「ヴェスタリオミア物語 第1章 エスタミス(14)」

前回までのお話
P.13
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

   ルースキンの声には、独特の響きがある。やや低めのテノールで聞くものの心を

   惹きつける。それがどれほど、相手の意に反する内容であろうとも、聞くものは

   知らず知らず彼の世界に引き込まれている。口調は軽妙で、やや軽薄さを感じさ

   せることさえあったが、それがかえって、相手の心の重い扉を押し開く原動力に

   なってもいた。そして、彼の言葉には嘘がなかった。いかなる事実に対しても、

   彼の言葉は彼の立ち居振る舞いとは次元を異にして、常に真摯であった。だから

   こそ、彼の言動は相手に納得を与え、憎しみに数倍する快感をもたらした。国際

   放送協会が世界的な信頼を得て、報道の実に90%以上を担っているのも、彼の

   功績によるところが大きかった。
 
 

   国際放送協会の現会長、イキン・スラマはルースキンを評して言う。
 
 

   「エノビは、なんていうか、メディア・ジャンキーじゃないんだよね。あいつは

    さぁ、“騎士”なんだよ。俺たちは報道っていう魔物に喰われちまう能なしだ

    けど、あいつはそういうのとは全然違う次元で、何かを追いかけてる。探求者

    っていうか、求道者っていうか・・・。まあ、どっちみちロクな死に方はしな

    いだろうけどね。ま、骨は拾ってやるさ、この俺様がさぁ。」
 
 

   そのイキン・スラマも、数ヶ月前に表舞台から姿を消していた。病気説、死亡説

   など様々な憶測が飛び交ったが、誰もその理由を正確には知らなかった。ただ、

   はっきりしていることは、その直後に会長代理をはじめ、協会の幹部が総入れ替

   えになり、事実上、協会自体がガルシオ・アルティメロス家(=ガルシア帝国の

   皇帝一族)の影響下に置かれたということであった。
 
 

   しかし、一般庶民にはそんなことはどうでもよかった。協会は相変わらず楽しい

   プログラムを提供し続けたし、報道内容にも事実が多く含まれていた。徐々に変

   質していく(ルースキンいわく、「品がなくなっていく」)協会の体質に、ほと

   んど誰も気がつかなかった。ルースキンは、経営陣としばしば対立したが、それ

   でもメイン・キャスターから外されることもなく、庶民の人気と支持も衰えるこ

   とはなかった。
 
 

   今回のガルシア帝国のエスタミス侵攻において、この国際放送協会に対する絶大

   な信頼こそが大きな鍵を握っていたのである。ルースキンでさえ、あらゆる予測

   をして手を打ってはいたが、直前までその真意には気づかなかった。そして、死

   に神の鎌は振り下ろされた。
 
 

   ガルシアの行動は、慎重かつ迅速であった。皇帝ガルシオ四世の誕生日を祝うた

   めの軍事演習と称してガルシア大陸の北岸に集結したガルシア軍10万は、精鋭

   皇帝近衛騎士団を中心に、わずか3日でコーダ大陸南岸に上陸した。コーダ中南

   部の非連邦諸国は、このガルシアの行動を完全に黙認する形で支援した。そのた

   め、ガルシア軍がエスタミスに到達するのに、コーダ大陸上陸からわずかに13

   日余りしかかからなかった。
 
 

   しかも、全世界の報道を“一手に担う”国際放送協会は、その事実を3日遅らせ

   て放送していたのである。ここに、決定的な「時間差」が生じた。誰ひとり、こ

   の時間差に事前に気がつくものがいなかった。それほどに、協会への信頼は絶大

   であり、またこの時代のヴェスタリオミアの情報網は未熟であった。
 
 

   エスタミスでは、あまりに速いガルシア軍の襲来に、迎撃の体制が取れないまま

   であった。「人の城壁」作戦を選択した市民たちは、それでも急遽、城外に布陣

   して敵軍と対峙した。その先頭には、シン・ファレシアとリンベル騎士団が陣を

   敷き、昔ながらの戦場での“儀式”に備えていた。
 
 

   この時代、ヴェスタリオミアでの戦闘は個人戦から集団戦への移行期であり、開

   戦の際には代表者同士(多くは騎士がその任を負った)が口上を述べてその優劣

   を競い、それで決着しない場合は一騎打ちが行われ、そういった一通りの儀式を

   経てから集団戦に移るのが一般的であった。
 
 

   ガルシア軍の中央から、アミタを駆るひとりの騎士が、数百メートルの距離を置

   いて向かい合う両軍の中央付近まで進み出て、儀式の口火を切った。
 
 

   「われこそは、ガルシア帝国皇帝近衛騎士団が末席、オガンテ・ストロミンマと

    申す。このたび、もったいなくも皇帝ガルシオ四世陛下の名代として、この地

    に参じた次第。皇帝陛下におかれては、今年の生誕記念日をもって、この神聖

    なる大石柱をいただく地を「アルティメローシャ」と改名され、おそれ多くも

    皇家の直轄領として併合なされた。この勅命を、新たに臣民となりし諸兄らに

    伝えんことこそ、われの使命なり。伏して命を拝受されんことを願う。」
 
 

   それに応えるように、シン・ファレシアがゆっくりと歩み出ていく。かたわらに

   はリンベル騎士団筆頭騎士、リル・ヴィトリカイセンがストロミンマを見据えな

   がら従っていた。チリ、チリリと、リルのマントの鈴が鳴る。
 
 

   「やあ、あなたがかの高名なストロミンマ殿ですか。このような形で、伝説的な

    騎士“アルティ・ナイト”のおひとりにまみえることとなろうとは・・・。私

    はシン・ファレシア。モス・アレス先生の弟子です、お見知り置き下さい。」
 
 

   ストロミンマは、シン・ファレシアの名を聞いて、表情を引き締めた。
 
 

   「国王陛下御自らお出ましとは、痛み入る。われとて無益ないくさは望むもので

    はない。・・・、降伏か否か、それだけをお聞かせ願いたし。」
 
 

   そう言うやいなや、ストロミンマは背中の鞘から大剣を抜刀し、頭上に振り上げ

   た。その左腕は巨大な剣を差し上げてわずかにも揺るがず、シンの返答次第では

   即座に振り下ろし、このいくさを決せんとの気力に満ちていた。
 
 

   「ああ、それがクロミニオン・プロス公の打たれた名刀“ゼクス”ですか。実際

    に見るのは初めてです・・・。」
 
 

   シンはそう言って、笑顔さえ浮かべた。リルは「無礼なり!」と今にも飛び出し

   そうに身構えたが、シンの右手に制されてきっかけを失った。その右手には、数

   十万の人間の命を背負うものの、気迫がこもっていた。ストロミンマは、そんな

   シンの笑顔を眩しげに目を細めて見つめた。
 
 

   「やあ、見事なり、陛下!わが主、ガルシオ四世陛下にも比肩せり・・・。願わ

    くば、真実のいくさ場にてまみえたかったものを。」
 
 

   そう叫んでから、ストロミンマは自陣へととって返した。左腕の名刀“ゼクス”

   は、むしろ自軍の方に向けて力無く振り下ろされた。それを合図として、ガルシ

   ア軍の後方から、異様な形状をした砲塔が進み出ては、照準をシン・ファレシア

   を含むエスタミス側の最前列に向けた。
 
 

   「あ、あれは・・・メアレシア砲か!?」
 
 

   シンがそう叫ぶのとほぼ同時に、砲塔は不気味な重低音を一瞬、響かせた。それ

   で、全てが終わりだった。シンは、その瞬間に「陛下、伏せて!」というリルの

   絶叫を聞いた気がした。そして気がついてみると、シンは地面に叩きつけられて

   いた。それからシンの体には、ゆっくりとリルの下半身だけが覆い被さってきた

   のだった。彼女の上半身は、あの重低音と共に消え去っていた。更にシンがエス

   タミスの方を振り返ってみると、そこにはついさっきまでリンベル騎士団であっ

   たはずの“モノ”が、人々の前に横たわっていた。瞬時に崩壊した者もいれば、

   徐々に腐敗していく者もいた。しかしその誰もが、あまりに一瞬に時間的に切断

   されたため、苦痛を感じた者はいなかったはずである。
 
 

   それは、神話の世界を除けば、ヴェスタリオミア史上初めて大量殺戮兵器が戦場

   に投入された瞬間だった。このときを境に、この星からは“いくさ”が消え、そ

   れに代わって“戦争”が徐々に規模を拡大していくこととなる。
 
 

   メアレシア砲は、古代の超兵器であった。当時の英雄の名を冠して、別名モルメ

   ア砲とも呼ばれるこの兵器は、浮遊島群メアラスのアレシシア島で見つかった。

   いわゆる“火器”ではなく、この砲からは“時間”が放出される。そして、主に

   有機体のみを“時間覚的に”切断してしまうのである。リルの上半身は、一瞬に

   して時間が加速され、崩壊してしまった。その崩壊はあまりにも瞬間的であり、

   また時間という次元の中で“切断”されてしまうため、リルの魂の絶叫はエミィ

   の心に流れ込むことさえなかった。
 
 

   この時点では、世界中の情報箱には3日前の、ガルシア軍の平和的な行進風景し

   か流されておらず、従ってこの惨劇を知るものは、この戦場以外にはいなかった

   ことになる。これが、ガルシアの仕掛けた罠の本体だった。
 
 

   6年前のヴェスタリオミア新暦37年に、ガルシアはメアラスの領有を宣言して

   戦ったものの、コーダ連邦とパース大公国の連合軍に敗れ、国家存亡の危機に追

   い込まれていた。その際メアレシア砲を得たガルシオ四世は、参謀長のド・シン

   カに命じて今回の作戦を立案し、実に6年がかりで準備を進めていた。情報操作

   により各国の介入を遅らせ、その時間差を利用してエスタミスに迫り、メアレシ

   ア砲を投入して各国に気づかれないようにエスタミス内部の反対勢力を葬り去っ

   た後、平和的にエスタミスを併合したように工作する・・・。乱暴に言えば、こ

   れがこの作戦の青写真である。
 
 

   平和的な併合であれば、他国に干渉される口実を与えることなく、このヴェスタ

   リオミアの精神的中心地を得ることができる。“砂漠の大陸”ガルシアに生きる

   ものにとって、それは滅亡から逃れるための最後の手段であった。
 
 

   しかし、彼らの青写真には大きな誤算があった。「50万の人の城壁」の本質を

   ガルシアは軽視していたのである。「人の城壁」が“城壁”たるゆえんは、そこ

   に参加しているひとりひとりが、強固な意志を持った独立人である、ということ

   に尽きる。そして、目の前で敬愛するリンベル騎士団を葬り去られた人々は、降

   伏するどころか、更に強硬にガルシア軍に反抗したのである。
 
 

   6年がかりで作り上げた“情報操作網”も限界に達し、ガルシア軍は決断を迫ら

   れた。この作戦に、失敗は許されなかった。今度失敗すれば、ガルシア帝国はこ

   の地上から消し去られてしまうに違いない。力づくでも、エスタミスを占領する

   他に道はなかった。しかも、メアレシア砲を投入したことが知られれば、たとえ

   エスタミスの占領に成功しても、世界中の人々から非難を浴びることは、容易に

   想像できた。最悪の場合、ガルシア帝国内部においても、臣民の心が皇帝から離

   れてしまう恐れがあった。それほどに、神話の中の兵器メアレシア砲は、人々か

   らタブー視されていたのである。
 
 

   通常の“火器”を用いた戦争であれば、それが大規模であっても、少なくとも自

   国の民衆の支持は得ることができる。最終的に、ガルシア軍の上層部はそう結論

   づけた。というより、それ以外の選択肢がなかった。そして、あの大石柱をも焦

   がすほどの大量火力の投入による、大虐殺が始まったのである。
 
 

   人が倒れ、城壁が砕け落ち、森が焼かれた。ルースキンが放送する映像には、あ

   らゆる現実が克明に映し出されていった。ガルシアの思惑の全てが、さらけ出さ

   れていった。
 
 

   「みんな、よぉく聞きなよ。ここはつい最近まで、“エスタミス”って呼ばれて

    たけど、今じゃぁ“アルティメローシャ”って名前なんだねぇ。そぉして、歴

    史の教科書には、将来こう書かれるんだ。“皇帝陛下の直轄領アルティメロー

    シャの反乱分子は正義の炎に焼き尽くされた”ってねぇ。・・・もしも、ガル

    シアが勝てば、そうなっちまうってこと!

    みんな、見てるかい?あの腐りかけた肉のカタマリを。あれこそが、ガルシア

    の連中が“モルメア砲”をぶっ放したっていう、証拠なんだ。僕たちが決して

    彼らを許しちゃいけないってこと、なんだなぁ。

    シン・ファレシアがあれからどうなったか、僕にはわからない。王妃さまは、

    ガルシア軍に降伏したようだねぇ、女子供を救うために。

    ・・・さぁて、僕もそろそろヤバくなってきたんで、今日はここまでにしよう

    か。いつかまた、僕は帰ってくるからさぁ、それまで待っ・・・」
 
 

   そこで放送は途切れた。エミィは真っ白になった情報箱の画面を、いつまでも見

   つめ続けていた。空は、エミィがこの星に降り立ってから初めて、泣き顔を見せ

   ようとしていた。
 
 
 
 
 

 

 
 
 
 
 
 
作・ 小走り
EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://www.nsknet.or.jp/~kobashi/




 
 

<コメント>
 
 
 

前回に続いて、読むのが辛い回となりました。

けれど、決して目を背けることなく受け止める

ことからだけ、新しい希望が生まれるのだと私

は信じ続けます。その先に、温もりがあると。











 

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