雑記帖 - つれづれのことのは

No.371
第2ステージ第1戦

「今日は中日応援のため定時に事務所の仕事を終わります。」しっかり応援したいのでぺこはプールもお休み。明日のゴミ出しの準備を早めにさっさと済ませ。 夕飯はニラ入りモツラーメンをしっかり食べたので応援にも力が入る。

「おっ、2対2!2点とったがか!」5回の表に李炳圭さんがヒットで出塁し、続いて荒木・森野が出塁と中盤の盛り上がりに、テニス・プールから急いで帰ってきたとさんも応援団に加わって、本日の語録。

のりはこの頃あたっとらん。なまんだぶつ、なまんだぶつ。
グライシンガひっこんだら(交替したら)ほっとしたがい
和田、ホームランでいいぞ。(ヒットでいいぞの間違い?)
のりの嬉しそうなこと。さすがベテラン
岩瀬さま、神様、仏様。
よっしゃ、よっしゃ。
かぁちゃん、よう応援してくれた。

どうやら、剱岳日帰り登山の神通力がじわじわときいてきたようです。

(2008-10-22)

No.372
どたぁ〜ん

テレビの前にひろげたお昼寝布団の上にトさんが倒れ込んだ音。

今日はやめ(ときたかった?)。奇襲作戦でちゃ、だちかん。やまぁい〜、やまぁい〜、去年を思い出せ。あの打線を3点で抑え取った昌は、やっぱ凄いがや。やっぱし点が線でつながっとらん。

「今日も応援のため6時には仕事やめます」二人して、早く泳いで早く帰る作戦に出たのが悪かった。応援しとらんうちに点とられしもとった!大失敗や。

(2008-10-23)

No.373
友来たる

土曜日、週末の雨があがり休日はまたまた晴れ。といっても布団を干す程の空ではないので家事はさっさと済ませる。さて、今日はスケジュールがあれもこれも。 音楽鑑賞・演劇鑑賞・居酒蕎麦・テニス・水泳・買い物・お食事会・読書と相変わらず欲張って綿密に打ち合わせ計画しておいた。

視聴してみようと持ち込まれたスピーカーが大きすぎる。部屋の暖房機の直前になってしまい「こっでちゃ、つかえんぜ、どうすんが?」「折角の借景にもキャンバスに太い柱が?」音はさすがに会場で視聴していたように柔らかい♪

予定時間かっきりに次へ出発。二人してちょっと若者ファッションを心がけジーパンでおめかしして急いで会場のウィングに駆け込んだら・・・ 「ありゃ〜、日がちごがいね。あしたやと」 うぅぅ〜、残念無念。照れくさいので頭かきながらすたこらさっさとと退散。

予定変更してとさんはテニスに私は水泳に。 プールは2コースがスクールに使われているだけで後の6コースはがらぁ〜んとしている。それもその筈私が三人目といううれしい静けさ。いつものように一人で鼻歌でリズムをとりながらゆっくりゆっくりヨーガの呼吸でストレッチしながら歩いた。 気持がい〜なぁ〜〜。快適な余り調子よく1キロ歩行、久しぶりに500クロールも。

スクールの方はざっと25人近くの参加で大盛況。皆さんしっかり二段腹、三段腹のふとっぱらな明るいおっかさんが勢揃い。一斉にプールに入られると水が溢れ出て水位が下がるのではと心配性のぺこばぁは気を回してしまうのでした。しかし、新鮮な水が沢山入っていいのか。みんな子供に返ったみたいに開放的で素直に指導員の説明に聴き入って頷いている瞳が輝いている。笑みがこぼれてとってもいいんです。

コートでお腹を空かせてお待ちかねの二人を大急ぎでお迎えに。まさかりかずいて山から下りてきた駄ラ仏さんを交えて居酒蕎麦でお腹をみたす。 「新蕎麦はやっぱりかおるなぁ〜。うんまい。」

で、事務所で早速音楽聴きながらお昼寝タイム。気持ちよく聞こえてくる音は最高の子守歌。俄に視聴室になった部屋に大音響の音楽がなり始めると殆ど同時に、いつものように深い眠りに落ちていたのでした。忙しかった1週間の疲れが出てぐっすり寝込んでしまった。Zzzz

夜は八ちゃんで、おねーたんを交え「emi 工房展」の盛況を祝い、テニスの上達も祝って乾杯、乾杯。あおりいかも子持鮎も蟹もきすの天麩羅もおでんも漬物も食べ尽くす。その後は、かんちゃんを交えて再び試聴会と相成った。グラッパが香る部屋で夜の更けるのも忘れ、懐かしい音楽をみんなで口ずさみながら昔話が弾んだのでした♪

(2008-10-28)

No.374
孫守

金曜の午後は事務所の皆に早退を申出、お仕事のあるたま父さんに替わって保育園へお出迎え。こちらにとっても保育園のお迎えは久しぶりの事なので、どきどき、どぎまぎ。何しろまだまだ「ママ、おっぱい!」な たまさんなのだ。「二ヶ月ぶりのたまさんがじぃとばぁを覚えていてくれるだろうか?」と心配しながら訪れた園の門に近づくと、園庭には元気な子供達の声がはちきれていた。

たまさんはお昼寝から目覚めてプレイルームで自由遊びの時間。最初怪訝な顔だったのだが「ばぁばだよ」と言うと思い出してくれたのが嬉しい。まず、ほっ。珍しく指を口にくわえていてちょっと元気のない様子かなと思ったところ「乱暴者のお友達にかまれてしまった」のでと保母さんが謝りながら小さな怪我を説明されたので、見ると人差し指の付け根を赤く腫らしている。「だいじょうぶ、だいじょうぶ、ちちんぷいぷい、いたいのいたいのとんでけぇ〜」をしてあげたところ、初めてにっこり笑顔がこぼれた。

しっかりものでお世話焼きの女の子だと聞いていたお友達が、早速声をかけてくれた。「たまさんのばぁば?どうぞ!」とブロックをハンカチにつつんだお弁当を差し出して歓迎してくれる。 「野菜もどうぞ」と緑のブロックも添えてサービス満点なのだ。「ごちそうさま」と美味しそうに食べる様子をしながら、つい一緒にごっこ遊びを続けたくなってしまった。

「今日はこれでおさきにさよなら。またね」とさくら組さんを後にすると、階段のところで同じ園に来ているおねえちゃんにも「たまちゃん!さよなら」と笑顔で声をかけられた。いろんなお友達がいっぱいなたまちゃんの日頃の様子が伺えた。連絡帳、お布団や汚れ物(園は布オムツを使っている)等金曜日は持ち帰り品がどっさりなのだ。ゼロ才保育で育ったふたりの子供達の小さい頃をしきりに思い出す。

あの頃は紙オムツが出回ったばかりだった筈で、「使い捨てる」ことがもったいなくもあり且つなんか罪悪のように思えていたのだが・・・。子育て中一度たりともおむつ交換をしたことのないじぃじなのだが、たま父さんをみていると実に手際よい。時代の移り変わりをつくづくと感じ入る。

二ヶ月ぶりのたまさんは言葉数が一気に増えているし、話しかけを理解してくれるので嬉しくなる。お気に入りのたにがわしゅんたろうさんの本「もこもこもこ」を感情豊かに読んでくれるではないか。びっくり!20曲ばかりの童謡のはいったテープを聴きながらお出かけしたのだが、大好きな「さっちゃん」や「こぶたぬきつねこ」の唄は口をとがらせ元気に歌ったり、ゆっくり静かに歌ったり心がこもる。 ばぁばはおかえしに、得意の「たまちゃん」と替唄を歌ってあげた。照れくさそうによろこんでくれる♪

子供達が小さい頃からそうなのだが、テレビがあんまり好きじゃない私は、レコードを聴いたり本を読んだり泳いだりかけっこしたりと一緒に遊んでしまうのが好きなのだ。 で、今も、プールに行くとじぃ〜と座って一時間余もスクールを見ている沢山の保護者の皆さんが不思議でしょうがない。その間、歩いたり泳いだりできるのになぁ・・・?

昔、宮沢賢治さんの「銀河鉄道の夜」を観た夜、満点の星のあまりの見事さに駅のホームのはしっこで子供達と一緒に寝ころんで星空にみとれていた処、年配の担任の先生に見られ笑われてしまった。シマッタ。

お食事に出かけると、徐々に食が細くなってきた(実は年相応?)ばぁばと、どんどん食欲が増してきたたまさんと、ふたりでちょど一人前というところで釣り合いが取れている。 たまさんも心得ていて「はい、今度はばぁばね」と言うと順番を待っている。

ところが、天麩羅屋さんでのこと。 見事な銀杏がよっつ、串に刺されて供された処、一個目を食べたたまさんは、串を持ったままくるっと横をむき、ばぁばを背にしてしまったのでした・・・。あれぇ〜。

年に一度の比良山荘さんでの「松茸に子持ち鮎」コース たま父さん曰く、「たまさんはお魚の子が苦手」だった筈なのですが 炭火焼きの安曇川の鮎の子は別。こぼれそうになる「子」を両手で押さえながら実に美味しそうにほうばってペロリとたいらげるたまさんでした。

(2008-11-07)

No.375
遠方より友再び

日頃、同窓会には参加しないトさんと私だが、金沢で修業時代を共にした同窓生の五年に一度の集いは別。幹事の名札を下げて産声を上げたに違いないと思えるO脚のやんさんは、自他共に永代幹事を任じて、いつも実にこまめに事前のお世話をしてくださる。地元に一番近いとさんは、トラブルよりもトラベル業務がお好きかも?と友人が噂する程、旅先のあれこれこれを調査・実地検証するのが大好きときている。これまた永代幹事補佐ははまり役で、今回も事前の調査怠りなく補佐の付録のぺこと共に美術館・宿・食案内人及びアッシーとなって共に楽しんだのです。

まず「志の助」さんに集合。「小松弥助」さんで修業した若物が独立して郊外にお店を作ったという噂を聞きつけ、金沢での仕事の合間にとさんがしっかり下見。ここなら大丈夫「弥助」さんの味をしっかり受けついでいるというのだから、期待感はこの上もない。

小さな店の設えと言い、小柄で言葉少ないけれど見事な手さばきといい、清楚な感じで明るい奥さんと言い、味の良さに深みを増してくれる条件が揃っている。 すっかり上機嫌になった仲間の一人は、「この感動の深さを家まで持って帰りたいのでこのまま即刻帰りたくなった」という程すっかり寛いでお酒が進む。 喜んで貰うって嬉しいもんだ!

「団子ばかり」ではと「21世紀美術館」も予定コースに組み込んでみたのだが、「現代美術は、まぁいいや」と宿直行を申し出る物三人。想像していた事ではあったが・・で、希望者二人に入場券を購入して手渡したと思ったら「中庭のプールを是非見学したい」と申し出ていた二人はあっというまにいなくなってしまった。

ここは初めてというトさんと一緒にいつものように音声ガイドを借りて入場し、びっくり箱を覗くようなワクワク感で各部屋を見学。とさんは、奈良 美智さんの創作力溢れる楽しい「作業小屋」がいたってお気に入りの様子だった。よかった。

ところが、先にいなくなった二人が一向に現れない。「入り口が別にあるとは思わんかったやん」とノンキな話で「油圧のエレベーターはおもろいな」と、子供のようにあがったりおりたりしていたらしい・・・やれやれ。

興味津々に見学を終えたふたりを中庭のお茶室に案内。ちょうど夕陽を受けて紅葉した庭の木々が輝いている。ボランティアガイドのおじさんがひとりぽつねんと手持ちぶさたな様子で番をしているだけで見学客もなく静か。 美術館内の喫茶店は順番待ちの盛況でお茶をあきらめたのだが、足腰弱ってきた私どもとしては、是非ここでお抹茶の一服も頂きたいと思ったが適わず。 紅葉と静かな雰囲気は充分に楽しんで喜った。よしよし。

秋の陽はつるべ落とし、あっという間に暗くなってしまった山中への道をひた走り「かよう亭」さんに到着した。ここは15年ぶりになるのではなかろうか? 一部が改造されてますます統一感が高まり、バリのリゾートのように広々とした空間がまっこと心地良い。ここだけがうっそうと木々に囲まれた隠れ宿の様相を呈していて静かで心休まる空間なのです。 その上、お風呂は好みのアルカリ泉ときている。肌に優しく何度入っても風呂疲れがしないし熟睡できる(いつも熟睡しているのだが)

ちょうど冬の味覚の蟹解禁が前日とあって、夕飯には蟹がふんだんに登場する。 甲殻類アレルギーのとさんには気の毒だったが、もうこれで一年分は食べましたと言う程に大満足の量と質の蟹・蟹・蟹だった。あれやこれやと楽しい思い出話、日頃の仕事の苦労話に失敗話はつきることがない。だが、蟹の登場と共に皆寡黙になってひたすら食べ尽くしたのでした。

(2008-11-13)

No.376
遠方より友再び2

「かよう亭」での目覚めは7時かっきり。昨夜は5年前に初めて会ってこれで二度目というヴァイオリンのおうさんと、「病気自慢」ですっかり意気投合。その上連れ合いはいずれも山好き・水泳好きの体育会系ときているのでやけに話が弾んできがつけば丑みつ時が近くなろうとしているではないか。大慌てで布団に潜り込んでお得意の技でバタングゥゥウでふっと気がついたらあっという間に朝だったのでした。

赤や黄に紅葉しているうっそうとした木々に囲まれた朝の露天風呂はこの上なく気持ちよい、思いっきり手足を伸ばしてしばし天を仰ぐ。「働いてきて、こうして皆元気で顔を合わせることができてよかったねぇ〜」と改めて炊きたて焼きたての並ぶ朝の食卓を囲んだ。

仲間の一人は4人の子持ち。「還暦を迎えたら世界1週の旅にでるつもりだったのに、妻と二人で年金生活をシュミレーションしてみたら、まるで皮算用だったことに気がつきまして・・・」そうは問屋が卸さない事に気づいたご同輩と、政府の無策を嘆き保険会社の嘘に怒って、騙された同志が相づち打って更に杯を重ね。

もう一人の友、仕事を始めるようになって知った登山の楽しみは歳を重ねると共に更に高みを求め、いよいよアフリカはキリマンジャロに挑戦しようと意気込んだまではよかったが、出発間際まで仕事に追われ登ってみれば激しい高山病の症状を呈して担架で担ぎ降ろされてしまうという嬉しくない経験をしてしまったのだが、とにかく命だけは助かってよかったと思いきや、再び国内の谷川岳で滑落し行方不明で大騒動になり、現在は連れ合いから「生涯の謹慎」を申し渡されているという。こうして再会できたことを喜んで更に杯を重ねる。

O脚矯正徹底プログラムに従って懸命に努力する友の努力を知って共感しながらも笑ったり、スイミングクラブの個人レッスンで若い指導員の先生の胸元にくらくらくるばかりで一向に上達のはかどらなかった純情な経験談に笑ったり、還暦を迎えた団塊世代の四苦八苦人生は全国共通で涙流れるおかしさなのでした。

(2008-11-16)

No.377
父の13回忌

「居酒蕎麦」に集った4人は、父が大好きだったお蕎麦を食べながら久しぶりの顔合わせに話が止まらない。美味しいものを腹八分目で少しづつ食べるのが常だった父を見習えばいいものを、思い思いに天蕎麦や鴨南蛮、とろろ蕎麦に鰻巻きや稲荷納豆、野菜天麩羅を戴き、幾つになってもお腹を一杯にしている。

紅葉した木々に囲まれた二上の霊園は気持ちよい秋晴れでかさこそと風に揺れる落ち葉も風情をましてくれた。 生前、父がスタジオで録音した詩吟を墓前で聴きながらお墓に清水をたっぷりかけ、姉が用意してくれたお花を飾り、蝋燭は七尾の高澤さんの手作り蝋燭を私が準備していった。小さな灯籠には菜の花蝋燭が誂えたようにぴったりで綺麗に燃えてくれる。

毎朝灯明をともし、お経を欠かさなかった父の読経の声は、録音時が85才とは思えないほどにしっかりしている。スタジオで録音しておいてよかった。お坊さんがいなくても懐かしい父の声を聞きながら4人で和やかにお参りができた。 とうさん、どうもありがとう。

母がなくなってから、ふたりで何度も何度も訪れたお墓は父との楽しい思い出がいっぱいなのだ。暑がりで汗っかきの母を思って冷たい水をいっぱいかけながらお墓の扉を全開にして風を送ってあげる優しい優しい父だった。

「かあさん、何で死んでしもうたやら」と大きな手でお墓を何度もなでさすりながら母が好きだった詩吟を唄ってきかせる優しい父でもありました。

(2008-11-17)

No.378
豆で元気で

今夜は鰻にすり下ろしの蓮根そして銀杏やきのこ銀杏に抜いた人参を散らした蓮蒸し。 銀あんとともに蒸し器で熱々にして食卓に運んだが、すぐに食べてしまうのがもったいない。「これこれ、写いといて」と頼んでガシャ、ガシャとフィルムに記録してもらった。掲示板においでの方々には、せめて目で味わって貰おうという算段なのだが、はたして上手くアップできるやろうか?

黒豆の煮豆がまた美味しかった。3Lの丹波の黒豆が芯までほっくりと柔らこうて舌でもつぶれてしまいそう。あっさりとした甘みに炊きあがっていて、いつかお歳暮に戴いて食べた「吉兆」さんのふっくらとした旨味に良く似た味に仕上がっていた。じぃちゃんが生きていたらきっと大喜びで「うんまいぞぅ」と言いながら煮汁も一緒に飲み干したやろうなと思い出しながら、私がすっきり飲みきった。

こんな御馳走食べて居るんだから、年末の忙しさだって難なく乗り切らなくちゃ!

(2008-12-02)

No.379
いや〜さ〜さ〜

花金の夜は、ビギンさんの一五一会コンサートへ。友人と能登・金沢の旅に出かけたぽこさんに替わって姉と三人で。沖縄の青い海を、白い州浜を、ディゴの赤い花を、猫達がのんびり昼寝する浜茶屋を思いだしながら聞くビギンさんの歌声は、会場一杯の聴衆を総立ちにさせる楽しさ。

初めて聞いた「ホクレア」の唄は、ハワイから沖縄まで、星と太陽の位置を頼りに自然の風と波の力だけで航海する帆船の旅を唄って一緒に海に乗り出したような深い感動を受けました。勿論、カチャーシー踊りながら大きな声で「いや〜さ〜さ〜」と唄って楽しんだのさぁ〜♪

(2008-12-07)

No.380
詩人の恋

音楽劇「詩人の恋」を観ました。

シューマンの有名な歌曲「詩人の恋」は妻クララに捧げられたことも又有名な話なのですが、シューマンが師の娘クララを愛したことで、ひたむきな情熱はとてつもないパ ワーを生み、これまた多くの人の心に語りかけたハイネの詩に託して後世に残る素晴らしい歌曲となったのです。

加藤健一事務所の二人芝居は、音楽の街ウィーンを舞台に、かって神童と言われたピアニスト・スティーブンが、声楽家としてはとっくに峠を過ぎたヴォイストレーナー・マシュカン教授の前に現れた処から話が始まります。

最初「ピアニストに何で歌?!」と反発して教授を理解しなかったスティーブンです が、音楽の心を掴むにつれて、年齢や国籍や人種や宗教をもを乗り越えて友情がうまれてゆくのです。

ヨーロッパ社会に何世紀にも渡って様々な問題をなげかけているユダヤ教徒とキリスト教徒との深い心の軋轢は日本人である私には十分に理解できていないのかもしれないのですが、素晴らしい音楽が人の心のわだかまりをも徐々に氷塊させていくゆく素晴らしい力を持っているのだということを舞台は唄っていました。

ちょうどハイネの詩が語られている詩人・吉川理恵さんの本を読んでいるところでもあって、昔、補修授業をさぼって伏木の灯台に遊び、詩集を読んで雲を眺めていた青春の日々を思い出したり、信じられないような奇跡をうんだショパンのノクターンを主題にしたシュピルマンさんの「戦場のピアニスト」がしきりに思い出される夜だったのです。

「こい」といえば、「先月の鯉の洗いはやっぱしおいしかった」とつい食べるものを発想してしまう食べ呆け気味のふたりは、会場を一歩後にすると、歌の文句のように「吹きすさぶ嵐」をものともせず、「K」ことかっぱさんに走り込みました。

ちょうど、ライブ会場から高揚した雰囲気をそのまま持ち込んできたおじ様もジャズのCD持参で隣に座り込み、一緒にライブ版を聴きながらちょうど居合わせた若い女性二人を相手に楽しく陽気におしゃべりが弾み、ひたすら食べて飲んで夜の更けるのもすっかり忘れておったのでした。

(2008-12-12)