはずのものが
どうして純粋な結晶ではないのか
おまえは正直に悩み続けている
わしには答えることはできない
何故なら、わしもおまえと同じだからだ
みんな、おまえと同じ生命なのだから
おまえの父も悩み続けてここに来た
何をするべきかを探し求めていた
ウィトン、おまえは自分を信じてはいない
そして自分の成り立ちを感じていない
おまえが何故生まれたのか
おまえが何のために生きているのか
おまえは果たして、存在することを許されているのか
ウィトン、父を求めよ
おまえの父の想い、母の想い
それらの真実の姿を探し求めるのだ
そこにこそ答えがあり
それ以外に答えは得られまい
ウィトン、ただこれだけは覚えていておくれ
おまえは確かにちっぽけな岩礁であって
波に洗われ削られているかもしれぬ
しかしおまえの根元には
深々と大地からせり上がった脈動がある
おまえを水面まで押し上げたその熱い想い
そして、それはおまえが迷いに沈むときであっても
おまえを陽光の下へ押し上げようと一途に祈っていることを
おまえは決して忘れてはいけない
生命会議に出会った、かけがえのない魂よ
遠くない将来
おまえの同胞たちは月を生み、柱を立てる
そして風の声を聴き、生命の集いを知るだろう
しかし何故、月が生まれ柱が立つのか
その意味を知るものは少ない
さあ、ウィトン
ちっぽけな岩礁よ
おまえは天に昇るか
それとも大地の想いに
応えて生まれ続けるのか
ねぇ、ティア
私は今、君から生まれたんだよ
君が一途に想ってくれたから
そして、想い続けてくれるから
私はこの世界に現象し続けている
君も私も
想いの溜まりに生じた
ひとつの現象なんだ
何か立ち止まったものが存在しているのではなく
次から次へと生まれ続けているってことなんだ
そしてそれが
生命っていうことなんだ
存在するってことなんだ
愛してるってこと、信じてるってこと
それが私たちをこの世界に現象させている
だからティア、・・・ただいま。
作・ 小走り
<コメント>
今回のお話は、もしかすると抽象的で意味不明かもしれません。だから、内容 を理解するのではなく、何かを感じていただけたらと思っています。この物語 もまた、私の想いと、読んで下さるみなさんの想いがクプカという森の片隅に 溜まっていて、そこに現象した。つまり一種の生命なのだということかなぁ。
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