ヴェスタリオミア物語 第1章 エスタミス(4)

前回までのお話
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エミィが恐る恐る目を開けてみると、ボヤーッと霞んだ視界の中に二つの黒水晶

が浮かんでいるように見えた。ん〜、なんだろう、これは・・・。エミィは何度

か瞼を瞬いてみる。だんだん視力が回復してくるにつれて、人の顔の輪郭のよう

なものがハッキリしてきて、二つの黒水晶は目であることがわかった。顔は柔ら

かな白色で、漆黒の瞳が何かを問いかけたそうに輝いて、エミィをジイッと覗き

込んでいる。エミィはまるで自分が宇宙に吸い込まれてしまうような錯覚を覚え

て、心臓がドキドキした。顔には瞼も鼻も口もついていて、細かいところは違っ

ていても、全体的には地球圏の色白の人と変わらない感じがした。



どうやら自分がベッド(のようなもの)に寝かされているのだとエミィが気づく

までに、それほど時間はかからなかった。ベッドは、材質はわからないけれど体

の凹凸にピッタリとフィットして、気持ちがいい。覗き込んでいる顔があるため

に周りの様子はよく見えなかったけれど、ここは医療施設の中の一室というより

はどこか普通の家の部屋の感じがする。回復しかけていた嗅覚は、薬臭い清潔感

よりもむしろ、生活の匂いを感じていた。昼間なのだろうか、部屋全体は日光が

射し込んだような明るさだった。



聴力も回復してきたようで、エミィは自分の周りにいる何人かの人が、今まで聞

いたことのない響きを持った声で会話しているのを、聞くことができた。あたし

に流れ込んできた心と、聞こえてくる声からして、どうやらこの部屋には七人の

人がいるみたいね。モス様とリーナさん、それと・・・男性が三人に女性が二人

ってとこかな。言葉はもちろんわからなかったが、エミィは意識を集中して、会

話の中身を同時通訳してみる。すると、まず若い女性の言葉が飛び込んできた。



「おひいさまぁ、そんなに覗き込んだりしてぇ、失礼ですよぉ。第一ぃ、はした

 ないじゃありませんかぁ・・・。」



何だか間延びしたしゃべり方だなぁ・・・。この星の人って、みんなこうなのか

しら・・・?だとすると、ちょっと苦手なタイプだわ・・・。エミィは少し不安

になりながらも、会話に意識を集中し続ける。今度はエミィの顔のすぐ上あたり

から、応える声が聞こえてきた。



「いいの、いいの!それよりロレッタ、見て見て!この方のお顔、変わってるわ

 ねぇ。目をパチパチさせて、瞳が緑色なのよ。とっても綺麗・・・。」



その声はメゾ・ソプラノで、しかも鈴の音のように透き通っている。漆黒の瞳は

優しげな色を増して、微笑んでいるように見えた。おひいさまって呼ばれるのも

わかる気がするな、小さい頃に百科事典や物語のホログラムで見たお姫様の雰囲

気に、どこか似てるもんね・・・。エミィはホログラムの中の清楚でか弱いお姫

様を思い出して、目の前の女性に重ねていた。



「初めまして。リーナです、よろしくね。」



そう言ってリーナは目を軽く閉じると、白い顔を近づけて、エミィの左の頬に軽

くキスをする。爽やかな甘い香りに包まれながら、エミィはリーナの唇の柔らか

さと暖かさを感じていた。リーナの息づかいは微風のように穏やかで、顔にかか

る髪がサラサラとくすぐったかった。



そっか、この人がリーナさんなんだ・・・。エミィはさっきの胸の痛みが甦って

きて、涙が出そうになる。ごめんなさい、受け止めてあげられなくて・・・。テ

レパスは本能的に心を受信することはできても、他人の心に送信するにはかなり

の訓練がいる。エミィはまだ自分の意志を伝えることはできなかったので、せめ

て瞳に想いを込めてリーナを見つめた。



そんなエミィの気持ちに気づいたのかどうか、リーナは小さく一度うなづいて見

せた。それから小首を傾げながら、静かにエミィに話しかける。



「あなたのお名前、教えて欲しいな。」



名前を聞かれて、エミィは困ってしまった。口は何とか動かせるようになってい

たが、まだ声が出せなかったのである。仕方なく「エ・ミ・ィ」とゆっくり唇を

動かして見せてみた。リーナはそれを見て同じように唇を動かし、わかったとい

うように大きくうなづく。それからスッと立ち上がると、背中で両腕を組んで、

クルッと向こうを向いた。振り向きざまの流し目がそれまでの印象にそぐわない

くらい生き生きと輝いて、エミィは少し意外な感じがした。あれ?寂しがり屋で

か弱いお姫様にしては、元気よさそうじゃない?



エミィは目だけを動かして、リーナの背中を見つめる。リーナの背丈はエミィと

同じくらいで、青くてフワッとした、柔らかそうな生地の服を着ていた。亜麻色

の髪が腰の辺りまで伸びて、サラサラと揺れている。腕は顔と同じくらいに白く

て、指は・・・四本だわ!エミィはここが異世界であることを改めて実感しなが

ら、組み合わされた四本の白く細い指に造形美さえ感じて、見とれてしまう。歳

はたぶん、エミィと変わらないか少し上くらいだろうけれど(もちろん、実際の

年齢なんてエミィにはわからなかったが)、全体の雰囲気や話し方は、もう少し

大人びた印象を与えていた。



「みんな、聞いて。この方のお名前を教えていただきました!」



リーナは少しはしゃいだ声で言うと、もったいつけるようにコホン、と咳払いを

する。エミィは頭の中で「パンパカパーン♪」とファンファーレが鳴ったような

気がした。リーナの背中に隠れて見えなかったけれど、その場にいる全員が息を

殺して発表の瞬間を待っている雰囲気が、エミィに伝わってきた。



「ヘビィさんです!」



ヘ、ヘビィ!?エミィは一瞬自分が何を聞いたのか理解できなくて、固まってし

まった。リーナの向こう側から、ワイワイと声が聞こえてくる。



「ヘビィさんか、変わった名前だなぁ。」



「面白い名前ですねぇ、きっと星の世界では流行の名前なんだわぁ。」



「あら、素敵なお名前じゃない、そんなふうに言っては失礼ですよ。」



「姉上、変わってるものは変わってるんだから、しょうがねぇよ。」



「みんな、静かにして。ヘビィさんが戸惑っておられる。」



エミィはハッと我に返ると、思わず起きあがって叫んでいた。



「ヘビィじゃない!あたし、そんなに重たくないもん!」



あまりに大きな声が出てしまったことにびっくりして、エミィは顔が真っ赤に染

まるのを感じた。それから、小声になって「エミィ、だもん・・・。」と付け加

えた。それにしても人間の体って、すごいものよね。こんなきっかけで動くよう

になっちゃうなんて・・・。エミィは半ば呆れながら、半ば感動していた。



しかし次の瞬間、ウッと呻いてエミィはベッドに倒れ込んでしまう。あまり急に

動いたために体中が痛んだのだが、神経も鈍っているために、その激痛が遅れて

襲ってきたのだ。特に背中に電気が走ったように感じて、エミィはのけぞるよう

に体を沈めた。



「きゃあ!だ、大丈夫!?」



リーナをはじめその場にいた全員が、ベッドに駆け寄ってエミィを覗き込んだ。

ただ一人、少し離れたところで安楽椅子に腰を沈めていた老人だけは、立ち上が

りかけて小さく咳をすると、すぐに座り直した。モス・アレス老である。やれや

れ、騒がしいことだわい・・・。老は大きくため息をつく。



いっぺんにたくさんの人に見つめられて、エミィは戸惑ってしまったが、とりあ

えず、大丈夫、心配しないで、という気持ちを込めて、顔の中の動かせる筋肉を

総動員して笑顔を作った。オロオロと覗き込んでいた一同の顔に、安堵の色が浮

かぶ。特にリーナは、「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」と小さな声で繰り

返しながら、心からホッとしたようにエミィの両手を握りしめていた。ようやく

痛みがやわらいで、エミィはふぅっと息を吐き出す。「もう大丈夫だよ。」と言

いながら、エミィはリーナの手を握り返して、上半身を起こしかけた。



すると、覗き込んでいた人の中でもひときわ凛々しい感じのする青年が、一歩近

づいてエミィの首の後ろに腕を回した。



「急に動いてはダメだよ、ゆっくり、ゆっくりとね。」



そう言いながら彼は、エミィの頭と両肩を支え、ベッドに腰掛けて体を密着させ

る。きゃぁぁぁ、抱きしめられてる!エミィは青年の広い肩幅や大きな胸を背中

に感じて、体温が1度ほど上がったかと思うくらいドキドキした。青年の黒い長

髪がエミィの頬にかかる。彼の肌はリーナとは対照的な小麦色で、腕はがっしり

して力強かった。



「シン・ファレシアといいます、以後お見知り置きを。ええと、エミィさん、で

 よろしいのかな?」



よく通るテノールで話しかけられて、エミィはただ大きくうなづくことしかでき

なかった。彼らの言葉を話せなかったのもあるけれど、それよりもシンと名乗っ

たこの青年の鼓動が伝わってきて、すっかりアガってしまっていたのだ。シンの

体からはうっすらと上品な香水のような香りに混じって、日光の匂いがした。彼

は枕を立てかけると、エミィの体をもたれさせた。



「あらぁ、陛下ぁ。女性にはぁ、お優しいんですねぇ。」



例の間延びした口調で、ロレッタが嫌みっぽく言う。



「おやめなさい、ロレッタ。そんなふうに言ってはダメよ。」



「だぁってぇ、おひいさまぁ。王妃様がおかわいそうですぅ・・・。」



「ロレッタ!なんてことを・・・」



リーナは言いかけて、チラッとシンのほうを振り返った。シンは二人のやりとり

を静かな眼差しで聞いていた。



「いいんだよ、リーナ。気遣い、感謝する。妻のことでいろいろ噂があるのは、

 全て私が至らないせいだね。彼女には、本当にすまないと思っている。ロレッ

 タ、これからも、妻のことを気にかけてやってくれ。」



そう言うとシンは、瞼を軽く伏せ、ロレッタに向かって頭を下げた。ロレッタは

バツが悪そうに、「いえぇ、あのぉ・・・」と口ごもっている。



「そのくらいにしておきなさい、エミィさんが困っている・・・。」



モス・アレス老が静かに、しかしハッキリとした声で言うと、少し張りつめた感

じになっていたその場の空気が、フッとやわらいだ。シン達のやりとりを、わけ

もわからずボーっと聞いていたエミィは、声のしたほうを振り返ってみる。ベッ

ドから少し離れたドア(らしきもの)の近くにある安楽椅子に揺られて、真っ白

な髪と真っ白なひげの老人が悠然と座っていた。



「モス様・・・。」



エミィは、何か懐かしさのようなものを感じて微笑んだ。それから、今まで助け

てもらったことを思い出して、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。涙が溢れ

出すのを、エミィはこらえることができなかった。



「あ〜あ、じいさん、泣かしちまったぜ。俺らが来る前に、この娘に何かしたん

 じゃねぇだろうな?」



さっきから後ろで黙って見ていた三人のうちの一人の男が、ぶっきらぼうな声を

出した。すると隣の女性が男に向かって怒鳴った。



「やめなさい、クーア!下品ですよ!」



「冗談だよ、姉上。もうとうの昔に、じいさんのは錆び付いちまってるさ。」



「な、なんてことを言うの、この子は!?」



女性のほうは真っ赤になって、握った拳がワナワナと震えだした。そんな彼女の

肩に手を置いて、三人目の男が苦笑しながら声をかける。



「イーダ、落ち着いて。クーアも悪のりしすぎだよ。モス様、エミィさん、申し

 訳ありません。いつもは仲のいい姉弟なんですけどね。放って置かれたんで、

 退屈してしまったらしい。モス様、どうやらワケアリのようですから、モス様

 からエミィさんにみんなを紹介していただけませんか?」



「うむ、そうじゃな、そうしよう、シルト。エミィさん、今からみんなを紹介す

 るよ、何か言いたいことがあったら、わしに言いなさい。通訳してあげるから

 のぉ。」



ホッとしたように言って、モス・アレス老はエミィに優しい視線を向けた。小さ

くうなづいてからエミィは、「あたしのことは、エミィって呼んで下さい」と老

に伝えた。



「わかったよ、エミィ。みんなもこのお嬢さんのことは、ただのエミィと呼んで

 あげて欲しい。いいね?さあ、それじゃあ、始めよう。まず、彼はシルト・ペ

 イサ。」



シルトが「やあっ」と右手を挙げる。三人目の男だ。身長は190cmくらいだ

ろうか、スラッとしている。真っ赤な髪を短く刈り上げていた。



「それから、口の悪いのがクーア・ホルン。その隣が姉のイーダ・ホルン。この

 三人は、「アルティメン」じゃよ。」



紹介されて、イーダは申し訳なさそうに頭を下げる。背丈はエミィより少し高い

くらいだ。髪は銀色で、床に届きそうなほど長い。歳はおそらく、リーナよりは

ずいぶん上だろう。



「ごめんなさいね、エミィさん、いえ、エミィ。弟はいい子なんだけど、ちょっ

 とだけ口が悪くて・・・。」



「姉上、いい加減子供扱いはやめてくんねぇか!?」



そう吐き捨てるように言うと、クーアはプイッとそっぽを向いた。身長はシルト

と同じくらいで、金髪が肩までかかっている。歳はやはりリーナよりは上だろう

が、何となく子供っぽく見えた。エミィはそんなクーアが可愛く思えて笑ってし

まう。しかし次の瞬間、とんでもないものを見つけて笑顔が凍り付いた。



「つ、つ、翼がある!」



エミィは思わずまた、大声を挙げてしまって、慌てて口を両手で塞いだ。モス・

アレス老は不思議そうにエミィを見ると、「ああ。」と事情を了解したようにつ

ぶやいて、説明し始めた。



「お前さんの星では、みんな翼を持ってないんだね。驚くのも無理はない。少し

 説明しよう。この星には、ヴェスタリオ、アルティメナ、それとアルティメア

 という三つの種族がいる。そして、その中でもヴェスタリオ人以外は翼を持っ

 ているのだよ。見てごらん、翼のないのもいるじゃろ?もっとも、隠してるだ

 けのもいるがのう・・・。」



なるほど、翼があるのかぁ・・・。宇宙生物学の授業で「天使族」は必ず存在す

るって教わったけど、ホントに翼を持ったヒューマノイドって、いるんだなぁ。

でもさ、確か天使族って、六本足から進化するのよね・・・。エミィは空想の中

のものだと思っていた天使族(有翼人)に会えたことに感動しながら、モス・ア

レス老に尋ねた。



「ええと、「アルティメン」ってなんですか?」



「うむ、アルティメンというのは、簡単に言うと古代の遺跡の守護職じゃな。特

 別な能力を持ち、貴い地位にある。そして翼を隠さない。まあ、その辺りのこ

 とは少しばかり込み入っているから、そのうち追々話してあげることにしよう

 かの。」



「こんな奴でもぉ、アルティメンなんですよぉ。」



ロレッタがクーアの方を指さしながら言う。クーアは冷めた目つきでロレッタを

見る。



「あんだよ、てめぇだって翼隠してるってだけで、似たようなもんじゃねぇか。

 まあ、俺っちみてぇに雷を呼んだりはできねぇけどなぁ。」



それからクーアはエミィに視線を移して、イタズラっぽい表情で話しかけた。



「なぁ、あんた。こういうのは見たことあるかい?」



そう言うとクーアは髪をずらして、耳の後ろに隠れていた鰓(えら)をパクパク

と動かして見せた。ううう、なんか気持ち悪いよぉ。エミィは顔をしかめて、首

をブンブンと横に振った。



「ちょっと、クーア!いい加減におしっ!」



そう叫んだかと思うとイーダは、クーアの右足を思いっきり踏んづける。クーア

は「痛ってぇ!」と呻いて、うずくまってしまった。そんな二人の様子を見て、

モス・アレス老はため息をつきながら言った。



「やれやれ・・・。イーダは普段はもっと淑やかなんじゃがなぁ。まあ、見ての

 通り、翼のあるものは鰓も持っているんじゃよ。さて、続けるとしよう。今、

 余計な口を挟んだ娘がロレッタ・アンティルマ。いい娘なんじゃが、いつも一

 言多いな・・・。」



「ロレッタですぅ。おひいさまの身の回りのお世話をしてるんですぅ。お友達に

 なろうねぇ。」



言いながらロレッタは、肩まである栗色の巻き毛を指でクルクルと巻いている。

背丈はエミィより少し低いくらい、歳はリーナと同じか、少し下かもしれない。

話し方よりも外見は大人びて見えた。



「それから、お前さんの隣に座っているのが、シン・ファレシア。一応このファ

 レシア王国の国王陛下じゃな。」



「一応、とは手厳しいですね、我が師よ。」



シンは照れくさそうに言って、エミィを見つめた。その瞳はとても優しげに澄ん

でいて、エミィは一瞬ボーっと見つめられるままになってしまったけれど、すぐ

にハッとして声を挙げた。



「こ、国王陛下!?」



「国王とはいっても、まだまだ若輩者です。気にしないで欲しい。」



き、気にしないでって言われても・・・。ただでさえ、男性からこういうふうに

抱きしめられる(ホントは抱きしめられたわけじゃないのは、わかってるけど)

経験なんてなくて、ドキドキしてたのに、その相手が「王様」だなんて!エミィ

はホログラムで見た王様や王子様を思い出して、緊張してしまう。しかしそんな

エミィにはお構いなしに、モス・アレス老は続けた。



「最後に、もう知っているとは思うが、リーナじゃな。」



「リーナ・アルティメアです。さっきはお名前を間違えて、ホントにごめんなさ

 い。わたくしのことも、リーナって呼んでね。」



リーナはそう言うと、ニッコリと微笑んだ。エミィはその微笑みを見つめている

と、体から余計な力が抜けて楽になるのを感じた。あれ?そういえば、リーナさ

ん、じゃなくてリーナって、おひいさまって呼ばれてるんだよね?王様がいるん

だから、お姫様がいても不思議はないよね・・・。お姫様みたいだって何となく

思っちゃってたけど、ホントはどうなんだろう・・・。どうしても気になって、

エミィは恐る恐る尋ねてみる。



「あのぉ、リーナって、もしかしてお姫様なの?」



すると、一瞬みんな口を閉じて静まり返ったかと思うと、一斉に笑い出した。



「ひゃっはっは、このお転婆がお姫様?こりゃいいや!まあ、こいつをよく知ら

 ない奴は、騙されるよなぁ。」



「もう、クーア、そういう言い方はおよしなさいったら!ふふふ、それにしても

 リーナがお姫様って、ねぇ。」



「あははは、いつもロレッタやサーマが「おひいさま」なんて呼ぶから、みんな

 誤解するんだよ、あははは。」



「だぁってぇ、世が世ならぁ、お姫様じゃないですかぁ・・・。」



「みんな、ひっど〜い!そりゃあ、わたくしはお姫様じゃないけど、なにもそん

 なに笑わなくたって・・・。」



「そうだよ、みんな。そんなに笑ってはリーナがかわいそうだ。まあ、私も初め

 て会ったときは、どこかの国の姫君だと思ったくらいだが・・・。言葉遣いや

 物腰は上品だからね。行動も上品だと良いのだがなぁ・・・。」



最後にそう言ったシンの顔も、笑ってはいなかったが、今にも吹き出しそうなの

を必死でこらえている感じだった。リーナも文句を言いながら、ずいぶん楽しそ

うに笑っている。あれ?これって、どういうこと?エミィは説明を求めるように

モス・アレス老に視線を向けた。



「さあ、さあ。もうバカ笑いはやめなさい。エミィが戸惑っているじゃないか。

 エミィ、リーナは普通の娘じゃよ。ただ、古代王家の血が流れている。ロレッ

 タと、それからここにはいないがロレッタの姉のサーマは、代々アルティメア

 家に使えていた侍従長の家系で、今でもリーナの身の回りの世話をして暮らし

 ているんじゃ。詳しい事情は、この場にいる者とその他ほんの数人しか知らな

 いことでな。今となっては古代王家の末裔といっても、なんの意味もないこと

 じゃが、権力を欲する者の中には、下らんことを考える輩もいる。だからこの

 ことはエミィ、お前さんの胸の中にしまっておいて欲しい・・・。」



モス・アレス老の話を聞きながら、エミィの心には、あるシグナルが浮かんでは

消えていた。「何か隠してる」・・・何を隠してるのか、それはわからなかった

けれど、みんなの笑顔の中にも、モス・アレス老の言葉にも、僅かな影のような

ものを感じ取っていた。それは、心の中でリーナの光に感じたものと同じ種類の

影だったが、一つだけハッキリとエミィにはわかった。これは、決して悪意から

出たものではなくて、大切な何かを守ろうとしているんだわ。だからエミィは、

あえてこの影を無視することに決めた。



少し無表情になって黙っているエミィに、シンが話しかける。



「さあ、ややこしい話は終わりにしよう。とにかく、惑星ヴェスタリオミアに、

 そして我がファレシア王国に、ようこそ。歓迎するよ、エミィ。」



「惑星ヴェスタリオミア?」



「そう、この星の名前だ。夜の闇に赤く輝く大石柱と、三つの月に見守られた星

 だよ。ほら、窓の外を見てごらん。」



エミィはベッドの脇の壁にある大きな窓から、外を眺めてみた。陽の光がキラキ

ラと降り注いで、大きな川とたくさんの緑が広がっている。こんな景色を見るの

は、地球に行ったとき以来だった。



「太陽が出ていて月は見えないけれど、向こうに大石柱が見えるでしょう?」



リーナが指をさしながら教えてくれた方を見ると、確かに空に向かって果てしな

く伸びていく、一本の濃い紫っぽい柱状のものが見えた。



「あれがヴァウライ大石柱よ。古代文明の遺跡なの・・・。」



そう言ってリーナは遠い目をする。そっか、リーナにとっては自分の祖先の残し

てくれた、大切なものなんだろうな・・・。それにしても、すごいテクノロジー

だわ。エミィはもう一度大石柱を、下の方からできる限り上まで、目で追ってみ

た。いったいどこまで伸びているのか、上は空の彼方に霞んでいる。あれ?大石

柱の根もとの辺り、なんか煙が見えるみたいだけど、火事かな?



「ああ、あれは、君が乗ってきた「星」が落ちたところだよ、エミィ。まだあの

 辺りの森が、ところどころ燃えているんだ。」



シンにそう言われて、エミィはハッと心配になった。シャトルは、どうなってし

まったんだろう。もしかしたら、“ジーンズ”も壊れちゃったかな・・・。



「大丈夫、原因はわからないが、ほとんど損傷はないようだよ。ファレシア王国

 の名誉にかけて、君の「星」はしっかり保護してあるからね。」



シンはエミィの肩をポンッと叩いて、ウインクして見せた。この星でも、ウイン

クってするのか・・・。エミィは何だかホッとして、枕に身を沈める。あの煙の

ところまで、それほど遠くない感じだから、後で行ってみなくちゃね。



モス・アレス老はエミィの様子を眺めながら、「さて。」と小さくつぶやくと、

みんなに向かって言った。



「さあさあ、エミィは疲れている。もうそろそろお開きにしよう。たぶんわしの

 家にいてもらうことになるじゃろうから、またいつでも会いに来ればいい。」



それに応えてシンが言った。



「その通りだ、みんな。名残惜しいが今日はこれくらいにして、おいとまするこ

 とにしよう。彼女のことは私が責任を持って守る。だからみんな、安心して欲

 しい。」



みんな少し残念そうな顔をしたが、それでも「またねぇ。」「今度一緒にお食事

でも。」などと言いながら、ワイワイと賑やかに引き上げていった。モス・アレ

ス老も「隣の居間にいるから、何かあったら呼びなさい。」と言うと、ゆっくり

と立ち上がって出ていってしまった。



急に静寂が訪れて、エミィは何となく、心で感じたリーナの寂しさを思い出しな

がら窓の外に目をやった。今でもピンとこないけど、たとえホントにリーナがお

転婆なのだとしても、それは寂しい心の裏返しなのかも知れない、そんなことを

ボーっと考えながら、エミィは枕を元に戻して、ベッドに横になった。



作・ 小走り

EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/



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