判 決

平成17年9月9日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官 ■ ■ ■ ■
平成14年(ワ)第44号債務不存在確認請求事件
ロ頭弁論終結日 平成17年7月12日
判          決
石川県輪島市河井町5部145番地の1
     原       告 正    覺    寺
     同代表者代表役員 山  吹      啓
     同訴訟代理人弁護士 ■  ■      ■
石川県七尾市藤橋町テ9番1
     被       告 真宗大谷派能登教務所
     同代表者教務所長 ■  ■  ■  ■
京都市下京区烏丸通七条上る常葉町754番地
     被       告 真 宗 大 谷 派
     同代表者代表役員 ■  ■      ■
     被告ら訴訟代理人弁護士 ■  ■  ■  ■
     同 ■  ■  ■  ■
     同 ■  ■  ■  ■
     同 ■  ■      ■
     ■■■■訴訟復代理人弁護士 ■  ■  ■  ■
主           文
1 本件訴えをいずれも却下する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 請求
 1 原告と被告らとの間で,原告が被告らに対して蓮如上人500回御遠忌懇志
  金として204万7000円の債務を有しないことを確認する。
 2 原告と被告らとの間で,原告が被告らに対して経常費として82万8300
  円の債務を有しないことを確認する。
第2 事案の概要
   本件は,原告が,被告真宗大谷派及び被告真宗大谷派能登教務所(以下「被
  告能登教務所」という。)が原告に対して納入を求める蓮如上人500回御遠
  忌懇志金(以下「御遠忌懇志金」という。)及び経常費が法律上の債務ではな
  いと主張し,その確認を求める事案である。
 1 前提事実(争いのない事実以外は,認定に供した証拠を併記する。)
  (1) 原告は,被告真宗大谷派能登教区第7組に属する寺院であり,被告真宗大
   谷派は,原告を包括する包括宗教法人である。また,被告能登教務所は,被
   告真宗大谷派能登教区の宗務執行機関である。
  (2)ア 被告能登教務所は,原告に対し,平成13年8月付けで,次のとおりの
    内容の書面を送付した(甲5)。
    「2001年度御依頼金について宜しくお願い申し上げます。尚,貴寺に
    おかれましては,下記の通り義務金等が末納になっておりますので,至急
    御上納くださいますようお願い申し上げます。
     本山蓮如上人五百回御遠忌懇志金 204万7000円」
    イ また,被告能登教務所は,原告に対し,平成14年5月18日付けで,
    次のとおりの内容の書面を送付した(甲4)。
    「本山経常費の勧募について(お願い)
    2001年度も残すところ後1ケ月余りとなりました。貴院の今年度の
    経常費御依頼額の納入状況は,下記のとおりとなっております。6月末日
    までに是非完納賜りますよう,切にお願い申し上げます。
     御依頼額 239万7000円
     収納額  156万8700円
     未納額   82万8300円」
 2 争点及び当事者の主張
  (1) 争点1 法律上の争訟の該当性
   ア 被告らの主張
     経常費とは,被告真宗大谷派が,宗祖親鸞聖人の立教開宗の精神に則り,
    教法を宣布し,儀式を執行し,その他教化に必要な事業を行い,もって同
    朋社会を実現するために必要な経費(運営費)として,毎年全国30教区
    に依頼し,その依頼に応じた門徒が本願念仏の教えに出遇えた歓喜と謝念
    に基づき納金する相続講金,同朋会員志金,懇志金等の浄財の総称であっ
    て,被告真宗大谷派の主要財源である。このように,経常費は,使途の点
    で,被告真宗大谷派の教法,儀式,教化事業等と不可分であり,また,財
    源の拠出方法の点においても,門徒の自発的な信仰心に支えられており,
    極めて強い宗教性を有するものであって,宗派の高度な政治的・自治的判
    断に基づいて決定されるものである。また,御遠忌懇志金は,被告真宗大
    谷派が平成10年に厳修した本願寺第8代蓮如上人の500回御遠忌法要
    及びその記念事業を行うにあたり,平成6年度に全国30教区に依頼し,
    平成9年度までの4か年度にわたり納金された浄財である。このように,
    御遠忌懇志金は,使途が蓮如上人の法要及びその記念事業であり,また,
    財源の拠出方法の点においても,門徒の自発的な信仰心に支えられている
    ことから,経常費と同様,極めて強い宗教性を有するものであって,宗派
    の高度な政治的・自治的判断に基づいて決定されるものである。以上のと
    おり,経常費や御遠忌懇志金のあり方は,もっぱら被告らの自治的解決に
    委ねられるべきものであり,司法判断に適さないから,裁判所法3条1項
    にいう「法律上の争訟」に当たらない。
   イ 原告の主張
     本件の訴訟物は,一定額の債務が存在しないというものであり,御遠忌
    懇志金という名目はついているが,その名目自体の内容等を争うものでは
    なく,単に,被告らからの金銭請求が法律上の根拠があるものではないこ
    とを確認するよう求めているだけであるから,訴訟物そのものが宗教上の
    教義の真否・解釈,信仰の価値,宗教上の地位の存否そのものを対象とす
    るものではない。また,被告らから原告に対する一定額の請求が法律上の
    保護の対象か否かを判断するために,宗教上の教義や信仰内容等に立ち入
    っての宗教的な判断は不要である。さらに,御遠忌懇志金の目的は宗教的
    なものであろうが,事業そのものは,極めて現実的なものである。 したが
    って,本件は,裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」に当たる。
   (2) 争点2 確認の利益の有無
   ア 被告らの主張
     原告が債務不存在確認の対象とする経常費及び御遠忌懇志金は,いずれ
    も,被告真宗大谷派が,その教義に基づく宗教活動,儀式の執行,その他
    必要な事業を行うために必要な経費の負担として各教区に依頼し,これに
    応えるものとして各教区においてさらに割当てを受けた寺院,門徒が,そ
    の教義,自発的な信仰心に基づいて納金をする浄財である。 したがって,
    その趣旨を突き詰めれば,それらの納金は,被告真宗大谷派にとってまさ
    にこれを納める寺院,門徒の懇志にほかならない。 しかも,経常費及び御
    遠忌懇志金は,寺院の懇志も含むが,それだけではなく,本来その寺院に
    属する門徒の懇志を寺院が預かってこれを宗派に納めるものである。その
    意味では,被告真宗大谷派としても,これを原告の法律上の債務として捉
    えているわけではなく,原告は,それをあえて債務不存在確認の対象とし
    ているのであるから,本件訴えは,確認の利益を欠く。原告が本件訴えを
    提起したのは,原告の所属する能登教区においては,その割当てを受けた
    寺院の未納付に対して願事の停止がされ,未納付寺院である原告が不利益
    を受けることによるものと思われる。願事停止の意味合いとその取決めを
    するかどうかは,宗教団体内部の自治の問題であるが,原告が経常費及び
    御遠忌懇志金の債務不存在確認を求めても,原告の所属する能登教区の議
    会における議決を経た願事停止の取扱いが変わるわけではない。したがっ
    て,本件訴えは,紛争の根本的解決に資するものではなく,この意味でも,
    本件訴えは,確認の利益を欠く。
   イ 原告の主張
     被告らは,経常費及び御遠忌懇志金について法律上の債務ではないこと
    を認めているのであるから,債務不存在確認の利益がないとして却下すベ
    きものではなく,請求が認容されるべきものである。
  (3) 争点3 被告能登教務所の当事者能力の有無
   ア 被告能登教務所の主張
     被告能登教務所は,被告真宗大谷派の一教区内の地方宗務を執行する機
    関であり,団体としての主要な組織を有しておらず,その運営,権限面に
    おいても被告真宗大谷派の宗務執行の方針に従うことが前提となっており,
    教務所長の任免,教務所の運営等の点で自主独立性を有しないから,訴訟
    における当事者能力を有しない。
   イ 原告の主張
     被告能登教務所は,予算を有し,議決機関も有する組織であり,地域的
    ・人的組織が整備され,多数の独自の規則等も有する。したがって,被告
    能登教務所は,団体としての組織を備え,多数決の原則が行われ,構成員
    の変更にかかわらず団体が存続し,その組織において代表の方法,総会の
    運営,財産の管理等が定められている法人格なき社団としての実態を備え
    るものである。
第3 争点に対する判断
 1 争点1(法律上の争訟の該当性)について
   裁判所法3条1項にいう「法律上の争訟」といえるためには,当事者間の具
  体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,それが法
  令の適用により終局的に解決することができることが必要である(最三小判昭
  和28・11・17行集4巻11号2760頁,最一小判昭和29・2・11
  民集8巻2号419頁,最三小判昭和41・2・8民集20巻2号196頁等
  参照)。そして,これを宗教団体の内部紛争という観点からみると,信仰の対
  象の価値または宗教上の教義に関する判断自体を求める訴え,あるいは単なる
  宗教上の地位の確認の訴え等は,法律上の争訟とはいえず,また,当事者間の
  具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する訴訟であっても,信仰の対象
  の価値または宗教上の教義に関する判断が請求の当否を決するについての前提
  問題となっており,それが紛争の本質的争点をなし,しかも,その判断が訴訟
  の帰趨を左右する必要不可欠のものである場合は,法律上の争訟とはいえない
  (最一小判昭和44・7・10民集23巻8号1423頁,最三小判昭和55
  ・1・11民集34巻1号1頁,最三小判昭和56・4・7民集35巻3号4
  43頁等参照)。
   これを本件についてみると,本件は,原告が被告らに対して御遠忌懇志金な
  いしは経常費との名目の債務を負担するか否かという原告と被告らとの間の具
  体的な権利義務の存否に関する訴訟であって,しかも,信仰の対象の価値また
  は宗教上の教義等に関する判断がその存否を決するについての前提問題となっ
  ているわけではなく,それが紛争の本質的争点をなしているわけでもない。す
  なわち,本件の本案における争点を考えてみると,もし,被告らが,原告が上
  記債務を負担すると主張する場合には,その債務が契約等の法律行為ないしは
  法令の規定により発生したものであることを主張しなければならず,その法律
  行為ないしは法令の規定の存否が争点になるが,その存否を判断するために,
  信仰の対象の価値または宗教上の教義等に関する判断が必要であるとは考えら
  れないし,逆に,被告らが,原告が上記債務を負担しないと主張する場合には,
  後記のとおり,原告と被告らとの間の具体的な権利義務の存否に関する判断を
  要しないのであって,当然,信仰の対象の価値または宗教上の教義等に関する
  判断は必要ないことになる。したがって,本件は,原告と被告との間の具体的
  な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,それが法令の
  適用により終局的に解決することができるものであるから,裁判所法3条1項
  にいう「法律上の争訟」に当たるというべきである。なお,被告らは,司法権
  が宗教団体の内部紛争に介入すること自体が宗教活動上の自由ないし自治を侵
  すものであるかのごとくいうが,上記のような枠内での判断は,何ら宗教活動
  上の自由ないし自治を侵すものではないというべきである。
 2 争点2(確認の利益の有無)について
  本件においては,原告が,原告が被告らに対して御遠忌懇志金ないしは経常
  費との名目の債務を負担していないと主張するのに対し,被告は,これを争っ
  ていない。したがって,本件訴えについては,確認の利益がないといわなけれ
  ばならない。もっとも,確認の利益は,原告側の権利または法律的地位に現存
  する不安・危険を除去するために,判決によってその権利関係の存否を確認す
  ることが必要かつ適切である場合に認められるものであることからすれば,被
  告側が,債務不存在確認訴訟において債務の不存在を認めて争わなかったとし
  ても,訴訟提起時に争いがあったような場合には,権利または法律的地位に現
  存する不安・危険が終局的に除去されたとはいいがたく,かかる場合には,な
  お確認の利益を認めるべきものと解される。これを本件についてみると,証拠
  (甲1,2,4,5)及び弁論の全趣旨によれば,被告らは,本件訴訟提起以
  前から,経常費及び御遠忌懇志金について,いずれも,被告真宗大谷派が,そ
  の教義に基づく宗教活動,儀式の執行,その他必要な事業を行うために必要な
  経費の負担として各教区に依頼し,これに応えるものとして各教区においてさ
  らに割当てを受けた寺院,門徒が,その教義,自発的な信仰心に基づいて納金
  をする浄財であるとしたうえで,その依頼をしていたものであることが認めら
  れ,これからすれば,もともと経常費及び御遠忌懇志金が法律上の債務ではな
  いことに争いはなかった(債権とは,一定の給付をなすように債務者に請求し,
  給付がなされるとその給付のもつ生活利益が債権者に帰属し,その帰属するこ
  とが法的に承認されるものであり,これに対応するものが債務であるが,被告
  らは,このような意味で経常費及び御遠忌懇志金を捉えていたものではなかっ
  た。)のであるから,やはり確認の利益を認めることはできない。
   なお,弁論の全趣旨によれば,原告の属する能登教区では,教区の僧侶の代
  表である教区会と門徒の代表である教区門徒会の取決めにより,過去において
  直近の2年間の経常費等が完納されていない場合には,その未納額を再度依頼
  し,災害等特段の事情がないにもかかわらず完納に至らなければ,住職任命申
  請及び得度願並びに僧侶の法要式における序列である法要座次の進席,それに
  件う法衣の許可が行えないこととされていたことが認められるが,このような
  一種の処分が伴うとしても,これがために経常費及び御遠忌懇志金の性質が法
  的な意味での債務になるものではないし,被告らがそのように主張していたと
  も認められない(原告は,義務金との用語を使用し,被告らが経常費及び御遠
  忌懇志金の支払を義務として捉えていたかのようにも主張する。確かに,それ
  ら納金は,被告らからはともかく,原告からみると事実上義務的であったこと
  は否めないが,かかる宗教上の義務的行為と法的な意味での債務は峻別されな
  ければならない。)。ところで,本件紛争の実質は,経常費等の割当基準の見
  直しの是非及び経常費等の未納の場合の上記一種の処分の是非であるが,経常
  費等が債務でないことが確認されたとしても,これら紛争の実質は何ら解決さ
  れるものではなく,この点でも,本件訴えの確認の利益については疑問がある
  といわなければならない。
 3 以上によれば,その余の争点について検討するまでもなく,本件訴えは,い
  ずれも不適法である。よって,主文のとおり判決する。

   金沢地方裁判所七尾支部
        裁 判 官  ■ ■ ■ ■