この文書は、叔父さんが末期の胃ガンで入院していた病室からご門徒の方々に宛てた手紙です。
胃ガンなどの病気とモルヒネなどの薬などの影響もあって、少々難しい文書になってしまっていると思いますが、読んでいただければ伝わるものがあると思いここに転載させていただきます。

ご門徒のみなさまへ

私はいま、胃ガンという病気が出てきましたので、病院に入っています。
治すことができないぐらいに、病気の状態が進んでしまっていたので、いまは「緩和(カンワ)ケア」をしてもらっています。
「緩和ケア」というのは、死を目の前にして、「生きている患者」を援(タス)けて、死ぬまでのあいだ、落ち着いて生活してもらう療養の制度だそうです。

皆さんは、病院というのは、患者の病気を治すところ、お医者さんや看護士さんは、患者の病気を治す人だと考えているでしょう。
ですから病院へ入院して一段落つくと、もう病気は治るものだ、医者は治す責任があると思いこんで、しまいにはお医者さんや看護士が止めるのを無視して、体に悪いことをしたりするのです。

本当に病気を治すのは、私たち自身の体です。
皆さんは「免疫(メンエキ)」ということばを聞いたり見たりしたことがありますね。
免疫というのは、
(素人が、医学などの専門の話をするのは、いいことではないので、皆さんは止(ヨ)したほうがいいと思います。
 私は「博物学(ハクブツガク)」の半玄人(ハンクロウト)ですから、その方面から話します)。
簡単に言ってしまえば、私たちがお母さんの体からもらって、この世に持って生まれてきた、病気に対する防衛力、抗力(コウリョク)のことを言います。
防衛といっても、免疫は先祖伝来の軍隊のようなもので、強力な武器を持っています。
たとえば、あなたの体に風邪のウィルスが入ってくると、あなたの体は風邪ひきます。
暫(シバラク)すると、一日か二日すると、くしゃみが出たり、鼻水が出たりします。
そのときになってあなたは「風邪を引いた」と感じます。
肝腎(カンジン)なのはここです。
実はあなたにくしゃみや鼻水を出させているのは、風邪ウィルスではなくて、あなたの軍隊なのです。
目を閉じて想像してみて下さい。
「風邪ウィルスは、忍者になって、どこからもとがめられずに、どんどん侵入(シンニュウ)してきます。
あなたの体内にはリンパ球がいて、パトロール(=巡回(ジュンカイ))をしています。
いまそのパトロール隊がちんぴらみたいな忍者を発見、射殺(シャサツ)しました。
本部に報告しています。
すると体のどこにいたのでしょう。
あちらこちらから大部隊が現(アラワ)れました。
よほどの熟練(ジュクレン)したベテラン部隊なのでしょう。
簡単な訓練を受けると、次々に出発していきます。
こちらは戦場です。
今までは風邪ウィルス軍が、我がもの顔にのさばっていましたが、今は様子が一変(イッペン)しています。
体防衛軍が、最新の強力な武器を、いや武器はそうでもありませんが、数が決戦するつもりのようです。
バズーカ砲を用いるようです。
マクロファージ軍がきました。
戦いは一方的になりました。
想像はここまでです。

ここまできて、あなたの体はくしゃみなどを始めるのです。
おわかりですか。
防衛軍が働いて、敵が死んでそこまで済(ス)んでしまって、あなたは「あれ風邪かな」と思うのです。
免疫の話はおわりにします。

私は、自分の手落ちで、この免疫が使えなくなっています。
私はいま、「自己免疫性(ジコメンエキセイ)溶血性(ヨウケツセイ)貧血(ヒンケツ)寒冷(カンレイ)凝集素症(ギョウシュウソショウ)」と「胃ガン」をしています。

人間は、病気になりにくい体を親から貰(モラ)って、生れてきたのですから、無病息災(ムビョウソクサイ)が親の願いでした。
ですから、親の願いが通(トオ)っている間は、ああ、と感謝していれば良いのに、そうはなりませんでした。

病気をするのは、子の責任、本人の責任です。
病気は罹(カカ)るものではありません。
成(ナ)るものです。
実践(ジッセン)するものです。

病気は、かかったと思って逃げていたのでは、何にもなりません。
病気はやってみると、これも人生のひとつの形なのだと分かります。

皆さんは、日に三度食事をします。
辛(カラ)いものや熱いもの、胃を痛(イタ)めるものも沢山(タクサン)食べます。
こうして乱暴(ランボウ)に、繰(ク)り返し胃を痛めているのと、胃ガンで胃を痛めっ放(パナ)しでいるのと、生活の上ではどれほどの違い、開きがあるでしょう。
病気も人生のひとつの形にすぎないのです。

むしろ病気持ちの人生は、普通の人生に少し足し前が着いた人生になっています。
人が実践できないことができています。

よく思いを変えることをすすめる人がいますが、人間の欲に駆(カ)られた思いは、そうそう変わるはずがなく、ましてや命ともなると・・・。

簡単なことです。
思いでなく、発想(ハッソウ)を元から入れ変えるのです。
同じことだとは思わないで下さい。
思いはそのつど変わりますが、人生の根源的(コンゲンテキ)発想は、容易に定まるものではなく、たやすく変わるものではありません。
泥棒(ドロボウ)根性(コンジョウ)はどこ迄(マデ)も泥棒ですし、仏(ホトケ)の性(ショウ)はどこまでも仏の性です。
泥棒根性の人ならば、病気も我がものと思えば良いし、仏の性ならやさしく包みとれば良い。


もうひとつ、病気をしたことで家族がひとつになりました。
これは、病気の治療(チリョウ)方針(ホウシン)のご恩でもあるのですが。

この病棟の方針のひとつに、家族の治療参加があります。
といっても治療に家族が口出しするのでなく、家族と患者を同時に治療するのです。
患者がいることは、家族にとっては大きい負担です。
その負担をゆるめようとするのです。
家族が明るく一つにまとまっていることは、患者にとっては救いでありよろこびなのです。

ともかく、私はいま、治療を受けながら、普通に近い状態ですごしています。

少し疲れました。
またお頼りすることはできないと思いますが、皆さんも世間のことはそこそこに、しっかりお励み下さい。(仏法(ブッポウ)の道)にです。


追白

他力というのは、ほかから来る力ではありません。
私の中にいて下さる親の力、ご先祖の力、自然の力、みんなの力を言います。
この力は、かず限りがないので、インドの言葉で、ア=(限りが)ない、ミター=数、量に、と言い、「ア・ミター=無量の」が仏様の名前になっています。
ア・ミターは、我われを内がわから助ける力です。
私たちは、もうすでに大きい力を与えられています。
この上何がほしいのか。
私「仏さま、病気をしないようにして下さい。」
仏「免疫という、病気になりにくい体をやってあるのに、不足かね。それじゃ免疫は止しにしようか。」
私「そりゃ困ります。では事故にはならないようにして下さい。」
仏「うーん。自然科学の力で、事故が起こらないようにしているんだが。いったいどんな事故があったかね」
私「いえ、これから起こる事故なんですが」
仏「ふーん、それでお前は責任をもって仕事をしていると言えるのかね。責任をもった分、私が労賃をもらおうかね」
私「そりゃ困ります」
仏「どうして」
私「そんなことしたら、私、無収入に、あ、私なんにも仕事していないんだ-----」
仏「これからは、自分でも考え、働くんだね」
私、うなだれているだけ。
お助けのこの力、大きな力だけに、大きすぎて、よく見えませんが、他力の大道を信じてみませんか。