日系ブラジル人殺人事件

  検察側 弁護側
Tシャツ 殺人の犯行現場であるK方二階八畳間の押し入れ内にあった本件衣装ケース内で発見された本件Tシヤツに付着した血痕等から、被告人のものと同一のABO式血液型(以下「血液型」という。)及びDNA型を示す細胞片並びに被害者両名のものと同一の血液型及びDNA型を示す血痕が各検出された 本件Tシャツの襟首の垢様の細胞片と血痕が本件犯行時に付着した証明はない。本件Tシャツが犯行直後に本件衣装ケースの中に隠されたのであれば、本件Tシャツの回りにあった衣類にも血痕や汗臭い臭いが付着すべきなのに、それもない。被害者の創傷に照らせば大量の返り血を犯人は浴びたはずであり、本件Tシャツと同程度にズボンや靴下にも血が付着したであろうのに、本件Tシャツだけを犯行現場に脱ぎ捨てているのは不自然である。  本件公判で勝又教授によるDNA鑑定(二次鑑定)が行われるまでの間に、検察庁と裁判所での保管状態が悪かったために、本件TシャツのDNAが損傷を受け、そのために被告人の型と異なるHLADQA1法の4型の反応が認められたものの、反応は弱く、確実に被告人のものではないとまで言うことはできなかった。わずかでも被告人の型とは異なるDNA型反応があるということは被告人の細胞片ではないというべきであるし、そもそも裁判所の保管状態が悪かったために正確なDNA鑑定ができなかったのであるから、そのような鑑定結果を有罪証拠に用いることは司法の廉潔性に反する。  また、二次鑑定では、マーメイドスピンキットによるDNA抽出液の精製が行われているが、それは科学的信頼性の確立した方法ではないから、信用できない。  捜査段階で行われた鑑定(一次鑑定)と二次鑑定とでは、一次鑑定で認められなかったHLADQA1法の4型の反応が二次鑑定では認められており、鑑定結果間に矛盾があり、結局いずれも全面的に信用することはできない。
ガムテープ 被告人が本件当時居住していた富田アパートで発見された本件ガムテープに付着していたビニール片の破断面が、Kの遺体を包んでいた毛布に巻き付けられていた布製ガムテープに付着していたビニール片の破断面と完全に一致する 犯人が本件ガムテープを使用して被害者の遺体を梱包したのであれば、本件ガムテープに被告人の指紋や血痕が付着しているはずなのに、その付着はなく、かえって逆に被告人のものでも被害者のものでもない毛髪が付着していたのであって、本件ガムテープと本件犯行との関連性はない。本件ガムテープは被告人が居住していたTアパートから発見されたが、第三者が持ち込むことも可能であったし、捜索押収の過程が極めて不自然であり、捜査当局が本件ガムテープを持ち込んだ可能性も否定できない。  しかも、本件ガムテープの押収時に包装用フィルム片が付着していた証拠はないし、押収品目録にもフィルム片付着の記録はない。そもそも犯人がわざわざ自宅の机の引き出しの中に本件ガムテープを隠すというのは極めて不自然である。  鑑定についても、その鑑定経過は極めて不自然であり(会社から発見されたガムテープは見向きもされていない)、鑑定結果は遺体に巻かれていたガムテープに付着していたフィルム片と本件ガムテープのフィルム片を並べて視覚的に観察して似ているというに過ぎないものであって、完全に一致しているなどと言えるものではない。
ナイフ 被告人が設立した会社事務所内で発見された本件サバイバルナイフが、被害者両名の創傷状況に照らし、被害者両名の殺害に使用された凶器と見て矛盾がない 内藤道興医師の証言では、被害者両名への成傷器は2種類以上存在し、本件ナイフによっては形成不可能である。  しかも、本件ナイフには人血反応はなく、シカの血液反応しか認められない。  さらに、松木教授の鑑定によっても、Kの刺創の一部は本件ナイフによっては明らかに形成不可能である。
動機 被告人は、被害者両名を会社の役員にするとの条件で、被害者両名から、会社の出資金に充てる現金300万円を借り受けながら、被害者両名に無断で被告人を単独役員とする会社の設立登記をし、これを知った被害者両名から、本件当時、右300万円を返済するか、被害者両名を役員にするかと迫られて進退窮まっており、被害者両名の殺害を決意するに十分な動機を有していた 被告人会社は、日系ブラジル人の人材派遣会社であり、日系ブラジル人との通訳であり、顔利きである被害者ら抜きでは成り立たない。被告人と被害者らとの間では確執はなかったし、そもそも事件前には会社設立登記は未了であり、被告人を単独役員とする会社設立登記があったことを被害者らが知ることはあり得なかった。しかも、被害者らが被告人に対し告訴も辞さない態度であったことを証する証拠は何もない。被害者から受領した300万円は手つかずに存在していたから返済することは容易であったし、親から借り入れることもできたし、被害者らを役員に追加選任することも容易であった。
カーペット K方二階八畳間のカーペット(以下「本件カーペット」という。)は、その下の畳に血痕が付着しているにもかかわらず、血痕の付着のない真新しいもので、犯行前K方二階八畳間に敷かれていたカーペットのサイズ等を知っていた被告人が、犯行後に敷き替えた可能性が大である 本件カーペットと同種のカーペットがカーマ社北店で4月22日に購入された記録があるが、そのカーペットがK方2階8畳間に敷かれているものであるとの証拠はないし、そのカーペットを購入したのが被告人であるとの証拠もない。しかも、被告人には同日カーペットを敷いて罪証隠滅工作を行うことは時間的にも不可能だった。
スプレー 被告人の実家二階の被告人の居室で発見されたホームセンターのレシート(甲178)には、K方の壁、床等に付着した血痕の上に吹き付けられた塗料と同種の塗料のラッカーが人ったスプレー式塗料缶を本件犯行直後に購入したことを示す記録がある上、被告人の友人宮下巧が、右レシートが発行された当日、被告人と右ホームセンターに同行し、被告人がラッカースプレー様のものを購入したところを目撃していること、さらには、K方一階床に吹き付けられたラッカーの上には、被告人が当時履いていた黒色皮靴(甲140)と靴底の紋様、大きさ等が同一の足跡が印象されていることに照らし、被告人が、その日購入した本件ラッカースプレーを用いて、K方の壁、床等に付着した血痕にラッカーを吹き付けて血痕を隠そうとしたことが認められる K方の血痕が本件犯行によって付着した証明はないし、血痕は水に濡れた雑巾で拭き取ったような形状になっており、血痕に吹き付けられたスプレーも、スプレーで血痕が全部隠されているわけではなく、血痕が依然として大きくはみ出ているところからすると、吹き付けを証拠隠滅行為と見るには多大の疑問がある。  ホームセンターのレシートからは具体的な商品までは特定できないし、本件レシートが被告人実家で発見されたからと言って、本件レシートが被告人の部屋から発見されたものかどうかも分からないし、家人や友人も出入りしているし、家人もホームセンターに買い物に行くこともよくあったというのであるから、被告人が買い物をした際のレシートであるということはできない。そもそも本件レシートは、無令状捜索差押を被告人父から任意提出を受けたものであるから、違法収集証拠として排除されるべきである。  スプレーの成分鑑定にしても、K方で採取されたスプレーもホームセンターで市販されているスプレーもニトロセルロース系のものであるという点で同種だという程度のものであり、同一であるとは言えない。  また、K方1階ガレージの足跡痕は西田鑑定によると、被告人の革靴で印象されたものであるという結論にまでは至らなかったというのであるし、当時、同種の靴は多数出回っていたから、被告人の履いていた靴によって印象されたものであるとの立証はなされていない。  宮下証言は、「4月24日、被告人と一緒に福井銀行新田塚支店に行き、その後被告人会社に1時間ほどいてから、ホームセンターに行った」というものであるが、それではホームセンターのレシートの時刻にホームセンターに行くことは不可能であり、宮下証言は信用できない。
被告人は、事件後、K方二階八畳間の血痕が付着した畳二枚と同じ大きさの畳二枚を購入して、K方一階車庫に搬入しており、被告人が、血痕が付着した右畳を血痕の付着していない畳と取り替えようとしていたと強く推認される 被告人が畳を購入し、K方に搬入したのは、平日の日中であって、人目をはばかる様子がない。福井市内の店で畳を購入しても、捜査によってたちどころに判明するのに、そのことを意にも介していない。罪証隠滅工作であれば、2階まで運び込む必要があるのに、ガレージに立てかけたままにしており、その後もそのまま放置している。K方から搬出されたものは襖3本等多数にわたるのに、畳だけ搬出せずに、替わりに新品を持ち込むというのも不自然である。これらは、罪証隠滅工作のためとは言い難い。
不審な行動 被告人は、被害者両名の生死がいまだ不明の段階で、不動産業者に対し、車や家財道具が入れられるガレージを早く見付けて欲しいと依頼したり、宮下に対し、K方から荷物を搬出するのを手伝って欲しいと依頼するなどして、K方の荷物を搬出しようとしていたことなど、被告人が、本件の真犯人でなければ到底行わないような種々の罪証隠滅工作を行い、あるいは行おうとした状況が多々認められる これらは、被告人と本件犯行とを結びつける決定的証拠と呼べるようなものではなく、所詮、被告人が怪しいのではないかと思わせる程度の証明力しかない。  被害者らの家財道具が入れられるガレージを探すということは、荷物を保管しておくと言うことであって、処分しようとするものではないから、罪証隠滅とは言えない。しかも、罪証隠滅をするのであれば、秘密に行うものであるが、被告人は関係者におおっぴらにしていて、隠そうとする姿勢がない。不動産業者にガレージを依頼するに当たり、一刻も早く見つけたいというのではなく、二連結の物件という条件を優先しているのも、罪証隠滅工作というにはほど遠い。
アリバイ アリバイ主張はY子一人の供述に基づくものであって、その供述も捜査段階と公判供述とで変遷しており、信用できない。 事件当夜、被告人はY子と一緒におり、外出はしていない。Y子の捜査段階の供述調書でアリバイが明確になっていないのは、取調官から寝ていたのなら証拠にならないと強く言われアリバイ主張が調書化されなかったからにすぎない。  事件直前に翌日の仕事の段取りのために被告人と会ったシアンシやハルミも被告人に不審なものを感じていない。

更新日 01/08/01
名前 湯川二朗