DKAが戻ってきたぞ!

(『32台のキャディラック』解説)

32台のキャディラック  

本書 32 CADILLACS(一九九二年刊)はダニエル・カーニー・アソシエイツ(DKA)もの長編第四作である。七八年刊の長編第三作『目撃者失踪』(角川文庫、八四年)からなんと十四年ぶりの登場なのだが、小説の中では歳月ががたった三年しか経っていない。  
それに、九〇年には日本で独自に編集された短編集『ダン・カーニー探偵事務所』が新潮文庫から刊行されているので、日本の読者にとっては八年ぶりの再会ということになるだろうか。この短編集には十一編の短編が収録されている。未収録の十二編目「ヤワは禁物」は『EQ』八九年七月号に訳載され、九七年十一月号に再録されているので、そちらのほうも読んでいただければ幸いである。
[角川文庫版の長編三作『死の蒸発』『赤いキャデラック』『目撃者失踪』と新潮文庫版の『ダン・カーニー探偵事務所』は現在絶版なので、ぜひ復刊していただきたい。]  
サンフランシスコを含む西海岸のベイ・エリア(湾岸地域)に大地震が起こったのは、一九八九年十月十七日(火曜日)であるから、本書の時代背景はそれから六か月後、つまり一九九〇年四月ということになる……かもしれない。つまり、小説の舞台というものは虚構の世界だから、現実世界と同じ速さで時を刻むとは限らない。七二年刊の長編第一作『死の蒸発』で四十四歳だったカーニーは、本書ではまだ五十二歳なのだから。
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ダニエル・カーニー・アソシエイツ(本部はサンフランシスコにあり、カリフォーニア州の主要都市に支部がある)は、「債務を履行しなかったり、詐欺を働いたり、横領したりした人間たちを見つけ、彼らがくすねた財産を依頼人たちに返す」(第一章)回収作業を主な仕事としている。この中でも、ローン滞納の自動車を回収するのが得意である。自動車や家具などをローンで買っても、ローンが滞納した場合、購入物自体が担保なので、ローン取り立てが無理ならば、その購入物を取りあげる(つまり回収する)わけである。「回収」のことを英語で「リポゼッション」というので、「回収員」のことは「リポゼッサー」、もしくは「リポマン」と呼ばれる。  
それでは、DKAの主な回収員たちを紹介しよう。所長のダニエル・カーニー(通称ダン)は五十二歳で、ジーニーという妻と、二人の子供(二十歳と十七歳)がいる。かつては《ウォルターズ自動車探偵社》に勤めていた。  
カーニーと一緒に《ウォルターズ》をやめたパトリック・マイクル・オバニオン(通称OB)はカーニーより二歳年下の五十歳。アイルランド系らしく酒好きで、イタリア系のベラと結婚している。  
バート・ヘスリップは元ミドル級ボクサーの黒人探偵で、三十四歳。コリンという恋人がいる。  
ラリー・バラードは三十二歳の探偵で、若い頃のジョー・ゴアズ自身がモデルらしい。  
ジゼル・マークはバラードと同い年の女性探偵。歴史学の修士号を持つ聡明な金髪美人。二十九歳で亡くなった日系のキャシー・オノダのあとを継いで事務責任者になったが、短編「ヤワは禁物」で運転免許証を取得して、外勤回収員も兼ねるようになった。  
トリニダット・モラレス(通称トリン)は三十五歳のメキシコ系探偵で、道徳的に下劣なやつだが、回収にかけては優秀である。  
新人のケニー・ウォーレンは発音障害者だが、DKAの中ではたぶんカーニーの次に回収の名人。  
そして、受付嬢のジェイン・ゴールドスンはイギリス人美女。  
このシリーズの主人公はダン・カーニー一人ではなく、DKA(ダン・カーニー探偵事務所)で働く複数の探偵なのである。それで、こういうサブジャンルを俗に「私立探偵捜査小説」(private eye procedural)と呼ぶ(エド・マクベインの八七分署シリーズは複数の刑事が主人公なので。「警察捜査小説」と呼ばれる)。  
探偵事務所に勤める複数の探偵を主人公に据えた作家は、ゴアズ以前にはたぶんいなかったのではないだろうか。せいぜい近いところでは、二人のパートナーが一つの事件を別々に捜査するぐらいのものであるが、それはただの私立探偵小説である。ゴアズ以後にも、私立探偵捜査小説を書く作家はほとんどなく、最近の例としてはマイクル・Z・リューインの『探偵家族』(ハヤカワ・ポケット)を挙げることができる。
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本書ではしょっちゅう前作品が引き合いに出されるので、少しの説明が必要かもしれない(でも、当り前のことだが、原書には解説がついてないのだ)。  
第三章で、カーニーとモラレスが話をする場面がある。「(サクラメントの探偵業認可局が)数年前にあんたの許可証を取りあげようとしたみたいにな」とモラレスが言う。『目撃者失踪』でDKAが探偵許可証を取りあげられそうになった事件を指している。そのあと、「おまえがあのラテン娘をモノにしようとしたから、おまえをクビにしたんだ。マリアなんとかだ、そう、マリア・ナヴァロだ」とカーニーが言う。短編「マリア・ナヴァロ事件」(『ダン・カーニー探偵事務所』収録)で、助平なモラレスがマリアに強引にせまったことで、バラードはまだモラレスを恨んでいる。  
第五章で、バラードはベヴァリー・ダニエルズを回収につれていく。彼女が腹を立てるのには正当な理由があるのだ。短編「フル・ムーン・マッドネス」(『ダン・カーニー探偵事務所』収録)でベヴァリーはひどい目に遭ったからだ。  
第八章で、「ダンがここにバラードを呼んだのも無理はない」とヘスリップは思う。「ラリーはパーム・デザートでジプシーの手相見を捜し当て、その女はラリーに呪いをかけた」ときの経緯は、短編「ジプシーの呪い」(『ダン・カーニー探偵事務所』収録)に詳しい。「それに、州当局がDKAの許可証を取りあげようとしたときに、ラリーはサンタ・ローザにいるジプシーの水晶玉のぞきと何かあったし……」というのは、前出の『目撃者失踪』でバラードがその「水晶玉のぞき」、つまりヤナと出会ったことを指している。  
第二十章で、「三年前、DKAが犯罪組織の弁護士ウェイン・ホークリーを廃業に追いやった」というのも、前出の『目撃者失踪』の話である。  
第二十六章で、OBがアランテを元の場所に返しに行くので、一緒についてきてくれとバラードに頼む。すると、「フェアフィールドだ」とバラードが言う。「オバニアン・ブラーニーの事件簿」(『ダン・カーニー探偵事務所』収録)で、OBとバラードが霊柩車を回収したときのことを思い出させているのだ。
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本書のうれしい「おまけ」は、ドナルド・E・ウェストレイクの創造したドートマンダーとその仲間が友情出演することだろう。これにはこういう経緯があるのだ。  
ゴアズはウェストレイクがリチャード・スターク名義で書いた『悪党パーカー/殺人遊園地』と『黒い国から来た女』(いずれもハヤカワ・ポケット)を読んで、感銘を受けた。二作とも第一章は同じ場面を描写しているのだが、『黒い国〜』(六九年作)はアラン・グロフィールドの視点から、『殺人遊園地』(七一年刊)はパーカーの視点から描かれているのだ。  
ゴアズはニューヨークでウェストレイクと話しているときに、同じようなことをしないかと提案した。ゴアズはDKAもの長編第一作を書いているところで、ウェストレイクは新しいパーカーものを書き始めるところだった。それで、ゴアズはカーニーが調査中にパーカーに出くわす場面を書きたいと申し出たのだ。ゴアズの『死の蒸発』もスタークの『掠奪軍団』(ハヤカワ・ポケット)も七二年に同じランダム・ハウスから刊行された。それに、二人とも同じ編集者(故リー・ライト)で、同じ文芸代理人(ヘンリー・モリスン)だった。  
そして、約二十年後、本書の「まえがき」にもあるように、ウェストレイクのほうがゴアズにもう一度やってみようと提案したのだ。今度はウェストレイクのほうが先に書くのだが、ゴアズは一つの注文を出した。回収員のケン・ウォーレンを登場させてほしいという要望を出し、ケンのしゃべり方を説明した。それで、ウェストレイクは九〇年にドートマンダーものの DROWNED HOPEを発表して、ゴアズは本書を九二年に発表したわけである(二作ともミステリアス・プレスから刊行された)。ちなみに、「煙草の火をもう一本の煙草につけているような仕草を無意識にしている悪くない顔の女」はドートマンダーのガールフレンド、メイである。そして、「本当に卑劣そうな老人」はトム・ジムスン(作家ジム・トンプスンのモジリ)という凶暴な悪党である。  
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ゴアズは『ハメット』(角川文庫)という小説まで書いているほどのダシール・ハメット研究家である。本書におけるハメットの影響をいくつか挙げてみよう。  
まず、アイオワ州スチューベンヴィルという架空の町が「スチューピッドヴィル(間抜け村)」と呼ばれているところは、ハメットの『赤い収穫』(ハヤカワ・ミステリ文庫など)の舞台となるパースンヴィルが「ポイズンヴィル(毒の村)」と呼ばれるところと似ている。  
それに、ルドルフ・マリーノが泊まる架空の高級ホテル、《セント・マーク・ホテル》は、地理的に見て、現実の高級ホテル、《セント・フランシス・ホテル》をモデルにしているようだ。《セント・マーク》というホテルは、ハメットの『マルタの鷹』(ハヤカワ・ミステリ文庫など)でブリジッド・オショーネシーが初めに泊まっていたところである。  
第三十四章で、「ブリジッド・オショーネシーがかつてサム・スペイドの質問をはぐらかしていた《キャセドラル・アパートメンツ》の横をゆっくり走った」とあるが、『マルタの鷹』には《キャセドラル・アパートメンツ》ではなく、《コロネット》として登場する。ブリジッドが《セント・マーク》のあとに泊まるホテルである。  
それに、第二十四章で、シオドア・ウィンストン・ホワイト三世の家がジゼルにとって、ハメットの「カウフィグナル島の掠奪」に出てきた家に見えるらしい。その作品はコンティネンタル・オプものの有名な短編で、『マルタの鷹』の原型になったという研究家も多いのに、残念ながら、日本では『名探偵登場3』(ハヤカワ・ポケット復刊)でしか読めない。  
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ジョー・ゴアズは一九三一年、ミネソタ州ローチェスターに生まれた。ノートルダム大学で学士号を、スタンフォード大学で英文学修士号を取得した。トラック運転手、重量挙げジム経営者、「連れ込み」モーテル支配人、ケニヤ高校の教師など、職を転々としたあと、サンフランシスコ付近の探偵社で回収員になる。  
もともとは作家志望なので、《L・A・ウォーカー社》や《デイヴィッド・カッキート&アソシエイツ》で自動車回収や横領者捜しを続けながら、小説を書いていた。初めて活字になった作品はたぶん《マンハント》五七年十二月号掲載の「途中下車」(日本版《マンハント》六二年五月号訳載)だろう。  
ミステリー作家であり、評論家のアンソニー・バウチャーのすすめで、私立探偵の経験を生かした作品を書き、DKAもの短編第一編「メイフィールド事件」が《エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン》六七年十二月号に掲載された(『ダン・カーニー探偵事務所』収録)。そして、六九年に発表したDKAものではない処女長編『野獣の血』(角川文庫)と、同じく六九年発表のノンシリーズの短編「さらば故郷」(『エドガー賞全集(下)』(ハヤカワ・ミステリ文庫)でエドガー賞をダブル受賞した(そのあと、七五年に放映された『刑事コジャック』のTV脚本で三つ目のエドガーを受賞)。  
七二年にはDKAもの長編第一作『死の蒸発』、七三年に長編第二作『赤いキャデラック』、七八年に長編第三作『目撃者失踪』を発表した。そして、九二年刊の本書がDKAもの長編第四作となるのである。  
このあと、九六年にはDKAもの長編第五作 CONTRACT NULL AND VOID が発表されている。この作品もプロットがいくつもあって、簡単に説明するのが難しい。カーニーが妻ジーニーから家を追い出されて、バラードのアパートメントに転がり込んでくるところから始まる。ジゼルとウォーレンはコンピューターの天才を護衛する。ヘスリップは労働組合幹部殺しで指名手配され、バラードが独自の調査をする。そして、OBは州北部で自動車回収を続ける。短編のほうは第十二編「ヤワは禁物」以後、DKAものは発表していない。  
ゴアズは小説よりもTV脚本を書いて、生計を立てている。エドガーTV脚本賞を受賞した『刑事コジャック』のほか、『マイク・ハマー』(ステイシー・キーチ版)、『私立探偵マグナム』、『刑事コロンボ』、『探偵レミントン・スチール』などに脚本を提供したことがある。  
九九年の新刊 CASES はゴアズが探偵になるまでの半自叙伝的な小説であり、時代背景は五〇年代である。現在ゴアズは本書の続編とも言うべき SCAMS, CONS AND GRIFTS(三つの単語とも「ペテン」という意味)を執筆中である。サンフランシスコ郊外のサン・アンセルモに妻ドリーと在住。  
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本書にはジプシーがたくさん登場するので、当然のことながら、ジプシー語がたくさん使われる。ジプシー語辞典もなく、ゴアズ自身も知らないらしいので、ジプシーの恋歌の意味は読者の皆様に想像していただくしかない。ジプシー語で、ジプシーは自分たちのことを「ロム」と呼ぶ。そして、非ジプシー(つまり、よそ者)のことをガジョ(男性単数)、ガジェ(男性複数)、ガジ(女性単数)、ガジャ(女性複数)と呼ぶが、ここでは、(少なくとも訳者の)混乱を避けるために、「ガジョ」で統一させていただいた。

一九九八年七月

〈ジョー・ゴアズ小説チェックリスト〉
A TIME OF PREDATORS (Random, 1969) 『野獣の血』角川文庫 エドガー処女長編賞受賞
DEAD SKIP (Random, 1972)『死の蒸発』角川文庫 DKA#1
FINAL NOTICE (Random, 1973) 『赤いキャデラック』角川文庫 DKA#2
INTERFACE (Evans, 1974)『マンハンター』角川文庫
HAMMETT: A NOVEL (Putnam, 1975)『ハメット』角川文庫
GONE, NO FORWARDING (Random, 1978) 『目撃者失踪』角川文庫 DKA#3
COME MORNING (Mysterious, 1986)『裏切りの朝』角川文庫
WOLF TIME (Putnam 1989) 『狙撃の理由』新潮文庫
[THE MAYFIELD CASE AND 10 OTHER STORIES (1990)] 『ダン・カーニー探偵事務所』新潮文庫 DKAもの短編集
MOSTLY MURDER (Mystery Scene Press, 1992) 短編集 32 CADILLACS (Mysterious, 1992)『32台のキャディラック』福武文庫 DKA#4 本書
DEAD MAN (Mysterious, 1993)
MENACED ASSASSIN (Muysteious, 1994)『脅える暗殺者』扶桑社文庫
CONTRACT NULL AND VOID (Mysterious, 1996) DKA#5
CASES (Mysterious, 1999)
SPEAK OF THE DEVIL (Five Star, 1999) 短編集
STAKEOUT ON PAGE STREET AND OTHER DKA FILES (Crippen & Landru, 2000)DKAもの短編集
THE ROAD TO ROME (Mysterious, 2000)

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これは木村仁良名義で翻訳したジョー・ゴアズの『32台のキャディラック』(福武書店、1998年9月刊、857円)の巻末解説である。もうお聞き及びと思うが、ベネッセ・コーポレーションが文芸書の出版を中断したために、この翻訳書はもう絶版なのである。今すぐ古書店で買うことをおすすめする。(ジロリンタン、1999年11月28日)

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