みいちゃんのおかげで


 昨日の私の日記です。「6月1日 今日は日曜参観日。そして個人懇談会がありました。今日はみいちゃんのお母さんとお話をしました。教室から出てきた、私とお母さんを見て、偶然通りかかった宮田先生が、「何かあったの?」と驚いていました。二人ともちょっと泣いていたから。私はお母さんの生き方や考え方が素敵で素敵で、そして胸がいっぱいで涙が出てしまったのでした。お母さんの涙はなんだったのかな?みいちゃんは手のひらにのるくらいの小さな小さな赤ちゃんでこの世に生まれたのだそうです。お母さんは、みいちゃんが生まれてきたことで、本当にたくさんのことに気が付けたのだと、いつも、みいちゃんといて、たくさんの方の優しさに包まれてきたのだと、おっしゃっておられました。もっともっと素敵なお話をいっぱいお聞きして、私はみいちゃんのお母さんが本当に大好きだなあと思いました。素敵なみいちゃんのお母さんに出会わせてくれたのは、みいちゃん。そして、もう二人の子ども達も、また素晴らしいおうちの方との出会いをつくってくれました。しみじみとその幸せを思った一日でした。」
 今日、みいちゃんのお母さんの連絡帳に、また胸が熱くなりました。お母さんのお許しをいただいて、ここに連絡帳の今日の分、載せさせて頂きます。
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齋藤さんの連絡帳から

6/2
昨日はありがとうございました。心がスーッと楽になるのが自分自身で実感できました。
よかった・・・・いえ、ありがたかったです。
 私は美里を通じてたくさんのすばらしい人達にめぐり会うことができました。私の一生の宝だと思っています。 
 すばらしい人たちは皆、美里を通じてめぐり会うことができました。美里にはとても感謝しています。
 先生にお会いできたことも、大きな喜びです。最高にうれしいです。なかなかホッ!とすることがありませんが、今まで美里にいろいろな事が起きたときも、一つ一つ意味があることと受け止めております。その時はなぜ!?と責めたりすることもたびたびありましたが、ゆっくり時間をかけて考えてみると、それは美里にとっても私にとっても大きく成長する上でのチャンスであったり、人として生まれてくるそれぞれの使命を実感できます。
私が人として生きてゆく上で、美里に起きてくる事象は、私が足りないから、教えて頂いているのだナーと思います。痛みがわかるように・・・・・・!いろいろと教えて頂いているのだナーとつくづく思わせて頂いている今日この頃です。
 ただ、美里にとって、試練が続いていますので、少しでも人間らしく早く成長していきたいと願っております。又、親子共々教えて頂きたいと思っております。本当にありがとうございました。ガンバルゾーッ
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 みいちゃんはとてもとても小さく生まれたのだそうです。手にのるほどの大きさで、2100グラムになるまで半年間、ICUに入っていたということもお聞きしました。それから、保育園のお友達や小学校のお友達にも恵まれて、「一緒に小学校へ行こうね」というお友達の言葉に勇気づけられて、地域の小学校にあがり、「みいちゃんと同じ中学校に行きたい」というお友達の言葉に元気づけられて、地元の中学校にあがられたとお聞きしました。受験の時期になって、お母さんは「養護学校へ変わる時期が来たのじゃないか。お友達は受験でいそがしくなるだろうから、美里が友達といい関係のまま続けていけるように・・」と本校へ転校されたのだそうです。「転校のときはとても心配をしたけれど、あの子はどこへ行っても、素晴らしい人に恵まれて、そして、あの子も明るく楽しく通うことができていて、養護学校へ来てよかったと思う」ともおっしゃっておられました。
 お母さんがおっしゃるように、みいちゃんが、地元の小、中学校を経て、養護学校へこられたことが、みいちゃんの宝物にきっとなっているのですね。どんなことも、決して無駄でなく、みんな意味があることとおっしゃったお母さんのお話の意味がわかる気がします。
 みいちゃんは今まで、何度も姿が見えなくなったことがあるのだそうです。お店でお買い物をしているときであったり、病院にいるときであったり、それから、おばあちゃんのおうちにいたり、自分の家にいるときに・・・そんなとき、おうちのかたは、何時間も、時には一日中、みいちゃんを探し回っていたこともあったのだそうです。おばあちゃんの家から、自分の家まで、(ずいぶん離れているのです)何時間も何時間もかけてみいちゃんは歩いて帰ってきていたということもあったのそうです。もし、間違えば命がなかったかもしれない・・・とお母さんは何度も思われたのだそうです。
 お母さんは連絡帳の中でも書いてくださっているように、「その時は何故!?」とみいちゃんを責めてしまうことはあったけれど、それはみいちゃんにとってもお母さんにとっても成長するチャンスであったり、生きている使命を実感できるできごとであったと言っておられるのです。なんて、素晴らしいのだろうと思いました。
 毎日、生きているといろんなことがおこります。たとえばとても辛いことだったり、悲しいことだったりすることもあるし、また、みいちゃんがいなくなったときのように、不安でたまらないこともあります。そんなとき、「どうして、自分ばかり」とか「こんなことばかり起きるのなら、もう何もかもやめてしまいたい」というように、後ろ向きな考えしかできなかったら、それは本当に残念なことだなあと思いました。みいちゃんのお母さんのように、成長できる「チャンス」なんだと考えることができたら、きっときっと前を向いて、生きていくことができるんだと思いました。今、みいちゃんは体のことで、少しつらいことがあっても、素敵なおかあさんと、やさしくガンバリ屋のみいちゃんだから、きっとこのこともチャンスにして乗り切って行かれることでしょう。(もうずいぶんと乗り切っておられるようにも思います)
 昨日の私の日記にも書いたように、子ども達と出会うことで、私はまた3人の素晴らしいお母さん方やおうちの方々ともお会いすることができたなあと思うのです。
 かなちゃんやゆかちゃんのお母さんが書いてくださっていることも、またどんなに私の毎日のはげみになっていることでしょう。
 どうぞこれからもずうっとよろしくお願い致します。

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