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「 春 の 雪 」





住み慣れた田園の道を抜け

いつものように街へのトンネルを下る



僕が稚拙であるがゆえに

僕の心には言葉が軽すぎる憂鬱



重苦しいトンネルの出口が

小さな僕の物思いなどザックリと捨てて



青と白をビッシリと張りつめた山脈の

豊かな両腕が大地を抱きしめている



ああ、春よ

君はこんなにも大きかったか



せせらぎの表面をパチンッと打って

小鳥の情熱的な翼が僕の視線を舞い上がらせる



空の奥行きをグイグイと引っ張っていく

どこまでも、どこまでも、どこまでも



旋回しながらバラバラになる生命の集合体は

より大きな生命体への昇華を目指して踊る



早くもなびきだした鯉のぼり

遙かな地平線まで延びる飛行機雲



ああ、春よ

君はこんなにも広かったか



黒く突き刺さっていく道を

疾走しながら僕は



春の晴れ間の遠くに煙る

冬の名残を懐かしむ



働けど

働けど、働けど

僕の心は

楽にならざり



萌えいずるよりむしろ

諦めることが春の領分であるけれど

それに気づけるくらいなら僕は

ここで明らめていやしない



君を澄まし

僕を済ます



この太陽が止まらないのは

滑り落ちていく春の哀しみ



清々しく覆われていく

不安定な僕の正常



ソレデイイノカモシレナイ

ただ、一緒にいられない時間が長すぎて



桜色の涙を溢れさせないように

卯月のはじめに雪が舞う

これもまた春の顔

雪から変わった雨もまた冷たく



雨漏りは氷雨よりも更に激しく

むしろ春に相応しい連弾



ここはなぜか

ダムの底の匂いがする



水没した桜の古木

凍り付いた時間を慈しむように

ユラユラ、ユラユラと沈む

そう、“ホントの僕はどこにいる?”と



滴り落ちる雨垂れが

不意に右肩を濡らして

半分だけの視界の中から

僕を気がつかせる



僕の中にだけあるものは

いつしか君の中にもあった

僕にしか見えないと思っていたものは

気がつくと君たちの瞳に映っていた



こんなにも悩ましげに

シトシト、シトシト

柔らかく豊かに落ち着きながら

夜の冷気は明日を育む水底



ああ、春よ

君はこんなにも深かったか



僕は生き長らえて

睨み付けるように春を見据えている

命が尽きるものにだけ許された

緩やかな視線を求めながら


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