名探偵モンク、心臓を置き去りにする?

Mr. Monk Leaves His Heart in San Francisco?

「ジロリンタン、テレビ観てるのん?」

「おお、関西弁の下手な速河出版の女性編集者か。『わてのベスト3』の原稿を取りに来たんだな」

「ちゃう、ちゃう。『わてのベスト3』はもうあれへんねん。独立して、『ミステリが読みたい!』(早川書房)っちゅう単行本になったんや。きょうは〈海外ミステリ・ドラマに口付け〉っちゅうテーマでおもろい駄文を書いてもらおと思て、来たんや」

「それを言うなら、“釘付け”だろう」

「くぎっ……とちごて、ぎくっ。それで、何観てるのん?」

「『名探偵モンク』だ。二〇〇二年にケーブルTVのUSAネットワークで放送が始まった。日本では〇四年にNHK- BS2で放送が始まり、〇六年からはミステリチャンネルでも始まったんだ」

「えっ、セロニアス・モンクが名探偵になるんかいな?」

「おいおい、ジャズ・ピアニストが名探偵になるはずがないだろ。いや、ジョン・カサヴェテスが演じたピアニスト探偵のスタッカートというのが昔いたか。とにかく、優秀な刑事のエイドリアン・モンクが愛妻を殺されたあと、重度の強迫性障害を患って、警察を休職になる。しかし、モンクの洞察力や記憶力を認めているサンフランシスコ市警の元上司であるストットルマイヤー警部がモンクに捜査協力を求めてくるという状況設定だ」

「そう言えば、セロニアス・モンクに『アローン・イン・サンフランシスコ』っちゅうアルバムがあったわ」

「セロニアス・モンクは登場しないって」

「それで、強迫性障害って何やのん?」

「う〜ん、おれは精神科医じゃないから、詳しいことは知らない。強迫神経症とも呼ばれる。極度の妄想や強迫観念にとらわれて、日常生活に支障をきたす。いろんなことに不快感や不安感を覚え、症状は高所恐怖症に閉所恐怖症、不潔恐怖症、不完全恐怖症、動物恐怖症など、挙げればキリがない」

「サンフランシスコは霧が多いはずやけど」

「そのキリじゃない。モンクは握手をしたら、すぐにウェット・ティッシュで自分の手を拭くほどの不潔恐怖症だ」

「きゃあ、そんな人と付き合いとうないなあ。誰か世話する人はおれへんのん?」

「ナタリー・ティーガーというアシスタントがいて、いつもウェット・ティッシュをハンドバッグに携帯している」

「よう我慢してるなあ」

「じつは、第一シーズンにはシャローナというアシスタントがいたのだが、別れた夫とヨリを戻すために、途中でやめたんだ」

「ほんまは我慢でけへんかったからやろ」

「本当は、シャローナ役のビティ・シュラムが出演料の値上げを要求したために、第三シーズンの途中でクビになったのだ」

「わあ、テレビ界とジロリンタンの前途はきびしいなあ」

「おれは初めから犯人がわかっている最近のシリーズよりも犯人当ての要素が濃い初期のシーズンのほうが好きだね。初めの頃は『Dr.マーク・スローン』とか『グルメ探偵ネロ・ウルフ』の脚本も書いたリー・ゴールドバーグが三本の脚本を書いていた」

「もしかしたら、そのリー・ゴールドバーグはんは『ミステリマガジン』二〇〇八年三月号訳載の短篇「ジャック・ウェッブの星」を書いたリー・ゴールドバーグはんの親類とちゃうやろか」

「同一人物だ。ゴールドバーグはモンクを主人公にしたオリジナル小説も発表していてね、二〇〇六年刊の一作目『モンク、消防署へ行く』(ソフトバンク文庫)が日本でも紹介されてるよ。二〇〇七年刊の四作目 Mr. Monk and the Two Assistants では、シャローナとナタリーの新旧両アシスタントが登場する。シャローナとヨリを戻した夫が殺人容疑をかけられ、モンクがその容疑を晴らす」

「おもろい設定やけど、クビにした女優を使うて、映像化はでけへんやろな」

「最近では、『名探偵はきみだ』シリーズ(ハヤカワ・ミステリ文庫)の作者ハイ・コンラッドも脚本を書いてるんだが、この作家の名前は覚えてないよな?」

「ハイハイ、覚えてまへん」

「駄洒落のつもりかい? 主演のトニー・シャルーブはコメディー部門でエミー主演男優賞を三度受賞しているし、最近はこの番組のプロデューサーも兼ねている」

「最近の面白いエピソードはないのん?」

「モンクの弟アンブローズが登場する「おかしな兄弟」が感動的だったなあ」

「ジロリンタンが感動することあるのん? 勘当されるほうやろ」

「おいおい、カンドウ違いだぞ。ジョン・タトゥーロがモンクよりも重度の強迫性神経症にかかっている広場恐怖症の弟に扮していて、モンクの妻トゥルーディに買い物を頼んだことが原因で死なせてしまったと思い込んで、罪悪感にさいなまれている。この演技でタトゥーロはエミー賞を受賞した」

「ねえねえ、ジロリンタン、なんで急にチャンネルを切り換えるのん?」

「WOWOWで同じ時間に『クリミナル・マインド』が放映されてるからだ」

「それ、何やのん?」

「FBIの行動分析課がアメリカじゅうで起こる連続殺人事件の犯人の心理分析を行なうという話だ」

「ロバート・K・レスラー&トム・シャットマンの『FBI心理分析官』(ハヤカワ文庫NF)の宣伝になるから、その番組のほうをもっと知りたかったなあ」

「リーダーのジェイソン・ギデオンに扮する主演のマンディ・パティンキンが血なまぐさい話に嫌気がさして、自分から番組を降りたとかいう裏話は興味深いかな?」

「血なまぐさい話やから面白いのに」

「きみと話をしてると、人生が楽しいよ」

「それ、もしかして、口説きモンク?」

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これは木村二郎が『ミステリマガジン』2008年3月号の「海外ミステリ・ドラマに釘付け」特集に寄稿した似非エッセイの改訂版である。雑誌掲載の原稿をもっとおもろくしようと努力したあとは見られないなあ。(ジロリンタン、2008年2月吉日)

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