前回までのお話
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ヴェスタリオミア物語 Interlude 

"Searchin' for my LOVE"(2)

 
 
 
 
 

その時、「ノア2」の艦内を歓声の波が走り抜けた。艦尾機関部の外れにある銀

河系外観測室の、出口付近に陣取っていた艦内報道部メンバーの拍手で始まった

その波は、各ブロックを連結するパイプラインに沿って艦首に向かい、切れた外

部照明を取り替える作業をしていた生活班スタッフの船外活動用スーツのマイク

で折り返して、30分後には再び観測室にいるアリムとテリーに押し寄せて来た

のである。
 
 
 
 

受信することができた「ノア」からの(正確には脱出用シャトルからの)信号は

とても微弱で、アリム自身、自分の名を呼んだあの“声”を聞いていなければ、

誤差範囲のノイズだと判断してしまいかねないほどだった。
 
 
 
 

それでも、テリーは自信満々で、躊躇しているアリムには構いもせず、さっさと

一人でデータの解析を進めていく。
 
 
 
 

すると、解析すればするほどその信号は、悲観的な内容のものであることがわか

ってきた。そして30分後、歓声とともに笑顔で飛び込んできた乗組員達に向か

って、アリムとテリーは厳しい表情を向けざるを得なかった。
 
 
 
 

なにしろ、「ノア」は予想通り、乗組員達とともに砕け散ってしまったことが確

認されたのである。唯一の希望は、たった一人ではあるけれど生存者がいて、未

知の惑星に不時着できたということだった。ところが、その生存者が誰であり、

健康状態がどの程度なのか、そういった情報については、ノイズが激しくて読み

取ることができなかった。
 
 
 
 

しかし、アリムには確信があった。エミィだ。エミィが生きてる。僕が助けに来

るのを、たった一人で待っている・・・。両親が死んでしまったことは、もちろ

んショックではあったけれど、どこかまだ現実感がなかった。それだけにエミィ

が生きているということが、ただひとつの現実であるようにアリムには感じられ

ていた。
 
 

「まあ、なんだな。」
 
 

詰めかけた乗組員の先頭にいたコールマン機関部主任が、大袈裟な明るい声で重

苦しくなりかけた雰囲気を振り払った。
 
 

「とにかく、お祝いだ。なにはともあれ、祝杯を挙げようじゃないか!」
 
 

「そうだ、祝杯だ!」
 
 
 
 

一斉に乗組員達が歓声を上げる。それを見て、テリーが眉をつり上げながら、金

切り声で怒鳴った。
 
 

「あ、あんたら、あたしの言ったこと聞いてなかったのか!?脱出できたのは一

 人だけで、あとはみんな死んじゃったんだよ!?その生き残った一人だって、

 未知の惑星で死にかけてるかもしれないんだ!一刻も早く・・・」
 
 
 
 

すると、テリーの声を遮るように、モリヤ・サノ食料生産区管理部長が群衆の中

から歩み出て、テリーの肩に手を乗せ、ジッと彼女の目を見据えた。サノの方が

ずいぶん背が低かったので、その姿は何となく、テリーの肩からぶら下がってい

るようにも見えた。
 
 

「なぁ、テリー。お前さんの気持ちはわかる。わしらだって、状況が厳しいこと

 はよぉくわかっとるよ。たくさんの仲間が死んだ。しかし、じゃ。」
 
 
 
 

サノは後ろにいる乗組員達を振り返って、それから話を続ける。
 
 

「大宇宙を航海する旅は、恐ろしく単調で退屈なものだ。もちろん、危険はいっ

 ぱいさ。秒速数百kmで飛んでくる宇宙塵がぶつかれば、いくら小惑星をくり

 貫いて作ったこの船だって、致命的なダメージを受けるかもしれない。わずか

 数cmの塵を監視する仕事なんかは、お前さんとアリムがやった今回の観測に

 負けず劣らず、緊張が続く作業だ。それでも、その作業が毎日毎日同じように

 何百日も続いてごらん。緊張感にも慣れ、この世で最も恐ろしい、あの退屈と

 いう怪物に襲われることになる。」
 
 

「そ、それとこれとどういう関係が・・・」
 
 

「つまりじゃな、みんな発散したいんじゃよ、どうにかして。おまけにここ1ヶ

 月というものは、ずうっと重苦しい空気だったからなぁ。先週、わしのところ

 に食事療法を受けに来た乗組員は、いつもの週の3倍じゃった。それだけみん

 な、精神が疲れ切っているんじゃ。」
 
 

「だ、だけど・・・」
 
 

「わしらはみんな、実際のところ、一人も生き残ったものはいないと、諦めかけ

 ていた。それが、たった一人とはいえ、生存者がいるという。これは喜ぶべき

 ことじゃないかね?」
 
 

「・・・。」
 
 

「・・・テリー、たまにはわしにも、上手い酒を飲ませておくれ。」
 
 
 
 

そのやりとりを黙って見ていたアリムは、何かを思い切るように、軽く目を閉じ

る。それから、再び目を開けると、静かに微笑んでテリーに話しかけた。
 
 
 
 

「テリー、ありがとう。でも、コック長の言うとおりだ。お祝いしよう。それに

 さ、すぐに救出に向かいたくても、波動転換炉はもう限界なんだ。少なくとも

 整備に2日はかかってしまう。」
 
 

「アリム・・・」
 
 
 
 

テリーは泣きそうな声を出す。そんな彼女を抱きしめてしまいそうになる自分に

気が付いて、アリムは心臓の鼓動が速くなるのを感じた。予想もしなかった自分

の気持ちに驚きながらも、アリムは心の揺れを押さえつけるように、握り拳に力

を込める。
 
 

「大丈夫。エミ・・・いや、助かった乗組員は、きっと頑張って生きていてくれ

 る。そう信じていようよ、テリー。」
 
 

「よし、決まりだ。祝宴だ!」
 
 

「おお!よっしゃあ、とっておきの2213年「静かの海」産の赤ワインを開け

 るぜっ!」
 
 

「コック長、特製きのこシチュー、たのんまっせぇ〜!」
 
 

「ああ、まかせとけぃ!」
 
 
 
 

乗組員達は口々に何かを叫びながら、波が退くように艦内に散っていった。サノ

もコールマンも、笑顔を浮かべながら去っていく。
 
 

「なんだよ、みんな・・・。なんか、おかしいよ・・・。」
 
 

テリーが小さな声で絞り出すように呟いた。アリムは大きく息を吐き出すと、肩

をすくめながらうつむいて言う。
 
 
 
 

「セーラーマン・シンドロームさ。長い間、宇宙を航海してると、乗組員達はよ

 く、ああいう精神状態になるんだよ。学校で習わなかった?」
 
 

「あたし、学校に参加しなかったからね・・・。」
 
 

「ああ、そうだったっけ、ごめん。」
 
 

「いいよ、さぼって遊んでたあたしが悪いんだ。・・・それより、さっさとデー

 タの処理を終わらせよう。もう、体力が限界・・・。」
 
 

「うん・・・。」
 
 
 
 

二人きり取り残されたアリムとテリーは、黙々とデータ処理を続けた。全方位・

全座標検索装置のモニター画面には、検出された微弱な信号が、ユラユラと揺ら

めきながら、何かを訴えかけているようだったが、それを見つめているのはシン

と静まり返った、観測室の空間だけだった。
 
 
 
 
 
 
 
 

翌日、食料生産区のラウンジでパーティーが開かれた。さすがにアリムを初めと

して家族を失った者に配慮したのか、はしゃいだ雰囲気は少なかったが、それで

もあちこちでアルコール炭酸飲料をかけ合う姿が見受けられた。
 
 
 
 

「ちぇっ、ここが重力区域でよかったよね。あんなのがプカプカ浮かんで流れて

 きて体にかかったら、ベタベタになっちまう・・・!」
 
 

テリーがどこから持ってきたのか、純米醸造酒の瓶を片手に抱えながら、ブツブ

ツと文句を言っている。
 
 
 
 

この「ノア2」がいくら巨大でも、人間の生活に必要な1G近い重力を発生させ

られるわけもなく、人工重力区域は中央制御室や機関部、食料生産区の一部分に

限られていた。もっとも、この広い艦内をパイプラインに沿って移動するには、

逆に無重力状態の方が都合が良かったのであるが、しかしパーティーなどを行う

場合は人工重力区域を使わざるを得なかった。
 
 
 
 

ほろ酔い加減でブツブツ言っているテリーを、アリムは苦笑しながら見つめてい

た。やっぱりテリーも、発散したかったんだろうな。もともと遊び好きなのに、

長い間、窮屈な生活に耐えてきたんだし・・・。
 
 
 
 

頬や胸元を桜色に染めているテリーはとても魅力的で、アリムは彼女に対して普

段感じていなかった女性としての香りを感じて、ドキドキしていた。しかし、そ

んな気持ちを振り払うように、アリムは天井を仰ぎ見る。僕は、何を考えてるん

だろう・・・。僕にはエミィがいるのに。僕も、セーラーマン・シンドロームに

やられかけてるんだろうか・・・。
 
 
 
 

その時、艦長のジェフリーが近づいてきて、アリムに声をかける。
 
 

「アリム、大丈夫か?・・・私も涙を見られたくないときは、天井を見上げたり

 してごまかすことがあるよ。お互い・・・辛いな。こういう馬鹿騒ぎは早めに

 切り上げたいが、そういうわけにもいかない・・・。」
 
 

「はぁ・・・。」
 
 

「まあ、気を取り直して、コック長の特製シチューをもう一杯どうかね?今日の

 シチューはまた、格別の出来だよ。」
 
 

「あ、いえ。先ほどたっぷりいただきましたので。艦長は心ゆくまで堪能して下

 さい。滅多に食べられないんですから。」
 
 

「うん?そうかね・・・。では私だけでも、もう一杯もらうかな・・・。美味い

 んだよなぁ・・・。」
 
 
 
 

ジェフリーはそう言いながら、サノのいる厨房へ歩き去っていった。艦長は、有

能で素晴らしい上官なんだけど、時々どこかがズレてるんだよなぁ・・・。思わ

ずアリムは苦笑してしまう。
 
 
 
 

少し遠くのテーブルでは、研究成果の発表合戦が始まっていた。なにしろ長くて

退屈な航海である。乗組員はそれぞれ、独自の研究テーマを持って、趣味の範囲

以上に成果を上げていた。絵画や詩もあれば、音楽の演奏や今では見られなくな

った武術の型の披露、歴史に関する真剣な討論や理論物理学の講義など、次々に

繰り広げられる楽しいパフォーマンスに、アリムもテリーもだんだん引き込まれ

て、いつの間にか笑顔になっていた。
 
 

「わあ、アリム。ご機嫌ね、あなたの笑ってる顔は、久しぶりに見るよ。」
 
 
 
 

そう言って、今度は科学研究調査班主任のタラ・ロックフィールドがアリムの肩

を叩く。傍らには、副主任のオルガ・ロマヤノフスキがニコニコしながら立って

いる。
 
 

「私たちの研究成果も、ご披露しようかしらね。」
 
 
 
 

その一言に、アリムはギクッとした。テリーなどは既に逃げ腰で、避難の準備を

している。恐る恐る、アリムが口を開いた。
 
 

「ロックフィールド中尉、まさかまた、この前みたいに全艦を停電させるような

 ものでは・・・。」
 
 

「まさかぁ。大丈夫よ、今回は。だって、科学研究の成果ではないもの。」
 
 

「え?」
 
 

「私たち、最近、20世紀末の日本語を研究してるの。」
 
 

「に、日本語・・・?」
 
 

「さあ、オルガ。ご披露してあげて。」
 
 

「はい、主任!」
 
 

ロマヤノフスキ副主任はニカッと笑うと、話し始める。
 
 

「20世紀末の日本に、前副(まえぞえ)さんという方がおりまして。」
 
 

「はぁ・・・。」
 
 

「彼は仕事がよくできるので、めでたく社長に就任しました。」
 
 

「・・・。」
 
 

「つまり、前副(まえぞえ)社長。」
 
 

「・・・?」
 
 

「彼は社長になる前は、副社長だったので。」
 
 

「・・・??」
 
 

「肩書きは、前の副社長とも言えるわけです。」
 
 

「はぁ・・・。」
 
 

「前副前副社長。」
 
 

「・・・???」
 
 

アリムとテリーが絶句していると、ロックフィールドが最大級の笑顔で誇らしげ

に言った。
 
 

「ね、面白いでしょう?」
 
 

「・・・はぁ。まあ、その・・・。」
 
 
 
 

こんな調子で、それからも延々とパーティーは続いていく。テリーはそれなりに

楽しんでいたけれど、アリムの方はだんだんに疲れて、空しさを覚えていった。

そしてふと、一人になりたくなって、アリムは廊下に出る。ラウンジの中に比べ

て、廊下は肌寒かった。
 
 
 
 

この廊下はラウンジのそばなので、まだ重力の影響はあったけれど、軽く床を蹴

ると体を浮かせることができる。アリムはフワッと漂いながら、窓の外の宇宙空

間を見つめた。
 
 
 
 

広大な真空の闇。その中で、鮮やかに、そして儚く、色とりどりの輝きが自分の

命の価値を主張している。あのひとつひとつに、数え切れないドラマが内包され

たまま、ある一瞬に弾けて消える。この船だって、そうなんだ。・・・だけど、

僕は今、生きている。エミィもまた、あの輝きのひとつの上で、一生懸命生きて

いるに違いない。アリムはそれまで感じなかった「熱」を、星々や銀河の光に感

じていた。
 
 
 
 

赤い花が咲いたよ。

小さく密やかな花。

この花は、

あまりに微かで、

目を閉じなきゃ見えない・・・。
 
 
 
 

ふと気づくと、そんな歌が聞こえてきた。地球圏を出航する頃に流行っていた、

なんということのないラブ・ソングだったけれど、やや不安定ながらも素朴な音

色のソプラノに乗って流れてきたその歌は、不思議なほど柔らかに、アリムの心

の奥の方にまで滑り込んでくる。
 
 
 
 

一瞬の間があって、ソプラノの声の主が顔を見せる。それは、テリーだった。
 
 

「ああ、アリム、こんなとこにいた。」
 
 

そう言って微笑んだ彼女の顔は、船外照明から射し込んでくる微かな光に照らさ

れて、優しい輝きを見せていた。その笑顔に、アリムは何故か、胸が熱くなるの

を感じていた。ただ純粋に、テリーの笑顔は綺麗だと、アリムは思った。
 
 



作・ 小走り
EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/




 

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