童話:涙がくれたおくりもの

(「お酒」とたたかった めぐのお父さん)

横田 映代


   
あらすじ

 めぐのお父さんはアルコール依存症という病気で、お酒ばかり飲んでいました。そんなお父さんのかわりに、お母さんは毎日、朝から夜まで働き、めぐは、いつも一人ぼっちでお留守番。
ある夜のこと、めぐの涙の粒から生まれた妖精が、めぐの前に現れました。二人は涙の国へ飛んでいきます。そこには、ある人が涙を流した時のできごとが、そのまま残っていました。
 さみしそうなお父さんの後ろ姿、めぐのまくら元で涙ぐむお母さんのようすを見て、めぐに、あつい愛の涙がこみ上げてきました。めぐが妖精に自分の未来が見たいと頼むと、妖精は愛の涙の粒を集めて作った特別なペンダントをくれました。そしてそこには、「希望」という文字がうっていました。
 二十年後、めぐのお父さんは、病気とたたかう決心を自分でしました。そしてめぐは、同じ悩みをかかえている人のために、あるお話を書き始めたのです。





一人ぼっちの夕ごはん


 外は雪です。もう夜の七時だというのに、雪があたりを白くそめているせいか、めぐは、とっくに日が暮れたことにも気がつかないでいました。その時、お向かいの愛ちゃんちのあたりで、ズズズーッと車が止まる音がして、はずむような声が聞こえてきました。めぐは読んでいた本をわきにおくと、そっと窓を開けてみました。愛ちゃんちのお父さんが帰ってきたようです。
「お帰りなさーい。」
愛ちゃんと弟の信くんが元気よく飛び出してきて、お父さんの腕にぶら下がるようにつかまりました。
「やあ、ただいま。おいおい、外は寒いぞ。さあ、早く中に入って、ごはんにしよう。」開けたままの玄関から、おいしそうなシチューのにおいが、ぷうんとただよってきました。めぐは、そっと窓をしめました。そうして、ゆっくりと確かめるようにかぎをかけました。
(「夜は戸じまりしっかりね。」って、お母さんが言ってたから・・・・・・。)と、めぐは心の中でつぶやきました。でも本当は、シチューのにおいを胸いっぱい吸いこんだら、思わず涙が出そうになったからです。
「そうだ、わたしもごはんにしなくちゃ。」
めぐはつぶやくと、台所に行って冷蔵庫の中から、お母さんが用意していってくれたお皿を取り出しました。「めぐへ。夜はこれを食べてね。」というメモのついたラップをはがすと、まあるい大きなおにぎりが二つと、その横に、うさぎの形に切ったリンゴがかわいらしく添えられていました。めぐは押し入れの中から、手あかで茶色くなったくまのぬいぐるみを持ってくると、それを自分の前にすわらせ、小さな声で、
「いただきます。」
と言って食べ始めました。
「お母さんは、きょうも夜おそくまでお仕事なのよ。二人でがんばって、おるすばんしようね。」
くまのぬいぐるみだけが、めぐの話し相手でした。


めぐの家族


「お父さん、きょうもまた飲んでるのかな。」
めぐは、深いためいきをつきました。めぐのお父さんは、三度のごはんよりもお酒が好きな人でした。夜おそく酔っぱらって帰ってきては、お母さんにひどい乱暴をして、泣かせてばかりいました。それは毎晩毎晩、夜が明けるころまで続きました。
 あれは、きょうのように、しんしんと雪が降っていた夜のことでした。お父さんの暴力に耐えられなくなって、めぐとお母さんは雪の中をはだしのまま、外へ逃げ出したことがありました。めぐは今でも、あの時の雪の感じが足の裏に残っているような気がして、思わずブルブルッと体をふるわせました。
 めぐは、もう一度、愛ちゃんちの窓の明かりを思いうかべました。そこだけぽっかりと、雪の中のだんろのように、あったかそうでした。めぐは目をふせたまま、ただもくもくとおにぎりを食べてしまうと、ふと気を取り直したように、
「はい、くまちゃんも、あーん。」
と言って、うさぎの形のリンゴをくまの口元にさし出しました。それから、自分の口に持っていきました。めぐの一人ぼっちの短い夕ごはんの時間は終わりました。あした学校に持っていく物をランドセルに入れると、めぐはくまのぬいぐるみに向かって言いました。
「さあ、もう寝ようね。」
 めぐは学校が好きでした。そこでは、みんなのにぎやかな声があって、一人ぼっちになる心配などなかったからです。何よりも、お父さんとお母さんがけんかをするのを見なくてすんだからです。だから、学校にいるときのめぐは、明るくて何の悩みもない女の子に見えました。ただ一つ、友だちがみんな楽しそうに家族の話をしている時だけは、すうっとそこから逃げ出したい気持ちになるのでした。


涙から生まれた妖精


(夜なんてなければいいのに・・・・・・。)
めぐは、くまをだいたまま押し入れの戸を開けたかと思うと、ひょいと足を上げて上の段によじ登りました。そこには布団がしかれ、まくら元には小さなけいこうとうがつるしてありました。壁には、タキシードを着たうさぎと女の子の楽しそうな絵が、一枚だけはってありました。押し入れの中の小さな空間、ここだけが、安心できる、めぐ一人の場所だったのです。ここなら泣きたいだけ泣くこともできました。
 めぐには友だちはたくさんいましたが、本当に何でも話せる友だちはいませんでした。みんなとっても幸せそうに見えたので、うちの暗い話しなどしてはいけないような気がしたのです。たとえ聞かれたって、恥ずかしくて、とても話せることではありませんでした。布団にもぐって明かりを消すと、ツーッと涙がほほをつたってこぼれ落ちました。
(どうしてうちは、愛ちゃんちみたいじゃないんだろう。)
そう考えると、また涙があふれてきました。口びるをキッとかみしめ、しばらく真っ暗な天井を見つめていたら、涙の粒がみるみる大きくふくらんで、ポロンとこぼれ落ちました。
 その瞬間、真っ暗だった押し入れの中に、急にひとすじの光がさしたかと思うと、めぐのまくら元に、すきとおるような水色をした一羽のちょうが舞いおりました。よく見ると、それは水色のドレスを着た小さな王女さまのようでもありました。背中には、天使の羽のようなものまでついています。めぐが驚いて飛び起きると、水色のふしぎな生き物は、フワリとめぐの肩に飛びうつりました。
「ティア・ラ・ティア・ラ・トゥル・ルーン! はじめまして、めぐちゃん。いきなり驚かせちゃって、ごめんなさい。」
めぐは、もっともっと驚きました。だって、見たこともない生き物が、人間の言葉をしゃべったのですから・・・・・・。
「あなたは、だれなの? どうして、わたしの名前を知ってるの?」
「だって、わたしは、あなたがさっき流した大きな涙の粒から生まれたんですもの。」
「ええっ!」
めぐは、自分が夢をみているのではないかと思いました。驚いて目をまん丸くしているめぐを見て、水色の生き物は王女さまのように口元に手をあてて、クスクスッと笑いました。
「わたしはね、涙の国から来た妖精なの。ほら見て、このペンダント。」
そう言って、妖精は自分の胸のペンダントを、めぐの目の前にかざして見せました。小さな小さな妖精の、そのまた小さなペンダントですから、最初めぐが気がつかなかったのも無理はありません。けれども、よく見ると、ペンダントの石は、まるで涙の粒のように水色ににじんで、キラキラと美しく輝いていました。
「これが、さっきのめぐちゃんの涙よ。ねえ、きれいでしょう。涙の国妖精はね、涙の粒のペンダントを一つもらって生まれるの。わたし、こんなにきれいなペンダントをして生まれてこれて、とっても幸せよ。あ、それと、その涙を流してくれためぐちゃんにも会えて、すごくうれしいわ。」
 めぐは、まだ半分、夢をみているような気持ちで妖精の話を聞いていましたが、妖精とおしゃべりしていることが、少しずつ楽しく思えてきました。
「なんだか、ふしぎ。さっきはすごく悲しくて泣いたのに、その涙をこんなに喜んでもらえると、なんだかいいことしたみたい。」
そう言って、めぐもクスッと笑いました。
「そのとおりよ、めぐちゃん。悲しかったり、つらかったりして流す涙って、決してむだにはならないのよ。ほら、こうやって悲しみの涙の粒をのぞくとね、自分だけじゃない、ほかの人の悲しみまでわかるようになるのよ。」
そう言うとすぐ、妖精はペンダントを目の前にかざして、
「ティア・ラ・ティア・ラ・トゥルルル・ルーン!」と、おまじないの言葉をとなえました。
 すると、どうでしょう。めぐの体がフワリと宙に浮き、まるで宇宙飛行士が宇宙遊泳をしているような格好になりました。その時です。
「ゴッン、ドサッ!」
「あ、いたっ!」
めぐの体は押し入れの天井にぶつかって、布団の上に落ちてしまいました。
「あれれっ、しっぱい、しっぱい。おかしいな、ちゃんと教えてもらったのに・・・・・・。」
妖精はしばらく首をかしげていましたが、
「よし、今度こそ。」
と言って、もう一度おまじないの言葉をとなえました。
「ティア・ラ・ティア・ラ・トゥル・ルーン!」
ふたたび、めぐの体が宙に浮きました。今度は成功のようです。
「さあ、涙の国へ向けて、出発よ!」
妖精はすばやく羽を広げて、めぐの手を取りました。その瞬間、二人の姿は、もう押し入れの中から消えていました。


さみしそうなお父さん


 青い海の中を泳いでいるような、それとも青い空をただよっているような、ふしぎな感じにつつまれながら、めぐは水色のゆらめきの中を、妖精にみちびかれるままに飛んでいました。
「さあ、着いたわよ。」
妖精に言われて、めぐはあたりを見回しました。
「あっ、お父さん!」
めぐは思わず、大きな声を出しました。そしてハッとして、口を手で押さえました。
「だいじょうぶ。ここではお父さんには、めぐちゃんの姿は見えないし、声も聞こえないのよ。」
妖精にそう言われて安心したのもつかの間、めぐはもう一人の自分が部屋の向こうに立っているのに気がついて、驚きました。と同時に、もう一人の自分がお父さんに向かって叫びました。
「お父さんなんて大きらい! お父さんなんて、いない方がいい!」
「なんだと、もう一度言ってみろ。」
お父さんは顔を真っ赤にして、思わずこぶしをふり上げましたが、そのまま握りしめたこぶしをふるわせながら、大きな足音をたてて外へ出ていってしまいました。
「わたし、覚えているわ! これと同じことがずっと前にもあったのよ。」
めぐが驚いて言いました。
「そうなのよ、めぐちゃん。わたしたち、その時の時間までさかのぼって、旅してきたの。涙の国ではね、ある人が涙を流した時のできごとが、そのまま残っているのよ。めぐちゃんのお父さん、この後どうしたと思う?」
それは、めぐも知らないことでした。本当のことを言うと、お父さんがどうしたかなど、気にもしていなかったのです。
 気がつくと、めぐと妖精は居酒屋のすみっこに立っていました。すぐ目の前のテーブルには、一人で何かぶつぶつ言いながらお酒を飲んでいる男の人がいました。めぐのお父さんでした。
「だれもおれのことなんて、わかっちゃくれないんだ。」
お父さんの目には、涙がキラリと光っていました。いつもはこわいだけのお父さんの背中が、少し弱々しく見えました。
(お父さんも、本当はさみしいのかな?)
めぐはふと、そんな気がしました。でも、そんな思いを打ち消すように、あわてて首をふりました。
(だめだめ、そんなこと言ったって、お父さんなんか、ぜったいに許さないから!)
そんなめぐの気持ちがわかったように、妖精が声をかけました。
「めぐちゃん、まだ旅の続きがあるのよ。さあ、出発しましょう。」
めぐの体は、たちまちフワリと宙に浮いて、ふたたび水色のゆらめきの中を妖精といっしょに飛んでいました。


昼も夜も働くお母さん


 今度降り立った所は、駅前のお弁当屋さんでした。夜おそくだというのに、まだ何人かの人が、できたてのお弁当を買うために並んでいました。みんなコートのえりを立てて、ポケットに手をつっこんでいます。風が冷たそうです。中ではお店の人が、休むひまもなく働いています。
「あ、お母さんだ!」
めぐは叫びました。めぐのお母さんは、昼間はレストランで働き、夜もまた、お弁当屋さんの仕事をしていました。めぐは、お母さんの働く姿を見るのははじめてでした。
 その日、お店は、夜中までずっとお客さんのとぎれることがありませんでした。
「お母さん、あんなに忙しくてかわいそう。ねえ、わたしも手伝ってきていい?」
めぐが妖精にたずねました。妖精は、しずかに首をふりながら言いました。
「めぐちゃん、今までのできごとを変えることはできないの。変えることができるのは、これから先のことだけよ。」
 お店の時計が十二時を回りました。めぐのお母さんは、急いで帰りの用意をすると、真っ暗な道を白い息をはきながら、夢中で自転車を飛ばしました。めぐと妖精も、あわててその後を追いかけました。家にもどったお母さんは、荷物をおくよりも先に、まっすぐにめぐのまくら元へ行きました。そして長い間、ただじっと、めぐの寝顔を見つめていました。どのくらい時間がたったでしょうか。お母さんは、やがて声にならない声で、めぐにささやきました。
「いつもいつも、悲しい思いばかりさせて、ごめんね。」
お母さんのほほを、ポロポロと涙がこぼれ落ちるのが見えました。
「お母さん、ごめんなさい!」
このようすをずっとそばで見ていためぐは、たまらなくなって言いました。
「わたしのために、毎日こんなにがんばってくれてるのに、わたしったら、自分が世界でいちばん不幸だなんて思ったりして・・・・・・。」
めぐは、今まで氷のように冷たかった自分の心が、じいんとあつくなっていくのを感じました。そして、みるみるうちに、めぐの目にあつい涙がこみ上げてきました。


ピンクのゆらめきの中で


 その瞬間です。めぐの体がフワリと宙に浮いたかと思うと、ふたたび水色のゆらめきの中をただよい始めたのです。ところが今度は、なんだか動きが違います。風船のように、体がどんどん上の方へ押し上げられていくのです。
「妖精さーん、どこー? わたしたち、今度はどこへ行くのー?」
めぐが、宙をくるくる回りながら叫びました。
「ここよー、めぐちろゃーん。上に行くのは、わたしもはじめてなのよー。でも、ほら見て、上を! なんてきれいなんでしょう。」
本当に、そのとおりでした。上の方は、まるで深い海の底から水面を見上げた時のように、光の粒がキラキラとゆらめいていました。
 上に行くにつれて、めぐたちをつつんでいた水色のゆらめきはだんだん赤くなっていき、やがて美しいむらさき色に変わりました。まるでラベンダー畑の中にいるようです。めぐは、だんだん幸せな気持ちになり、バレリーナのようにおどってみたりしました。おどりながらも、めぐの体はどんどん上の方へ上がっていきます。むらさき色のゆらめきは少しずつうすくなっていって、やがてあたりはピンク一色へと変わりました。
「うわあい、れんげ畑よ! わたし、れんげの花で首かざりを作ろうかしら? とってもじょうずなのよ。」
めぐは、友だちが帰った後の春の野原で、いつも日が沈むまで、れんげやしろつめ草で首かざりを作っていたことを思い出しました。
「ねえ妖精さん、いいでしょう? 妖精さんたらー、どこにいるのー?」
めぐがあたりを見回すと、向こうの方で妖精もまた、ドレスのすそをひらひらさせながら、おどっていました。
「めぐちゃん、見て見て、わたしのドレス! ピンクよ! ピンクのドレスになったのよ! どう? この方がにあうでしょう。わたし、一度でいいからピンクのドレスを着てみたかったの。めぐちゃんのおかげだわ。ありがとう!」
妖精はめぐの方にかけよると、めぐの手を取って、くるくる回り始めました。まるで、れんげ畑でダンスをしているように・・・・・・。」
「アハハハハ、キャハハハハ・・・・・・。」
二人はまるで幼なじみの友だちどうしのように、いつまでもいつまでも回りつづけました。


悲しみの涙は愛の涙


 気がつくと、めぐと妖精は、めぐの家の押し入れの中で、ごろりとあお向けに寝そべっていました。妖精の首の回りには、きれいに編まれたれんげの首かざりがかかっています。
「ねえ、めぐちゃん、わたしたち、たくさん、走ったわね。」
フウフウ息をつきながら、妖精が言いました。
「うん、すっごく、きもちよかった。」
めぐと妖精は、顔を見合わせてにっこり笑いました。
「ところで妖精さん、さっき、ドレスがピンク色に変わったのはわたしのおかげ、って言ってたけど、どういうこと?」
「それはね、めぐちゃんが流した、あつい涙のせいなの。」
「えっ、あつい涙?」
「そう、『お母さん、ごめんなさい!』って言った時の、あの涙よ。あの時のめぐちゃんは、どんなふうに感じたの?」
「うーんと・・・・・・、あのね、お母さんはわたしなんかより、ずっと悲しい思いをしているんだな、って思ったの。それなのに、あんなにわたしのためにがんばってくれてる。だからわたしも、もうめそめそなんかしてないで、少しでもお母さんを幸せにしてあげられることをしたいな、って思ったの。」
「そうね。つまり、めぐちゃんは、お母さんの悲しみを知ることによって、愛の力を得たのよ。その時に出た愛の涙のおかげで、わたしのドレスも、ハート色のピンクに変わることができた、ってわけなの。」
「ふうん、愛の涙か・・・・・・。でも、『愛』ってなあに? なんだかむずかしそう。」
「ええ、とってもむずかしいことね。わたしにも、はっきりとはわからないわ。でも、これだけは言えるんじゃないかしら? つまり、自分のことだけを考えている時には、愛の気持ちは生まれてこない、ってこと。めぐちゃんは今、とっても大きな悲しみを背負っているけど、それを悲しみだけに終わらせないでほしいの。めぐちゃんの悲しみの涙は、『ほかの人の悲しみをうつし出す魔法のペンダント』にもなるのよ。それは、神さまがめぐちゃんにくださった、とてもすばらしい宝物でもあるのよ。」
「うーん、なんとなくわかる気もするけど・・・・・・、でもやっぱり、悲しみが宝物だなんて、わたし、いやだな。ねえ、涙の国の妖精さんなら、この世から悲しみの涙を全部なくしてしまうことだってできるんでしょう?」
「めぐちゃん、残念だけど、それはできないわ。悲しみが一つもない世界があったら本当にすばらしいでしょうけど、人間の世界を一度に変えてしまえる、そんな魔法なんて妖精にはないのよ。でも、せめてこう考えてみてはどうかしら? この世に悲しみがあるのは、人間に愛の気持ちを思い出させるため、だって、愛で支え合わなくては、人間は生きていけないもの。心が傷ついている人ほど、大きな愛を感じ取ることができるし、人の心に愛の種をまくこともできるのよ。」
 めぐは、まだよくわからないというような顔で、しばらくじっと考えていましたが、ふいに顔を上げて言いました。
「それじゃあ妖精さん、わたし、違うお願いをしていい? さっきわたしたちは、涙の国を過去にさかのぼって旅したけど、わたし、自分の未来が見たいの。わたしもいつか幸せになれるかどうか知りたいの。ねえ、つれてってくれる?」
「ふーん、こまったわねえ。めぐちゃんのお願いは、いつもむずかしいものばかりだわ。」
そう言って、妖精はしばらく考えこんでいましたが、何かを思いついたようにポンと手をたたいて言いました。
「あっ、そうだ。あれがあるわ!」
そしてどこからか、まるで手品のように、小さなハート形をしたペンダントを取り出しました。
「これはね、涙の国の妖精たちが、愛の涙の粒を集めてその結晶で作った、特別なペンダントなの。これなら未来を見る手助けになるかもしれない、って聞いたことがあるわ。これを、れんげの首かざりのお礼に、めぐちゃんにプレゼントするわね。あ、ただし、これは後で一人になった時に見てね。」
そう言って妖精は、めぐの首にそのペンダントをつけてくれました。
「ありがとう、妖精さん!」
めぐは大喜びでした。そして、ふしぎと急に、心が軽くなっていくのを感じました。まるで水色のゆらめきの中を、上へ上へとのぼった時のように。
「本当にありがとう、妖精さん! なんだかすごく元気が出てきたみたい。わたし、もうだいじょうぶよ。もう泣いたりなんかしないわ。」
めぐは、輝くような笑顔で言いました。
「あら、それはこまったわ! たまには泣いたっていいのよ。でないと、わたしたち妖精の出番がなくなっちゃうわ。」
妖精はいたずらっぽく笑って、めぐにウインクして見せました。めぐもつられてクスッと笑いました。その瞬間です。妖精の姿は、もうどこにも見えなくなっていました。


未来をうつすペンダント


 にぎやかだった押し入れの中が、また元のようにしいんとしずかになりました。でも、めぐは、もうさみしくありませんでした。
(妖精さん、いつかまたね。)
そう心の中でつぶやきながら、めぐは妖精にもらったペンダントの石をそっと手に取って、大事そうにながめました。小さなハート形をしたその石は、ピンク色をしていたかと思うと、またたく間に虹のような七色に変わり、キラキラとまばゆい光を放ちました。石の奥の方では、だれか人の姿が動いているのが見えました。
(きっと未来のわたしだわ。)
めぐはじっと目をこらして、中のようすを見ようとしました。ところが、虹色があまりにもキラキラとゆらめくので、はっきりと中をみることができません。
(あーん、せっかくわたしの未来がわかるところなのに・・・・・・。)
 でも、ふしぎとめぐは、とても安らかな気持ちでいました。フワーッと、思わず大きなあくびまで出てしまいました。きっとこの一晩に起こった、いえ、この何年もの間にあった、いろいろなことの疲れがでたのでしょう。めぐは布団にもぐると、あっという間に深い眠りについてしまいました。
 押し入れの暗がりの中では、ハート形のペンダントだけが、めぐの胸元でキラキラと輝きつづけていました。と、だれも見ていないその時です。突然、石の中に文字のようなものがゆっくりと浮かび上がったのです。それは、こんなふうに読めました。
「き」「ぼ」「う」


いつも「希望」をもって


 それでは、めぐがのぞいた時、ハート形の石の中にうつっていたもの、それはいったい何だったのでしょう? 今、このお話を読んでくださっているあなたにだけ、お教えしましょう。
 それは、二十年後のめぐの姿でした。二十年という長い長い歳月がたってようやく、めぐのお父さんは「アルコール依存症」という、とてもこわい心と体の病気とたたかう決心を、自分でしたのです。そして、めぐは知ったのです。世の中には、同じ病気で苦しんでいる人とその家族がどれほど多いかを。めぐは思いました。やはり、自分一人がつらいのではなかった、と。また、最後まで「希望」を失わないでよかった、とも。
 めぐは、自分が受けたたくさんの悲しみを愛の力に変えて、あるお話を書き始めたのです。今も毎晩、まくらを涙でぬらしているかもしれない、未来ある子どもたちの心にとどけばと・・・・・・。そして、めぐは今、最後の一行を書こうとしていました。
「お・わ・り」





あとがき

 去年の秋、娘の二人目の子供の出産の手伝いに、千葉を訪れたときのことです。帰りぎわ、娘が私に「電車の中で読んでね」と、短い手紙とワープロで打った十一枚の原稿を手渡してくれました。手紙は、子供のころのできごとと二児の母となった今の自分を綴った文面で、その最後には、次のような内容が書き添えられていました。
「この童話は、私が二人の子供のために書きました。童話のテーマにもしましたが、子供時代の悲しい体験は、今は、マイナスではなく、私の生き方の中でプラスの力になっています。だから、罪の意識で、あまり自分を責めたりしないで下さいね。希望を持って、愛の力で生きてください。」
 子供をつらい環境に置いた自分たち、その環境を乗り越え、マイナスをマイナスのままとせず、プラスの力にかえた娘。『涙がくれたおくりもの』と題されたこの童話をひと息に読み終え、自分の生きる力となった「希望」という大きな力を、自分の子供たちに、そして、私たちに伝えようとした娘の思いを、ぜひ、形あるものにしようと、家に帰り、主人と話し合いました。
 とても手におえない問題児になっても仕方がないと思われるような家庭環境の中で、子供でありながら、甘えることも、反抗することもなかった大人のような子供。親を困らせることはなく、むしろ真面目に正しく成長してくれたと、自負していた愚かな私たちでした。子供が暗闇の中でもがいているのに気づかず、酒害によって正しく機能しなくなった家庭の中で、それぞれの心が病気になり、最終的には、社会的信用も友だちも健康も、そして人間性までも喪失してしまう地獄のような状態にまでなりました。しかし、捨てる神あれば拾う神ありで、いろんな人の輪の中で生かされている私たちは、幸運にも救われることができました。
 長年大切にしていた宝物が、傷つき、よごれて価値がなくなっても、修復して磨けば、以前にも増して光り輝くように、人間も無傷で大人になるよりも、傷ついた体験を持つことで、人の痛みも理解できる豊かな人間に生まれ変われるのではないかと思います。
 せっかく救われた生命。生まれ変わって、「生きてきて良かった」という人生にしていきたいと思います。
 『涙がくれたおくりもの』は、主人と私に希望と勇気を与えてくれました。そして、親子の絆という、限りない愛が伝わってきました。
 「子の心 親知らず」で、映代ちゃんから学ばせてもらいました。本当に、ありがとう。
  平成九年四月
上山 香代子

童 話  涙がくれたおくりもの
著 者  横田映代
発行者  上山順二 香代子
制 作  青青編集
イラスト 金子健治
平成九年五月三日 発行



メッセージ:「読者からのおくりもの」(本誌に寄せる想い)

「北日本新聞」平成9年5月10日(木)社会2面に紹介記事が載っています。
Be!48 September 1997(アスク・ヒューマン・ケア発売)に紹介されています。
Be!49 December 1997(アスク・ヒューマン・ケア発売)に紹介されています。
「朝日新聞」平成9年12月26日(金)に紹介記事が載っています。
「読売新聞」平成10年4月12日(日)に紹介記事が載っています。
サケ専門誌「醸界春秋」に横田さんの『大人の飲みもの』という一文が載っています。


 ひ と こ と 


「涙がくれたおくりもの」との出会いと感動
 私は、著者のお父さん、上山氏から印刷の臭いがする1冊の童話の本をいただきました。すぐに手にとって「涙がくれたおくりもの」を読んだときに、涙が出てきて止まりませんでした。たまたま、診察中だったもので、顔のやり場に困ってしまいました。でも、涙は正直で、仕方がないですよね。私が涙したのは、2つの複雑な気持ちを反映した結果だったのです。1つは、めぐのAC体験に共感したからです。もう1つは、毎晩、まくらをぬらした多くの涙を愛の涙に変えることができ、豊かで新しい人生を歩み始めためぐちゃんの存在を本当にうれしく思ったからです。私にとっても、母に対する自分を内観で調べていたときに「お母さん、ごめんなさい!」と思った感覚とよく似ていたことも関係していたのかもしれません。
「涙がくれたおくりもの」が伝えたかったこと
 それにしても、ACという言葉がマイナス・イメージで一般にとらえられているのですが、著者は「涙がくれたおくりもの」で私たちにそうではないことを示してくれています。著者自身も、多分、実際の体験上でプラスに考えや行動を変えることができたときに喜びを感じ、それをこの童話を読んだACの人たちに伝えたかったのでしょうし、ACイコールがマイナスではなくてプラスイメージもあるんだよということを目の前に示したかったのかもしれません。ACをバネにたくましく生きているという見本があるということは、本当にうれしいことです。
ACだってまんざら悪くない
 最近のACブームは目を見張るもので、本屋のコーナーができるのではいう流行ぶりです。そんな中で、ACのマイナス面ばかりに焦点をあてるのにネタがつきたのか、プラス面にも目を向けるようになってきている。ACは、根気があって、忍耐強く、人間関係にとても繊細さを持ち合わせているとも言われています。ビル・クリントンは自分がACであると言っていますが、その彼がアメリカのある月刊誌のインタビューのなかで、ACのサバイバル・スキルは、私にとっての財産であり、母の遺したかけがえのない遺産だと述べています。私は、著者やクリントン大統領のように、ACをプラスに転化することが必要なのでしょうし、それは可能だと最近益々強く思っています。

 ご感想や、著者へのE−Mailがあれば
hy-comp@nsknet.or.jpまでお送り下さい。お待ちしています。
(吉本 記)