「北日本新聞」平成9年4月17日(木)社会2面


 「つかの間でも、お酒を飲んでいるときは気が楽だった。嫌なことも忘れられた」。富山市民病院でアルコール依存症の治療を受けた四十代の女性は振り返る。
 二十四歳で結婚。嫁ぎ先では夫の両親や夫の言うことは絶対だった。両親と衝突しそうになっても夫はかばってくれない。二年後に子供が生まれ、会社勤めを続けながら、いい嫁になろうと頑張った。たが、いつまでたっても自分だけ居場所のない孤立感があった。子供を取られたように感じた。
 ふと口にした酒が寂しさを忘れさせてくれた。その日から家族に隠れて飲み始めた。量は次第に増える。二年もたつと酔った状態が続き、仕事も家庭も満足にこなせない。酒が切れるといらいらし、体が震えた。
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 アルコール依存症の患者は四十年間で七倍近くに増えた。全国に二百三十万人、富山県内は二万一千人いると推計される。男性の新規患者が横ばいなのに女性は増加傾向にある。
 富山市民病院精神科の吉本博昭部長(50)は「かっての依存症は中年男性の病というのが一般的だった。最近は飲酒の機会が増えてきた女性や、時間の制約がなく一日中飲んでいられる高齢者に広がっている」と話す。
 アルコールに寛大な日本では、酒の自動販売機が街中に立ち並び、なにか失態をしても「酒のせい」と忘れてもらえる。会社の忘新年会、歓送迎会、花見、接待ーー。酒はコミュニケーションの潤滑剤の役割を果たす。女性の社会進出や低価格化に伴い、アルコールの消費量は増え続ける。
 吉本部長は患者の広がりに加え、依存症患者の中に「アダルト・チルドレン(AC)」が多いと指摘する。
 アダルト・チルドレンは薬物・アルコール依存症の増加を背景に1970年代に米国で生まれた言葉で、当初は依存症者のいる家庭で育った大人を指した。クリントン米大統領は1995年、雑誌のインタビューで「自分はアダルト・チルドレンだ」と告白した。
 今は解釈の範囲がより広義になった。仕事人間、ギャンブル好きの親や親の長期不在、家族間でのトラブルなど安心して育つことができない家庭で大人になった人を意味する。
 吉本部長が診察した四十代の女性もアダルト・チルドレンだった。両親の仲が悪く、母親の愚痴を聞く役を担わされた。「子供である」ことをゆるされなかった。
 アダルト・チルドレンは自分を守るため、無意識のうちに「しゃべるな、信ずるな、感じるな」というコミュニケーションパターンを身に着ける。いい子でなければ愛されない。周囲からの評価を受けようと頑張る。
 「大人になって人とコミュニケーションをうまくとれなかったり、生きるつらさを感じると、それを紛らわそうと酒に手を出すケースがある」と吉本部長は言う。
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 依存症者は酒を飲むことで自分が解放されると感じ、酒を精神安定剤代わりにする。仕事のストレスや家族を背負う重圧から逃れようと男性。家族関係や子育てに悩む女性。退職で生きがいを失った寂しさや配偶者を失った悲しみを埋めようとする高齢者ーー。だれもが依存症者になるきっかけを持つ。
 吉本部長は依存症者の姿が最近、変わってきたと感じる。「暴力を厳しく規制する社会的規範が根付き、暴れたりする依存症者は減った」。見えない酒害が静かに広がっている。