京都大学任期制教授再任拒否事件の内容 (05/12/30更新)

 平成9年に大学教員等の任期に関する法律が定められた。井上教授は、平成10年1月、新しく設置される予定の京都大学再生医科学研究所再生医学応用研究部門器官形成応用分野の教授公募に応募し、同年4月1日、採用(正確には、京都大学医学部助教授であったので、教授に昇任)予定であった。ところが、京都大学は、同年4月9日に再生研に任期制を導入し、井上教授の昇任時期をずらせて、5月1日付で、任期制教授第1号で採用した。5年の任期が付されていたが、井上教授には任期制に関する正式な説明は一切なく、逆に再生研事務長から「再任可で普通にしていれば定年まで何回でも再任されるから」との説明だけを受けて、任期付昇任に同意した。

 ところが、それから5年後、再生研は井上教授の再任を拒否すべく、様々な画策を行った。第1の画策は、外部評価委員会を設置して、そこでもっともらしく業績不十分との評価を得て再任を拒否する予定だったが、予想に反して、外部評価委員会は全員一致で再任を可とした。

 そこで、再生研山岡所長(当時)は、外部評価報告書の改竄を図ったり、論文未発表のES研究にけちをつけたり、京都府立医大との共同研究に「井の倫理問題」があるとでっち上げたりして、平成14年12月19日、協議員会で再任拒否決議に持ち込んだ。京都大学総長も再生研の判断を受けて、平成15年4月22日、任期満了日で退職する旨の通知を発した。

 そこで、井上教授は、再生研教授の地位にあることの確認を求める訴えと、再任拒否処分の取消を求める訴えの二つを、京都地裁に提起した。

 それに対して、京都地裁第3民事部(八木コート)は、平成16年3月31日、任期付教員の身分は任期満了で当然に終了するから再任拒否処分もないし、教授の地位も失っているとの簡単な判決を言い渡した。

 それに対する控訴事件が本件である。

B事件 平成16年(行コ)第54号の争点

京都大学総長の任期満了退職日通知の処分性の有無が控訴審での唯一の争点である。

(京都大学の主張)

@任期制の教員は任期の満了により当然にその身分を喪失する。

A任期制の教員には再任請求権は観念し得ない。

B任期満了退職日通知は単なる観念の通知に過ぎず、再任申請者の法律上の地位に何らの影響も及ぼさず、公権力性は認められない。

(井上教授の主張)

 任期制教員の「任期」は必ずしも「期限」と解する必要はなく、失職条件と解する余地もあるばかりか、仮にこれを「期限」と解しても、任期満了退職日通知には単なる任期到来の事実の通知のみならず、再任申請に対する再任拒否としての性質をも有する。任期満了退職日通知が抗告訴訟の対象となるかどうかは、大学教員の任期等に関する法律(任期制法)の条文だけにとらわれるのではなく、

1)任期制法の予定する任期制度全体の制度設計(すなわち、任期制法は単なる枠組み法であってそれだけでは任期制の内容は明らかにならず、各大学がいかなる内容の任期制度を採用するかは、学問の自由・大学の自治・学部の自治に照らして、各大学の学長の定める規則や各大学内の研究教育組織の内規・申し合わせに委任されているから、それらを総合的に見る必要がある。)

2)大学での任期制の運用実態(任期制を採用している大学の学則等を見ると、任期制の下における再任は業績審査の結果に基づいて再任の可否を決定することになっており、京大再生研においても同趣旨と考えられる。)

3)京都大学任期規程・再生研再任審査内規の条文の定め方(再任申請手続、再任審査基準、外部評価に基づくこと、議決要件、再任可否決定期限の延長の拒否権を再任申請者に認めていること、再生研協議員会決議に従って総長の決定がなされること)

4)再生研における再任制の実際の運用実態(外部評価の結果に基づいて協議員会が再任の可否を決定すべきであるのに合理的な理由もなくその結果を排斥し、再任申請者の学術的能力・業績評価をし直してその評価を誤り、「医の倫理問題」をでっち上げて再任拒否理由があるとして再任拒否したこと)

5)そして任期満了退職日通知が持つ事実上の効果(10年以上のスパンで行われるべき医学上の最先端の研究を、再任を期待して予算も受けて研究活動を進めているのに、その教授を免職する効果)

を総合的に判断して、判断すべきである。

 労災就学等援護費支給要綱に基づく労災就学援護費不支給決定に処分性を肯定した最高裁判例(H15.9.4)、検疫所長の行う輸入食品が食品衛生法に違反する旨の通知の処分性を肯定した最高裁判例(H16.4.26)、都道府県知事の病院開設予定者に対して行う病院開設中止勧告の処分性を肯定した最高裁判例(H17.7.15二小判、H17.10.25三小判)といった近時の一連の最高裁判例を見れば、最高裁はもはや「当該行政処分によって直接国民の権利義務に変動が生ずることを法律上認められている行為」という定式を離れて、「当該行政作用の運用の実情をも勘案して当該行政作用の持つ事実上の効果・意義、さらには救済の必要性に照らして、抗告訴訟によって争うのを相当とするかどうか」によって処分性の有無を判断しているのであり、これが国民の権利利益の救済の拡大を図った行政事件訴訟法改正の趣旨にも合致していることは明らかである。