Tam-Tamの世紀

最後まで読まなくて結構! 
温故知新

 BGM(Guantanamera.mid)

 表記タイトルの「Tam-Tam」は「Tom-Tom」とも書きまして,ご承知の通りバンドのドラムセットにもありますが,アジア,アフリカ原住民の用いる長細い胴の太鼓(下のFig参照)のことです.英語ではトムトムといった「単調なリズム」も意味します.この太鼓の演奏は,テレビ番組から受ける先入観もあり,主に原住民が冠婚葬祭など儀式の音曲に用いるものと考えがちです.ところが実際はもっと日常生活に密着して使用されており,ニューギニアではこの太鼓の音(音楽とはいえない?)のみで「敵が攻めてくる」,「病人が出た」などと隣村との交信をスムーズに行ったと聞いております(旧日本軍人から).恐らくよそ者には理解出来ないのでパスワードなど不要で,プロトコール(決まった手順)通りアドレス,通信内容,緊急度などが順序よく送信され,受信完了,了解の返答も確実にされていたのかもしれません(もちろん音の聞こえる範囲ですが).これは通信手段の一つの原点とも言えるでしょうし,もしかしなくとも,いわゆるマスメディア(伝達手段,媒介.今では,新聞,放送を意味)の基本コンセプトは,昔も今も,未開地も先進国も関係なく,そのニーズに合わせて「Tam-Tam」交信のように大成されて行ったのでしょう.

 ただ,ここで着目したいのは,生活圏(コミュニティー,地域社会)自体は,そこでは「Tam-Tam」の音の聞こえる範囲,あるいは「Tam-Tam」交信を中継してくれる近隣村々(proxy)を介しての伝達可能な地域であり,人々の交流域(行動範囲,くに境)と情報伝達範囲はそれほど違わないことです.ところが現代一般社会を考えて見ますと,人々の平凡な日常行動範囲(直接会って話す,お買いもの,旅行など)は限られていますが,情報伝達範囲は衛星通信,携帯電話,インターネット,パソコン通信など高度に発展した便利なメディアによるウェブ(クモの巣状ネットワーク)を介して世界規模となりつつあります(宇宙は依然無理ですが....).しかも誰もが手軽にメディアを利用出来てしまうと言う極めてアンバランスで不自然な時代に突入しました(偏見かな?).遠方との手短なインタラクティブ(相互対話式)性,これはすばらしい技術革新と言われてますが,でも一見して,一体何が「Tam-Tam」よりすばらしく画期的なことなのでしょうか......

 近頃のガキは,インターネットで世界中の天気まで瞬時に分かってもアリガタクもなく感動などしません(確実性の高いメディアを用いているので,プロトコールにミスさえなければ当然的)が,小生の幼年時代はまだパソコンのパも無く,3本足のトランジスタ(1個300円もした)が真空管にとって変わり行く過程であり,電気は食うけど石より球が良いと(暖房にもなるし)言われていました.個人的楽しみにはモールス信号など叩いていましたが,うまくいかないことが多いので,繋がった時の非常なる感動がありました.メディアの進歩は,今のようにアタリマエとなったお気軽「携帯」,会った時には話しにくいことでも闊歩しながらダベったり.また,インターネット等のパソ通信でお気軽にマニアチック(趣味を同じくする者たち)な不特定多数(脱生活圏)と情報交換が出来るなど,変で歪んだ人間関係(面を合わせて相手と堂々と話せないオタク的)やカルト・コミュニティー(好き者同士)を形成してしまいました.

古来中国の詩文「友あり,遠方よりきたる,また楽しからずや」には距離感を茫洋する感動があります(酒があれば更に楽しい.....).

 仲良く楽しくためになる交信するためには,その時点の相手の気分,また性格的なそのヒトらしさが分からないでも,オンライン上は業界(オタク)スタンダードレベルでのやりとりが無難で推奨されています.小生は,よくパソ通初心者マニュアルに出てくる「ネチケット」と言う似非(エセ)紳士的な言葉に押しつけがましい不快感を感じます.「ほうほう,こんな決まりなのか」と感心し,つまらないメーリングリストやフォーラムなどに参入する気は毛頭ありません.誹謗中傷がイケないなど,そんなこと今更......でしょうが.イヤならば最初からそのメディア,グルーピングに参入しなければ良いでしょう.本,新聞,頭の体操でも読んでいればよほどためになります.

 マスメディア,マスコミュニケーション,マスプロダクション,マスマス一億総白痴化の時代,メディアとはいったい何なのか,今一度振り返って見ましょう.元々相手の.....らしさが分かっているアットホーム的範囲で細々,淡々のやり取りなら,気が知れてるじゃないですか.通信の利便性の原点を履き違えて乗っかり,ロケットスタートすることはないでしょう.それら通信技術に振り回されず,難しい比喩などせず,片意地張らずに原点回帰の必要性を提起し,すべてに退行など考えられない現在からさらなる人間性の奥深さを見極めましょう.

 ここに「Tam-Tam」と言うprimitive(原始的な,素朴な,本来の,根本的な)なメディアのキーワードをタイトルに掲げた次第です.

 今回,当方がホームページを開設するに当たり自分の生活圏を設定し,このホームページには自己満足的コンテンツしか出しません.従ってガキの写真等が多々散見されても,「当方の...らしさ」が分かってもらえる人間関係の範囲で開示出来れば良い.これを当方は,WWW(World Wide Web)に対比してWNW(World Narrow(狭小,限られている) Web)と命名します.


 98年の夏は天候不順で最悪,7月下旬の群馬への家族旅行の日程も雨で散々でした.その時,群馬サファリパークへも動物を見に行ったのですが,偶然,横の遊園地でこの「Tam-Tam」の演奏と女性の激しい踊りの舞台に立ち会わせ,遺伝子にまで響くようなダイナミックな音感に酔いしれて呆然としてしまいました.演奏者の湧き出る体力がそのまま音になっているようで,踊りとのマッチングが絶妙でした.ほんと顔つき自体がエンジョイ・ミュージックなのです.日本の和太鼓も感動しますが,全く異質のようです.

 このようなサウンドを聞くと日頃聞き慣れた洋楽など小手先の技巧のようで,「楽譜を見て音符,リズム,強弱を間違えずうまく弾く」は,決まりに従って誰でもがほぼ同様の演奏をし,名作曲を後世に残すには意義があるでしょうが,これは練習で上手になることはあるにしろ音楽家としてのオリジナリティーの喪失,「自分自身の音楽」からの乖離,本質,表現力,自分の楽しみを見失っているような気がしました.そう言ってながら今日もガキのピアノ練習で,そこは違うと怒鳴っている自分が情けない.

 当方のこじつけ的俗悪文章を,よくぞ最後まで読破してくださいました.心からお礼申し上げて本稿を終了します.

 多無 印

一言,日本人には絶対出来ないな....


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