ヴェスタリオミア物語 第1章 エスタミス(1)

前回までのお話
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 一つの星が消えた。

 大切な命たちを道連れにして。

 消えた星の名前は、「ノア」。

    地球初の恒星間連絡船。



アッという間の出来事だった。

二回目のディメンション・ジャンプに入った瞬間、

ものすごい衝撃と共に、遙か彼方の空間に吹っ飛ばされたらしかった。

でも、正確には何が起きたのか、あたしは把握していない。

とにかく、手の施しようもなかった。

三次元空間内に再結像できたこと自体が、奇跡だとも言えた。

みんな崩壊していく「ノア」の中で逃げ惑うだけだった。



あたしは、たった一人生き残ることができた。

クルーのみんながあたしを助けてくれたから。

あたしはだから、死ぬわけにはいかない。

みんながあたしに命を分けてくれた。

あたしはみんなの分まで生きなきゃって思う。

それに、やらなければならないことが残っている。

四年前に死んじゃったパパとママの夢を叶えなきゃね。

「ノア」でαケンタウリの小惑星都市メレウスに行くこと。

「ノア」はもう星屑になっちゃったけど、

あたしはまだ、生きている。

どんなことをしても、生き延びて、生き抜いて、

メレウスに行って大声で宣言するんだわ。

「バゴブ・ウィンタースとセレン・ウィンタースの娘、エミィ・ウィンタースは、

たった今、約束通りメレウスに到着いたしました!」

そう、あたしが「ノア」なんだ!



ここは、脱出用シャトルの中。

今このシャトルは、一番近くにある未知の惑星に向かって飛んでいる。

ここが宇宙のどの辺りなのか、地球からどのくらい離れているのか、

あたしにはわからないし、誰も教えてくれない。

頼みの綱であるはずの管理システム“ジーンズ”は、

脱出の時の衝撃のせいか、音声出力が壊れているようだ。

おまけに、脱出用シャトルには生命維持装置など一部の機能しか移されてないし。

もう“ジーンズ”と一緒にゲームをしたり歌を唄ったりできないんだよね。

さっきから“ジーンズ”は、惑星までの距離や惑星上の大気の状態、

シャトルの進入速度や進入角度なんかを、計算してるらしい。

邪魔しちゃ悪いから、「ここはどこ?」って聞けない。

何か手伝ってあげたいけど、あたしって、「ライトスタッフ」のオチコボレだったしなぁ。

その上あたしが居たのは旅客部門で、「ノア」での肩書きは医療班、生活主任だし。

ハッキリ言って、“ジーンズ”が壊れちゃったら、あたしは何にもできない。

・・・、不吉なことを考えるのは、やめよう。

人間って、暇があると余計なことばかり考えちゃうらしい。

何でもいいから、時間をつぶせることを考えなくちゃね。

そうだ、データバンクのデータは何%くらい保存されてるんだろ?

・・・63%か。あたしのデータは残ってるかな・・・、あ、あった。


>エミィ・ウィンタース。

>2297年2月9日生まれの17歳、出身は第7ムーンベースの第4ブロック。

>民族系は、アングロサクソン系38%、東洋系62%・・・。


変な習慣よね、民族系をプロフィールに加えるのって。

でも、ママの系統の影響が濃いんだな、あたしは。

控え目で優しいママに引け目を感じながらも、

あたしはずうっとママに憧れ続けている。



>精神感応力指数36600、等級、エクセレント。


アストロノーツ養成学校「ライトスタッフ」のオチコボレだったあたしが

「ノア」に乗れたのは、ひとえにこの、エクセレント級テレパスとしての

能力のおかげだったと思うのよね。

お祖父様も言ってたけど、異世界との交流には、結構役立ちそうだし。



お祖父様、か・・・。

世界テレパス連盟会長で、頑固な変わり者と評判の生物学者、ペドリュー・ジュニア。

ホントのお祖父様じゃないけど、あたしにはいつも優しい、お祖父様みたいな人。

あたしがこんなことになって、きっとすごく心配してるだろうな・・・。



>父バゴブ、母セレン。

>「ノア」計画の中心メンバーだったが、2310年、シャトル事故で死亡。

>その後、同計画の総責任者であるレイ少佐夫妻の元に引き取られる。


アリムの両親、メイヤーおじさまとファリィおばさま。

ホントの娘のように可愛がってくれた。

パパやママの親友でもあった、おじさまとおばさま。

二人とも、「ノア」と一緒に・・・。

アリムが知ったら、どんなに悲しむだろう。

あたしのパパとママが死んでしまった時には、

アリムがそばにいて、ずっと励ましてくれてた。

そのおかげで、あたしは元気になれたんだ。

今度はあたしの番よね。

ギュッと抱きしめて、大丈夫だよって何度も言ってあげるんだ。



あ、胸がドキドキして来ちゃった・・・。

こんな時に不謹慎だとは思うけど、

やっぱりあたしは、アリムが好きなんだなぁ・・・。

抱きしめる、なんて考えただけで、体中が熱い。

アリムはいっつもあたしを妹扱いするけど、

あたしは彼のことをもっと特別な存在だと思ってる。

「ノア」のことがあったから、考えないようにしていたけど。

もしこのまま二度と会えなくなって、この想いを伝えられなかったら、

あたしはきっと後悔する。

死にきれなくて、化けて出るに違いない。

エクセレント級テレパスの心霊体って、きっと強力よね。



相変わらず“ジーンズ”は複雑な計算を続けていて、

モニターには数字の列が次々に映し出されては流れていく。

シャトルの中はシンと静まり返って、聞こえるのは自分の音だけ。

せめてエンジンの音でも聞こえれば、気も紛れるのに。

何もかもが高性能っていうのも考え物だよね。

おまけに、一番大事なところはすぐに壊れちゃうし。

あたしは左前方にある小さな窓の遮蔽蓋を開けて、

もう見飽きたはずの宇宙空間をボーっと眺めた。

宇宙って、こんなに深くて怖いものなんだな。

あたしも、光ってる星々もひとりぼっちだ。



アリムは今頃、「ノア2」に乗ってメレウスを目指してるけど、

「ノア」が遭難したことを知ったら、きっと探し出してくれるに違いない。

「ノア」と「ノア2」によるダブル・バックアップ・システムを考えた人って、天才ね。

どっちかがトラブっても、もう一方がすぐに救援に向かえるように、二つで一組。

頑張ってあの惑星で生き延びていれば、きっとアリムが迎えに来てくれる。

それは信じているけれど・・・。

どうして、あたしたちは離ればなれなのかな。

こういう気持ちって、とってもわがままだってわかってる。

だけど、どうしようもなく恨んでしまいたくなるの。

何でこんな時、そばにいてくれないの、って。

アリム、早くあなたに会いたい・・・。

あたしを、助けに、来て・・・。





アリムのことをいろいろ考えながら、いつの間にかウトウトしていたらしい。

ちょっとした違和感が流れ込んで、あたしはハッと目を覚ました。

そこに突然、胸に突き刺さるような音が響きわたった。



エマージェンシー!!!

緊急事態発生!!!

緊急事態発生!!!



え?・・・えぇ??・・・えぇぇ???

何が起きたの!?シャトル中が、真っ赤に点滅してる!!

もしかして、ホントのホントに、“ジーンズ”が壊れちゃったの!?

ゴメン、ゴメンね、あんたにばっかり仕事させてたから、オーバーヒートし・・・、

あ、そうじゃないみたい。

“ジーンズ”は、ちゃんと動いてる。

相変わらずモニター上で、計算を続けているわ。

じゃあ、このエマージェンシー・コールはいったい何なの!?

ええと、警告メッセージは・・・。



「母船からの離脱時に、逆噴射用ノズルへのエネルギーバイパス部に損傷を

受けたもよう。大気圏突入時制動装置の出力、40%減弱。既に当シャトル

は目標の惑星の引力圏に捕捉されており・・・」



う、うそ・・・。

これって、つ、つまり・・・。

このままじゃ、惑星の地表に激突しちゃうってこと!?

どうしよう、どうしよう、どうしよう!?

“ジーンズ”、どうしたらいい!?ねぇ、どうしたらいいの!?

「回避不能」・・・って、どういうことよぉ!?

お願い、あたしはまだ、死ぬわけにはいかないの!!

あたしには、あんただけが頼りなのよ!!



だけど、いくらお願いしても“ジーンズ”の答えは変わらなかった。

彼の計算だと、あと20分弱で、シャトルは地表に叩きつけられることになる。

あたしはギュッと目をつぶって、自分を抱きしめることしかできなかった。

体が恐怖で凍り付いている。

冷や汗があとからあとから背中を伝う。



こんなことなら、もっと訓練を受けておくんだった。

旅客部門だからなんて言ってないで、上級コースを受講するんだった。

何か、こういうときの対処法を、詳しく教えてくれたはずだよね。



パパ、ママ、ごめんなさい。

ここまで頑張ってきたけど、あたしはもう、ダメみたい。

こんなに早くパパやママのところに行くことになるなんて、思ってもみなかった。



「ノア」のみんな、せっかく助けてくれたのに、

ホントに、ホントに、ごめんなさい。

みんなにもらった命を、馬鹿なあたしは、何にもできずに失ってしまうの。



アリム・・・、ああ、アリム。

死ぬ前にもう一度だけ、あなたに会いたいよ。

会って、一言、好きだって伝えたいよ。



嫌だ・・・。

こんなのは、嫌だ・・・!!

やっぱり、諦めるなんてできない!!

最後の最後まで、諦めたくなんかないよぉ!!




その時、静かに頭の中に何かが滑り込んできた。

それはとても暖かくて心地良い、優しい「声」のようだった。

その「声」は、あたしの心をスッポリと包み込んでくれて、

まるでママに髪を撫でてもらっているような感じがした。



<お嬢さん、心配はいらんよ。>



「声」が体中に響きわたって、不思議な安心感が広がる。



<大丈夫、怖がらないでいい。きっと、星が受け止めてくれる。>



相変わらずシャトルの中には緊急警報が鳴り響いていたし、

真っ赤な点滅の中で、あたしの体は緊張と恐怖で凍り付いていたけれど、

あたしの心には少しずつ、この「声」を信じる気持ちが芽生えていた。

何とか残った不安を払いのけたくて、あたしは「声」に話しかけた。



「そんなこと言ったって、このままじゃこのシャトル、地表に激突しちゃうよ・・・。」



<信じなさい。きっと、星が受け止めてくれる。>



「声」は、あたしをその胸にギュッと抱きしめてくれたみたいだった。



<信じることだよ、お嬢さん。いつも信じることが大切なんだ。>



体中から力が抜けて、あたしは水の中に浮いているような気がした。

信じてみよう。大丈夫、あたしは助かる・・・。



「初めまして、星よ、あたしを受け止めてね・・・。」



あたしは目を閉じた。そして意識が遠のくのを感じながら、「声」に微笑みかけた。

あなたは、誰ですか?・・・誰でもいいよね、・・・ありがとう・・・。

「声」もまた、微笑み返してくれたような、そんな気がした。



<お嬢さん、ようこそ。我が母なる大地、ヴェスタリオミアへ・・・。>




その頃、コーダ大陸中央部の小国ファレシアの首都エスタミスの郊外、オスナム川

の北岸にあるティミア村のモス・アレス老の家に、一人の男が駆け込んできた。よ

ほど慌てていたのだろう、長い黒髪は風に乱れ、金の縁取りを施した純白のマント

は、ところどころ跳ね上がった泥に汚れていた。



「師よ、星が流れて落ちました!エスタミスの北東の森の方向です!城も街も大騒

ぎで・・・」



「シン、わかっているよ。落ち着きなさい。ファレシア国王ともあろうものが、そ

んなに取り乱すものではない。わしらの希望であるファレシアの深紅の紋章が、泥

で汚れている・・・。」



モス・アレス老は、無表情ながらも、ひげと一続きになった眉に埋もれた両目に微

笑みを浮かべて、ただ一人の愛弟子を見上げた。その瞳には、全てを承知している

という、いつもの深い輝きがあった。そしてこれまたいつものように、安楽椅子を

揺らしながら、悠然と腰掛けているのだった。



「なんだ、何もかも、ご存じでしたか。」



少し拍子抜けしながらも、未だに師匠の力が健在であることを知って、シン・ファ

レシアは嬉しかった。

我が師が健在ならば、何も案ずることはない。きっとこれはまた、素晴らしい何か

の始まりに違いないのだ。彼は少しワクワクしながら尋ねた。



「我が師よ、私に何かできることはありませんか?」



「たくさんあるよ、シン坊や。まず、お前とラス家の力を使って、城と街の騒ぎを

静めなさい。それから、あの喧しい国際放送協会を抑えなければならない。何とい

ったかな、ああ、そう、あのルースキンとかいうスター気取りの記者に動き回られ

ては、<大石柱が折れ>てしまう・・・。」



シンは子供扱いされて少しシュンとしながらも、落ちてきた「星」が、何かとてつ

もなく重要なものであることを感じて、背筋をピンと伸ばした。星が落ちることは

珍しかったが、それでも惑星ヴェスタリオミア全体で見れば、年に数個は落ちてい

た。今回、師が慎重に事を運ぼうとするのには、特別な理由があるはずなのだ。老

が<大石柱が折れる>という言い回しをするのは、常に歴史的な事件が起きようと

する時であったことを、シンは思い出して小さく身震いした。



「わかったようだね、シンよ。大切なことが起きようとしているのだ。星が落ちた

のを隠すことはできないが、客人を我が家に迎えるまでは騒がれたくないのだよ。

さあ、急ぎなさい。」



「はい!すぐにあの「星」を、ファレシア国王の名の下に保護いたしましょう。

それでは師よ、失礼いたします!」



最後の礼だけは国王に相応しくゆったりとした威厳のあるものだったが、頭を上げ

るやいなや、来たときと同じく、シンは風のように走り去っていった。



「やれやれ、国王陛下はまだまだ若者でいらっしゃる。」



モス・アレス老は、愛弟子の去った方に向かってため息をついた。きっと、シンは

マントに付いた泥を、未だに自分で洗っているのだろう。そういうところが、国民

に愛されているのだということを、老は十分に知っていたし、そういう愛弟子を誇

りにも思っていたが・・・。



「あれでは、王妃も辛かろう・・・。」



シン・ファレシア妃セシャルは、エスタミス最大の財閥、ラス家の出身である。

セシャル自身はシンを心から愛して尽くしていたし、シンもまたセシャルを愛し

ていたが、彼は妻よりも国のために行動する人物であった。そのために、周囲か

らはよく、夫婦仲が悪いと誤解されることもあった。そして、そんな誤解を放置

しているシンのことを、ラス家の当主でセシャルの長兄であるエルセミナは、快

く思っていなかった。今のところは、シンの片腕でセシャルの次兄でもある宰相

ヘスタロト・ラスの存在が、両者の関係を保ってはいたが、もしシンとラス家の

間が険悪にでもなれば、シンの国王としての立場は危うくなりかねない。シンが

国王でなくなれば、ヴァウライ大石柱を中心に栄えるこの文化大国ファレシアの

安定も揺らぐことになるだろう。モス・アレス老の悩みは深かった。



「さてさて、「お嬢さん」を迎えにいくとするかの。」



物思いを振り払うように頭を軽く左右に振ると、老は静かに立ち上がって、窓の

外を眺めた。明け始めた東の空に、ヴァウライ大石柱の神秘的な赤い光が映えて

美しかった。黄金のファラ、新緑のステナ、蒼のエストの三つの月が、大石柱を

守護するかのように静かな輝きを投げかけていた。モス・アレス老は、この景色

を眺めるのが好きだった。老がこのティミア村に住み着いたのも、一番美しくこ

の景色が見える場所だったからである。やがてこの星の未来を創るであろうこの

雄大な配置は、ファレシアの紋章の図案にもなっていた。



「ようこそ、ヴェスタリオミアへ・・・。」



そうつぶやくと、老はゆっくりゆっくりと玄関に向かった。




エミィは不時着したシャトルで、まだ浅い眠りの中にいた。

大きな存在に受け止められ包まれてる、そんな感触に満たされ幸せだった。

死んだ両親や、アリムや、ノアのクルー達に次々と抱きしめられる、幸せな夢を見ていた。

ずうっとこの夢が覚めなければいい、このまま眠っていたいと、エミィは願っていた。

奇跡は、一度だけ。

それがおとぎ話のルールであることを知りながら、

彼女は夢が続くよう願わずにはいられなかった。



なにはともあれ、

星は、確かに彼女を受け止めたのである。



ここは、惑星ヴェスタリオミア。夜の闇に赤く輝く大石柱と、三つの月に見守られた大地。

エミィは、まだ自分の運命を知ることなく、ただ幸せに眠り続けていた・・・。



作・ 小走り

EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/



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