ヴェスタリオミア物語 第1章 エスタミス(7)

前回までのお話
P.7



森は、どこまでも深く入り組んで続いていた。確かに、モス・アレス老がいなけ

れば、エミィは迷ってしまったに違いなかった。もう道なんてほとんどなくなっ

ているのに、老は川の流れが海を目指すように、よどみなく進んでいく。



火星に行こう

ルルル

火星に行こう

ルララ

悲しいことはみんな忘れて

さあ、火星に行こう



エミィはモス・アレス老の背に揺られながら、お気に入りの歌を知らずに口ずさ

んでいた。一、二年前に流行った歌だったけれど、エミィはこの歌が何となく好

きで、「ライトスタッフ」での訓練などで辛いことがあるたびに、この歌をうた

って気持ちを紛らせた。



真っ赤な空とオレンジの砂

大洪水の夢を見ながら

のんびりドライブ

最高さ(「最高だろう?」だったっけかな?)

振り向いてくれないあの娘なんかより

火星の女王様の胸に甘えなよ



さあ、火星に行こう

ルルル

火星に行こう

ルララ

ルララルラ・・・



「なんて歌だね?」



「あ、ごめんなさい、変な歌うたっちゃって。おまけに、下手くそで・・・。」



エミィは、顔から火が出そうなほど恥ずかしかった。あたしって、パパに似て、

音痴なのよね。モス様の背中に乗ってるんだってこと、すっかり忘れてた。うう

う、不覚だわ・・・。



「いやいや、楽しそうでいい歌じゃないか。お前さんの声も、わしは気に入った

 よ。下手なファナリアよりよっぽどいい。」



「ファナリア?」



「ああ、最近流行ってる歌さ。わしはあんまり、好かん。軽薄すぎてな。」



「あら、この歌だって、かなり軽薄かも・・・。」



「ん?ほっほ、そうかい。そりゃあ、困ったなぁ。じゃがのぉ、お前さんの心か

 ら伝わってくる気持ちは、軽薄じゃなかったよ。いろんな想いがこもっておる

 ようじゃなぁ。さあ、もう一度うたっておくれ。」



そうかもしれない、とエミィは心でうなずいた。たいした歌じゃないけど、この

歌には思い出がいっぱい詰まってる。歌って、不思議だな。メロディとリズムと

歌詞と声。ひとつひとつの要素だってそれぞれに力があるけれど、それらが複雑

に絡み合いながら響く。すると、ちょっとした思い出のはずが何倍にも膨らんで

甦ってくる。ときに苦しいほどに。ときに切ないほどに。だからあたしは、下手

くそだけど、歌が好き。エミィは何度も何度も、繰り返しうたった。



そのうちに、だんだん周りの空気がざわめいて、明るさが増してきた。さっきま

ですぐそばに迫っていた木々の枝も、すうっと両側に開けていった。道も次第に

ハッキリとしてきて、エミィの心にはいくつかの人間の心が流れ込むようになっ

た。遠くの方には、かすかにパチパチという弾けるような音が聞こえる。おそら

く、火事で木が燃えているのだろう。そういえば少しだけ、煙のような酸っぱい

匂いが空気に混じるようになった気がする。



「もうすぐ、終点じゃよ、エミィ。」



「モス様、あたし、森を燃やしてしまいました。」



エミィはいつの間にか、涙ぐんでいた。



「取り返しのつかないことをしてしまって・・・」



「エミィ、泣くことはない。森だって、泣いてないし、怒ってもおらんよ。」



「でも・・・」



「ふむ、お前さんは優しい子だ。ようやく森が、心を開きかけておる・・・。」



モス・アレス老は、もう少し何か言いたそうだったけれど、それ以上は何も言わ

なかった。森って、なんなんだろう・・・。エミィはもう少し森について老に聞

いてみたかったが、口には出せなかった。まだ自分はそれを教えてもらうことは

許されない、そんな気がエミィにはしていた。



そのとき、パアッと目の前が開けて、圧倒的な光が飛び込んできた。エミィはあ

まりのまぶしさに、両手で目を覆った。モス・アレス老はゆっくりと立ち止まる

と、エミィの両足を地面に付けるようにしてしゃがみながら言った。



「さあ、到着じゃ。あれが、お前さんの「星」じゃろう?」



エミィは恐る恐る目を半開きにして、指の間から覗いてみた。すると、森の中に

ぽっかりと空いた空間の中に、真っ白なシャトルの機体が横たわっていた。広さ

は百メートル四方くらいだろうか。不思議なことに、シャトルはまるでずうっと

前からそこにあるかのように、この空間の風景に溶け込んでいるように見えた。

シャトルの周りの地面には、一面に小さな草花の絨毯が広がっている。よく見る

と、シャトルの側壁面にはツタのような緑色の植物が絡まっていた。周囲の木々

は、昔から変わらないというようなたたずまいで、この空間を取り囲んでいた。



ここに不時着したにしては、あまりにも風景が穏やかすぎる。あの角度とスピー

ドで突っ込んだのだから、地面にはクレーター状の穴が開いていてもいいはずだ

し、地面も真っ黒に焼けこげているだろうし、第一、周囲の木々だってもっと乱

暴になぎ倒されたりしているのが普通だろう。不時着した場所からここに移され

てきたとも考えられるけれど、それでもツタが絡まっていることは全く説明が付

かない。唯一、花畑と森の木々との境目には、異常な数の切り株が並んでいて、

火事の延焼を防ぐ処理をしたのかもしれなかったが、とにかくエミィにはまるっ

きり、わけがわからなかった。



「言ったじゃろ?星が受け止めてくれる、とな。」



エミィの心を見透かして、モス・アレス老はそう言うと、ニコッと笑った。



シャトルの周りには、ベージュ色のマントのような服を着た人が数人、まるでピ

クニックにでも来たような雰囲気でくつろいでいる。ある人は花畑の中に腰を下

ろして、指で花をもてあそびながら、熱心に厚手のプレート状のものに見入って

いた。またある人は森の方を指さしながら、隣の人と談笑していた。彼らの周り

には蝶に似た色鮮やかな小鳥や、フワフワとした毛に包まれた小動物、それに、

半透明のゼリー状の生物(モゾモゾ動き回っているので、たぶん生物)などが群

れて遊んでいた。



そのうちの比較的近くにいた一人の女性が、エミィたちに気づいて、微笑みなが

らこちらに近づいて来た。それまでののんびりした感じとはうって変わって、き

びきびとした身のこなしである。



「ようこそ、モス・アレス様。初めまして、私、リンベル騎士団のリル・ヴィト

 リカイセンと申します。」



リルと名乗ったこの女性は、左腕を胸に当てて、膝を軽く曲げた。この星の敬礼

なのかな・・・。エミィはそう思いながら、リルの腰についている小さな赤い球

体に気づいた。リルの体の動きに合わせて、チリリ、チリリとかすかな音を立て

ている。左右に二つずつ、サクランボみたいに見える。



「おお、ヴィトリカイセンというと、侍従長のアーマの娘さんかな?」



「はい。母からモス様のお噂はかねがね。お会いできて、光栄ですわ。」



そう言って微笑むと、リルはエミィに目を移して、再び敬礼をした。



「エミィ様ですね?国王陛下から、お話は伺っております。お元気になられて、

 なによりでした。エミィ様の「星」は、陛下のご命令により、我がリンベル騎

 士団が厳重に保護いたしておりました。ご安心下さい。」



「あ、ええと、ありがとうございます。」



ドギマギしながらそう言うと、エミィはピョコンと頭を下げる。リルは少し怪訝

そうな顔をして、モス・アレス老の方を見た。



「ほっほ、エミィは、ありがとうございます、と言ったんじゃよ。まだ、コルベ

 ス語やアルティメナ語を話せないのでな。」



リルは「ああ。」と納得したように言うと、「どういたしまして。」とエミィに

微笑みかけた。



そっか、あたしはまだ、この星の言葉を話せなかったんだ。モス様とは心を通じ

て会話できるから、すっかり忘れてた。早く言葉を覚えなくちゃね。それにして

も、モス様がいてくれてよかった。この人、騎士だっていうし、言葉が通じなか

ったりしたら、斬り殺されちゃったりして・・・。エミィはブルッと小さく身震

いした。



それにしても、とエミィは改めてリルを観察する。騎士っていっても、全然騎士

には見えないわ。物腰は確かにきびきびしてて、凛々しい感じだけど。武器を持

ってる気配はしないし・・・。あ、また、サクランボが鳴ってる。チリリ、チリ

リ・・・。とっても可愛らしい音で、心が和んでくる。



「この鈴は、国王陛下から頂いたものです。ファレシア王家の近衛騎士団である

 我がリンベル騎士団の、精神の象徴なのですよ。」



リルは、さっきからジイッと腰の鈴を見つめているエミィを穏やかな眼差しで眺

めながら、誇らしげに説明した。



「私たちは国王陛下の御心を実現するためにのみ存在します。武器はいっさい持

 たず、ただその精神の気高さと純粋さを以て、人々の信頼と尊敬に応えるので

 す。この鈴の音は、そういう私たちの覚悟の証なのです。」



そう言って、リルは愛おしげに鈴を指で撫でる。



「え?それじゃあ、もし争い事や戦争に巻き込まれたら、どうするんですか?」



すかさず、モス・アレス老が通訳してリルに伝えてくれる。



「ああ、そうね、そういうときもあります。そのときは、潔くこの命を盾にして

 陛下と陛下の愛するものをお守りするのです。争い事や戦争は、必ず未然に防

 ぐことができます。そういう状況に巻き込まれてしまうというのは、平和なと

 きに細心の注意を怠った、自分の怠慢に原因があります。その責任は、命を以

 て償わなければなりません。」



リルはそう言って、鈴の音と同じように笑う。いつの間にか、リルの後ろには花

畑でくつろいでいた騎士団員たちが集まってきて、整列していた。ひとりひとり

の腰には、リルと同じ真っ赤な鈴がついていて、時々チリリ、チリリと音を立て

る。みんな自信と誇りに満ちた表情で、エミィを見つめていた。



「エミィ、彼らはなにも、決して戦わないわけではない。戦いの質が、違ってい

 るのじゃよ。相手を傷つけるだけが、戦いではあるまい?」



モス・アレス老にそう説明してもらっても、エミィにはまだ、納得がいかなかっ

た。地球圏の歴史の上でも、リルが言うような理念を掲げる人々はいた。非暴力

主義者とか平和主義者などの名で呼ばれた人々である。けれども、そういう人々

のほとんどは、短期間で消滅してしまった。あるときは外的な力に屈して、また

あるときは内側から崩れ去って、消えていった。



消えていく原因は様々だろう。例えば、理想的なスローガンに陶酔して、その理

想が実現しようとする内実を忘れてしまったり、あるいは教条的に理念を語るだ

けで現実社会との接点を失ってしまったりする場合も多かった。しかし、もっと

根元的な問題は、そういう理念を抱く人々が人間や物事のあり方を、あまりにも

固定的に捉えすぎてしまうところにあった。そのために、仲間の人間的な変化や

それに伴う仲間内の人間関係の変化、更には固定化した理念と変化し続ける現実

との間のギャップに対応しきれずに、崩壊していくのである。特に、理念を構成

する価値観の固定化は、致命的であった。



人間も物事も、善悪などの価値は固定的ではなく、常に現実の中でのバランスを

保って存在している。争い事にしても、避けるべきときもあれば、逆に有益な場

合もある。むしろ生命は、共生というバランスの中で、争い事を有意義に利用し

ていることが多い。



重要なことは、理念と現実との往復運動の中で、バランスを見定めることではな

いだろうか。あらゆる争い事を避けようとするものは、現実を忘れてしまった形

骸である。逆に全ての争いに意義を見出そうとして、殺人や戦争まで肯定するも

のは、これもまた形骸的であるし、その上、人の心という最大の現実を無視した

ヒトデナシでしかない。中には殺人や戦争による死を、生命の共生関係の中での

役割としての死(プログラミング・デスなど)と同等に扱おうとする人々もいる

が、それは似たところを一部分だけ取り出して比較する、狡猾なパズルゲームの

類だろう。知性が高じると、えてして人はヒトデナシになりたがる。



極論すれば、人間とは心である、とも言えると思う。従って、人間が人間として

存続するつもりなら、心を破壊するような行為は避けられるべきである。心を破

壊するほどの行為でなければ、本当の意味での反動を生まず、社会を活性化する

要因にはならないという考え方もあるけれど、心を破壊された人々で溢れかえる

活性化された社会など、いったい何の役に立つのだろうか?



殺人や戦争に含まれる様々な価値は、人の心の破壊という代償を常に要求するも

のだ。そのような壊滅的選択肢をあえて選ぼうとするのは、人間的怠慢としか言

いようがない。できる限り、別の選択肢を模索すべきである。社会の様々な問題

の根底に流れる、人の心の問題を、平和という定常状態の結果だとする見方もあ

る。けれども、その心の問題のルーツを慎重に辿っていけば、ほとんどが戦争な

どの極限状態による心の歪みと、それに対する反動に行き着くということを、決

して忘れてはならない。



一方で、現実の中において、戦争など壊滅的な選択肢を選ばざるを得ないときも

確かにある。そのとき、武器を取って戦うことができるかどうかは、非常に重要

なことだ。もちろん、武器を取らないこともできるが、逆に武器を取ることも否

定されてはならない。どちらを選ぶことも、人間には許されているのである。た

だ、武器を取って戦ったとしても、人間としての心があるならば、自他の心の破

壊を最小限に留めるよう、努力しなければならない。そして、自分が武器を取っ

たという事実を認めながらも、それに埋没することなく、その後に起きる殺人や

戦争を避ける方法を積極的に講じなければならない。戦いを避けられなかったも

のには、より大きな平和への責任が生じるし、戦ったからといって人の心を無視

する理由にはならないのである。



このような考え方は、非暴力よりもむしろバランス感覚に重点を置いた平和主義

である。あるいは、人の心を中心に据えた、現実的平和主義とも呼べるものかも

しれない。ここで言う平和主義とは戦わないことではなく、戦おうと戦うまいと

に関わらず、人の心の破壊を最小限に食い止めようと努力するその姿勢のことな

のである。



とにかく、形骸化した理念も、知性の迷妄に陥ったヒトデナシも、どちらも愚か

であり、哀れである。しかし、理念も知性もない根無し草は、もっと哀れな存在

なのだ。形骸やヒトデナシの誘惑と戦いながら、理念と知性とを持ち、現実との

往復作業の中で、その場面ごとにより良い選択肢を追求する。そういった、臨機

応変の姿勢が必要なのである。それはまた、生命の実際の姿でもある。そこから

外れたものは、どれほど崇高な思想も哲学も宗教も、空しいだけであろう。



しかし逆に言えば、そのような臨機応変の立場に貫かれた、どちらかといえば非

暴力にシフトしている柔軟な平和主義というものを実現できるならば、それは現

実に即した理念として、むしろ有用とも考えられるのではないだろうか。リンベ

ル騎士団の考え方は、この柔軟な平和主義に基礎を置きながら、更に高い精神性

に支えられて、非暴力の方向へのシフトを強めていると言える。



非暴力に重点を置くならば、より一層、平和な時期に何をするかが問題となるだ

ろう。非暴力の非暴力たる所以は、もちろん戦争状態においてその真価が問われ

るのではあるが、実際には戦争状態に至らせない努力こそが、非暴力主義の本質

なのではあるまいか。戦場で、銃口を向ける相手に自分の胸を曝して進むような

スタンドプレーは、戦争を避ける努力が足りなかった結果に過ぎず、悲壮感と勇

気に満ち溢れた英雄的美談を残すことはあっても、それ以上に意味はない。時に

幸運な和解が導かれたとしても、それはあくまで幸運であって、そのような美談

的幸運に頼るようなものは、本来の非暴力主義とは一線を画すものだ。



ところが、このような非暴力にシフトした、柔軟な平和主義の姿勢を貫くことは

非常に難しい。残念ながら二十四世紀を迎えても、地球人類の精神は、それを実

現できるほどに成熟してはいなかった。物事を、バランスを保った全体として捉

えることができなかったのである。そして相変わらず、形骸とヒトデナシと根無

し草を歴史に刻み続けていた。非暴力主義や平和主義を現実的でないとして否定

しながらも、それに変わるような、人の心を満足させることのできる立場を見出

すことができずにいた。哲学や論理学にしても、未成熟な精神にとっての巧妙で

魅力的な「おもちゃ」であり続け、人の心をますます枯渇させていくだけでしか

なかった。その隙間につけ込むようにして、二十三世紀初頭には、新興宗教勢力

や新非暴力絶対平和主義なるものが台頭したが、それらは新たな紛争の火種にな

り下がって没落していった。その混乱の反動として、宗教は大きな流れに統合さ

れて宗教性を薄められ、非暴力主義や平和主義は改めて、その非現実性ばかりが

強調されるようになってしまった。



だから、エミィにとってリンベル騎士団の考え方は、理解はできても現実的では

なかった。何の実行力もない、お飾り騎士団なのかもしれない、そんなふうにさ

え思われた。エミィは、シン・ファレシアの顔を思い出す。シン様って、まだお

若くていらっしゃるから、きっと理想に燃えてるんだろうな・・・。リンベル騎

士たちの凛々しい笑顔を信じたいという誘惑はあったけれど、やはり不安という

か、その理念に漂う危うさを拭うことはできなかった。さっきだって、「厳重に

保護している」って言いながら、みんな、くつろいじゃってたもんねぇ・・・。

おまけに、まだ森はあちこち燃えてるんだよ、それなのにお花畑で笑ってるなん

てさ・・・。綺麗ごとばっかりで、何にもしない人たちなのかな・・・。



「エミィ、よくお聞き。」



モス・アレス老が、少し厳しい顔になって言う。



「リンベル騎士団は、実際にちゃんと働いているのだよ。人の見ていないところ

 で、人とは違ったやり方でな。まあ、そのうちお前さんにもわかる。こういう

 やり方もあるのだということがな。理想を掲げるだけでなく、それを立派に実

 践しているんじゃ。疑うことは大切なことじゃが、現実を知らずに疑ってはい

 けないよ。」



「は、はあ・・・。でも・・・。」



エミィの表情がさえないのを見て、リルは不安げに尋ねた。



「モス様、何か問題が?」



「いやいや、お前さんたちがくつろいでおったんで、少し不安になったのさ。」



「そうだったのですか、それは失礼いたしました。」



リルはホッとしたように、エミィに笑顔を向ける。



「でも、ご安心下さい。警備上、なにも問題はありません。私たちがくつろいで

 いたのは、緊張する必要がなかったからです。任務だからといって必要もなく

 緊張しているのは、無駄なことでしょう?物事には、メリハリが大切だと教わ

 っていますわ。それに、動物たちが怯えますから。」



「で、でも・・・!」



エミィは少しムキになって言う。



「森は、森はまだ燃えているわ!そりゃあ、原因はあたしだし、あたしが消さな

 くちゃいけないのかもしれないけど、でも、手が空いてて、くつろいでる暇が

 あるんなら、消火作業してくれたっていいじゃない!」



エミィが、これほどまでにリルたちを疑ったり、ムキになって非難したりするの

には、当時の地球圏の非暴力主義や平和主義に対する否定的な価値観以外にも、

それなりの理由があった。というのは、地球圏において非暴力や平和を説く人々

の集団は、決まってテレパスを弾圧したのである。そういう歴史があった。弾圧

の理由はその時々で様々だったが、あとから振り返れば単純なことだった。テレ

パスには、彼らの本音が見えてしまうのである。もちろん、純粋な想いで活動し

ている人も少なくはなかったが、そういう人の心にも必ず暴力的な衝動や争う気

持ちが潜んでいる。それを見透かされてしまうのは、彼らにとっては耐え難い屈

辱だった。そして、それは心の根幹に触れる問題だけに、弾圧が苛烈を極めるこ

ともあった。仮にも非暴力や平和を説く人々であるから、弾圧が表立って行われ

ることはなかったが、そのぶん手段は陰湿で巧妙なものになっていった。そうい

う歴史を知って以来、エミィは空想的な理想を語る人々が信じられなくなってい

たのである。



モス・アレス老の通訳した言葉を聞いて、リルは困ったような顔をする。



「そう、森はまだ、燃えていますね・・・。でもあの火事は、あなたのせいでは

 ないのですよ?森が、この星と話し合って決めたことなのだそうです。エミィ

 様の「星」が落ちてくるのを利用して、「星」と空気との摩擦で火種を作り、

 必要な場所に飛び散らせたのだとか。森は、その火によって要らないところを

 削り、生き物が滞りなく流れるようにするのですって。私もそれを聞いたとき

 はびっくりしましたけど・・・。リンベル騎士団は、エミィ様の「星」が落ち

 たために起きた、必要のない火事は、全て消し止めました。あとのことは、森

 の意志に任せるしかありませんわね。」



リルの言葉を聞きながら、エミィの心にはいつしか、銀河が広がっていた。森の

奥から一陣の風が吹いて、それまでのモヤモヤした気持ちを、いっぺんに吹き飛

ばしてしまったような気がした。この森は、星にお願いして、自分自身に火をつ

けるために、あたしとシャトルを受け入れた。そして今、生き物が滞りなく流れ

るために、自分を燃やしている・・・。それをそのまま信じることはできなかっ

たけれど、今まで想像もしなかったような、大きな大きな生きているものの鼓動

の響きを、エミィは感じ取っていた。そして、自分の価値観やこだわりや思い込

みが、どうしようもなく小さなものに思えてきた。



「ごめんなさい。ごめんなさい、あたし、何かとんでもない勘違いをしていまし

 た。全然、そんなこと知らなくて・・・。あたしはこんなに馬鹿なのに、リル

 さんたちのことも、何にも知らないで疑ってしまったりして・・・。」



エミィは顔が真っ赤になるのを感じた。恥ずかしくて、逃げ出したかった。おそ

らくリンベル騎士団は、リルさんやモス様の言う通り、素晴らしい理想を実践し

ているのだろう。地球の人類が決して実現できなかったことを、この星の人たち

は成し遂げようと努力しているんだ。それも、星や森や、そういう大きな大きな

存在と手を取り合いながら・・・。あたしひとりだけが、ものすごく小さいんだ

って気がする。ううん、あたしを通して、地球の人類全体が未熟だって思い知ら

された感じさえしてくる。頑張って行動している人たちを、頭ごなしに非難して

しまうなんて、一番いけないことだって、わかっているはずなのに・・・。



「エミィ様、そんなに気にしないで下さいな。それより、早く「星」を見てあげ

 て下さいませんか?私たち、頑張ってピカピカに磨き上げたんですよ。<森の

 手>は、切ってしまうわけにもいかなくて、そのままにしてありますけど。」



そう言いながら、リルはエミィの手を取って、シャトルの方へ引っ張っていく。

すぐ後にモス・アレス老が、それから少し間を空けてリンベル騎士団員たちが続

いた。さっきから遠巻きに見守っていた小鳥や小動物やゼリー状の生物たちも、

ワラワラと集まってきた。シャトルの白い機体が、陽の光を反射して、キラキラ

と光っている。



そうよ、忘れるところだったわ。あたし、メルリアの超空間通信機を調べに来た

んだった。この保存状態なら、十分に望みはある。エミィは気を取り直して、少

し早足になってシャトルに近づいていった。



「さあ、どうぞ。」



シャトルの直前まで来たところで、リルはエミィに向かってうやうやしく敬礼し

ながら、シャトルのハッチの辺りを指し示す。リルが<森の手>と呼んだツタ状

の植物は、ハッチを避けるような形で貼りついていた。



そのハッチは、半開きの形で止まっている。おそらく、不時着のときの反動か何

かでロックが外れたんだわ。それで、あたしが助け出されたあと、閉じられない

でそのままになってるのよね、たぶん。あれ?あたしって、もしかしてモス様に

助け出されたのかしら?



エミィがそう思ってモス・アレス老の方を振り返ると、老はニカッと笑って応え

た。ありがと、モス様!さて、っと・・・。エミィはフッと小さく息を吐き出す

と、ハッチに両手をかけて押し開いた。グッ、ググッ、グググ・・・。



バタンッ!と大きな音を立てて、ハッチが全開になった、ちょうどそのときであ

る。大きな黒いカタマリが、ヌウッとエミィの目の前にせり出してきて、左肩に

触ったのだ。



「きゃあぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!」



エミィの叫び声が、広い広い森全体に響きわたった。



作・ 小走り

EMAIL:kobashi@nsknet.or.jp
http://hideo.com/kobashi/




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