雑記帖 - 旅日記

No.9
2005夏~沖縄 序章
絵:カメネコ
カメネコ

ヨーロッパではお酒の別称は「生命の水」
屋久島、西表島は「生命の島」
常日頃、生命の水はしっかり飲んでいるというのに、生命の島に行かないのは、片手落ちというもの。

柳田國男先生は、かつて『海南小記』で「都会は現代を小売りする場所だ」と仰ったが、今や「都会は命を切り売りする場所」だ。富山の片田舎ですら、あくせくと命を切り売りしているトぺこは、しっかりと沖縄病に感染してしまっている。沖縄病は、命の回復に著効があるものの、これはこれでなかなかやっかいな病であり、都会人にとっては、根治療法は移住しか無いとまで言われている。田舎育ちのとみやすには、少しばかり免疫があるので、今のところ根治療法までは必要ないと高をくくっているが…。

若い頃、気の置けない友人達と剣岳に登ったとき、名古屋のS君は、「こりゃーどえりゃーええぞ、自然を創る神様にはいろいろあるで、神秘の神様と普通の神様がおりゃせんか」と曰った。巷間は日本百名山ブームであり、かくいうトも、恥ずかしながら、50近く登っているが、あれこれ登るまでもなく、北アルプス周辺の造形の深さは格別であり、まさしく神秘の神様の領域である。高天原(たかまがはら)や雲の平(くものたいら)など、神様が降臨したり戯れる場所がしっかり用意されている。

その点では、屋久島や八重山は、まぎれもなく「神秘の神様」がお創りあそばした場所である。
美ら海、青い空、珊瑚礁、そこに戯れる熱帯魚。海の綺麗さは世界一とも言う。透明な水、青や緑のグラデュエーション、そして白い浜。八重山の人達は、更に南に神様の住む「ニライカナイ」があると言うが、ヤマトンチュウにとっては、八重山でも十分ニライカナイだ。ここは、日本の宝だとしみじみ思う。昨夏、竹富島でベテラン船長に案内して貰ったとびきり生きの良い珊瑚礁スポットでのシュノーケリングにはココロの底からしびれてしまった。

かくして、青年は荒野を目指し、中高年は島を目指す。屋久島、竹富島ときて、今年はいよいよ沖縄諸島第二の島にして、森林率97%、人口わずか2000人という西表島を目指した。実は5月連休にも目指したが、意外に早い梅雨の訪れに、小松空港で飛行機のタラップに足かけたところで引き返し、すたこらさっさと九谷茶碗祭りに鞍替えしたのだった。

今回の旅には、サム&ノウサギさんという心強いナビゲーターもいる。「やすこさんの味」を見て、はるばる那覇から高岡の「居酒寿司」まで寿司を食べに来られ、そこへまた、たまたま食べにいった我々家族とばったり出会った(意を決して声をかけてくれたのは息子ロクさんだった)という、偶然か必然か神のみぞ知るという出会いをしたのだ。かくして、今回の旅は、那覇も楽しむ、島も楽しむという、いつも以上に欲張りプランとあいなった。

沖縄のサムさん家族が居酒寿司を目指し、トぺこが、イラブー料理「カナ」や琉球料理「山本彩香」や「沖縄第一ホテル」の朝食をめざすというのも、人間の悲しく楽しい性であり、一種のシルクロードだ。「日常」と「非日常」、「ハレ」と「ケ」の使い分けが、命の洗濯になるのだろう。

いざ出発〜。

絵:ウサギネコ
ウサギネコ

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