サイモン・アーク登場

(エドワード・D・ホック『サイモン・アークの事件簿1』解説)

サイモン・アークの事件簿1  のっけから悲報を伝えなければならない。本書の著者であるエドワード・D・ホックが二〇〇八年一月十七日、ニューヨーク州ロチェスターの自宅で心臓発作のために亡くなった。享年、七十七歳。もちろん、愛読者の皆さんにとっては大きなショックであったが、翻訳者にとっても編集部にとっても大きな痛手であった。ちょうど翻訳者が本書を訳している最中の悲しい出来事であったのだ。

 二〇〇六年の十二月からサイモン・アーク中短編集の企画は始まっていて、ホック自身が数冊分の推薦作品を挙げてくれた。だから、『サイモン・アークの事件簿』の作品選択は、ほとんどホック自身がしてくれたのである。翻訳者が持っていない原文資料を送ってくれたし、オカルト関係の質問にも答えてくれたので、ホックがいないと、本書以降の中短編集を組むのが大変な仕事になる。だから、大きな痛手なのだ。そして、ホックに本書の「序文」を書いてもらおうと思っていたのだが、その願いも叶わなくなった。

 サイモン・アーク中短編集が日本で紹介されるのは初めてなので、一九五五年から二〇〇八年まで五十四年間続いたアークの全体像を把握していただくために、年代ごとに一、二編ずつ選択することに翻訳者と編集部が決めた。五〇年代から二編、六〇年代から一編、七〇年代から二編、八〇年代から二編、九〇年代から二編、二〇〇〇年代から一編で合計十編である。

 サイモン・アークについては、ホックのノンシリーズ短編集『夜はわが友』(創元推理文庫)の「序文」でフランシス・M・ネヴィンズが説明してくれているが、初めての読者のために簡潔に説明しよう。

 サイモン・アークは自称二千歳のオカルト探偵で、悪魔退治のために世界じゅうを旅している。もともとはコプト教(エジプト独自のキリスト教)の僧侶だったらしく、宗教関連の知識は豊富で、悪魔教や黒魔術に関する本を〈ネプチューン・ブックス出版〉より出した。五〇年代後半には、当時の掲載雑誌編集長の要望で私立探偵事務所を構えたこともあった。後期の作品では、超自然現象も研究するようになった。

 デビュー作「死者の村」で、アークはこのシリーズの語り手である“わたし”(名前不詳)と出会う。そのときの“わたし”は新聞記者であった。“わたし”はそのあと「死者の村」で知り合ったシェリーと結婚し、〈ネプチューン・ブックス〉の編集者となり、編集局長、発行人と出世していく。二〇〇〇年代では引退して、フリーランスで編集の仕事を続けている(ちなみに、〈ネプチューン・ブックス〉はホックのニック・ヴェルヴェット・シリーズに登場するグロリア・マーチャントがニックと知り合うまで秘書として働いていた出版社でもある)。

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 訳者の木村二郎がサイモン・アークに出会ったのは、七〇年代前半だった(たぶん七三年暮れか七四年初めだろう)。訳者が当時『ミステリマガジン』に連載していた「ニューヨーク便り」(のちに講談社刊『ニューヨークのフリックを知ってるかい』にまとめられる)によると、訳者はニューヨークのウェスト・ヴィレッジに開店した The Science Fiction Shop というSF専門店 に出かけたらしい。そこで、捜し求めていたホックのアーク中短編集 The Judges of Hades をついに見つけたのだ。しかし、もう一冊の中短編集 City of Brass は見つからなったので、店員に配給元を教えてもらい、それも入手したという。

 The Judges of Hades にはアークもの第一編であり、ホックの初めて活字になった作品「死者の村」が収められていて、訳者が「ニューヨーク便り」で紹介し、『ミステリマガジン』七四年七月号に訳載してもらった。訳者は三十五年ほど前の訳文を本書収録のために大幅に改訳した。一番の違いは、村の名前の表記を「ギダズ」に改めたことだ。今回改訳するに当たって、まだ存命中だったホックに Gidaz の読み方を尋ねてみたら、納得できる意外な答えが戻ってきた。Gidaz はヴォルテールの『カンディード他五篇』(岩波文庫)に収録されている「ザディーグまたは運命」の主人公 Zadig(「ザディグ」や「ザディッグ」という表記もある)の綴りを逆にしたものだというのだ。だから、表記を「ギダズ」に改めることにした。ヴォルテールの「ザディーグ」は近代ミステリーの草分けとなった小説で、本国フランスでは一七四七年に、英語版は一七四九年に出版された。その中でもっともミステリー要素の濃い「犬と馬」のエピソードがエラリー・クイーン編『ミニ・ミステリ傑作選』(創元推理文庫)に収録されている。

 たぶん『サイモン・アークの事件簿』は第二集も出るだろうが、ホックの励ましや助けがないので、大変な作業になりそうだ。読者の皆さんには、気長にお待ちいただきたい。

 それでは、最後にサイモン・アーク・シリーズのチェックリストを挙げておこう。
[註=完全チェックリストを見たい方は、現物の巻末を参照してください。]

二〇〇八年十一月



これは木村二郎名義で翻訳したエドワード・D・ホックの『サイモン・アークの事件簿1』(創元推理文庫、2008年12月刊、1029円)の巻末解説であり、自称研究家の木村仁良が書いている。続編『サイモン・アークの事件簿2』を2010年に無事に出せるように、皆様方の盛大なご声援をお願いします。(ジロリンタン、2008年12月吉日)

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