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自分で決めると言うこと

 なんだか急におおげさな話ですが、生きていく上で、大事なことのひとつに、どんなことでも自分で判断して「自分で決めること」があるんだと思うようになりました。そのことを最初に心にどーんと教えてくれたのは、吉川君という生徒さんでした。まだ、私が教員になったばかりのときに出会った生徒さんで、小さいときに高い熱が出たことがもとで、手足とそして、おしゃべりすることにも麻痺がありました。
 吉川君は口の動きにも麻痺があるので、ゆっくりゆっくりとかみしめるようにして話しました。
「障害の種類って言うのはすごくたくさんある・・・手、足、目、耳、いろいろなところの障害がある。僕も、手や足が動かないし、お話もなかなかわかってもらえない。手や足が動かないことは自分のしたいこともできないのだから、確かにつらいことだけれど一番つらいのは、言いたいことが分かってもらえないということだよ」
 吉川君は、私が半分も伝わっていないと思ったみたいでした。「言いたいことが分かってもらえないことのつらさってわかる?人はみんないろんなことを自分で決めて行動してる。大きなことじゃなくて、小さいことでも、みんな自分で決めている。無意識のようでも、判断してるんだ。たとえば、今、歩くときに、いつから歩き出すか、道のどこを通るか、お昼ご飯、ならんだお皿の中のどれから食べるか・・・。それから、もちろん喫茶店に言って、何を食べるか、それから、どの道に進むか・・・自分で決めたことなら、自分ですすんでいける。もし失敗しても、あきらめられるし、がんばれる。でも人が決めたことは、『あの人が決めたから・・・』『自分はこうしたかったのに・・・』という悔いや不満が残るんだ。それが一番つらいことだ。どんなに重い障害を持っている人も、みんな自分の気持ちを持っている、自分で決めて、自分で歩き出すことってすごく大事なことだよ」
 手が不自由なお子さんのおられる学校では、たとえば、給食なども、教師や介護人さんが、そのお子さんの口へ食べ物を運びます。お話をすることがむずかしいお子さんと一緒にいるときに、私はそのとき、お子さんの気持ちを大切にせずに、自分の気持ちで、「ごはんの次は、お汁のもの・・その次はハンバーグ」というふうに食事を運んではいなかっただろうかと思いました。そのお子さんの自分で決めるということを大切にしてきただろうかと思いました。
 昨日、学活の時間に学校の近くにあるローソンへみんなでお買い物に行きました。「好きなものを選ぶんだよ」と池田先生や、宮田先生の声に、本当にみんな思い思いのものを選んでいました。それは私たちにとっても、みんなのことを知ることのできる大きな機会になりました。お互いのことを知ることは仲良くなれるということですもの。だからとってもいい、うれしい機会でした。
 お天気のいい日。飲み物を選ぶのだろうと勝手に思いこんでいたけれど、(そう思いこむところが、また自分の心の中のことを子ども達に押しつけようとしている自分がいるのだと思います)子ども達はほしいものをちゃんと選んでいました。
 一番最初に選んだのはれいなちゃん、初めは大きな冷蔵庫?のガラスの中の大きなピノを選びました。ところが、好きなものを買ってもいいんだよと言いながら、実は、やっぱり制限がありました。お金に限りがあったのです。「小さいのがあっちにあるよ」との池田先生の声で、れいなちゃんは同じピノだけど、小さいピノを手にしました。 それから途中で飲み物も選びました。けれど、やっぱりお金に制限があったので、これも、「ひとつだけね」ということになりました。
「アイスでもいいの?」みいちゃんがれいなちゃんを見て、言いました。「なんでもいいんだよ」と言うと、みいちゃんは新発売と書かれた、アイスクリームのカップを選んでいました。お金も上手に払って、お買い物もずいぶん慣れているなあという気がしました。
 まあくんはポテトチップスを手にして、私たちの顔をのぞき込んでいました。これがほしいだねと宮田先生がまあくんとレジにむかったら、レジの近くに、フライドポテトがありました。ポテトチップスよりフライドポテトがいいなあとまあくんは思ったようでした。そして、それを手にしてうれしそうでした。
 かなちゃんはコーヒー牛乳と、それから無糖の缶コーヒーを手にしていました。「かなちゃん、みんな、ひとつだけにしようというお約束なんだよ」でも、かなちゃんは首を振って、無糖のコーヒーを戻そうとはしません。「いいの!」と言い張ります。無糖のコーヒーは、甘くないからかなちゃんのじゃないんじゃないかな?そう思って、誰の?と聞くけれど、最初は隠すようにしていたのだけど、耳元で小さな声で「おかあさんにあげたいの」と言いました。思わず抱きしめたくなるくらい、かなちゃんのことがいとおしいと思いました。本当になんてやさしいかなちゃんでしょう。私がかなちゃんのお母さんだったら、本当にこんなにうれしいことはないと思います。そんなかなちゃんの気持ちがあったのに、「ごめん、かなちゃん、今日はひとつ。お母さんのはおうちでお買い物に出かけたときに買ってね」と言いました。他のみんなもお母さんの分、おじいちゃんの分、お父さんの分、お兄ちゃんの分なんていうふうに買ったら、困っちゃうなという自分の都合なのですが、おいしいものはお母さんにもあげたいというせっかくのやさしいかなちゃんの気持ちをがっかりさせたかなあと思います。
 ゆかちゃんはほんの少しだけ迷って、クーという飲み物を買いました。ふたのクーの絵がかかれた飲み物のキャップがとてもうれしかったようで、何度も、可愛いでしょう?と私にフタの絵を見せていました。そして、残りをおうちへ持って帰りたいとうれしそうでした。あきちゃんはスポーツドリンクを選びました。大好きな猫ちゃんのまねをしながら、にゃあにゃあ言って飲みました。
 しんちゃんはラーメンが食べたいと言いました。学校でお湯をわかして食べることになるのかなと思ったけれど、そして、私は知らなくてびっくりしたのだけどコンビニではお湯も用意してあるのですね。しんちゃんはBIGと書かれた大きなラーメンを選んでいました。3分待って、これ以上ないような笑顔で食べていました。(一番ほしかったのは、女の子の写真が載っている本だったらしいのですが、それもお金が足りなくて買えなったようでした)
 みんながこんなに上手に自分の食べたいものを選ぶことができたのに、本当言うと、少しびっくりしました。というのも、2コースの生活でも、自分で決めるということに取り組んでいるのだけど、その授業ではそんなに簡単ではないからです。
 私が担当している2コースの生活では、床に輪になってすわって、お友達の名前を呼んで、友達のところへボールをころがすというゲームをしています。お友達の名前を覚えるのが一番の目的ですが、たくさんの友達の中の、どのお友達の名前を呼ぼうか自分で決めないとボールをころがせません。だから「自分で決める」ということもこのゲームでしてほしいなと思うことのひとつでした。お友達の名前がわからなかったら、ボールを転がしたい友達を指さしてねと言うけれど、「どうしようかな?」「誰にしようかな?」となかなか相手を選ぶことができません。
「食べたいものを選ぶ」ということと「ボールを転がす相手を選ぶ」ということには、きっとすごく内容的に差があるからだと思うのです。だって、どちらでもいいことを選ぶのと、好きなものを選ぶのとはぜんぜん違いますものね。
 でも、大切なのは、好きなものを選ぶこと、したいことを選ぶこと、どっちの道へすすむか選ぶこと・・・
 そんな大きな力を見せてくれたみんなと、そして、その力を大切にしようとしている同僚の中で、毎日をすごすことができることをとてもとてもうれしく思いました。



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