ヴェスタリオミア物語 第1章 エスタミス(9)

前回までのお話
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それから一週間が過ぎた。エミィはモス・アレス老の家とランテルス教授の家に

一日おきに泊まり込んで生活するようになっていた。教授の家はエスタミス市街

にあり、エミィがエスタミスの街を見て回るのには、教授の家に泊まり込んだ方

が便利だったのである。
 
 
 
 

一週間とは言っても、ヴェスタリオミアでは十三日を一週としていた。しかも、

一日がおよそ六十九時間であるから、地球圏の感覚で言うと三十七日、すなわち

一ヶ月強に相当する時間である。ちなみに、一年は千九十二日であり、それが十

二ヶ月に分けられていたので、一ヶ月は九十一日、七週間である。つまり、この

星での一年は、地球圏ではほぼ九年に相当する時間になる。何故そのような暦に

なったのか質問したエミィに、ランテルス教授は、「その辺がちょうどええんや

から、しゃあないわい。」と答えている。
 
 
 
 

エスタミスのランテルス教授の家で、エミィはこの星の文化や歴史、そして何よ

りも言葉を学んだ。それで、この一週間で日常会話程度なら何とか話せるように

なっていたのだが、幸い相手の言うことは全て理解できるため、少しくらいの込

み入った会話であっても、それで十分だった。発音については、独特の音の反響

を出すのに相当苦労したが、ランテルス家でのエミィの教育係を自認する長女の

レジアによれば、「まあ、父さんよりはマシになったよね。」というところまで

上達していた。
 
 
 
 

今日もランテルス家の居間の隣の教授の書斎を使って、レジアの講義が始まって

いた。机に向かって座っているエミィの右横に立って、レジアが話し始める。
 
 
 
 

「いいですか、まずは昨日の復習からです。ヴェスタリオミアの種族構成につい

 て説明しなさい。」
 
 
 
 

レジアは胸を反り返らせて、もったいつけるような、おどけた言い方をする。そ

れで、ついついエミィは笑ってしまいながら、一言一言確かめるように答えた。
 
 
 
 

「はい、先生。ヴェスタリオミアには、ヴェスタリオ、アルティメナ、アルティ

 メアの三つの・・・種族がいます。ヴェスタリオ人はおよそ・・・十億人。え

 えと・・・陸の奥の方に多いです。羽も・・・鰓、もないですけど、とっても

 力持ちです。アルティメナ人は・・・二億人くらいいて、陸地の海・・・じゃ

 なくて、水域に沿ってと、えっと、メアラス?に多いです。アルティメア人は

 昔の・・・っていうか、古い国の生き残りで、モス様だけが認められていて、

 でも他にもいます。アルティメンとか。あ、それから、アルティメナ人には羽

 と・・・鰓、があります。で、アルティメア人は、他の二つの・・・種族の、

 と・・・特徴、を・・・両方持ってます。」
 
 
 
 

これだけのことを話しただけで、エミィは疲れきってしまう。「ハァ〜」っと息

を吐き出しながら、エミィは上目遣いにレジアを見上げた。
 
 
 
 

「上出来だよ、エミィ。八十点だな。じゃあ、次いくよ。」
 
 
 
 

レジアはエミィの肩をポンッと叩いて、容赦なく続ける。エミィと同い年のレジ

アは、普段は素っ気ない話し方の中にも細やかな心遣いをする少女だったが、講

義のときだけは、エミィにとって厳しい先生に変身した。
 
 
 
 

「一日の時間の流れとヴェスタリオミアの人間の成長・寿命について、地球圏の

 場合と比較して説明しなさい。」
 
 
 
 

「ううう、レジアの鬼ぃ・・・。」
 
 
 
 

「つべこべ言わないの。早くしないと、遊びに行く時間なくなっちゃうよ?」
 
 
 
 

「は〜い。えっと、ヴェスタリオミアの一日は、およそ・・・六十九時間です。

 それで、・・・二十・・・三時間ずつ、三つの・・・刻間?に分けられていま

 す。早い時間から、ファラ、ステナ、エストの・・・刻間です。ステナが昼間

 で、エストが夕方から夜、ファラは・・・半分夜で、半分朝です。」
 
 
 
 

「うん。それで?」
 
 
 
 

「で、それぞれ・・・刻間は、その中で三つに分けられて、それぞれ・・・刻間

 の中に休んだり・・・働いたりする時間があります。ヴェスタリオミアの人は

 エストの半分くらいを寝ますけど、あたしはそれぞれ・・・刻間の中で・・・

 何時間か寝ないと、体が・・・もちません。」
 
 
 
 

「そうだね、ホント、エミィはよく寝るよ。たぶん、代謝の仕方とかが違うんだ

 ね、うちらとは。」
 
 
 
 

「あ、レジア、また“うち”って言った。」
 
 
 
 

「ぐっ。うっさいなぁ。小さい頃の癖が抜けないんだってば。父さんの方の田舎

 で育ったからなぁ・・・。馬鹿にされるんだよね、“うち”って言うと。」
 
 
 
 

レジアは、どうでもいいことだというように素っ気なく言ったが、エミィにはそ

んなレジアが微笑ましかった。
 
 
 
 

「でも、ホントは、レジアは好きなんだよね、サニーの・・・田舎なまり。あた

 しも好きよ、暖かくて、元気よくて。」
 
 
 
 

するとレジアは、真っ赤に頬を染めて目だけをそらした。それから、開き直った

ようにぶっきらぼうな声を出す。
 
 
 
 

「まあね。でもさ、エミィ、あんたその“サニー”ってやめな。すっごい恥ずか

 しいから。」
 
 
 
 

「だって、教授が喜ぶんだもん。」
 
 
 
 

「あんたがそうやって甘やかすから、最近父さん、大学でもはしゃいでるって噂

 なんだよ?ダメだって、調子に乗りやすいんだからさ。」
 
 
 
 

「は〜い、先生。」
 
 
 
 

「で?成長と寿命は?」
 
 
 
 

「あ、やっぱり覚えてたか・・・。ええと、この星の人の・・・寿命は、七十歳

 くらいです。でも、地球・・・圏の人で言うと、・・・六百歳くらいになりま

 す。ただ、・・・成長の・・・速さが違っているので、そのまま・・・比べる

 ことはできないと・・・思います。」
 
 
 
 

エミィは答えに自信がなくて、少しうつむいた。レジアは腕組みをすると、努め

て明るい声で話す。
 
 
 
 

「いいよ、及第点ってとこだね。“あたし”は十七歳だから、エミィのとこで言

 うと百五十歳くらいになっちゃうんだろうけど、そんなバア様じゃないしね。

 たぶん、同い年くらいだよ。」
 
 
 
 

「うん。レジアが・・・三十歳になる頃には、あたしは・・・シワシワの・・・

 お婆ちゃんになってて、もしかしたら生きてないかもしれないよね・・・。で

 もね、あたし、この星の・・・時間と、その中で生きてる人たちが好きだよ。

 なんか、とってもゆっくりと、大切に時間を生きてる気がする。」
 
 
 
 

しみじみと言いながら、とりあえず及第点をもらえて、エミィはホッと胸をなで

下ろした。なにしろ落第点の場合には、ランテルス家の地下にある書庫に連れて

いかれて、その問題に関連する本を読まされるのである。その辺り、レジアは全

く容赦がない。「あんたのため、なんだからね。」と言われると、文句を言うこ

ともできない。
 
 
 
 

会話ができるようになったといっても、本を読むことや文字を書くことは、まだ

ほとんどできなかった。だから、本を読むとなると、子供用の辞書を片手にしな

がら、非常に苦労しなければならない。酷いときは、一つの刻間で一行しか進ま

ないことさえあった。
 
 
 
 

ランテルス家の書庫は、話によるとこの星の上でも有数の蔵書数を誇っていて、

どんな本でも見つけることができたし、教授の妻のシシアが毎日きちんと整理し

ていたので、どの本がどこにあるのか探すのも楽だった。
 
 
 
 

エミィは本を読むのが大好きで、第七ムーンベースにいた頃から、データバンク

に収められている文章をわざわざ自分で製本して読んだりしていた。本の持つあ

の、独特の雰囲気や手触りや活字が心地よかった。だから、ランテルス家にいる

間でもエミィは、二つの刻間中書庫に閉じこもって本に埋もれていたりすること

もあったのだが、遊びに行く時間を削ってまで書庫に閉じこめられるのは、我慢

できなかった。エミィにとっては本と過ごす時間も大切だったけれど、実際に街

に出ていろいろなものを見て回るのは、それ以上に胸のときめくことだった。
 
 
 
 

今日もこれから、レジアやレジアの妹のカティナと一緒に、大石柱を見に行く予

定だったのである。
 
 
 
 

レジアにしてみれば、エミィが自分たちよりも短命な生物であることは、大きな

衝撃だった。あと十年もすれば死んでしまうかもしれない。そのことについては

初めてエミィがこの家に来た日から話し合っていたし、エミィと一緒に一刻間中

泣き通したりもしたので、今さら何も言うことはなかった。事実は受け止めなけ

ればならない。
 
 
 
 

しかし、エミィのこれからの短い人生の中で(とはいっても、地球圏での時間感

覚で言えば百年弱にはなるが)、伝えられることは全て伝えておきたい。レジア

はそれを、自分の使命のように感じてさえいたのである。だから、一生懸命学習

スケジュールを組み、時には厳しく教えた。
 
 
 
 

「さて、それじゃ、もう一問だけいこうか。」
 
 
 
 

サラリとそう言うレジアに、エミィは精一杯の抗議の眼差しを向ける。ぷうっと

頬を膨らませて拗ねてみせるエミィに、レジアはやれやれという表情をした。
 
 
 
 

「エミィ、大石柱はどこにも逃げないよ。それより、昨日教えたこの星の地理や

 政治情勢、種族間の問題なんかは、ちゃんと理解しておかないと困ることにな

 るんだ。大石柱だって、アルティメア教を理解してなけりゃ、ただのでっかい

 石の柱だしさ・・・」
 
 
 
 

そのとき、ドアをバンッと乱暴に開けて、カティナが飛び込んできた。
 
 
 
 

「お姉ちゃん、エミィ、早く行こうよっ!ステナの刻間になっちゃうじゃない!

 母さん、もうお弁当作ってくれたんだからさぁ。」
 
 
 
 

レジアとカティナの姉妹は、実は種族が違っている。両親のランテルス夫妻は、

教授の方がヴェスタリオ人、妻のシシアがアルティメナ人だった。両種族が結婚

した場合、生まれてくる子供はたいてい、父方の種族に一致した種族になる。と

ころがランテルス家では、レジアがアルティメナ人で、カティナがヴェスタリオ

人だった。
 
 
 
 

このような例は非常に珍しく、それだからこそ余計に、レジアはこの二つ年下の

妹を大切にしていた。カティナの方も、そういうレジアを信頼していたが、時に

はそれに甘えてわがままになることもあった。
 
 
 
 

エミィにとってもカティナは可愛い妹分で、この時のエミィにはまさしく救世主

のようなものだった。エミィは勢いよく椅子から立ち上がると、レジアにニコッ

と微笑んでから、カティナの手を取って嬉しそうに声を挙げた。
 
 
 
 

「よしっ、行こう!こんなにいい天気なんだし、お弁当もせっかく作ってもらっ

 たんだしね。大石柱があたしたちを呼んでるわっ!」
 
 
 
 

それから、少し声のトーンを落として、エミィはレジアに向かって申し訳なさそ

うに頭を下げる。
 
 
 
 

「ごめんね、レジア。帰ってきたら、続きは必ずやるから・・・。」
 
 
 
 

こうなると二対一、レジアも諦めるしかなかった。ホントにもう、エミィったら

うちの気も知らないで・・・。降参、というように両手で両側の耳の後ろを押さ

えながら、渋々レジアは言った。
 
 
 
 

「しょうがないなぁ。まあ、実際に見ることも大事だしね。エミィ、この続きは

 大石柱を見ながらやるからね。その方が、あんたもよく覚えるだろ?」
 
 
 
 

「へ〜い、先生。感謝っ!」
 
 
 
 

エミィはおどけたように言うと、リーナのマネをしてレジアの左頬にキスをして

から、カティナと一緒に部屋を駆け出していく。
 
 
 
 

そんな二人をレジアは呆然と見送ってしまう。エミィにキスされたことが、信じ

られなかったのだ。なにしろそれは、古代王家の人間だけに見られた、挨拶の習

慣だったのである。何でエミィがこんなことを知ってるんだ?偶然エミィの星で

もそういう習慣があるんだろうか・・・。
 
 
 
 

しばらくレジアはそのままボーっとしていたが、「お姉ちゃ〜ん、何してんの?

早くぅ!」というカティナの呼ぶ声に、ハッと我に返った。
 
 
 
 

「わかってる、今行くよっ!」
 
 
 
 

レジアはそう叫ぶと、左手に持っていた紙切れをクシャッと握りつぶして、腰の

ポケットに突っ込んでから、部屋を出て玄関に向かった。その紙切れは、エミィ

のために昨日徹夜で作った、新しい学習スケジュール表だった。
 
 

作・ 小走り
EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/




 

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