前回までのお話
P.202

ヴェスタリオミア物語 Interlude 

"Searchin' for my LOVE"(3)

 
 
 
 
 

それからの2日間は、瞬く間に過ぎていった。アリムは波動転換炉の整備にかか

り切りで、テリーと顔を合わせることもなかった。
 
 
 
 

あのパーティーの時、廊下で感じたテリーへの想いが、果たしてどういうものな

のか、アリムにはよくわからなかった。好意、であることは間違いなかったし、

ただの友達に対するそれとも、違っていることは事実だった。
 
 
 
 

けれども、今のアリムにはその気持ちを、これ以上どうすることもできない。彼

にとってエミィが他の誰とも違う、特別な存在であることは変わらなかったし、

今はそのエミィを一刻も早く助けに行く、そのことだけで精一杯であった。だか

らアリムは、テリーに対する気持ちを今はそのまま放り出して、仕事に没頭する

ことにしたのである。
 
 

「アリム、悪いけど、先に休憩させてもらうよ。」
 
 

疲れ切った声で、コールマン主任が言う。彼もアリムと同じく、この2日間は不

眠不休で働いていた。普段は陽気な彼も、この2日間、自分の担当の作業をこな

した上に、個性派揃いの機関部スタッフの意見の食い違いを調整するという難事

業に、幾度となく果敢に挑戦し続け、精も根も尽きていたのだ。
 
 
 
 

個性派揃いとは言っても、長い間この機関部で共に働いてきたスタッフ同士であ

る。お互いに相手の技量を認めあっていたし、たいていのことでは意見の対立な

ど、ほとんど起こらなかった。しかし今回だけは、一触即発と形容できるくらい

険悪な雰囲気が、機関部を支配していた。それほどに、波動転換炉は深刻なダメ

ージを受けていたのである。
 
 
 
 

アリムにしてみれば、次から次へと仕事が雪崩れ込んできて、余計なことを考え

る暇がないことは、ありがたかったとも言える。けれども、他のスタッフにとっ

てはただ殺人的に忙しいだけで、溜まる一方のストレスのしわ寄せは、全部コー

ルマンに回って来ることになった。それでも文句ひとつ言わずに働く彼の姿をそ

ばで見ていたアリムは、尊敬のこもった声で応えた。
 
 
 
 

「主任、あとは引き受けますから、心配しないで休んで下さい。もし主任が倒れ

 でもしたら、代わりになれる人なんていないんですから。」
 
 

「ああ、そうだな。じゃあ、頼んだよ。・・・なんだか、この前と反対の立場に

 なっちまったなぁ。あの時は、俺の方が元気づけるようなこと、お前に言った

 のにな・・・。」
 
 

やや自嘲気味にそう言うと、コールマンは向こう側の通路の奥の方にある仮眠室

に入っていった。
 
 
 
 

気が付いてみると、この時間、機関室にいるのはアリムひとりになっていた。他

のスタッフは、艦内中に散らばって、微調整作業をしていたのである。ひとりき

りで見上げる波動転換炉は、いつにも増して巨大な威圧感に満ちていた。
 
 
 
 

波動転換炉の低いうなり声に包まれていると、思い出の小箱の中に入ってしまっ

たような感覚に襲われる。波動転換炉、こいつには、父さんや母さん、それから

エミィやエミィの両親、他にもたくさんの仲間たちの思い出が詰まっている。汗

や涙、笑顔や息づかい、失敗して喧嘩したり、上手くいって馬鹿騒ぎしたり、そ

んなひとつひとつの出来事の全てが暖かく、胸を締め付けてくる。この波動転換

炉には、ノア計画に携わった全ての人々の人生が、詰まっているのである。
 
 
 
 

小さい頃、アリムとエミィにとって波動転換炉の臨界試験場は、遊び場のひとつ

だった。もちろん危険区域には入れなかったが、その周囲の雑然としたプラント

の内部は、二人のナワバリだった。そこは、今アリムが立っているこの場所と同

じように薄暗くて冷んやりとしていたが、エミィといれば暖かかった。
 
 
 
 

何百年たっても子供の遊びの定番は、かくれんぼである。アリムとエミィの場合

は、二人とも隠れる方に回って、プラントの職員の誰かを勝手に鬼に決めた。時

には、わざとその職員を怒らせるようなイタズラをして、逃げ回ることもあった

けれど、アリムとエミィよりもプラントの内部構造を隅々まで知り尽くしている

職員などいるはずもなく、誰も二人を捕まえることはできなかった。
 
 
 
 

僕とあいつは、いつも一緒だった。まるで兄妹みたいだってよく言われたけど、

兄妹よりももっと、心が繋がっていたよな。いや、心なんていうちっぽけな繋が

りじゃなくて、生きてるってこと自体が繋がっていたんだ・・・。
 
 
 
 

ふと横を見ると、いつの間にかエミィがいて、ピッタリと体をくっつけて立って

いる、そんな感覚をアリムは久しぶりに味わっていた。もちろん、そこには誰も

いない。ただポッカリと空間が立ち尽くしているだけだったけれど、日溜まりの

ような温もりがあった。
 
 
 
 

心の中のエミィは、アリムにピッタリ寄り添ってはいたけれど、あの頃と同じよ

うに、アリムの方は見ない。一心に壁に落書きをしている。何を話すわけでもな

く、ただ一緒にいればよかったんだ。たとえ背中合わせの時でも、あいつが何も

気を使わないで、安心してるのを感じて、僕も安心していた。アリムは知らずに

笑顔になる。
 
 
 
 

エミィに対する自分の想いに気づいたのは、いつ頃だったろうか。アリムは波動

転換炉に向かい合うように冷たい床に座り込むと、目を閉じてエミィとの思い出

を辿っていった。
 
 
 
 

あれは、雪の日だった。気象プログラムはその日、ランダムに設定されたアクシ

デント機能に従って、10年ぶりの豪雪を第7ムーン・ベース内部にもたらして

いた。どれほど人為的に環境を設定できたとしても人類は、本来必ずしも必要と

は言えない「雪の日」を捨て去ることはなかった。
 
 
 
 

環境改造の歴史は古く、遠く21世紀初頭にさかのぼることができる。環境保護

というのが、実は人間にとって都合のいい環境を、自然の営みに逆らって無理矢

理保存しようという、環境改造の一形態であることが確認されて以来、人類は積

極的に環境改造に取り組むようになった。環境を改造することへの感情的な罪悪

感は、一掃されたのである。
 
 
 
 

もし地球や自然の視点で考えるなら、環境保護とは人間を減らすことである。実

際、21世紀末には様々な対策も空しく、温室効果による気温の上昇で南極の大

陸に乗った部分の氷が溶け出し、海面が上昇、海岸部が水没することにより、相

当数の犠牲者が出てしまったのだが、残念ながら、これが自然の自然な姿なので

ある。人類は局所的には細々と手を打ったが、地球規模で見ると結局、自然の流

れに逆らうことはできなかった。
 
 
 
 

しかし、そのような厳しい現実の姿を黙って受け入れてしまうのは、あまりにも

非人間的であろう。人間は、「自然のために」などと傲慢にならず、ただ人間の

ためだけに環境を改造していけばいい。近視眼的でない、本当の意味での環境改

造は、環境保護と呼ばれる運動と全く同一線上に位置するはずである。環境改造

が本格的に推進されるようになって初めて、大量の人的・経済的資源が、生態系

の研究活動に投入され、自然界のバランスの絶妙さを人類は再認識し、応用でき

るようになったのである。
 
 
 
 

いくら未来のためとはいえ、過去や現在を否定し、常に誰かを疑い、互いを非難

し合うような姿勢からは、何ひとつ有意義なものは生まれない。自然を愛したい

なら、まず最も身近な自然である人間を、その人間の全ての営みを、不純な複合

体であるその心を、愛すべきだろう。地球外からの強力な干渉でもあったのなら

話は別だが、人類のあらゆる営為は、全て地球環境の一部である。人為とは、自

然という大樹の一枝に過ぎない。
 
 
 
 

もっとも、環境改造に対する反対論も根強く、時には「環境テロリズム」と呼ば

れるヒステリックな運動さえも引き起こされた。このテロリストたちは、「子供

たちの幸せな未来のために、自然のままの自然を残そう」をスローガンにしてい

たが、「イルカの言葉」「鯨の歌声」という名前の爆弾を使って、環境改造推進

派の人々を無差別に、何千万人も殺していった。特に、南極の氷が溶けた21世

紀末には、海岸部の水没や津波によるよりも、このテロリズムによって遙かに多

くの人命が失われたのである。
 
 
 
 

皮肉なことに、彼らは自然に代わって、言ってみれば自然界における「神の見え

ざる手」に従って、人間を“間引き”していったようにも見える。(この間引き

の直後辺りから、テレパスの出生率が急上昇していったのも、興味深い事実では

ないだろうか。)
 
 
 
 

このような悲惨な出来事は、人類の歴史上、枚挙に暇がない。人工妊娠中絶に反

対するグループが、たまたま中絶賛成派の家族であっただけの妊婦を殺害するな

どという、本末転倒の惨劇も決して珍しくはない。テロリストとは人間の姿をし

た、「殺人狂」という名前の、人間とは別の生物種である。彼らは殺すことを楽

しむ。人間の血をすすることによって生存する。彼らの行為は善悪の問題ではな

く、野生の獣の本能行動と同じものであり、人間との間の生存競争なのである。
 
 
 
 

それでも、彼らにも人間だった時期があったはずだ。ただ、彼らには「人間のた

めに」という根本が欠落していた。そのために、心を持たない無機物的な「神の

見えざる手」に捕らわれ、人間を間引きする道具へと変性していったのである。
 
 
 
 

非人間的な行為、それだけが憎むべきものであって、それ以外のことは全て、良

いことも悪いことも、人間という自然の内部におけるオプションに過ぎない。
 
 
 
 

人間のために、本当の意味で人間のために、それが環境改造の基本的スタンスで

ある。だから22世紀中頃の、月面や火星、木星の衛星エウロパなどの開発にお

いても、「人間らしく」というのが主眼におかれた。科学的必然性や経済効率な

どは、それよりも低い価値しか持たなかった。まだその頃は“こころの協定”は

影も形もなかったけれど、既にこの宇宙開発時代に、その素地はできていたので

ある。
 
 
 
 

人間らしくあるために、雪の日がある。そして、アリムとエミィにとって大切な

あの日も、そんな雪の日だったのである。
 
 
 



 
 

comment

 

今回の物語の後半、環境問題やテロリズムに触れた部分があります。
もちろん、全てフィクションであり、また私の個人的なものの見方に
過ぎません。物語の背景的な深まりを意図したものでもあります。

しかしながら、読んだ方の中には、あまりに一方的な書き方に、疑問
や反発、怒りを覚える場合もあると思います(それ以前に、読む気が
起こらないかもしれませんが(汗))。

ある意味で、そのような疑問や反発、怒りを持っていただくために、
今回私は、敢えてこのような書き方をしました。それは、そのような
感情をきっかけにして、本気でこれらの問題を考えてもらえたら、と
願ったからです。

一時的な感情ではない、本当の怒りからしか、問題解決への取り組み
は生まれない・・・と、これもまた私の一方的な思い込みに過ぎない
かもしれませんが(汗)。

実際、こういう書き方をすると、ホントの爆弾が送りつけられてくる
場合もあるんですよね・・・。

TV画面を通じて、私たちも宇宙から地球を眺められる時代です。夢
を描くのと同じくらいの力強さで、現実の行方をも見つめていけたら
と思っています。



 

作・ 小走り
EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/




 

<--クプカ「きら星★」目次へ