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交流すると言うこと

 先週の木曜日、お昼から、近くの翠星高校の生徒さんが、交流のために来られました。木曜日は作業の時間なので、作業班に、別れて、普段の作業に入られました。今回は一回目、あと二度、同じ生徒さんが、同じ班に入って一緒に作業学習をしていかれることになっています。
 「今日交流があるよ」とお話すると、中学部から高等部へ来たみいちゃんはこれまでも何度も楽しい交流を経験しているからでしょう。大喜びでした。「お友達になれるかな?」「お話できるかな?」と言いました。
 かなちゃんとゆかちゃんは地域の学校から来たから、交流の経験がないかもしれない・・・。知らない友達が同じ場所ですごすこと・・・不安になるかなと少し心配でしたが、二人とも、そんな様子もなく、とても楽しそうに、この時間をすごすことができたようでした。
 翠星高校の林先生から、前日にFAXが届きました。「とうとう明日になりました。みんな楽しみにしています。一番ドキドキしているのは私かもしれません。楽しい交流ができるといいなあと思います」
 当日の生徒さんと、学校のみんなの様子を見ていて、子ども達の心のやわらかさや素敵さに何度も胸を熱くしました。
 それから、人が出会うということの大切さをまた、思いました。
 うーんと昔、私が養護学校の教員になったばかりのころ、交流教育という言葉もまだ始まったばかりだったのかもしれません。交流の相談をしに、中学校や高校を訪れると、「養護学校の生徒さんが経験を増やすために協力しましょう」という言葉がきかれることがありました。交流は両方の学校のためにあるものだと思うけれど、最初はなかなかそのことを伝えることができず、養護学校のためにあると思われることが多かったのかもしれません。ところが最近は逆で高校の生徒さんが福祉へ進まれることのプラスになるからとか、生徒さんの視野を深めるためのものなのじゃないか(養護学校の子ども達のプラスになることは少ないんじゃないか)という言葉を聞くことがあるようになりました。
 けれど、それもやっぱり違いますよね。なぜって、人はどこで、どんな形で誰が出会ったとしても、出会うと言うことで、お互いになんとたくさんのものを得ることだろうと思うのです。人はいつも学び合って、教え合って生きている・・・出会うことで、人はいろんなことに気が付けるし、また変わっていけるんですよね。
 その思いを深くしたのが、今回の交流でした。
 少し長くなりますが、さっそく送って下さった翠星高校さんの感想を載せさせて頂こうと思います。この感想は抜粋ではないのです。先生が、全員の生徒さんの感想を全文送って下さったものなのです。
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・楽しかった。みんなしっかり作業できていたのですごいと思った。一人一人が性格バラバラなので、せんせいは大変だと思った。
・作業がとても充実していた。思っていたよりも楽しく作業できたので、とても良かったです。疲れたけど「仕事したー」って感じがとてもしました。コミュニケーションはぜんぜん難しくありませんでした。
・最初は単純な作業だと思った。けれどその仕事をずっとやっていると結構疲れた。それを一日中やっている生徒は疲れたりとかしないのかと思った。
・紙工はとても簡単でした。他の生徒の子たちは折る段階にそれぞれ分かれていて、とても一生懸命やっていました。丁寧にゆっくりと折る子や少し不器用な子などいろいろでした。とても素直で、先生の話をよく聞いていて、むしろ、この翠星の学校の生徒より良い人ばかりだと思いました。職員の方たちもとても優しい人たちばかりでした。
・一年間同じ作業をしつづけるのは大変なことだと思う。でも、明和養護学校の生徒さん達はみんな一生懸命に作業していて、見習いたいと思った。自分から進んでテーブルふきなどもやっていて、感心した。
・2時間は短かった。いろいろな感じの人がいたと思う。木工場ではプランター作りが行われていて楽しかった。いろいろな意味で学べることがあったなーと思いました。掃除はかなり真剣にやったので、後悔はありません。
・明和養護学校も翠星高校もあんまりかわらないと思った。授業態度などは明和養護学校の生徒の方が全然いいと思う。自分のイメージしていたのとは全然違ったし、ふつうに自分も授業を受けている気分だったし、楽しかった。また行きたいと思った。
・今日は私たちと同じぐらいの子たちとふれあえて楽しかった。でも全然話すことができなくて、次に行くときはもっと話せるようにがんばりたいと思いました。
・やり初めはみんな無口で気まずかったけど作業が慣れてきたら、みんな話しかけてくれた。一人の男の子がすごいシャッキリ話しかけてきたのでちょっとビックリしたけれど、それなりに楽しかった。
・みんなマジメで作業が速かった。けっこうみんなと仲良くなれたし、会話もはずんだ。突然騒ぎだす子がいて、ビックリしたけど、みんないきなり、感情を出すんだと思った。
・最初はすごく緊張してしまったけど、明和の人たちがすごく優しくてすぐに緊張が解けた。メーター分解はすごく楽しくてはまってしまった。
・いろいろな状態の人がいて、それぞれにあった作業があった。一つの作業でも最初からやらなかったり、途中で飽きてしまうなど様々で、先生は大変だと思った。先生は怒るのではなく、なだめながら好きなことをやらせていた。
・楽しい時間を過ごせました。ああいう仕事も悪くないなあと思いました。また行ったときはもっとがんばりたいです。
・ぜんぜん話せなかったけど、楽しかった。どんなふうに接すればいいかわからなかったけど、次からはちょっとくらい話せるようにしたい。仕事をしている間中すごくにぎやかでいいなと思いました。
・待っているだけじゃなくて、自分から話しかけることが大事だと思った。その子に興味を持つことでうち解けられると思う。今度はいろんなところに目を向けて、いろんなこと話せるようにしたい。
・いろんな子たちがいると思いました。窓ふき一つでもみんな一生懸命な姿が印象的でした。今日の体験はとても大事だと思いました。もっと積極的に話しかければよかったです。そしてもう少し相手の気持ちを理解していけばいいな・・・
・明るい子たちばかりでびっくりした。行く前に集合時間に遅刻した人がいた。やっぱり27人全員が時間までに集まらなければならないと思った。
・最初はめちゃめちゃ怖かったです。けど、作業しているうちにすごく言葉はわからなかったけどすごい笑顔に負けました。とっても楽しかったです。
・知的障害といっていたので、言葉がしゃべれない子やと思っていた。でも実際は全く違ってすごくウチらと変わらないフツーの子だった。それに行く前はコワかったけど、コワくもなくてすごく楽しかった。また行きたい。
・最初は障害者だからあんまりしゃべれないだろうなと思っていたけど、明和の生徒たちがすごいしゃべっていて、すごい失礼だけど、感動しました。もっと話をしたかったです。
・初めは遠慮や恥ずかしさがあったけど、一緒に作業をすることによって恥ずかしさもなくなってうち解けられたような気がして良かった。それにみんな明るくて話しやすかった。陶芸もおもしろかったし・・・私が行ったことで、明和の方がとてもよろこんでくれていたので、うれしかった。
・陶芸でお皿を一緒に作った。結構、力を入れないといけなかったので、手と腰が痛かった。模様をつけたりして楽しかった。仕上がりをみたいのですが、次に行くのは7月だし、商品になるらしいので、みれないのが残念です。次に行くのが楽しみです。
・自分の目から見てほとんど普通の人に見えた。あと、作業をしていておもしろかった。
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 いろいろなことを感じて下さったこと、とてもうれしいです。はじめは養護学校ってどんなところだろうと不安いっぱいだった、そして、怖いんじゃないかというような気持ちもあったと、正直な感想があります。誰でも最初のところを訪れるときは不安だったり怖かったすると思うのです。それから、養護学校に対する誤解や偏見というものは、社会の中でたくさん見受けられるものだと思います。そんな中で、生徒さんの最初の気持ちが怖かったりすることはうなづけることだと思います。でも、出会ったことで、生徒さん達の感想がどんどん変わっていっているのがよくわかります。障害者はしゃべれないんじゃないかと思っていたけど違っていたとか、いきなりみんな怒り出すんだと言った感想もあります。今からその感想もまたどんどん変わっていくことでしょう。これが交流の素晴らしいところですよね。それから、養護学校の子ども達の一生懸命さがなんてすごいんだろうという感想や、楽しかったという感想も、ありました。
 みいちゃんは作業から帰って来るなり、「こんど、あの子いつくるんや?」と次を楽しみにしているようでしたし、それからかなちゃんは「おともだちできたよ」と笑顔で話をしてくれました。ゆかちゃんは私と同じ班なのですが、作業の最初と最後に、一緒になって、机を拭いている姿を目にすることができました。
 高校の生徒さんは、明和の子ども達と出会ったことで、今、そして将来が少し変わったでしょうか?たくさんの方が、子ども達と出会って、それが社会における子ども達への偏見が少なくなっていくなら、それがまた学校の子ども達にもきっと帰ってくることになりますよね。そして、また、お互いも、出会うことで変わっていける・・・おおげさなようだけど、そのことが、「私たちがみんながさまざまだ」ということの理由のような気がしています。男の人、女の人、背の高い人、そうでない人、お国の違う人、言葉の違う人、肌の色の違う人、考えの違う人、養護学校に通っている人、そうじゃない人、みんなさまざまだから、いろんなことに気がついていける・・・それは交流教育だからということでなくて、生きていくことでとっても大切なことのような気がしました。





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