ヴェスタリオミア物語 第1章 エスタミス(5)

前回までのお話
P.5



みんなが帰ったあとしばらくの間、エミィはベッドに横になったまま、ぐっすり

と眠ることができた。目が覚めたとき、ずいぶん長い時間眠っていたように感じ

たが、窓から射し込む日射しは眠る前とほとんど変わっていなくて、エミィは不

思議な気がした。眠ってる間に一日たってしまったのかな・・・?でもそれにし

ては、お腹の空き具合やいろいろな生理現象(つまり、トイレ関係よ)の変化が

小さすぎるわ。第一、まだベッドにはあの人達の残り香が感じられるし・・・。

あ、そっか、もしかしたら、自転周期が違うのかもしれない・・・。エミィは、

ようやく訓練で覚えたことを思い出す。



自転周期の違う星の環境での生活リズムの整え方を身につけるために、「ライト

スタッフ」ではわざと時間割がその日ごとに変えられて、睡眠と覚醒のパターン

を乱すようになっていた。はじめのうちは、毎日のように熱や吐き気に悩まされ

たし、生理のリズムも狂いがちで、エミィは何度も逃げ出したくなった。それで

も一年もすると体の方が順応してしまって、少々の生活時間の変化には対応でき

るようになっていた。ああ、やっぱり頑張って耐えておいて良かったんだなぁ。

こうやって役に立つときが来るんだもんね・・・。



とはいえ、なかなか頭も体もスッキリとは覚醒しきれなくて、エミィはベッドの

中で上半身だけ起こして、しばらくボーっとしていた。ふと気がつくと、足のあ

たりがゴワゴワしている。何かと思って掛け布団(のようなもの)をめくって覗

いてみると、エミィはブーツを履いたまま寝かされていたのだった。ブーツとは

いっても丈夫な合成皮革でできた、装着感のあまりない、薄手の軽いものだった

ので、今まで気がつかなかったらしい。モゾモゾとブーツを脱いで裸足になって

みると、ベッドの滑らかな感触が気持ちよかった。



そういえば、シャトルの中が暑かったために、厚手の防護服や船外活動用ブーツ

は脱いでしまっていたので、ほとんど下着と変わらないような薄いものしか着て

いない。もっとも、特殊な合成繊維でできたこの服は、体温の調節性に優れてい

て寒くはなかったし、汗も適度に排泄してくれるのでベタベタした感じもない。

どこかのSF小説みたいに必要もなく肌が露出したり、透けて見えたりはしてい

ないので、それほど恥ずかしくはなかったけれど、体の線がハッキリ出てしまう

のは気になるところだった。ええと、シン様っていったっけ、あの王様。こんな

薄着してて、あたしのこと、どう思ったかな・・・。まあ、怪我の治療のためと

かって言って、いきなり裸で寝かされてるよりはマシだけど・・・。



エミィはそんな調子でいろいろなことを考えながら、さっきまですぐ隣で笑い合

っていた人々の顔を思い返していた。若き王様だの、遺跡の守護職だの、それか

ら謎の美少女(お姫様?)だの、なんだかすごいメンバーだったな・・・。



この星の人々の笑顔は、地球人類のそれと変わらなかった。笑顔に相応しい心の

色に対応する表情は、笑顔としか表現できないものだった。宇宙の端と端ほども

離れているであろう二つの人類が、同じ笑顔で笑う。それは、エミィにとって素

直な衝撃でもあり、同時に爽やかな安心感でもあった。



「メルリアがよく言ってたっけ、たとえ同じ卵から生まれたとしても・・・。」



メルリア・パロットは、ノアの副医長であった。ハイアー級のテレパスでもあっ

た彼女は、ノアのクルーの中では一番エミィを理解していた。連邦宇宙軍大佐で

あるにもかかわらず気さくで、誰にでも優しく接するメルリアはクルーの心のよ

りどころであった。エミィも実の姉のように慕い何でも相談したし、メルリアも

またエミィを妹のように可愛がっていた。超空間通信法を開発した物理学者とし

ても有名な彼女は、夫であり、ノアの医長でもあるガルフ・パロット少佐を妻と

して支え、「私は看護婦なの」と笑っているような女性でもあった。



そんなメルリアは、よくエミィにこう言っていた。



「エミィ、これから広い宇宙で、私たちはどんな生き物に会うかわからないわ。

 その時気を付けなければいけないことがあります。それはね、みんなそれぞれ

 に違っているということ。体の構造から、感情の表現まで、みんなそれぞれの

 約束事を持っているの。たとえ同じ卵から生まれたとしても、違った環境で育

 った生き物は、それぞれの約束事の中で違った世界を生きるようになるのよ。

 だからね、相手には相手の大切な約束事があるんだって、そう思った上で、お

 友達になるようにしないとね。」



エミィは、いつも隣にいるはずのメルリアに、笑顔を向けた。



「メルリアでも、間違うことがあるんだね。同じ顔で笑うんだよ、同じ約束事な

 んだよ。」



しかしそこにはメルリアのあの、ちょっと困ったような優しい笑顔はなかった。



「みんな、死んじゃったんだ・・・。」



今までエミィは、ノアのクルーが彼女を除いてみんな死んでしまったということ

を、頭では理解していても、どうしても実感できていなかった。けれども何かを

感じたり、考えたりするたびに、それをきっかけにして一人一人のことが次々に

煌めく断片となって思い出され、やがて最後のシーンすらも、徐々にではあるが

しかし鮮明に甦ってくるのだった。



あの時、たった二人だけ生き残ったメルリアとエミィは、何とかシャトル格納庫

に辿り着くことができた。辺りにはモウモウと煙が立ちこめ、床も壁も信じられ

ないくらいの高温になっていて、防護服も船外活動用ブーツも溶けて変形し始め

ていた。空気も加熱されて、フィルター越しに息をするたびに気管や肺が焼けた

だれるのを実感した。



シャトルのハッチを開けようとして、メルリアは両手に火傷を負ってしまう。痛

みのあまり悲鳴を上げながらも彼女は何とかハッチを開き、エミィに中に入るよ

うに促すと、急いで外部のコントロールパネルを操作した。左足と右手の指、そ

れに肋骨を何本か骨折していて、メルリアはもうボロボロだった。



エミィはハラハラしながら、ハッチの入り口に立って、メルリアが操作し終わる

のを待っていた。何もできない自分が歯がゆかったけれど、どうしようもなかっ

た。今はただ、メルリアとこのシャトルで、少しでも早く脱出しなければならな

い。「ノア」がもうそれほど長くはもたないことくらい、エミィにも理解できて

いた。



しばらくコントロールパネルに数字を入力したり、時々バンッと叩いたりしてか

ら、メルリアは諦めたように一つ息を吐き出すと、エミィに向かって言った。



「エミィ、あなたは生きなさい!生きて、アリムたちが助けに来てくれるのを待

 つの!・・・私?私は残らなきゃ。システムが壊れてて、誰かがここで制御し

 ないと、この脱出用シャトルを打ち出せないみたいだしね。それに・・・、ガ

 ルフが。彼が寂しがるでしょ、一緒にいてあげないと・・・。」



「そ、そんな、メルリア・・・!」



「結婚式を挙げたんだもの、きっとこれは、運命なのよ。」



メルリアの最後の言葉が、ハッキリと脳裏に浮かび上がる。シャトルのハッチを

閉じるとき、メルリアは幸せそうに笑っていたんだった。エミィは「ノア」を脱

出してから初めて、声をあげて泣いた。



「メルリア、最後までガルフのこと・・・。」



メルリアとガルフのロマンスは、月や火星も含めて、地球圏全体に知れ渡ってい

た。それほど、「時代遅れ」で「型破り」だった。なにしろ、連邦宇宙軍の大佐

が少佐に恋をした上に、二百年ぶりに結婚式を挙げてしまったのである。この騒

動のために、ノア計画に携わるまで、二人とも二階級降格されていたほどの、こ

れは事件だった。結婚は、子供を育てる間だけの懐古趣味的な形式であるとされ

ている時代に、メルリアはガルフを愛し抜き、「夫」として立てようと努めた。

ガルフは戸惑いながらも、「良き夫」という概念を一生懸命研究し、メルリアを

「妻」として扱った。そういう行為にどれほどの意味があったのかはわからない

し、世界中から奇異の眼差しで見られたけれども、それでも二人は幸せだったよ

うである。



エミィも二人に会うまでは、世間の価値観を信じて疑わなかった。「永遠の愛を

誓うなんて、常軌を逸している」と。エミィだって自分の死んだ両親や、アリム

やアリムの家族を愛している自信はあったけれど、それは「永遠の愛」などとい

うものとは違う、もっと現実的なものだと思っていた。けれど、メルリアとガル

フに会い、接していくうちに、エミィの心は何かを感じ取っていた。エクセレン

ト級のテレパスとしての敏感な心は、確信せざるを得なかった。



「二人は、愛し合っている、・・・永遠に。」



だんだん気持ちが落ち着いて、何度かしゃくり上げてから、エミィはいつの間に

かアリムのことを思っていた。アリムに会いたい、会いたい、会いたい・・・!

そう思うと、エミィは居ても立ってもいられなくなった。ベッドから起きあがる

と、ブーツをパンパンとはたき合わせて、ズボッと足にはめる。それから、フッ

と息を吐き出してドアを蹴破るように開け、居間にいるモス・アレス老に一言だ

け、「ちょっと、シャトルのとこまで、行ってきます!」と声をかけると、玄関

を飛び出していた。体はまだ、あちこち痛かったけれど、気持ちに応えるように

頑張って動いてくれた。



「通信機よ!メルリアが残してくれたあの超空間通信機が壊れてなければ、きっ

 とアリムの乗ってる「ノア2」と連絡が取れるはずだわ!ここの位置を知らせ

 ることさえできれば、迎えに来てくれる!」



走りながら、エミィは胸がジンジンと疼いているのを感じ続けていた。ハッチが

閉じられた後に流れ込んできたメルリアの心を、エミィは忘れない。死にたくな

い、そう叫んでいた。激痛と恐怖に満たされていた。そして、それでも一生懸命

ガルフのことを想いながら耐えていたんだ。耳を塞いでも、あとからあとからメ

ルリアの心の葛藤が伝わってきて、エミィは何度も気を失いかけた。愛する人の

そばで安らかに死んでいったと思いたかったけれど、人が死ぬっていうのは、決

してそんな綺麗事ではないと知ってしまった。メルリアの最後は、エミィの心に

人が死ぬということの壮絶な悲しみを、深く刻みつけた。それ故余計に、この胸

の疼きは、そう簡単に癒えはしないだろう。けれど悲しみを乗り越えるには、一

生懸命、前に向かって走るしかないのだ。これは、彼女が両親を亡くしたとき、

アリムが教えてくれたことだった。あたしはこうして、生きている。だから、ア

リムに会わなければならないんだ、絶対に。エミィはメルリアに誓うように、自

分の心を確かめた。



モス・アレス老は、弾丸のように飛び出していくエミィを、安楽椅子に座ったま

ま、ただ静かに見つめていた。それから、窓の外のシャトルが不時着した辺りを

しばらく眺めて、一つため息をつくと、「よっこら、しょい。」と一言漏らして

立ち上がり、ゆっくりゆっくりと玄関に向かった。



作・ 小走り

EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/




<--クプカ「きら星★」目次へ