「朝日新聞」平成9年12月26日(金)

【酒害の父持つ子の思い 童話に】

つらく流す涙は決して無駄にはならない

千葉の横田さん 原稿読み父母が出版


 アルコール依存症の父の下で育った女性が作った童話が、依存症患者らの間で話題になっている。作者は千葉県松戸市の主婦、横田映代(32)。二十年にわたるつらい体験を、プラスにしようとする優しさに満ちている。酒を断ち、娘の悲しみを初めて知った父と母が自費出版し、「生きる希望を失っている子どもたちの心に少しでも響けば」と、養護施設などに寄贈している。
 童話の題は「涙がくれたおくりもの」。主人公めぐの父親は酒浸りで、母親は朝から晩まで働き、めぐは夕食も独りぼっち。父の暴力から逃れるため、夜中に雪の中を母と裸足で逃げたこともある。
 ある晩、めぐの涙から妖精(ようせい)が現れる。「つらくて流す涙は決して無駄にはならない。悲しみの涙の粒をのぞくと、自分だけじゃない、ほかの人の悲しみまでわかるようになるの」と、めぐを連れ、両親が子には見せなかった涙を見に行く。自分が世界一不幸だと思っていためぐは両親の寂しさや悲しみを知って、心があつくなる。二十年が過ぎ、父は依存症と闘い、酒をやめた----。
 いまは二児の母親の横田さんが、自らの体験をもとに書いた。「いつも血のシミがついているような家。他人に知られたらその人まで地獄に引きずりこみそうな気がした」という横田さんは、友人にも家のことは隠していた。
 だが、1993年から二年間暮らした米国で、友人たちが家族問題をきちんと話す姿勢をみるにつれ、自分の体験を積極的に受け止めたいと考えるようになった。
 昨年一月、新聞で、入選作が養護施設などに配られる童話コンクールの募集記事を見て執筆。枚数が増えすぎて、応募しなかったが、母の上山香代子さん(61)に原稿を手渡した。「子供時代の悲しい体験は自分の中でプラスになっています。だから罪の意識であまり自分を責めないで」という手紙を添えて。
 二年前に断酒した父の上山順二さん(70)は、原稿を自費出版して依存症の人の家族らに配ることにした。
 「私自身は暴力などふるわずに娘はかわいがっていたつもりでいたが、実は深い心の傷を与えていたと知り、大きなショックでした。娘への罪の償いと同時に、恥をさらすことで、自身の断酒への意志をより確かにしたいと考えて出版しました」と話す。
 今年五月に出版、市民団体「アルコール問題全国市民協会(ASK)」の季刊誌「Be!」も取り上げ、富山市の精神科の医師は、全文をホームページ(http://www.nsknet.or.jp/~hy-comp)に掲載している。
 横田さんは「どんなに長いトンネルでも出口はある。だけど、真っ暗な中にいる人にそんなことを言ってもむなしく聞こえる。でも、暗やみでも自分の心に灯火をともすことはできます。自分の背負う悲しみは、他人の心を思いやる力になる。すごいことなんです。家族環境などで悩む子どもたちに読んでもらい、同じように苦しむ人がいることを知ってもらうだけでうれしい」と話す。
 童話はB6判、五十ページ。希望者は四百円分の切手を同封の上、〒939 富山市月見町4-30 上山順二さんあてに申し込む。