(04/6/13)

非常勤裁判官日誌W


3月×日
 今朝も新件が2件配点された。1件は証券取引がらみの事件だ。と言っても証券取引そのもののトラブルではなく、外務員が顧客の保護預かり証券を無断で担保差入れして顧客名義で借金をしたという事案だ。顧客としては保護預かり証券の返還を求めているが、証券が大阪証券金融に担保差入れされているから、借金を返済しないと返還されないところに問題がある。

 もう1件は医療過誤事件だ。胸が苦しくて病院の内科にかかったが、異常はないから様子を見ましょうということで帰されたものの、納得できないので同病院の耳鼻科にもかかり、心電図もとってもらったが、やはり異常はないということだった。3日後に耳鼻科に再診に行くが、やはり様子を見ましょうということで帰宅したところ、翌日になって倒れて、死亡した。心電図を見たら、明らかに異常な所見があるのにそれを医師は見逃したというのが申立の理由だ。

 それに対して病院側としては、全く異常な所見がないとは言わないが、急性心筋梗塞の疑いまでは持ち得なかったから、医療過誤にはあたらないし、仮にその疑いを持って検査をしていたとしても、死因の不整脈死は回避し得なかったという見解のようだ。病院側の過失の有無程度、さらには死因自体に争いがあるのに、どのように調停を進めたら良いのかな。事実調査をした方がいいのだろうか。それなら、心電図を病院側から出してもらわないといけない。それとも、申立人としては、病院が認める範囲内を前提に数百万円程度の解決金の支払いで納得するのだろうか。午前中は、調停期日が入っていなかったので、記録を読みながら、いろいろ考えていた。自分自身、証券取引事件も医療過誤事件も初めてではないので、あわてることはないが、改めて医療関係の書籍を読みあさらないといけないな。


3月××日
 自治体相手の地方税税滞納処取消をめぐる調停の続行期日。

 自治体関連の紛争では、当事者間でボタンの掛け違い、相互不信の強さにいつも悩まされる。滞納地方税の徴収の問題にしても、どの自治体でも頭を抱えている問題であり、中には氏名公表や行政サービスの停止までも盛り込んで条例で対応しようとしている自治体もあるほどだ。しかし、それも電話督促や臨戸訪問をするのは大前提で、それでも納付しない住民への対応をどうするかが検討対象である。電話や戸別訪問などしていられないという行政の言い分は、行政の怠慢にしか思えない。せっかくの調停の機会だし、このままではどんどん紛争がエスカレートしていくだけなので、どこかでボタンの掛け違えを解消できないのか。

 自治体の職員と話をしていると、よく「訴訟マニア」の話が出てくる。行政訴訟法改正によって訴訟要件が緩和されれば、濫訴の弊害すらあるという。しかし、「訴訟マニア」は、行政が作り出しているのではないか。インフォーマルな「対話の場」を行政がつぶしているから、「訴訟マニア」は「対話の場」を求めて、何でも訴訟を出しているのではないか。住民にしても行政にしても、お互い完全ではなく、お互い何らかの非があるからトラブルが生じるのだから、お互い是は是、非は非と言って、一つずつ何が問題なのか、何が解決のネックになっているのかを検討していけば、もっと良い関係ができるのではないだろうか。これが行政と市民との「法的対話」ではないのだろうか。訴訟になってしまえば当事者主義がかえって敵対的関係を生み、白か黒か、勝つか負けるかの世界になってしまう。そうではなく、裁判所が仲裁人的な立場に立ち、お互い話し合いをし、お互いの主張を認め合い、お互い間違っている点は改める中で、法的対話と協働の関係を築き上げる「行政調停」というものが作れないのだろうか。

PS 後日、この事件は、事実上調停が成立した。少しは住民と自治体とのボタンの掛け違えが解きほぐされ、親切な自治体行政のきっかけになれば、これほどうれしいことはない。


3月××日
 今日は、どういうわけか、裁判官の係は異動の関係もあって1件も事件が入ってないのだが、私の係だけ午前2件、午後3件とトリプルバッティングだ。全件立会を原則としているから、優先順位をつけて調停室の間を走り回る。

 午前最初は、新築ワンルームマンションについての建築中の騒音被害等の損害賠償と今後の管理をめぐる事案の続行期日。マンション建設をめぐる損害賠償はどうも調停では荷が重いようだ。業者サイドは、なかなか調停には応じてくれない。建設中の被害救済は、むしろ、オーナーや施工業者を相手にしてもらうしかないだろう(それも難しいかもしれないが)。また、道路に面した部屋に目隠しをつけてほしいという申立人住民サイドの要望は、気持ちは理解できるが、消防法上の問題もあるし、数あるマンションの中で目隠しのある部屋は見たこともないから、業者から拒否されれば、これ以上進めようもない。最後に残るのは、今後のマンション管理の問題だ。申立人住民サイドとしては、常駐の管理人を置いてほしいという。というのは、そうしないと、居住者が近所迷惑なことをしても直ちに実効力ある注意ができないからだ。しかし、業者サイドとしては、経費のかかることもあるし、マンションの1室がつぶれることもあり、簡単には応じてくれない。京都市条例では、規則に新築マンションには管理人室を作れということが規定されたが、あまり実効性はないようだ。おそらくは、周辺住民には過去の学生向けワンルームマンションの被害の経験(風評かもしれないが)があって過敏になってしまう一方で、居住者が騒いで迷惑だとか窓から他人の家をのぞくとかいう問題は、そもそも居住者のマナーの問題でもあるし、学生向け賃貸ワンルームマンションだけの問題でもない。それをすべてマンション管理会社の管理問題にするのはおかしいという業者の意見も理解できる。しかし、業者としても、建てっぱなし、売りっぱなしというのは、企業倫理にも反するであろうし、どのように地域づくりをしていくかという視点なしにマンションの建設・管理をすることは許されないと言うべきだろう。今後とも、時間をかけてお互いの不信を解き、相互理解に向けて時間をかけて話し合いを続けていくべき事柄であるように思われる。 次回の宿題を出した後、別の調停事件に顔を出す。

 この事件は、障害者の申立人が車いすの固定金具が外れ、傷害を負ったため、メーカーや販売店に対して損害賠償を求めている事案の第1回だ。調停委員には、双方から確認しておいてもらいたい事項をメモして渡してあった。途中からだが、それを確認した上で、たたき台の数字を出してみる。しかし、やはり、裁判所から解決策としての具体的な数字を出すのは、いかにたたき台とは言え、それが一人歩きを始めるから、やはり慎重にすべきだ。調停の時間的余裕のあった交通調停の場合は、それがあったからなるべく調停委員会の数字は最初に口に出すことはしなかったのだが、この事件の場合は、調停の時間的余裕がなかったこともあって、つい最初に口にしてしまった。そうしたところ、たたき台のベースとなる客観的数字に小計が記載されていたことにうっかり気づかずに、二重に損害額を計算してしまい、それに基づいて申立人に数字を伝えてしまった。それで、申立人に誤解があったから減額すると言ったが、時すでに遅く、数字が一人歩きを始めてしまい、その誤解を解くのに一苦労、二苦労だ。まあ、そのために申立人と相手方に頻繁に交代してもらい、次回続行期日を決めたら、もう12時30分を過ぎてしまっていた。

 午後は、交通調停の続行事件に立ち会うこととし、賃料不払いによる建物明渡しの新件は調停委員に任せることとしたが、先に新件の当事者がそろったためそちらから顔を出すことにした。申立人から事情を聞いているうちに、交通調停の当事者がそろい、そちらに移動する。まずは、相手方の保険会社から、前回は代理人の都合で十分に話を聞く時間がなかったため、その言い分と根拠を聞くことにした。それから申立人を呼んだところ、なぜこんなに待たせるのかときつく非難された。調停は交互面接方式で運営しているため、先に呼ばれなかった方はずっと待たされることになる。新件にしても、続行事件にしても、最初に両当事者に入室してもらって同席で今日の進行方法を説明するか、後から呼ぶ方の当事者には個別に今日の進行方法を説明する必要があるようだ。ついつい裁判所ルールに染まって当事者をおろそかにしていることに気づかされた。まずは、率直に待たせて申し訳ない旨わびて、それから調停委員会としての考えを提示した。ファーストフードの駐車場内で発生した出会い頭の事故であり、交通整理の行われていない見通しの悪い交差点での出会い頭の衝突事故と同じであるから、過失割合は左方優先で申立人が4、相手方が6と考える。申立人としてはせいぜい2:8だというし、相手方は申立人のスピードの方が出ていたから5:5だというが、どっちもとりえないのではないか。物損だということで警察の実況見分もなされていないし、申立人車両が軽自動車で相手方車両が普通乗用車だということも考慮すると申立人車両のスピードがそんなに出ていたらスピンしてしまうだろうに、そういう事実も認められないから、原則通りの過失割合が妥当だろうと思われた。次に、車両の損害額だが、相手方は申立人車両の時価の方が修理見積額よりも安いから時価を基準としたいという。しかし、その根拠を聞くと、レッドブックと中古車情報による一般的な査定だいうことで、確たる根拠もないことから、申立人の修理見積書から代車費用を減額した金額を損害として考えたいと伝える。申立人からは、双方事故当事者本人が出頭しあって双方に頭を下げるのであれば、調停に応じても良いとの回答を得る。訴訟であれば、こういう条件をつけることはないが、話合いによる互譲を旨とする調停であれば、それも良いのではないか。次回までに双方検討してもらった上で、次回に調停成立ということにしたい。

 2時30分の事件までに時間があるので、再び建物明渡事件の方に顔を出す。相手方から事情を聞いたところ、賃料不払は建物の修理をしてくれるようにお願いしているのに一向に修繕してくれないのでやむを得ず不払いにしていただけで、修繕してくれるのであればすぐに未払賃料は支払いたい、だから今後とも契約は継続したいというのが相手方の意向だということで、それを申立人に伝えているところだった。そうか、経済的な問題か不誠実な借家人かと思っていたが、それなりの事情があったのか。しかし、申立人としては、相手方を信用しておらず、とにかく出て行ってもらいたいということであるから、明渡猶予期間を設けるという方向での解決しかなさそうだ。訴訟に移行した場合のことを考えると、修繕してもらえなかったから賃料を不払いにしたというが、要修繕箇所が賃貸借の目的を達し得ないほどの本質的なものとも思われないから、賃料不払いを全面的に正当化することは困難だろう。そこで、明け渡しの方向で調停を進めてくれるように言い残して、2時30分の調停に移動する。

 2時30分の事件は、お寺の樹木により著しい落葉被害を受けている隣家との相隣関係調整事件の続行期日だ。隣家である相手方は、以前当事者間で樹木を一定の角度で剪定するという合意をしたのだから、それを守ってほしいということだが、お寺側からするその角度に剪定したのでは樹木が枯れてしまうからこれ以上は切れないという。京都市から史跡としての指定もされているし、古都保存法に基づく歴史的風土保存区域内でもあるから、伐採には限界がある(調停委員会で前回その可能性を指摘し、申立人で調査確認してきた)。角度にこだわっていては調停は成立しないし、それでは隣家の落葉被害も解決はしないから、角度に代わる実効的な落葉対策法を双方考えてくるというのが前回からの宿題だった。結局は、落葉をどれだけ相手方に迷惑がかからないようにお寺のサイドで掃除するか、それを確実に守ってもらえる担保をどこに設けるか、ということしか解決策はないようだ。次回に実効性のある調停条項を盛り込んで調停成立の予定だ。

 その合間にも、何回か建物明渡事件の関係で、調停委員から呼び出しがかかり、廊下で評議をしながら、調停を進めてもらった。結局は、相手方に明渡方向の解決しかないのではないかということを伝えたところ、相手方としても子供の学校の関係もあるので、住み続けたいということで、それを申立人に伝えたら、申立人としてもその事情は理解できるということになり、どうやら賃貸借継続の方向で調停がまとまりそうな雰囲気になってきたらしい。次回までに要修繕箇所を当事者間で確認した上で、次回に続行することとなった。
 ふー、とってもハードな一日だった。もちろん、1週間に新件2件の割当は今日もあり、その記録も目を通さないといけない。


3月××日
 今日は、庁内の異動の時期の関係もあり、調停事件の期日は入っていない。記録の検討の時間に当てる。裁判官も書記官も大幅に代わるらしい。変わらないのは、調停官だけだ。

 ところで、午前1,午後1の新件の期日の入れ方で行くと、今日の新件の第1回期日は5月25日以降にしか入らない。2ヶ月も先だ。訴訟よりも第1回期日の指定が遅れることになる。書記官から聞くと、中島調停官は、2件3件を掛け持ちで、席を温める暇もないらしい。書記官からは、事件の配点を考え直そうかという。しかし、それは配点数を減らすということだろうから、それでは最近になって一般調停の申立が増えている(これが調停官制度の結果かどうかは分からない)のに、調停官制度の意義が半減するのに等しい。とりあえずは、新件の指定は、午前は10時半のまま、午後は2時半にしてもらうことにした。続行事件を午前10時と午後1時〜2時に指定する。これで続行事件は立会して処理できる。残る問題は新件をさらにどう指定するかだ。3時半にもう1件指定してもらうか。


BACK TO HOME