アルコール関連身体疾患とは 


 人が、アルコールを大量に長期間飲んでいますと、肝臓が障害されることは大抵の方は知っています。左の図のように肝機能が障害されると、心配となりアルコールを飲むのを控えるのが一般的です。その結果、肝機能が正常化するともとの肝臓に戻ったと誤解して再び再飲酒を繰り返すというパターンを繰り返します。このサイクルを続けていくと肝臓が障害されます。
 さらに、アルコールは肝臓だけでなく体の多くの臓器を障害します。人にはいろんな個性があるように、アルコールによる臓器の障害のされ方にも個性があり、Aさんは肝臓が障害を受けやすいが、Bさんは膵臓の方が悪くなりやすいなど、人それぞれ障害されやすい臓器が異なっているのです。ですから、肝臓の働きはさほど障害されていないのに頭が障害(例:アルコール性痴呆)されていたりすることもあります。肝機能の数値が正常であるから、健康の証明にはならないのです。ここでは、アルコールによる臓器障害の他に、代謝障害など体に生ずるいろいろな不都合さも紹介します。
 ただ、このようなアルコール関連身体疾患の背後に、アルコール依存症が存在することを忘れてはいけないことだと思います。身体の治療と同時に、アルコール依存症の治療が重要なのです。
臓器の障害
 アルコール依存症者においては、多臓器の障害を認めるのが一般的である。そのため、医者仲間の間では、「アルコール関連障害を心得ておれば医学を知っているといってよい」などと言う人がいるほど、アルコール依存症者は多くの病気にかかることが知られています。
1.神経系の障害
 アルコールによる影響は、@アルコールという薬物の臓器への毒性作用や、A食事が十分にとらなかったり偏った食事をすることによるビタミンの欠乏、電解質異常などが、複雑に神経系に働くことによって、障害が発生すると考えられている。
 
多飲による栄養障害発生の原因
 1栄養のある食べ物の摂取不足(空酒など)
 2栄養素の吸収障害(消化器系や肝臓、膵臓障害による)
 3ビタミン需要の増大(アルコール分解にビタミンが必要な為)

 1)中枢神経障害
 中枢神経系の障害とは、脳の障害のことを指している。アルコールによる中枢神経系の障害は、脳の神経細胞の再生ができないことより、他の臓器の障害より治療が難しい。以下の図のように、4つの原因がさまざまに組み合わされて中枢神経の障害を生じます。障害の前に、予防が何をさておいても重要ですね。
 中枢神経系の障害 
 ↑ 
 @アルコール・アセトアルデヒド・混入した化学物質による中毒 
 + 
 A欠食やアンバランスな食事によるビタミン欠乏・電解質異常 
 + 
 B肝障害・糖尿病・胃腸障害による直接・間接影響 
 + 
 C繰り返される頭部外傷 

@アルコ−ル性健忘症状群
 アルコ−ルによるビタミンB1(サイアミン)の欠乏による。
 現在は、コルサコフ精神病とウエルニッケ脳症は同じ病態であるが、臨床像のみが異なっているだけなので、従来別に考えられた病気を合わせてウエルニッケーコルサコフ脳症と呼ぶことが多い。ここでは、わかりやすいように分けて説明を行っている
 1.コルサコフ精神病
  意識障害があまり目立たず、ウエルニッケ脳症や振戦せん妄から移行する場合が多い。
  【症状】記憶力障害(新しいことが覚えられない)、失見当識(場所や時間がわからない)、作話
 2.ウエルニッケ脳症
  急性に意識障害を認め、初期は振戦せん妄と区別が困難。
  死亡したり後遺症としてコルサコフ病を残すことがあり、ビタミンB1の早期投与が大事。
  【症状】精神症状(軽度から昏睡にいたる意識障害)、運動失調(歩行障害など)、眼球運動障害
Aアルコ−ル性痴呆
 アルコールが主に痴呆の原因と思われる場合を言う。
 アルコールを慢性に摂取することによって痴呆になるのかについて異論がある。
 *実際に、臨床場面で痴呆の症状を認める患者さんは存在する。老人のアルコール依存症者において、脳血管性の障害やアルコール飲酒による影響などが重複しており、原因がアルコール単独と考えられるケースはむしろ少ないのではないか。臨床家にとっては、アルコール性痴呆という疾患名は必要と思うのですが。(吉本 記)
B肝性脳症
 肝硬変などの肝障害によって、肝臓によって脳が守られていた因子が欠如することや、アンモニアや芳香族脂肪酸などの増加による中毒因子によって、中枢機能に障害を認めて出現する疾患。   【症状】もうろう状態から昏睡にいたる意識障害や、各種の神経症状を認める
Cその他
 1.ペラグラ脳症
  ニコチン酸欠乏による病気。神経症類似の病態をとることがあり、診断が難しいことあり。
  【症状】精神症状(神経衰弱状態や不安抑うつ状態で発症、幻覚妄想状態や、せん妄を認める)
   下痢、皮膚症状
 2.アルコ−ル性小脳変性症
  アルコールやアセトアルデヒド(アルコールの分解物)の毒性が原因。
  【症状】歩行障害が主な症状、構音障害を伴う

2)末梢神経障害
 飲酒によって末梢神経障害の単独の発現は少なく、中枢神経障害を伴うことが普通です。
@アルコ−ル性多発神経炎
 アルコ−ルが原因の栄養障害によるビタミンB群とニコチン酸の欠乏による。
  【症状】初発症状→足の先のビリビリ、ジンジンなどの異常感覚や痛み
      感覚鈍麻や疼痛(不眠の原因にもなる)、手足の筋肉の脱力、深部反射消失
Aアルコ−ル筋炎(ミオパチー)
 アルコール飲酒者に認められる筋肉の障害をいう。急性と慢性の障害が知られている。
 急性は大量飲酒に伴い、1は横紋筋融解、2は下痢や嘔吐など低カリウム血症によるもの。
  【症状】筋痛、筋脱力、歩行障害、四肢の麻痺症状で、急性や慢性によって症状はやや異なる。

2.肝臓の障害
 アルコールは、肝臓によって主に分解される。多飲は肝臓に負担をかけ、肝臓の障害を起こすことは良く知られており、γーGTPやGOT、GPTの異常としても広く認識されている。
 一方、アルコールによる肝障害が肝硬変までいたった場合、肝癌を合併することが多く、禁酒することの重要性が認められている。
 日本では、欧米と比較してアルコール消費量が減少するのでなくやや増加傾向にあり、アルコール性肝障害が増加している。
@アルコ−ル性脂肪肝
 飲酒家にしばしば認められる肝臓の病気で、アルコールによって肝機能が狂い肝臓に脂肪がたまる病気。脂肪は中性脂肪が中心である。腹部エコー検査で診断が可能(bright liver)。完治するが、放置しておくと肝硬変や肝臓癌へ進むために、黄色信号が灯ったと考えた方がよい。
  【症状】自覚症状がないことが多く、認めても軽度の全身倦怠感、易疲労感である。
Aアルコ−ル性肝線維症
 脂肪肝にもかかわらず飲酒を続けていると、肝細胞の周囲に細い繊維が生ずる病気。日本人に特徴的な肝臓の病気と言われている。
  【症状】食欲不振や全身倦怠感、易疲労感である。肝臓の腫大と、肝機能の軽度から中等度の異常を認める。
Bアルコ−ル性肝炎
 大量飲酒者が急激に大量の飲酒をすることを引き金として、発熱や肝腫大など急性肝炎様の症状を認め、好中球の浸潤や肝細胞の変性や壊死を伴う病気。重症な場合は死亡することもある。
  【症状】自覚的症状として食思不振、嘔気、嘔吐、全身倦怠感、発熱、右上腹部から心窩部にかけての疼痛、腹部膨満感、体重減少、下痢などである。他覚的症状として、肝腫大、肝に一致した疼痛、黄疸、腹水などである。
Cアルコ−ル性肝硬変症
 アルコールを多量に、長期間飲酒する人に見られる。肝臓が繊維化し、肝臓の機能が低下し、元の健康な肝臓に戻ることは不可能な病気である。
 肝硬変による死亡は、肝不全が1/3 、消化管出血が1/3 、肝癌が1/3 と言われている。
  【症状】初期は無症状のことが多いので気づかないことがある。全身倦怠感、腹がはる、食思不振である。他覚的には、肝腫大、クモ状血管腫、手掌紅斑、女性化乳房、食道静脈瘤を認める。非代償期には、黄疸、腹水、浮腫、食道静脈瘤の破裂を呈する。
クモ状血管腫
 首のところに見えるクモの巣のような血管を指す。
手掌紅斑
 親指や小指のつけ根などに認める、赤っぽい斑点を指す。
女性化乳房
 女性ホルモンの増加によって、男性の乳房が女性のようにふくらんだ状態を指す。

*アルコ−ル性肝障害でもγ−GTPが先天的に上がらない者がいる
 CDT(carbohydrate-deficient transferrin)の方が飲酒量との関係が高い
アルコール性肝障害の診断基準(高田 案)
A.アルコール性肝障害
 1.常習飲酒家である(3合、5年以上)。
 2.禁酒によりGOT、GPTが著明に改善。
  (4週で80単位以下、前値が 100単位以下の時は正常値まで)
 3.次のうち少なくとも1つが陽性。
  @γ−GTPも著明に低下。
  (4週で前値の40%以下か、正常値の1.5倍以下)
  A肝臓も著明に縮少。
  (肝下縁は弱打診か超音波で確認が望ましい)
 4.以下のアルコールマーカーが陽性であれば、診断はさらに確実。
  @血清トランスフェリンの微小変異
  ACTで測定した肝容量の増加(720センチリッポーメーター/体表面積以上)
  Bアルコール肝細胞膜抗体が陽性
  CGDH/OCTが0.6以上

B.アルコール・ウイルス性肝障害
 ウイルスマーカーが陽性で、禁酒後のGOT、GPTの変化を除きアルコール性肝障害の条件を満たすもの。
 GOT、GPTの値は、禁酒4週後には120単位以下にまで、禁酒前の値が120単位以下の場合は70単位以下まで下降する。

C.その他
 上記の条件を満たさない場合には、たとえ大酒家であってもアルコール性肝障害とすることは困難である。

3.消化器系の障害
 アルコールは、口から食道を経て胃・小腸で吸収され、酔いが惹起される。消化器系はアルコールに強く暴露される部位でもある。
@アルコ−ル性急性膵炎
 飲酒により消化を助ける膵酵素が、自分の膵臓まで消化することにより生ずる病態で、6カ月以上にわたって膵障害を残さないものを指す。重症になる場合、膵以外にも障害が拡がり多くの臓器が障害されることにより発生する。
  【症状】腹部膨満感、腰や背部への疼痛、発熱(→合併症を認めると、ショック、急性腎不全、急性呼吸不全などを認めることあり)
Aアルコ−ル性慢性膵炎(→糖尿病)
 腹痛、高アミラーゼ血症、末期では体重減少、下痢、糖尿病が主体
 膵炎の症状がなくても、高頻度に膵の組織学的障害を認める
 禁酒直後高血糖35%→糖尿病15%
Bアルコ−ル性食道炎・胃炎
 アルコール性食道炎は、過飲により胃酸の食道内の逆流を生じることによる逆流性食道炎が多いと言われている。食道壁が赤くなったり、ただれたり、ひどくなると潰瘍を形成します。
C食道静脈瘤
 肝硬変になると門脈圧が上昇し、食道に静脈瘤という血管のこぶこぶが生じたものを指します。この静脈瘤が、アルコールによる直接的な影響でその壁が破れたり、アルコールの間接的な影響による胃内容物を嘔吐した時に、壁が裂けたり破れたりすると、出血が起こり生命に危険が生ずる病気です。
Dマロリーワイス症候群
 アルコールを多量に飲酒後、嘔吐に伴い腹腔内圧が急激に上昇し、食道の胃に近い壁が裂けることによって生ずるものを指す。嘔吐の最初は血液を認めないが、次第に吐物に血液を認めるようになる。

4.心臓の障害
 アルコ−ル性心筋炎(→心不全)

5.その他
 骨に対する障害(特発性大腿骨骨頭壊死症など)
 血液に対する障害
 皮膚の障害
 高血圧(飲酒量↑、脳出血↑)

その他の身体の障害

1.代謝異常
1)アルコールによる低血糖発作
 アルコール摂取に伴って、次の場合に血糖値が下がり、ひどい場合は意識を失います。
@絶食状態が続いている時に飲酒した場合
   対処方法:食べ物をとるようにする
A糖尿病でインシュリン注射時に飲酒した場合
 対処方法:アルコールを過量に飲まないようにする
B炭水化物の多い食事とともに飲酒した場合
 対処方法:三大栄養素のある食事をとるようにする
C運動後に飲酒した場合
 対処方法:食事をしながら飲酒するようにする
*アルコール依存症でない方の対処方法を示しましたが、アルコール依存症の方は断酒しかありません。