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「樹になった少女の物語」

Poem by kobashiri




大都会のはずれの

取り残された緑の丘の上

枯れかけた樫の樹が立っている



眩しい陽射しに向かって

涙のように、想いのように

一枚の葉っぱが解き放たれた



それを僕は見つめている

ねじり込まれるような毎日の暮らしの中で

抱きしめるように、ただ見つめている



あの日、少女もまた

この幹を抱きしめながら世界を凝視していた

人間の暮らしを、にらみつけていた



今はもう、一枚の葉っぱ

それは少女が存在した証しのようで

だからこそ



こんなにも儚く

夏熟れる風の中に舞い上がり

汚らしい水たまりに堕ちてきたのだろうか



少女は風車の丘を離れて

この現実世界に迷い込んだ

少年の風を身にまといながら



少女には

何もかもが空虚に見えた

善と悪、美と醜、ホントと嘘・・・



みんな、みんな、獣でしかなかった

心に牙を剥きだしにして、獲物を待っている

そこにはあの頃あの丘で少女を包んでいた

懐かしい風の温もりは感じられなかった

獣か、温もりか

それが大切なことだと、少女は知っている



正義はあっても、温もりがない

美しさはあっても、温もりがない

真実はあっても、温もりがない



みんな、死骸のように

血を滴らせて、腐るのを待っているだけ

いろんな言い訳をしながら、温もりをあきらめているだけ



大都会を華やかに彩る、知性と文化

けれどもそれらは魂の獣と交合して繁殖する

人間の歴史は獣に支配されていることを少女は学んだ



そして、少女は戦った

心を獣から解き放ち、温もりを取り戻そうとして

風の声を聞きながら、風の想いを聞きながら

それが獣になることだと気づきもせずに

それさえも獣の行為だと知ったとき

少女は風も届かぬ大人になった



それからは、空しい言葉のやりとり

温もりの顔をした獣に、無表情な笑顔を向ける毎日

それでも精一杯の優しさや愛情を、彼女は獣の言葉に込めた



何度も、何度もくじけそうになったけれど

風の声に耳を澄ませるかわりに

彼女は書き残した



 言葉は言葉だけでは

 ただ入れ物としての形しか持たない

 そこに何が注ぎ込まれるかによってしか

 その言葉のその時代のその場所のその誰かの

 意味は

 誰の心に浸潤することもできない

 言葉は入れ物でしかないのだから

 意味は

 その言葉がその時代のその場所のその誰かに

 注ぎ込まれることでようやく浸潤できる

 そして生命も言葉と同じ入れ物だと

 わたしは気がついた



 わたしはわたしという

 この性状や言動の性癖の殻に

 閉じこめられている、と思っていた

 殻の奥に

 わたしであるはずの核心が

 わたしという比較の中で幽閉されてる、と



 だけど、それは違ってた

 たとえ風の歌は聞こえなくなっても

 わたしはわたし自身に、歌を注ぎ込まなければ



 今、この瞬間にも

 この生命は、誰かが創ったのではなく

 わたしの生命も人生も、わたしが生み出している



彼女は自分という入れ物に温もりを注ぎ込むように

他のあらゆる生命の入れ物にも温もりを注ぎ込みつづけた

決して獣ではない、温もりだけの想いを



けれども彼女の温もりは、大都会の欲望に引きちぎられてしまう

傷つき打ちのめされて、アスファルトの道を裸足で走りだしたとき

彼女の目に突然、緑なす丘の景色が飛び込んできた



大都会のはずれの

取り残された緑の丘の上

枯れかけた樫の樹が立っている



彼女は樹の根っこを見つめ

それから幹づたいに視線を枝先まで持っていった

両手を背中に組んで、右のつま先を立てて

それは彼女が少女の頃に少年の隣で

空を見上げるときのお決まりのポーズ

枝の先には久しぶりにあの頃の空がある



そして少女に戻った彼女は

手のひらで幹に触れ、頬をすり寄せ

両手で幹を抱きしめると、全身を樹に預けた



すると、懐かしいあの声が聞こえた

微かな微かな風に込められた少年の想い

枯れかけた樫の豊かな梢のアンテナは

微かな風の一筋をザワザワと増幅し

彼女の体全体に少年の温もりを伝えた

風車になった少年の生命を込めた温もり



世界中で、きっと他にもこうやって

温もりを交わしあっている生命たちがいて

そうして、あふれかえる獣たちを包み込みながら

きっと温もりがこの世界を覆い尽くす日が来る

傷つき打ちのめされてたどり着いたこの丘で

彼女は全ての行く末を信じることができた



彼女は少女の頃の笑顔を浮かべると

ワクワクと体全体をときめかせていた

あまりに痛めつけられた彼女の体と心は

今は静かに終わろうとしていたけれど

幹をギュッと抱きしめた彼女の魂は

豊かに枝を茂らせ深々と根を張り



世界の真ん中に立つ大樹の新しい息吹になった



枯れかけた樫の樹の豊かな枝の茂りは

世界中の風をいっぱいにはらんで

やがて、一葉の新芽をつけた



彼女の魂の最期の想いが

双葉を風に向かって解き放った

クルクルと風に舞うひとひらの生命は

微かな風の一筋一筋を身にまといながら

風車の丘を目指して、旅立っていった

枯れかけた樫の樹を置き去りにして



消えゆく生命の微かな鼓動の中で

彼女は解き放たれて舞い上がる少年の翼を

そしてそれを眩しげに見上げる新たな生命の躍動を

誇らしげに見つめていた

偉大な作曲家は言う、“我が恋に終わりなきが如く・・・”

彼女は大好きなこのフレーズをつぶやいて微笑んでいた



それから、こう言い残して、静かに目を閉じた



ひとつだけ 残ればいい

たった ひとつだけ

わたしは それでいいのです。










comment


「樹になった少女の物語」


この詩は、実は以前に書いた詩の中に挿入されている

童話の続きになっています。興味ある方は、私の詩集

の中の「君の歌と僕の風車」を読んでいただくと、少

しだけわかりやすくなると思います。ただ、詩の内容

は単なる“続き”ではなくて、最近感じていることを

いろいろと盛り込みました。どこか一部でも、何かを

感じてもらえれば、いいなぁ。




Poem & comment by Kobashiri


EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/



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